先日物議を醸した熊谷紗希選手の合コン騒動を問題視する声や、
崩壊寸前の菅内閣の人気回復のための浅知恵に過ぎないという声など、
祝福の声は決して多くないように思える。
なでしこに国民栄誉賞、正式決定…枝野長官報告
読売新聞 8月2日(火)9時33分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110802-00000239-yom-socc
先日物議を醸した熊谷紗希選手の合コン騒動を問題視する声や、
崩壊寸前の菅内閣の人気回復のための浅知恵に過ぎないという声など、
祝福の声は決して多くないように思える。
なでしこに国民栄誉賞、正式決定…枝野長官報告
読売新聞 8月2日(火)9時33分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110802-00000239-yom-socc
高岡蒼甫が昨今のマスコミの韓流を批判して事務所を解雇された件に関し、ふかわりょうが高岡の意見に同調している。
他にも中田宏や中山成彬など政界からも同調の動きがある。これを機に反日勢力の実態を国民に知らせる必要がある。
これと丁度いいタイミングなのかどうかわからないが、自民党議員が竹島近くの鬱陵島視察を試みたが韓国が入国拒否の暴挙に出た。
韓流ファンは、領土問題でも韓国に味方するのだろうか。
高岡蒼甫が騒動の「真相」告白 「このままじゃこの国はダメになる」 2011/7/29 19:11
http://www.j-cast.com/2011/07/29102954.html?p=all
韓流コンテンツを強く推すテレビ局を批判し、所属事務所を退社することになった俳優の高岡蒼甫さんが2011年7月29日、個人ブログを開設し、自身のこれまでの俳優人生や、騒動の経緯を説明した。
高岡さんは2011年7月28日、ツイッターに「スターダストプロモーションから自分は離れる事になりました。一つの呟きからの大きな波紋により、事務所の関係各位にはご迷惑をお掛けしました。当然の結果だと思っております」と投稿。経緯を聞かれ、「自分からは切り出してはいません。けれど覚悟があり発信したことです」とし、事実上の解雇だったことを示唆した。
「マスコミなど全員くたばれと心底思っていた」
高岡さんの以前の公式ブログは29日までに消滅したが、29日夕方、ツイッターに「ブログ更新しました」と報告。新たに、個人で開設したと見られるブログを紹介した。
タイトルは「高岡蒼甫 本人ブログ」。29日の記事は「事実に基づく真相」というもので、今回の騒動の経緯を書いている。
05年に公開された映画「パッチギ」のキャンペーンで韓国に行った際、韓国メディアの取材で自分の言ったこととは違う文章が掲載され、日本のマスコミやネットから「反日思想」のレッテルを貼られた。
その後、妻・宮崎あおいさんと結婚した際も、「反日」からの流れで再び叩かれ、「完全にマスコミ嫌い」になっていたという。「マスコミなど全員くたばれと心底思っていた」とまで書いている。
パッチギの撮影終了後に、仕事関係の悩みなどから自殺を図り精神病院に通っていたこともあると書いているが、本当の自分が理解されないことから「鬱状態も再発」。病気が中々治らず、「生きた心地がせず毎日に疲れ果てていた日々」が何年も続いていたという。
「溜まっていたものがどんどん噴出した」
俳優業を辞めようと思っていたが、2011年に三島由紀夫の「金閣寺」の舞台に出演。そこで与えられた「前向きな役」に自分がリンクし始め、地方巡業を続ける内に気付いたら「安定剤の存在も忘れるくらいしっかり立ってる自分がいた」。「これでもう大丈夫。芝居が楽しい」とまで思えたという。
その矢先に東日本大震災が起きた。「今度は自分が前向きにさせる番だ」と思ったが、「国民に伝わらない情報が多すぎたり、的外れな外国のドラマ、朝のニュースでは偏った報道。この国を心底疑った」。今回のテレビ局批判もその流れだとし、「いい加減我慢が出来ないところまできていた。溜まっていたものがどんどん噴出した」と書いている。
「この国の一大事な時にどさくさ紛れに、欺いて偏りをみせてる今の体制がすごく気持ちが悪いと思った。誤解を与えてしまった皆さんには申し訳ないと思いますがどうか今回の事はご理解していただけたら嬉しいです。決して自分は韓国に対する批判はしてはいない。日本を引っ張っていってる人間たちに対する抗議の意味だと理解をして欲しいです。このままじゃこの国はダメになる」
コメント欄には「応援しています!」「大丈夫、あなたと同じ思いの人間は沢山います」といったコメントが1時間ほどで500件以上寄せられている。
女優宮崎あおい(25)の夫で、ツイッター上でフジテレビと韓流ブームを過激批判していた俳優高岡蒼甫(29)が、所属事務所のスターダストプロモーションを退社することが28日、明らかになった。高岡がツイッターで報告した。「当然の結果だと思っております」「また一つ新しい光が見えました」などと書き込んでいる。27日に騒動が報じられて以来、わずか1日でのスピード退社となった。 高岡はツイッター上で「スターダストプロモーションから自分は離れることになりました」と退社を報告し、「一つのつぶやきからの大きな波紋により、事務所の関係各位にはご迷惑をお掛けしました。当然の結果と思っております。そして感謝の気持ちでいっぱいです」と心境を明かした。退社は自分から切り出したものではないという。「新しい道を歩き出している今、後ろなんて振り向いてる暇はない」と続けている。 高岡は今月23日、韓流ブーム報道に強いフジテレビに対し「8は今マジで見ない。韓国のテレビ局かと思うこともしばしば。うちら日本人は日本の伝統番組求めてますけど」とツイートし「洗脳気持ち悪い」などと発言をエスカレートさせた。また、妻の宮崎あおいとの間に亀裂が生じていることも明かした。「本人が書いてくれと言っているので書きます。家の妻は自分と一緒の思想ではありません。火の粉が飛ぶのは勘弁です。と。はぁ、家出ようかな」と別居の意思もほのめかしていた。 27日にマスコミ各社が一斉に報じたところ「マスコミの言うことは信じない。これ鉄則ですよね」「フジテレビの韓国押しにだよ。サブリミナル!」。反原発運動を続ける俳優山本太郎がコメントを寄せたことも話題になった。 高岡はブログ炎上、閉鎖の常連でもあった。05年の映画「パッチギ!」公開時には「日本は卑怯な国」「日本という国を好きになれない」などと発言したブログが閉鎖し、これまで計4回に及んでいる。 同社では「意見の相違から、契約を解消するに至りました。解雇ではなく、双方話し合いの上、このような結論に至りました」。今後は契約書類の事務手続きが残るだけという。同事務所は常盤貴子、松雪泰子、中谷美紀、竹内結子、柴咲コウら人気タレントが所属する業界大手。なお、宮崎側は今回の件についてコメントしていない。 韓流を強く推すテレビ局の姿勢を批判し、事務所を退社した俳優、高岡蒼甫さんが話題になる中、お笑いタレントのふかわりょうさんが騒動についてコメントし、ネット上で話題になっている。 ふかわさんがパーソナリティを務めている、「ROCKETMAN SHOW」(J-WAVE)の2011年7月31日放送回で、高岡さんの騒動について触れられた。 「言論統制が行われているような空気感」 その後、「本当か分からない」としながらも、例えば「あるテレビ局」が韓国政府からK-POPを流すようお金をもらい、さらに楽曲の権利も持っていて、K-POP歌手が売れれば売れるほど、テレビ局にお金が入る仕組みがあったとして、「だからその局がK-POPをバンバン流すというのは駄目なことか」と問題提起する。 CMを流すのとは違うと指摘 「CMだったら視聴者はCMとして受け止めるけど、番組で取り上げるのは世の中の現象がこうなっているかのように偽装している。そこにメディアの大事な境界線がある」「刷り込みとかって、僕らはまだ判断できるけど、小中学生はそれが全てになってしまうから」 今回の騒動で、「テレビは時代を映すものではなくなった」と感じたといい、「完全に終わったなと思った」「テレビの画面を通して世界を見てたら、自分が痛い目に遭う時代になっちゃった」。かつて、時代を見るために映画館に行く人がいなくなったように「テレビの役目が変わった」とする。騒動の結論としては、「言いたくなる気持ちも分かるけど、批判しても結果的にあんまいいことない。我慢して自分の世界を突き進むのが正解な気がする」と話している。 ふかわさんの話はネット上で大きな話題となり、「説得力ありすぎ」「凄い言葉を選んでるね」「よく言ったふかわ 完全に応援する」といったものや、「言ってることは正論で真っ当だが、ふかわはこの件に関わるな。潰される可能性がリアルにあるとか異常な状態だからな」と心配する書き込みが寄せられている。 @NAKADAHiroshi 中田宏 タレントの高岡蒼甫が韓流のフジテレビを批判し、事務所からクビになりました。乗っ取られているテレビ界の内実を知って我慢ができなかったのでしょう。マスコミ内部にも志を持った日本人はいる筈です。日本が危機に直面している今、若い人達が早く覚悟を決めることを期待しています。 日本固有の領土で韓国が不法占拠を続ける竹島(韓国名・独島)近くの韓国・鬱陵(ウルルン)島を視察するため、新藤義孝衆院議員ら自民党議員3人が1日午前、羽田空港発の民間機で韓国ソウルの金浦空港に到着したが、韓国政府は「両国の良好な関係に役に立たない」との理由で入国を拒否した。3人は同日中に帰国する見通し。日本の国会議員が入国を拒否されるのは極めて異例だ。 ■「安全害する」 入国を拒否されたのは新藤氏のほか、稲田朋美衆院議員と佐藤正久参院議員。関係者によると、韓国政府は3議員から訪問目的も聞かずに入国不許可を伝えた。出入国管理法の「公共の安全を害する行動を起こす恐れがある」との入国禁止規定を適用したとみられる。 新藤氏は金浦空港内で記者団に対し、「納得できない」と語った。日本政府は在ソウル大使館を通じて韓国政府側に説明を求めている。 新藤氏らは2日に韓国の竹島実効支配の拠点となっている鬱陵島に入り、島内の「独島博物館」などを視察する計画を立てていた。ただ、韓国内では鬱陵島訪問が日本側による「竹島支配」の行動と受け止められ、反対運動が加熱。韓国外交通商省は7月29日に武藤正敏駐韓大使を呼び、新藤氏らの入国を拒否する考えを伝達していた。武藤氏は抗議し、再考を求めていた。 ■「恫喝に屈しない」 新藤氏は出発前、羽田空港で記者団に「韓国が竹島をどうとらえているのか、現地に行ってみるだけだ。入国拒否の方針は全く受け入れられない。入国拒否を予告されていかなければ、恫喝(どうかつ)に屈したことになる」と語っていた。 当初は新藤氏が委員長代理を務めている自民党「領土に関する特命委員会」として視察する予定だったが、党執行部が中止を求めたため、「議員個人の視察」に変更した。
・高岡蒼甫、事務所やめた「当然の結果」記事を印刷する
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20110729-812182.html
[2011年7月29日7時30分 紙面から]
・ふかわりょう高岡蒼甫に共感? 韓流偏重「テレビ終わったな」 2011/7/31 19:23
http://www.j-cast.com/2011/07/31102979.html?p=all
高岡さんが俳優業を諦める事態にまで発展していることについては、「言論の自由っていうのが、言葉だけは存在しているけど、実際には、凄く閉鎖的で、言論統制が行われているような殺伐とした空気感。村八分社会が未だに続いていて、なんか違うことをやるとやり玉に挙げられる」
ふかわさんは「法律はない」とするも、「影響力がある公共の電波を用いて一企業の私腹を肥やすやり方を推進するのは違反なことだと思う」と指摘。さらに、ある局がお金をもらってK-POPのCMを流すのと、番組の中で流れるのは「決定的に違う」とし、
・中田宏のツイッター
http://twitter.com/#!/NAKADAHiroshi/status/97612166013779968
正論言ってるよね。ずっとそう思ってた。一体どこの国のテレビって感じ。
RT @Ko_Kudo_Busiken: @NAKADAHiroshi 今回の高岡蒼甫さんの件どう思っていますか?
・中山成彬オフィシャルブログ
http://nakayamanariaki.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-5057.html
(一部引用)
・韓国が入国拒否 鬱陵島視察の3議員 2011/08/01 12:46
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/520911/
・「AKB48選抜総選挙」投票スタート! 2011/05/25 09:14
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/508564/
・児玉清さん病床から日本を憂い“遺稿”
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20110521-778785.html
16日に胃がんのため亡くなった俳優の児玉清28 件(こだま・きよし)さん(本名・北川清、享年77)の“遺稿”と思われる原稿が「文芸春秋」5月号に掲載されている。東日本大震災を受け、同誌が特集した「われらは何をなすべきか」に緊急寄稿している。
児玉さんは2月下旬に体調不良を訴え都内の病院で検査、胃がんが発見された。3月下旬に入院した、その闘病生活から推測するとこの原稿は3月11日の大震災後の入院直前、もしくは入院中のベッドの上で書かれたものと推測できる。
書き出しは激烈で「この国の危機管理のお粗末さに日々啞然としている」と始まり、菅首相の震災対応についても「“決死で頑張る”とか精神論を披歴するだけ、まるで昔の旧軍人総理となんら変わらない幼稚さだ」と切り捨てている。
[2011年5月21日6時24分]
映画やテレビドラマで活躍し、クイズ番組でも親しまれたタレントの児玉清(こだま・きよし、本名北川清=きたがわ・きよし)さんが16日午後0時28分、胃がんのため東京都内の病院で亡くなった。77歳だった。3月中旬に胃がんが見つかり、肝臓にも転移。児玉さんはがんを告知されていたという。今年3月31日に司会を務めるABCのクイズ番組「パネルクイズ アタック25」の収録を欠席した際は、肝機能障害と発表していた。 ◇ ◇ お洒落(しゃれ)で洗練された知性派‐。ドラマや映画には欠かせない名優が天国へと旅立った。 東京・渋谷区千駄ケ谷の自宅前で対応した長男の会社員・大祐(だいすけ)さん(41)によると、14日に容体が急変。15日には意識不明となった。大切な家族、大祐さんと、妻の好子(よしこ)さんにみとられての静かな最期だった。 大きな病気をしたこともなく、「健康な体は親からもらったものですね」と話していた児玉さんが食欲不振を訴えたのは2月下旬。3月上旬に病院で精密検査を受けた結果、胃がんと診断された。実は昨年10月に体調を崩し、CTスキャンなどの検査をしたが、胃カメラは拒否したという。3月下旬に入院したが、肝臓にも転移しており、すでに手遅れだった。 「アタック25」の司会を放送開始以来、36年間にわたって務めた。「アタックチャ~ンス!」の掛け声は番組の代名詞となった。収録を休んだのは1984年(虫垂炎)と今年3月31日の2度だけ。3月23日のNHKBSプレミアムの開局記念番組の収録が最後の仕事となった。 芸能界きっての読書家として知られ、切り絵は個展を開くほどの腕前だった。大祐さんによると、入院中はベッドの上で「切り絵と絵が書きたい」と話していたという。「なんとか仕事に復帰したかったんじゃないかと思います。私にとって立派な父で尊敬してますし、感謝もしています」と話した。 02年に最愛の娘を36歳という若さで失った。08年にドラマ「鹿男あをによし」で共演した女優・綾瀬はるか(26)は撮影の合間に役者としてだけでなく、人としての生き方を教わったという。「ご病気で亡くされた娘さんのお話も聞かせてくださり『それ以上に悲しいことはない』と言われていたのを思い出します」と回想。「若々しくスラッとされていて、紳士という言葉が似合う方でした。御冥福と天国で娘さんと無事お会いになられることをお祈りします」と追悼のコメントを寄せた。
・児玉清さん死去…日曜の昼下がり彩る 2011年5月18日
http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/05/18/0004076381.shtml
人の性格というものはそう簡単にわかるものではない。しかし、身勝手で自己中心的な女性が多い現代、上原美優さんのような女性は貴重な大和撫子的な存在だったかも知れない。決して学生時代に乱れた生活をしていたからといって、本質的な人格まで悪いわけではない。
そんな貴重な女性だからこそ、この荒れた社会の中で、押し潰され、命を落としていく。
逆にフェミニストのような図々しい女ばかりが生き残る、実に皮肉な社会である。
・上原さん生前番組放送でもミソつけた日テレ 2011年05月16日14時45分 http://news.livedoor.com/article/detail/5561177/
自殺したグラビアアイドル上原美優さん(享年24)の収録済み番組放送について、テレビ各局の反応が分かれている。なかでも、顔にモザイクをかけ番組を放送した日本テレビの対応がひどいとインターネット上などで批判が噴出している。
上原さんが生前に収録していたフジテレビ系「センスの神様<金キラ☆ナイト>」は14日未明に放送されたが、番組では冒頭に「この番組は2011年5月1日に収録されたものです」とのテロップを入れた。自殺後に改めて編集されたのだろうか、上原さんの出演シーンは少なめだった。
また、14日夜放送のTBS系「飛び出せ!科学くん」では、都内で食べられる野草を探すロケ風景をそのまま放送したが、番組終了後のテロップや番組HPで、フジテレビ同様に収録日を公表し「上原さんの出演部分の放送に関しましては、スタッフ一同、非常に悩みましたが、上原さんが子供のころから培った自然への気持ち、そして、その自然のすばらしさ、楽しさを視聴者の皆様に伝えようとする姿を尊重し、番組では、所属事務所の了承の元、上原さんが明るく素朴な人柄で撮影にのぞんでいただいたシーンを、放送させて頂きました。上原美優さんのご冥福を心からお祈り申し上げます」と放送の経緯を説明している。放送では、しょこたん(中川翔子=26)と都心に生えていたゼンマイなどの野草を嬉々として採取していた。
一方、ミソをつけたのが日本テレビ。13日夜の日本テレビ系「一攫千金オークション!! 世界☆ドリームワーク~カラダを張って稼ぐぞSP」では。上原さんが出てくるシーンは極力カットされ、全体が映る引きの映像では、顔やネームプレートにモザイクがかけられたのだ。これには視聴者から批判が噴出、ネットなどでは「上原さんがかわいそう」「収録日をテロップで入れればすんだことなのに」との書き込みが相次いだ。
テレビ局関係者が残念がる。
「日本テレビはバラエティー番組などで頻繁に上原さんを起用していたんです。今回の放送だって、ゲストのひな壇にはお笑い芸人ばかりだった。むさくるしいところに上原さんを同じひな壇に並ばせることで番組としてのアクセントをつけやすかったんです。上原さんも仕事を選ぶことなく収録に臨んでくれることから使いやすかったんですよ」。
日本テレビにとって上原さんは「酷使」しやすかったタレントだったようだ。テレビ局関係者は続ける。
「2010年2月に行われた東京マラソンに上原さんを走らせたときだってそうですよ。キー局が持ち回りで幹事社をやるんですが、あの年は日テレだった。一般のエントリーは競争率何倍もあろうかという『プラチナ・マラソン』に、社の方針で局アナやお笑い芸人などをどんどんエントリーさせた。上原さんにも、ろくに練習もできないのは承知の上でオファーを出したと聞きます。まったく、いいように使われた感じ(25キロ地点で制限時間オーバーによりリタイア)。そんな日テレが自殺したからといって上原さんをモザイク処理とは…。あまりにも…ですよねえ。最近の日テレは社内のゴタゴタが番組制作にも反映されてるんじゃないかと思いますね。こじんまりしてしまったというか官僚的になってしまったというか」
視聴率低下や社員の収入激減報道がなされるなど凋落ぶりがささやかれている日本テレビ、「貧すれば鈍する」ということなのか。
"貧乏アイドル"として人気だった上原美優(享年24)が12日未明、東京都目黒区の自宅マンションで首をつっている状態で見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。10日付のブログでは「リアルに私、恋愛が出来ない。恋多き女だった私が、恋の仕方も、恋愛の仕方も、リアルにわかんなくなってる」「私の周りはどんどんみんなHAPPY loveになって美優も嬉しいけど(中略)本当の心の美優、ヤバいヤバいヤバいヤバい」などと恋愛の悩みを告白。彼女は最初に遺体を発見した男性会社員(26)と恋愛関係にあり、死の直前まで自宅で一緒に過ごしていた。周囲からは「二人の交際は順調だった」との証言もあったが、「2時間だけ一人になりたい」と上原が希望して男性会社員が部屋を出ていた間に自殺しており、本人たちにしか分からない問題を抱えていたのかもしれない。 著書『10人兄弟貧乏アイドル☆ 私、イケナイ少女だったんでしょうか?』(ポプラ社)では、過去に失恋によって自殺未遂を図ったことを告白しているが、精神的にもろい部分があったのだろうか。 「昨年3月に母親を亡くしてから、精神的に不安定になることが多くなり、精神安定剤や睡眠薬を常用していたようです。手首のリストカットのあとを目撃した関係者も少なくありません。スタジオで見掛けても、以前のような明るさや前向きさが失われた印象があったので、自殺の知らせは驚きと同時に『やっぱり......』という気持ちもありました」(芸能関係者) 若くして命を絶ったアイドルといえば、1986年4月8日に所属していたサンミュージックの屋上から飛び降り自殺した岡田有希子(享年18)が真っ先に思い浮かぶ。彼女の死の真相も諸説あるが、人気俳優との恋愛関係のもつれが直接の原因だったというのが業界の定説となっている。岡田が投身自殺する10日ほど前には、ドラマ『スケバン刑事』(フジテレビ系)などに出演したアイドル・遠藤康子(享年17)が飛び降り自殺しており、恋人との交際を事務所に反対されたことが原因と言われた。97年5月に自殺した女優・可愛かずみ(享年32)は、当時ヤクルトスワローズ投手で元交際相手の川崎憲次郎が住んでいたマンションから飛び降りた。また、90年代に活躍した三人組セクシーグループ「みるく」の堀口綾子(享年22)は、音楽的才能が認められてソロ歌手としての将来を嘱望されていたが、仕事の方向性に関して事務所と衝突があった中で95年4月に首つり自殺した。 いずれも誰もがうらやむほどの才能や若さがあり、将来を悲観する要素が一見ないように思える彼女たち。上原についても、ひところよりは仕事が減ったものの、FXの勉強を始めてラジオで冠番組を持つなど十分に活躍していたと言える状態だった。大事な恋人や肉親を失ったとしても、慰めてくれるタレント仲間や関係者はたくさん居たはずだ。にもかかわらず、なぜ彼女たちは死を選んでしまったのか。 「失恋や肉親の死など大きな心の支えを失った時に死を選んでしまうのは、タレントに限ったことではありません。しかし、特に人気タレントとなると世間とのかかわりが薄くなり、タレント仲間やスタッフ、事務所関係者としか顔を合わせなくなるため、視野が極端に狭くなります。しかも、ほとんどが仕事上の関係であり、自分を『商品』としてしか見てくれません。だからこそ、自分を一人の人間として見てくれて、どんな時でも絶対的な味方でいてくれる肉親や恋人に極端に依存してしまうのです。依存対象がマネジャーや事務所の社長になることもありますが、その信頼関係は仕事の成り行きで簡単に崩れてしまう。人気アイドルといっても、心に弱さを抱えた若い女性。支えを失った時のショックが大きすぎるあまり、自分の状況が冷静に見られなくなるのかもしれません」(芸能事務所関係者) 一見華やかな芸能界だが、孤独に苦しみながら必死に笑顔をつくって愛嬌を振りまいている悲しいタレントは、我々が思っているよりも多いのかもしれない。
・アイドルを死に追い込む「芸能界の孤独」 2011年05月16日08時00分 メンズサイゾー
http://news.livedoor.com/article/detail/5559871/
田中好子さんの告別式で、伊藤蘭さん、藤村美樹さんが弔辞を述べた。2人の言葉の中には、共に「3人で」という同じ思いが込められていた。 田中好子さん、最後の肉声 田中好子さん告別式、伊藤蘭さんと藤村美樹さんの弔辞 ・伊藤蘭さん弔辞全文「悔しい気持ちで一杯」 2011/04/25 14:31
スーさん。あなたが旅立つとき、1人で寂しくないように、美樹さんと一緒にあなたの名前を何度も呼びました。私たちの声はちゃんと届いていましたか? 時間がたつほどに大切な人を失った悲しみとさびしさがこみあげてきて、いま、わたしたちはとても困惑しています。 お互いにまだ幼い中学生だったころに出会い、キャンディーズというグループを通して喜びも苦しみもともに分かちあい、すばらしい青春時代を過ごすことができました。スーさんはいつも春のように優しい微笑みで私たちを包み、なごませてくれましたね。 その後の女優としての活躍はいうまでもなく、いい仕事をたくさんして、多くの人たちに感動を与えてくれました。体のことを打ち明けられたときは、『なぜスーさんが』と、悔しい気持ちで一杯でした。本当は辛いはずなのに、いつも3人で会うときは「笑うことが一番の薬なのよ」と言って、明るく楽しい時間を過ごし、反対に私たちの方が励まされていたような気がします。 3人の中では一番年下で甘えん坊だったスーさんが、いつの間にか、強く、頼もしく、心豊かな女性になっていたことに驚かされました。お見舞いに行ったときも、体調が思わしくないにもかかわらず私たちを気遣い、いつものようにユーモアを忘れない、本当にかわいいスーさんでしたね。 愛情一杯のご主人、一雄さんや、スーさんが一番気にかけていたお父さん、お姉さん、そのご家族、そして、いつも側に寄り添っていたマネジャーの丸尾さんの気持ちを思うと、とても胸が痛みます。 私たちはみんな、大好きなあなたの笑顔を、そして最後まで病気と闘い、立派に生き抜いたその勇気を決して忘れることはありません。それを支えに、何とか頑張って生きていかなければと、自分に言い聞かせています。どうぞ私たちのことを見守っていてくださいね。 ただ、もう一度だけでいいから、3人で会いたかったです。約束していたのに果たされなかったのが残念でなりません。だから今はまだ、「さよなら」は言わずにおきますね。いつか会えるときまで、もう少しだけ待っててね。 これからは今までの心配や不安から解き放たれて、どうかゆっくり休んでほしいと思います。ミキさんと私にとって、いつまでも特別な存在のスーさん。心から感謝しています。ありがとうスーさん。ずっとずっと愛しています。 スーさん、何でそんなに早く逝っちゃったの? おばあさんになるまで恒例の集合写真をたくさん撮りたかったのに。スーさんがいないなんて寂しいよ。 数年前、スーさんからがんと聞かされたときは本当にショックでした。でも、『信頼できるお医者様が付いているから大丈夫』といって、そのことを前向きに受け止めていて、私たちを一時、安心させてくれましたね。 その後も、会うたびに変わらぬ笑顔で、いつも決まって深夜遅くまでお菓子を食べ、お茶を飲みながらおしゃべりをしたよね。心から楽しかった。あのときをずっと忘れないよ。 家族や周りの人には心配を掛けたくないとの思い、で病気のことを隠して必死に走り続けた数年間、本当によくがんばりましたね。スーさんのことだから、すごくつらいときにも優しい心配りで、周りの人たちをなごやかにさせ、その場の雰囲気をぱあっと明るく変えたのではないかと想像できます。 最後まで頑張り通したスーさん。惜しくも亡くなる当日も、本当によく頑張ってくれましたね。ありがとう。私も蘭さんも、もう間に合わないかと思ったけど、3人がそろってからのあの数時間は奇跡でした。 いつもなら絶対に集まることが不可能な人も、親族も、みんなが勢揃いし、スーさんを取り囲んでお話をしたり、代わる代わる声を掛けたり、手をさすったりしました。その、柔らかい手の感触を今でも思い出します。 スーさんは一足先に天国に行ってしまうけど、天国はそれはそれは素晴らしいとこらしいですね。スーさん、どうですか? おばあちゃんとおじいちゃん、かずちゃんやお母さん、まさこちゃんにも会えましたか? 神様は、この世のお役目を果たした人をそちらへ呼んでしまうようです。スーさんはもうお許しが出たのですね。これは神様からのプレゼントだってこと。新たな命をいただいて、そちらで幸せに暮らして下さい。 どうやら私たちは神様からお許しがまだ出ないので、スーさんの分まで明るく前向きに一生懸命、誠実に1日1日を生きます。私たちもいずれそちらに行きますのでそ、ちらで待っていてね。また3人で歌いましょう。 本当にキャンディーズは楽しかった。本当に私たちはスーさんと出会えて幸せでした。私たちは永遠にキャンディーズだからね。お揃いのものも大切にするよ。 ありがとう。スーさん。愛してるよ。 ★
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/504022/
平成23年4月25日 伊藤蘭
・藤村美樹さん弔辞全文「また3人で歌いましょう」 2011/04/25 14:31
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/504021/
平成23年4月25日 ミキ
あの頃は、若かった、幼かった。けど希望があった、夢があった。
ご冥福をお祈りします。
普通の女の子に戻りたい、の名台詞、あれは当時だからこそ言えた言葉だろう。
何故なら、今は「普通の女の子」そのものがほとんど存在しないからだ。
キャンディーズ、ヒットメドレー
微笑がえし(後楽園球場解散コンサートにて)
・伊藤蘭さん「あともう一度だけ3人で会いたい」 2011/04/24 20:29
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/503911/
アイドルグループ「キャンディーズ」のメンバーとして人気を博した女優、田中好子さんの通夜が24日、東京都港区の東京都青山葬儀所で行われた。
■元キャンディーズの伊藤蘭さんの話
「スーちゃんの口から病気だということを3年前に聞いた。『大変頼りにしているお医者さんがいるから大丈夫なのよ』と言っていた。はじめ聞いたときはショックだったが、逆に本人に励まされた。
昨年10月、3人で会う約束をして、時間を決めるはずだったが、それもかなわなかった。
年明けからも3人で会うことはかなわないままだった。ちょうど1カ月前に私と美樹さんに連絡があって、『(本人が)会いたいと言っているから病室に来てほしい』ということだった。その時は楽しい話だけをした。週に1度行けたらいいねと、美樹さんと話していた。
(田中さんが亡くなって)そのとき、美樹さんとしっかりしようねと話した。ただ日がたつにつれ、寂しくなってくる。21日に危篤の連絡を受けて、家族の中に呼んでいただいた。そのときはただ、名前を呼び続けた。あともう一度だけ3人で会いたい。もっと一緒に、ずっとそばで一緒に年を重ねたかった」
アイドルグループ「キャンディーズ」のメンバーとして人気を博した女優の田中好子(たなか・よしこ、本名・小達好子=おだて・よしこ)さんが21日夜、乳がんのため東京都内の病院で死去した。55歳だった。通夜は24日、葬儀は25日で、時間と場所は未定。 伊藤蘭さん、藤村美樹さんと「キャンディーズ」で昭和48年に歌手デビュー。スーちゃんの愛称で親しまれ、「年下の男の子」「春一番」「微笑がえし」など多くのヒット曲を送り出した。時代を象徴するアイドルとして熱狂的な人気を集めたが同53年、「普通の女の子に戻りたい」とグループを解散した。 その後は、女優業に専念。平成元年公開の映画「黒い雨」では、原爆の悲劇に見舞われたヒロインを務め、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など多くの賞に輝いた。その他の出演作に映画「ひめゆりの塔」「明日への遺言」、テレビドラマ「家なき子」「ちゅらさん」など。 同3年、女優の故夏目雅子さんの兄、小達一雄さんと結婚。同4年に乳がんと分かり、治療を続けてきたが、昨年秋に体調を崩し、入院していた。3月上旬にはテレビのナレーションをこなしたが、今月21日午前に容体が急変したという。 伊藤蘭さんの所属事務所の担当者は「突然の訃報で本人はショックを受けており、コメントを出せる状態ではない」と話した。
・元「キャンディーズ」の田中好子さん死去 2011/04/21 22:53
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/503600/
麻木久仁子の醜態が次々と明らかになっている。不貞には当たらないと言い切った当初の会見が、(麻木と山路が)婚姻関係にあったという大桃の反論会見により悉く崩れ去り、それを受けて麻木が「優しい嘘」などという更になる苦し紛れの言い逃れ、これが果たしてインテリタレントと言えるのか。
今年に入ってから麻木は公の場に姿を現していない。テレビでも既に収録が終わっている番組には登場したが、それらも麻木の映るシーンはかなりカットされていて、麻木自身がコメントするような場面はほとんど見受けられなかったようだ。
そして、今日5日になって、麻木は突如「冬休み」宣言をしてレギュラー番組には当面出ない意向を明らかにした。
・麻木久仁子“無期限冬休み”に… 2011年1月5日
http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/01/05/0003717174.shtml
タレント・大桃美代子(45)の元夫でAPF通信社代表の山路徹氏(49)との不倫&離婚を暴露された、タレントの麻木久仁子(48)が、“無期限冬休み”に入っていたことが4日、分かった。
麻木はこの日、レギュラーを務める大阪・ABCテレビの「NEWSゆう+」の生放送を欠席。同局の広報担当者によると、昨年末までは出演予定だったが、麻木側から欠席の申し出があったという。5日に出演予定だったTBS系「ひるおび!」の生放送も出演を見合わせることが決定。TBSの宣伝部は「長い冬休みで、とりあえず5日の出演はお休みされます」とした。
麻木の所属事務所も「冬休みということです」と説明。休みは基本的には今週いっぱいとしたが、次週以降については「その時になってみないと分からない。生放送に関しては、あらためて各局さんと相談の上で…」と言葉を濁した。
麻木は不倫騒動が起こった直後の昨年12月22日に都内で釈明会見を行ったがその後、公の場には姿を見せておらず、“復帰”が注目されていた。
(全文引用)
しかし、この「冬休み」という言い回しが実に麻木らしい逃げ口上というか、憎たらしい表現である。麻木が世間の批判を気にして出演を控えたのは明らかである。しかし冬休みというのは、特に何の問題もないが自主的に休んだということを言いたげな表現だ。自分の非をここまで認めようとしない麻木の態度は実に醜いとしか言いようが無い。
ところで、今回の騒動の発端は大桃美代子のツイッターでの発言とされているが、実はこれ以前に、日垣隆氏のツイッター発言を大桃が読んで、麻木と山路(大桃の元夫)との不倫を疑い騒動に発展したというのが真相だ。つまり騒動の発端はこの日垣隆氏のツイッター発言ということになる。尚、日垣隆氏とはウィキペディアによれば作家、ノンフィクションライターとされている。
・日垣隆氏の麻木関連ツイッター発言
http://togetter.com/li/81688
但し、日垣氏自身は元々不倫騒動に関心があったのではなく、TBSで不正経理があるという疑惑や、山路氏と関係の深かったジャーナリストをミャンマーで見殺しにしたことを問題視していたようで、麻木騒動は後からついてきた話題のようだ。
しかしながら、この日垣氏のツイッターからも麻木の強かさは充分垣間見える。もう自分には怖いものなしだといった自信に満ち溢れているかのようなコメントが目立つ。以下に一部を例示する。
・「完全に居直ってた。大桃さんに対する謝罪の気持ち、ないと断言。」(2010-12-22 04:05:47)
・「2、3年半前の離婚会見もウソで固めて笑顔で乗り切ったら、仕事がたくさん来た。離婚バブル。うふふ。」(2010-12-22 13:20:37)
・「今度も『離婚バブル』で乗り切ってみせる。見てて。私は転んでもタダでは起きない女よ。」(2010-12-22 13:22:54)
この他にも、2ちゃんねるやヤフーコメントなどネット上では、麻木に関する様々な噂が幾つか挙げられている。例えば、お笑い芸人全体を馬鹿にしていたとか、クイズ番組で問題と答えを予め知っていたなどが挙げられる。勿論これらについては、確証が取れていることではないので真実かどうかはわからない。しかし麻木が腹黒い女であることは大半の人が認識しているであろう。それを考えれば、全くのガセネタとも言い難い。
更に、アサヒ芸能1/13日号によれば、生放送で他のコーナーが長引いて麻木の発言時間に影響が出た時など、スタッフが麻木に恫喝されるような叱責を受けるという。また、麻木の荷物や衣服を一時置きするための「麻木フック」なるものを用意させていたなど、まさにVIP気取りであったという。
まだまだ麻木の悪評は出てきそうな勢いだ。
麻木久仁子は芸能界におけるフェミニズムの象徴的存在なのか。世間を賑わせている不倫騒動に関しても、何故か麻木に対するマスコミの批判論調は少ない。それどころか、略奪された格好になった大桃美代子や元夫の山路徹への批判がワイドショーでも聞かれる。やはり報道に強い圧力がかかっているのは間違いなさそうだ。
事の発端は、大桃美代子がツイッターで彼女の元夫である山路徹と麻木久仁子との不倫関係を発表したことに端を発する。その後3人がそれぞれ会見を開くなどしているが、どうも話が食い違っている部分がある。
これら一連の流れについては、報道でご存知の方も多いと思うが、最も不審に思える点は、マスコミの報道姿勢が極度に麻木久仁子を擁護する格好になっているということだ。
例えば、麻木は当初の会見では、代理人として弘中惇一郎弁護士を伴い、山路と大桃との婚姻関係が事実上破綻しているため不倫関係には当たらないと力説していた。だがその後の大桃の会見で、交際中も山路は本妻の大桃と同居していたなど、婚姻関係が破綻していたと判断するにはあまりに無理がある事実が発覚している。
更に、麻木は山路との交際開始時期を平成18年(2006年)と話していた。だがそれも「2005・・・、6年、2006年ですね」と曖昧さを思わせるような話し方だった。しかし山路は平成16年(2004年)から交際していると話している。またこれは大桃にも同様の話をしていることから確度は高いと思われる。もし平成16年から交際が始まっていたとすると、麻木自身も作曲家の松本晃彦氏とまだ婚姻状態だったことになり(平成18年に離婚)、いわゆるW不倫状態ということになってしまう。
ところが、テレビのワイドショーなどではこの話題に関し、当初はツイッターで発言した大桃美代子を芸能界のルールを破っているなどと批判し、不倫ではないとする麻木側の弁解に基づき、不倫暴露は的外れな批判であるかのような論調になっていた。
しかし、大桃の会見で不倫どころか麻木と山路が婚姻関係にあった事実が発覚し、麻木の嘘が明らかになると、今度は批判の矛先が山路に変わった。山路の不倫は勿論、ジャーナリスト活動において麻木から資金提供を受けていたことなどに関して、山路はヒモであるなどと軽蔑するような論調も飛び出した。
27、28日のテレ朝系「ワイド・スクランブル」でも報道の偏向は顕著だ。27日の放送では大桃、山路、麻木それぞれの会見を抜粋して流したが、コメンテーターは「優しい嘘」などの麻木のコメントには触れず、揃って山路批判をした。また街頭インタビューでは山路は男としてどうかと思うといった意見や、ツイッターで暴露した大桃の手法を批判する意見ばかりを集めて放送し、中には、麻木さんも被害者などという意見まで放送していた。しかし、麻木を批判する意見は一切放送されなかった。
また、28日の放送でも、麻木の「不倫ではない」発言に対しては、代理人の弘中弁護士が本人はそう思っているのだからと歯切れが悪いながらも依然として正当性を主張した。これについては、大澤孝征弁護士が電話取材で、別居してるわけでもないのに、(山路から)婚姻関係が破綻していると聞かされて(麻木が)そのまま信じるのは不自然などとして、今回のケースで裁判などに発展すれば、婚姻関係が破綻しているとは言えないという判断になるだろうと話していた。この大澤弁護士のコメントが唯一、麻木にとって不利なコメントと言えよう。但し、電話からの声と言うことで、画面には大澤氏の声が字幕で表示されていたが、最後の「婚姻関係が破綻しているとは言えない」の部分が「婚姻関係が破綻していると言える」と全く逆の意味の表示になっていた。単純ミスなのか、或いは意図的にミスしたように見せかけているのかは不明である。そしてスタジオでは、かつてトヨタの期間工に関してネット上で物議を醸した池内ひろ美氏がゲスト出演し、婚姻関係が破綻しているかどうかは単純には判断出来ない旨のコメントをしている。そして大桃さんは大変気の毒であるともコメント、そして麻木から山路への資金援助に関しては、夫婦であるなら相互協力は当然のことで別に批判されることではないとした。また他のコメンテータは揃って山路は男として最低であるといった批判を繰り返していた。
恐らく、ここ数日の報道を見る限りでは、当初はツイッター暴露の大桃を批判していたが、ネット世論やマスコミ等に寄せられる意見などで方針転換をして、一転して大桃を悲劇のヒロインとして、山路1人を悪者に仕立て上げ、麻木も巻き添えを食った被害者という構図にしようとしているのではないかと考えられる。
では、マスコミ或いはそれらを動かす勢力は何が狙いなのか。こうした男女の話には当然フェミニズムが情報操作をする。では連中はどうしたいのか。連中は男が悪で女は善というのが基本理念なので、大桃VS麻木という女対女の構図にはしたくない。連中は必ず男対女の対立構図を描き、そこで男を非難するというのが定番だ。従って山路批判が一方的になるのは筋書き通りだろう。だが問題は麻木と大桃の扱いだ。麻木はクイズやバラエティー番組などでお馴染みの知性派タレントの印象がある。そして離婚歴もあることから、働く女性、結婚に捉われない女性としてフェミの象徴的存在にするのにはうってつけの女性である。しかも麻木は夫婦別姓にも賛成しているらしい。こうなると是が非でも麻木の印象を崩してはいけないという圧力が働くのは必至だ。
これに対し、大桃の場合はというと、彼女もまた結婚前にはクイズ番組等にも度々出演するなど知性派の類である。高木美保とも交友関係があるらしい。しかし、大桃の姿勢はフェミニズムとは相反する部分も随所に見られる。例えば今回の会見の中でも、前日の山路の「今回の件について悪いのは私(山路)」という発言に関して、「一人だけ悪いのではなく、私も悪いところがある」と山路を庇うコメントがあった。これは、妻として自分にも至らないところがあったのではといった自戒の意識の表れだと考えられる。
実際、山路と大桃の結婚直後は大桃も仕事が忙しく、また韓国に短期間ではあるが留学をしていたことなど、夫を自分のところに繋ぎ止めておけなかったという自責の念があったのだろう。こうした考え方は実に素晴らしい考え方で多くの女性が学ぶべき良識の王道とも言えるのだが、これを根底から否定するのがフェミニズムだ。従って、大桃の会見を見ながら、この女は我々の敵だと思ったフェミニストも少なくないだろう。
以上の様に、麻木と大桃の性質の違いを比べると、フェミ陣営としては麻木を全面的に擁護し、大桃を批判的に扱いたいという結論に帰着する筈である。ところが、大衆の評価はというと、麻木に批判的な印象が多数派で、大桃には勿論、山路にも擁護の声があるという調査結果が出ている。
それでも、調査結果など無視して報道するのがこれまでのマスコミの姿勢なので、強引に麻木が善、そして山路、大桃が悪という構図で報道することは可能だ。ところが、離婚や不倫などの話題は主に主婦層に最も関心の高い話題である。そのため、余りに大衆の意識と外れた報道を続けても不信感が募るばかりで逆効果になることも多い。元々フェミニズムは男性の反論など一切無視するし、男性全員を敵に回しても全く脅威には感じない。しかし主婦の反論となると話は別で、専業主婦を否定しつつも、それを明確には言えないところなどは主婦の声を脅威に感じていることの何よりの証である。従って、現時点では、山路への批判を集中させて麻木への批判から世間の目をそらさせようという報道が大半になるのではと予想する。
・麻木発言に大桃美代子が反論、元夫の山路との離婚も「したくなかった」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/478083/
<大桃、会見で暴露「2人は結婚していた」 2010/12/25 08:29>
タレント、大桃美代子(45)が24日、都内で会見を開き、前夫でAPF通信代表の山路徹氏(49)とタレント、麻木久仁子(48)との“不倫”をツイッターで暴露後、初めて公の場に姿を見せた。大桃は、山路氏から「麻木と婚姻関係にあった」などと聞かされたことを衝撃告白。麻木は会見を受けて急転直下、この日午後9時過ぎにファクスで2度目の結婚と離婚を認めた。
自らの“つぶやき”から端を発した熟女不倫騒動。事の大きさを物語るように、会見場には130人の報道陣が集まる。無数のフラッシュの中、渦中の大桃が神妙な表情で登場した。
「自分で行ってしまったツイッターのことで、世の中の方々にご迷惑、人として大きな心配をおかけしたことを申し訳なく思っています」。会見の冒頭、大桃はほおを強ばらせて謝罪の言葉を口にした。2日前の会見で笑顔を浮かべて登場した麻木と正反対の姿だ。
が、会見が進んでいくにつれ、双方の認識の食い違いが浮き彫りになった。大桃によると、山路氏と麻木の交際を知ったのは約1カ月前。「インターネットに、山路さんと麻木久仁子さんが愛人関係にあるという記事がありまして、山路さんに電話しました。実は6年ちょっと前からお付き合いが続いていたと聞きました。もう1つ、山路さんと麻木さんが婚姻関係にあると告げられました」と衝撃的な事実を明かした。
一方の麻木は自身の会見で山路氏との同居婚を否定。交際開始時期は麻木が作曲家、松本晃彦氏(47)と離婚が成立した2006年3月の直前としていた。しかし、山路氏が大桃に伝えたことが事実なら、大桃と山路氏が結婚して2年目から“W不倫関係”が続いていたことになる。
さらに、大桃は山路氏との家庭生活について、「生活が破綻していたとは私はまったく思いません。06年6月に離婚していますけど、いずれまた修復できる機会があればと思って、私は別れたくなかった」と吐露。同年の2、3月から何度も判を押した離婚届を破っていたそうで、離婚後もお互いに連絡を取り合っていたという。
大桃は、麻木が山路氏との関係が不倫にあたらないとする点に、「その理論が私の中では理解できない。籍が入っているということは、結婚しているということなので」と真っ向から反論。訴訟問題に発展する可能性について「訴えようというのはない」としたが、双方ともに山路氏からの伝聞が“ネタ元”になっており、大桃は麻木側の弁護士と話し合いを持つ意向を示した。午前中に海外の滞在先から帰国し、午後3時から会見を開いた大桃は「新しい人生を歩んでいく中でスタートを新しくきりたいなと思います」とポツリ。皮肉にも、この日はクリスマスイブ。会見場近くの表参道には色とりどりのイルミネーションが灯され、幸せそうなカップルが道を歩いていた。
http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/83357/full/
<大桃美代子、麻木の主張は「理解できない」 山路氏との再婚ほのめかす>
タレントの大桃美代子(45)が24日、自身がツイッターで投稿した元夫のAPF通信社・山路徹代表(49)とタレント・麻木久仁子(48)との関係について都内で会見を開いた。麻木側の主張に対し、大桃は「『(結婚生活が)破綻していれば不倫じゃない』という理論がわからない。戸籍が入っている(状態での交際になる)ので私の中では理解できない。その時は結婚生活が破綻しているとは思ってないので、お互いの感情の違いだと思います」と反論。大桃自身のなかに山路氏に対する未練が強く感じられるコメントが続き、さらに山路氏からは「麻木と婚姻関係にあった」と聞かされたと明かした。
うっすら涙をためていた麻木の会見とは対照的に、大桃は涙ぐむ場面もなく報道陣の質問に対応。今回の発端は、20年ぶりに行われたミャンマーの総選挙の取材に入った山路氏が現地で拘束されたというニュースを受け、インターネットを見ていたところ偶然、山路氏と麻木が愛人関係にあるという一部記事を発見し、安否や愛人報道の真偽確認のため山路氏と直接連絡をとったことからだという。
その際、今も「尊敬してますし、お仕事の上で相談していたし嫌いではない」という山路氏から「6年前から交際していた」との説明を受け、自身の結婚生活と期間が重なっていたことから「ショックだった」。自身の感情を制御できずツイッターで公開したことには「稚拙だった。これほどの大きなことになるとは自分の中で思ってなかった」と弁明し、名前を出したことは「麻木さんや山路さんに申し訳なかった」と謝罪。その一方で「衝撃と怒りが一緒になってツイートしたので、怒りがなかったといえばウソになる」と山路氏への憤りも当然あったという。
大桃は会見中、離婚したことと離婚理由について「納得していない」という言葉を数回に渡って使用しており、山路氏とは「私は別れたくなかった」とも。「何度か離婚届に判を押して破るということが繰り返された」といい、山路氏が「目指している部分に(妻として)私がいることで負担になると思った。負担になりたくなかった」と完全に気持ちを消化しきれないまま離婚に踏み切ったという。
今後の話し合いは「必要だと思います」。麻木が「誤解している」と発言したことには「私が(山路氏から)伝え聞いてる部分と、麻木さんが伝え聞いている部分は違うと思うので、そこを聞いてみたいです」と双方へ異なる説明があったことを示唆。麻木は会見中、「1ヶ月前に破局した」と明かしたが、大桃は「麻木さんとは、山路さんは『婚姻関係がある』と言っていたので、麻木さんの『破局』という(表現)のがビックリだったんですね」と麻木が再婚していた可能性もにおわせた。
双方が会見を開いたことで、注目されるのは山路氏の発言。23日に京都市内でのイベントに出席した山路氏は、集まった報道陣に対し「今回の件について悪いのは私」と自身の非を認め、「大桃さんの会見が終わったらちゃんと話します」と公約した。なお大桃は会見中、山路氏のこの発言に触れ「一人だけ悪いのではなく、私も悪いところがあるし、誰々の責任ということではないと思います」としている。
・麻木久仁子、FAXで認めた「婚姻は事実」 2010/12/25 14:33
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/478185/
タレント、大桃美代子(45)が24日、都内で会見を開き、前夫でAPF通信代表の山路徹氏(49)とタレント、麻木久仁子(48)との“不倫”をツイッターで暴露後、初めて公の場に姿を見せた。大桃は、山路氏から「麻木と婚姻関係にあった」などと聞かされたことを衝撃告白。麻木は会見を受けて急転直下、この日午後9時過ぎにファクスで2度目の結婚と離婚を認めた。
大桃による“2度目の暴露”から約6時間後。麻木が急きょ、ファクスで「婚姻関係にあったとのことについては、事実であり否定するものではありません」と事実関係を認める声明を出した。
22日の会見では山路氏との交際事実は認めたものの、結婚については一切口にせず。報道陣から「事実婚の関係か?」と質問を受けたが、「基本的には娘がハタチになるまで、どなたとも一般的な同居した結婚はしないと決意してきた。事実婚ってなんだろうって思いますけど、二人三脚で生きてきたなという気持ちでした」と返答していた。
が、2日後に一転して婚姻関係を“白状”だ。麻木は前夫で作曲家、松本晃彦氏(47)と離婚したのが2006年3月31日だった。民法上で女性は離婚届を提出してから6カ月後まで再婚は認められておらず、2人が夫婦となったのは早くても同年10月以降。また、山路氏と大桃は06年6月に離婚したが、その事実を09年11月まで公表していなかった。
山路氏は今年11月7日にミャンマーの秘密警察に不法入国容疑で拘束された際、本名を「松本徹」と名乗っていた。麻木が戸籍上で松本姓を残し、山路氏が婿養子として改姓した可能性を指摘する声も。麻木は自身の会見で山路氏のマンションの家賃などを負担していたことを明かした上で、約1カ月前に破局したことを報告した。現在、弁護士が事務処理を続けているという。
この日の大桃の会見では婚姻関係以外にも、山路氏との交際開始時期など認識の食い違いが判明した。麻木は「男女の間では必ずしも、あからさまな事実のみが語られるとは限りません。時には思いやりから『優しい嘘』をついて下さったこともあろうかと、受け止めているところです」と山路氏の“嘘”を指摘。
次々と衝撃事実が発覚する中、山路氏の弁明に注目が集まる。
・大桃は未練…25日にも山路氏と緊急会談
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20101225-717255.html
タレント麻木久仁子(48)が、タレント大桃美代子(45)の前夫、APF通信社代表の山路徹氏(49)と結婚し、約1カ月前に離婚していたことが24日、判明した。この日、都内で会見した大桃が暴露し、麻木も認めた。
大桃と山路氏が今日25日にも「緊急会談」する方向になった。会見で大桃が「山路さんと話し合いたい」と話し、山路氏も報道陣に「大桃さんと話した上で会見を行いたい」などと説明した。
また、大桃は山路氏への未練を隠さなかった。23日に山路氏が報道陣を前に「悪いのは私です」と発言したが、大桃は「誰々の責任ではない」とかばった。さらに「まだ、山路さんを愛しているのか」と問われると、「う~ん」と間を置き「すごく尊敬していますし、嫌いではない」と話した。
麻木が山路氏に対して金銭的支援をしていたことについては「まったく知らなかったので、ビックリした」と話したが、自身による山路氏への支援については「私の個人事務所のお手伝いをしてくれた際、その報酬を支払っていただけ」と否定した。
[2010年12月25日8時29分 紙面から]
・麻木久仁子が婚姻関係を認めた!
http://npn.co.jp/article/detail/50041416/
24日、タレントの大桃美代子がツイッターで、前夫の山路徹氏とタレントの麻木久仁子が不倫関係にあったことを暴露した件で、会見を開いたことに対し、すでに会見を開いていた麻木久仁子が昨夜、報道各社へFAXを送った。
このFAXによると、麻木は婚姻関係にあった事実を認め、大桃と認識が異なる点を山路氏の「優しい嘘」と語っている。また、婚姻関係については弁護士より説明するという。
●以下、報道各社へ送ったFAXの文面
前略
私事でお騒がせし、申し訳ありません。
大桃美代子さんの会見の内容を伺いました。わたくしの認識とは、食い違うこともあるようです。
男女の間では必ずしも、あからさまな事実のみが語られるとは限りません。時には思いやりから「優しい嘘」をついて下さったこともあろうかと、受け止めているところです。
今はただ、山路氏と大桃さんの今後の御活躍をお祈りするばかりです。
婚姻関係にあったとのことについては、事実であり否定するものではありません。ただ、極めてプライベートな点を含みますので、後日改めて代理人の弁護士よりご説明させていただきたいと存じます。早々
麻木久仁子
・麻木1人負けイメージダウン最大の78%
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20101226-717714.html
タレント大桃美代子(45)がツイッターで前夫、APF通信社代表の山路徹氏(49)とタレント麻木久仁子(48)の不倫を暴露したことに始まる騒動で、最もイメージダウンになったのは麻木だった。ネットサイト「ニッカンスポーツ・コム」で、この三角関係の原因と展開について緊急アンケートを実施。5602人が回答を寄せ、「イメージダウンが大きいのは」の問いに78%が麻木と答えた。大桃や山路氏には同情票も多かった。
世間の目は麻木に厳しかった。大桃、麻木、山路氏の名前を並べた「イメージダウンが大きいのは」の質問に、「麻木久仁子」と答えた人は4377人と78%を占めた。
問題は大桃が19日に自身のツイッターで、麻木が前夫の山路氏と「不倫していた」と名指しでつぶやいたことに始まる。麻木が22日に会見し、24日に大桃が会見を開いた。麻木は「山路さんから(大桃との)夫婦生活が破綻していたと聞いていたので、不倫ではない」と主張したが、大桃は「破綻しているとは思っていなかった。自分もまだ籍が入っていたので、(交際は)不倫になる」と反論。両者の言い分は食い違うが、アンケートでは麻木の主張を81%を占める4561人が「言い訳にすぎない」と見ていた。
24日には大桃が「山路さんから麻木さんと婚姻関係にあると聞いた」と新たな暴露をしたことを受け、麻木は22日には明かさなかった山路氏との婚姻関係をファクスで認めた。所属事務所も2人が結婚し、1カ月前に離婚したことを明かした。この対応も印象を悪くした一因とみられる。
一方で、騒動のきっかけを作った大桃には意外なほどの同情票が集まった。「良くないが、気持ちは分かる」と2694人(48%)が答え、「良くない」と答えた1080人(19%)を大きく上回った。さらに山路氏の「悪いのは私です」という発言については、半数以上が「思わない」と回答した。麻木から金銭的支援を受けていたことについても「良くない」の回答は33%のみ。これらの結果を総合すると、麻木の「1人負け」になる。
3人の今後については、「3人が別々の人生を歩むべき」が94%と大半を占めた。山路氏との破局を宣言した麻木もそのつもりのようだが、麻木と山路氏の復縁を望む声は3%、山路氏への未練も印象づけた大桃と同氏の復縁を望む声も3%と少数だった。
[2010年12月26日8時23分 紙面から]
・「大桃さんにハッキリ言えなかった」 山路徹さん、会見で「不倫騒動」語る 2010/12/26 18:57
http://www.j-cast.com/2010/12/26084448.html?p=all
タレントの大桃美代子さんがツイッターで、前夫でAPF通信社代表の山路徹さんとタレント麻木久仁子さんの「不倫」を暴露してから1週間。公の場で詳細を語っていなかった山路さんが2010年12月26日、記者会見を開いた。
麻木さんとの交際は、2004年ごろからスタート。当時大桃さんと婚姻関係にあったものの、お互いのコミュニケーション不足から「気持ちが麻木さんに傾いていった」と言う。だが離婚の際に、麻木さんの存在について説明しなかった山路さん。「大桃さんにハッキリ言えなかった」とわびた。
「それは不倫と言うのでしょうね」
山路さんの会見は「ユーストリーム」などインターネットで生中継された。冒頭で「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありません」と謝罪。麻木さんと結婚していたことについて「事実です」としたうえで、1か月前に離婚していたことも認めた。
山路さんは03年に大桃さんと結婚したが、麻木さんと交際をスタートさせたのは04年ごろ。当時大桃さんは仕事が多忙なのに加えて05年には韓国に短期留学。山路さんにとっては「コミュニケーションがとれなくなっていた」と感じる一方で、仕事上での付き合いから食事を共にする機会が増えた麻木さんに気持ちが移っていったという。その関係について山路さんは「不倫ではなくて…」と言いかけたが「それは不倫と言うのでしょうね」と認めた。ただ「麻木さんから離婚を迫られたなどということは一切なく、自分が麻木さんにひかれた」と強調した。
一方で大桃さんに対しては「自分の言葉で伝えることができなかった」と、麻木さんとの関係を隠した形で離婚したことを認め、「残酷な沈黙になってしまった」「大変罪作りなことをした」と表現した。山路さんは、大桃さんと離婚後も仕事上の付き合いはあったというが、「真実」を伝えるタイミングがなかったと弁解。大桃さんは、12月19日にツイッターで「爆弾発言」する直前まで、山路さんと麻木さんの関係を知らされていなかった模様だ。
■金銭的な支援は受けたが高級車乗っていない
「大桃発言」の後、最初に会見したのは麻木さんだった。12月22日に報道陣に対して、過去に山路さんと交際していたことを認めた。だが交際時は、大桃さんと山路さんの結婚生活が破たんしていたと理解していたことを強調。さらに、その後山路さんと結婚したかについては、その事実を否定する発言をしていた。ところが、大桃さんが24日に開いた会見で麻木さんに反論。2人が婚姻関係にあったと聞かされていたと「バラした」のだ。すると麻木さんは一転、数時間後にマスコミ各社にファクスで、山路さんとの関係について「婚姻関係にあったとのことについては、事実であり否定するものではありません」と前言撤回。自身の会見で「ウソ」をついた格好となってしまった。
麻木さんと結婚した時期について山路さんは「麻木さんサイドが後日説明する、と話しているので今は言えない」と回答を避けた。ただ、麻木さんと同居していた事実はないと明言した。
さらに山路さんは、仕事上で麻木さんから金銭的な支援を受けていたことに触れた。金額については明かさなかったが、「一部で報道されているように、BMWなど高級車に乗っていたわけではなく、国産車です」と説明した。
今回の「騒動」が起きた後、大桃さんや麻木さんには会っていないと山路さん。随所で「自分がすべて悪い」と繰り返して、会見を終えた。
・「大桃美代子VS麻木久仁子」ワイドショーもウンザリ顔 2010/12/25 12:00
http://www.j-cast.com/tv/2010/12/25084416.html
<今週のワイドショー通信簿>
「年末ギリギリになって余計なことしてくれるなよ」ワイドショーのディレクターたちはそうぼやいているに違いない。麻木久仁子と元夫の不倫関係を、大桃美代子がツイッターで暴露した騒動だ。朝のワイドショーなどは12月の最終週までしっかり放送はあるが、12月も半ばを過ぎれば「年末モード」でその年のおさらい的ネタで埋めていく。そんなときに、不倫なのかどうかも不明瞭な暴露があって、しかも大桃は週末まで行方不明という話に引っ張り回されたのだから、いきおいネタ扱いは冷淡にならざるを得ない。
「海外から?大桃美代子ツイッター」(日本テレビ系スッキリ!!)、「『大桃さんが泣きわめけば場面白い』小倉智昭皮肉たっぷり」(フジテレビ系とくダネ!)と散々だった。
「人気のタレント、大物俳優がらみだったら仕方ないけど、賑やかしクラスの人たちと何かと噂もあるジャーナリストじゃ食指が動かないよ。他局がやるからやらないわけにいかないだけですよ」(ワイドショー担当ディレクター)
来週はまるで話題にされないということか。(テレビウォッチ編集部)
・山路氏 大桃と麻木それぞれから「報酬」
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2010/12/27/05.html
元妻でタレントの大桃美代子(45)の簡易ブログ「ツイッター」でタレント麻木久仁子(48)との不倫関係を暴露されたAPF通信社代表の山路徹氏(49)が26日、都内で会見した。麻木との婚姻関係は、別居の上、麻木の娘と一切会わない特殊な形だったことを強調。麻木からの金銭的支援については「個人事務所の代表を務めた報酬。金額は言えない」とした。
謝罪で会見を切り出した山路氏。「不倫ではないと言ったって通用しないと思う。すべて私のせい」と非を認めた。
麻木との関係について「04年くらいに2人きりで会うようになり、05年の後半にはお互いに引かれ合った」と説明。麻木と大桃では不倫か否かをめぐり真っ向対立しているが、「それぞれの発言はすべて正しい」とした。大桃との結婚生活の破綻については「麻木さんとの関係と離婚とは別問題。僕の心の中では破綻していた。ただ自分の心を大桃さんに説明しなかったことが問題を引き起こした」と話した。また、「(大桃とは)離婚成立まで別居しなかった」としており、麻木への心変わりを大桃に告げないまま同居を続けていたことになる。
一方、大桃が山路氏に渡していた「報酬」の名目としていた個人事務所の社長職については、離婚して離れたという。麻木と関係を持つ一方で、大桃から社長としての報酬を受け取っていたことになる。
麻木による金銭的支援について山路氏は06年以降「麻木さんの個人事務所で代表を務め報酬を受け取っていた」と話した。大桃のケースと全く同じで、麻木による家賃全額負担、車の提供については「マンションも車も事務所名義。それを僕が使った」と説明した。
一方で「戦地取材にはお金がかかる。バラエティーで稼いだお金が世のためになるのなら、という(麻木の)厚意があった」と、支援目的が大前提にあったことをうかがわせた。
麻木との婚姻関係で麻木側の姓となったことに「麻木さんの婿養子に入ったということ?」と問われると「形としてはそういうこと」と明言。一方、不可解な部分も多く残した。
離婚時期は「大桃さんから交際をただす電話があった少し前」と明かしたが、結婚時期は「今は言えない」。婚姻期間中は完全に別居していたといい、麻木の娘とも一切会っていなかったという。「それなら、あえて婚姻関係を結ぶことはなかったのでは?」との質問には「理由はあるが、今は言えない」と話すにとどめた。
◆山路 徹(やまじ・とおる)1961年(昭36)東京都生まれ。TBS、テレビ朝日系プロダクションを経て、92年に紛争専門ニュースプロダクション「APF(Asia Press Front)通信社」を設立。11月にはミャンマーに不法入国の疑いで拘束され2日で釈放された。著書に「正義という名の虐殺」「真実の紛争地帯」などがある。
[2010年12月27日]
・大澤弁護士「婚姻関係破綻とは言えない」 2010.12.27 05:01
http://www.sanspo.com/geino/news/101227/gnd1012270504001-n1.htm
タレント、大桃美代子(45)の元夫で、タレント、麻木久仁子(48)との再婚、破局が発覚したAPF通信社代表の山路徹氏(49)が26日、都内で会見。大桃と結婚した2年後の05年後半には麻木と親密になり、不倫だったことを認めた。
今回の争点は山路氏と麻木は「不倫」だったかどうかにある。元検事の大澤孝征弁護士(65)は不倫の法律上の定義について、麻木の会見で代理人の弘中惇一郎弁護士(65)が述べた「婚姻関係が破綻している場合、不貞とか不倫にあたらないという最高裁の判例がある」の言葉を踏襲した上で、「デリケートな問題だが、破綻の客観的検証が重要となる」と説明した。
今回の場合、山路氏は大桃との離婚について「心は麻木さんに偏り徐々に破綻した」と証言したが「法的には、心の中で麻木さんを思っているだけでは破綻とは言えない」と指摘。大澤氏によると、破綻は〔1〕別居しているか〔2〕家族など第三者を交えた離婚協議をしたか-などで判断するという。山路氏と大桃は離婚まで別居しておらず、麻木と親密になった05年後半当時、離婚協議していない。山路氏と麻木は不倫にあたる可能性が非常に高いといえる。
・デヴィ夫人「普通のおばさんの麻木さん小賢しい」 2010/12/28 18:19
http://www.j-cast.com/tv/2010/12/28084696.html
不倫騒動で世の女性たちの反感を買っているタレントの麻木久仁子だが、デヴィ夫人もその1人。12月27日(2010年)のブログでは、「不倫を認めず、謝罪もせず、結婚していたことまで隠し『お付き合いはあった』などと大嘘をつき、あげくの果てに『優しい嘘』と、白々しくいう彼女」「女性の感情を逆撫でする 何と小賢しいことか」と、激しく麻木を批判している。
デヴィ夫人は「山路さんにしてみれば、麻木さんの方が収入があり、余裕もあったことでしょう。でなければ、どうみても普通のおばさんのような麻木さんは、美しさで比べたら大桃さんの比ではないのに、麻木さんに移った山路氏」と、麻木の容姿にまで言及。「なぜ『私も あなたのご主人を愛してしまったのよ、許して』とひと言、大桃さんに謝らないのですか?そうしたら大桃さんも何も言えなくなってしまったでしょうに」とも書いている。
芸能レポーター梨元勝氏が死去した。それには純粋にご冥福を祈るより他はない。だが何故それと岡田有希子を結びつけるのか。理由はそこに不思議な因縁を感じたからである。
梨元氏は8/21に死亡したが、ニュースになったのはその2日後の23日だった。彼が肺癌で闘病中ということは以前から知られていたので、それほど驚きはなかった。
だがその21日、当然まだ私は彼の死を知らない段階なのだが、ふと翌日の22日が岡田有希子さんの誕生日であることを思い出し、特別企画として岡田有希子に関する論考を執筆することを計画していたのだ。彼女を精神的に追い詰めたものは何だったのか、それを現代の荒廃社会から遡って類推出来ないかと考えたのだ。だか生憎22日は別件で時間を取られ、執筆には至らなかった。
そして23日に梨元氏の訃報。彼は岡田有希子自殺の時も所属するサンミュージック本社ビルに押しかけ、第一報を生でレポートしていた。この時の様子はユーチューブなどの動画サイトで今でも見られるようだが、人の自殺を楽しんでいるかのようだといった批判的な意見もあるという。
勿論、梨元氏がレポートした時点では既に有希子さんは亡くなっていたので、彼が有希子さんを追い詰めたわけではない。しかし、彼の死亡日と有希子さんの誕生日がたった1日違いというのも、何がしかの因縁を感じずにはいられないのだ。
では漸く本題に入ろう。岡田有希子さんが生まれたのは昭和42年(1967年)8月22日亡くなったのは昭和61年(1986年)4月8日、僅か19年の生涯だった。
自殺当時、多くのマスコミや週刊誌がこの話題を延々と取り上げた。彼女の遺書にドラマで共演した男性俳優の名前があり、彼との失恋が引き金になったという見方が大勢を占めたが、それは表向きの理由に過ぎないという見方や、或いはある大手プロダクションの俳優陣に枕営業を余儀なくされ、彼女は妊娠していたという話など、憶測が憶測を呼び、更にはデマまで飛び出し、真の真相は未だに闇に包まれている。
どんな世界にも闇の部分はある。フェミニズムを取り巻く政治にも闇は必ずある。従って我々は断片的な情報から推測するより他は無い。では有希子さんが自ら命を絶つに至った経緯は結局何だったのだろうか。
私は、彼女が成長していく過程で、次第に大人社会の理不尽な闇の部分に嫌気が差したというのが最たる理由ではないかと思う。金と権力、それだけで黒のものでも白にしてしまう、道徳や常識などというのは小学校の学級会の時に成り立つだけ、理想と現実の余りのギャップに彼女は押し潰されてしまったのではないだろうか。
それを裏付けるような出来事の一つに、彼女の新人の年である昭和59年の賞取りレースがある。当時は日本レコード大賞はじめ、日本歌謡大賞、日本テレビ音楽祭、FNS歌謡祭など賞レースが目白押しだった。この年は本命が吉川晃司、対抗馬に岡田有希子という図式だった。だがこれら賞取りレースにも裏の力が働いているのは間違いない。
最も印象的だったのはFNS歌謡祭だ。それまでの賞レースでは最優秀新人賞には吉川晃司が選ばれていた。しかしこの時は岡田有希子が最優秀新人賞に選ばれたのだ。彼女の名前が呼ばれた瞬間、会場にいた吉川晃司を応援する女性客からの「えー?」というどよめきがお茶の間にも聞こえてきたのを記憶している人は決して少なくないだろう。そうした不穏な空気を察したのか、呼ばれた岡田有希子も、感激して涙するとかいった仕草は一切なく、何か戸惑うような表情を浮かべていた。
そして彼女は大晦日の日本レコード大賞でも最優秀新人賞を獲得する。だが彼女は内心穏やかではなかったようだ。関係者らに対し彼女は「吉川晃司に申し訳ない」と漏らしていたというのだ。
有希子さんの意識は、女性の管理職を増やすために下駄を履かせろなどと主張するフェミニズムとは全く正反対のものだ。もしフェミニストならば、女性は差別されているから自分が最優秀に選ばれるのが当然、吉川晃司が選ばれようものなら女性差別だなどと騒ぎ立てるだろう。
いうなれば、有希子さんはそれだけ正義感の強い性格だったとも言えるのではないだろうか。だからこそ、理不尽な社会を認めたくないという意識が強かったのだろう。
彼女の死から20年余り、日本は益々闇の権力が暗躍する時代と化している。彼女の亡くなった昭和61年は男女雇用機会均等法の施行された年、ここからフェミニズム勢力は更なる拡大をして現在に至っている。今から思うと、彼女の死は、崩れ落ちていく日本社会への警告だったのかも知れない。
因みに、有希子さんは愛知県愛西市佐屋町の成満寺に眠っている。近年のネットの発達で、有希子さんのお墓に関する情報が簡単に入手出来るようなり、訪れる人が一時期より増加傾向にあるという。あまりに訪れる人が多いため、供花以外の供物は後始末に困るためしないようにと檀家より要望があると聞く。だがそれだけ参拝者が多いというのは、彼女の死と、現代の鬱屈した社会とがどこかで繋がっているかのような印象を持つ人が多いからではないだろうか。