土曜日の昼間、天気も良いし、風も心地良いし、散歩がてらに先週行きそびれたシバイサー博士の研究所を訪ねた。
ゴリコとガジポの遊び相手を一通りやって、まだ明るいのだが、時間に関係なく酒を飲んでいる博士の、その酒の相手をする。博士にとってはほとんど関心の無い事項とは思ったのだが、このところ噂の、マナの結婚話をちょっとした。
「そういえばマナは、最近女らしくなったなあ。」と言う。
「女らしく、男らしくなんて、最近流行らないみたいですよ。」
「うーん、そうかぁ。はんなりとかひんなりとか、女の武器としてあった方が良かろうと思うんだがな。おっぱいが大きいとか、美人だとかいうのも武器になるが、はんなりひんなりもそれに劣らない武器になると思うがな。」
「そうですね、私もそう思います。見た目の作りが少々不細工でも、所作の良い女は容姿もきれいに見えますからね。ところで博士、最近、何か発明はないですか?」
「発明か、最近寒かったから、なかなか良いアイデアが浮かばないな。あっ、そういえば、はんなりひんなりといえばだ、昔、ハンナギヒンナギという機械を作ったぞ。」
「ほう、ハンナギヒンナギですか。いったいどういう機械ですか?」
「そうだなあ、まだ残っているかなあ。」と博士は立ち上がって、倉庫の方へ向かう。それを私は引き止めた。つまらない発明だったら、取りに行くだけ無駄だからだ。
「博士、実物は後でいいです。話を伺ってからにしましょう。」
博士は「あーそう。」と肯いて、座りなおした。少し気に障ったのか、ギロっと私を一瞥して、泡盛を一口飲んで、それからハンナギヒンナギの説明を始めた。
「ハンナギヒンナギは、面倒なことになった時に、何もかもくしゃくしゃ丸めてポイっと捨てる機械だ。名前の説明は要らないな?」
ウチナーグチの解る私に説明は要らないが、知らない人のために、ハンナギは「放り投げる」という意味。ヒンナギはそれから発生した言葉で、同じ意味。
「その機械の前で悩みを打ち明ける。するとその機械がその悩みを吸い取って、それを文章にして、紙にプリントして、その紙をくしゃくしゃ丸めて、ポイっと捨てるわけだ。もう悩みたくない!って時に有効で、どんな悩みも一発解消となる。」
「でも、それは、悩みを忘れただけで、悩みそのものが解決されたってわけじゃないですよね?」と、私は博士を傷付けないように遠慮がちに訊いた。
「ふむふむ、もっともな質問だ。だがな、三十六計逃げるに如かずって言うだろ、何事もだな、もっとも有効な解決法はそのものから逃げるってことだ。悩みなんか悩んでいるだけ無駄っていう哲学的意味も含んでいる。カッ、カッ、カッ。」と博士は、発明品を説明する時はたいていそうであるように、今回も大いに得意げである。
ここで博士は一息ついた。酒を一口飲み、鰹節を一齧りして、さらにもう一口酒を飲んでから、ハンナギヒンナギの話を続けた。
「これにはまた、もう一つ機能がある。ハンナギカレンダーなるものを作ってくれる。例えば、仕事が辛くて、仕事から逃げたいとか、女房が煩くて、女房から逃げたいと悩んでいる人間がだ、そのハンナギカレンダーの日付を赤く塗ってしまえば、その日は仕事や女房から解放される。この世に責任を持たなくて良いというカレンダーだ。」
「ほう、それはいいですね。そういう人は多いですからね。毎日赤く塗ってしまえば、毎日が自由の身ってことですよね。うん、それは面白いですよ。」
「そういうことだ。それで全ての悩みから開放されるわけだ。ただしだな、あまり頻繁に赤い日を作ってしまうと、カレンダーが真っ白になる場合がある。」
「真っ白って、どういう意味ですか?」
「その日が来ないってことだ。つまり、この世に用無しとなるわけだ。悩みが無いってことは、すなわちそういうことだっていう哲学的意味も含んでいる。どうだい、カッ、カッ、カッ。」と、博士はさらにふんぞり返って、椅子から転げ落ちそうになった。
博士の言う通り、ハンナギヒンナギは確かに哲学的であったが、悩みを捨てる代わりに死んでしまうんじゃあ、欲深い人間達の需要があるとはとても思えない。ハンナギヒンナギが倉庫に眠ったままであったことの理由が私には理解できた。倉庫までわざわざ取りに行かせなくて良かったと私は思いつつ、研究所を離れたのであった。
あっ、そうそう、博士はハンナギヒンナギのコマーシャルソングも作っていて、その時歌ってくれた。『ハンナギ節』という題。これはなかなか良かった。
記:ゑんちゅ小僧 2008.3.7 →音楽(ハンナギ節)