ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

老化防止帽子

2009年10月23日 | 通信-科学・空想

 広辞苑で「初老」を引くと、1に「老境に入りかけた年ごろ」とあり、2に「40歳の異称」とある。「あっ、俺は初老をとうに超えている。」とショックを受けながら、「いや、まだ中年のはずだ。」と「中年」を引く。広辞苑には「青年と老年との中間の年頃。40歳前後の頃。」とあった。私は40歳をはるかに超えている。「そうか、俺は初老の晩年であり、中年の晩年でもあったか、もはや、老人と呼ばれるのは目前であるか!」とさらにショックを受ける。が、諦めの早い私は、「まっ、いいか」となる。
 自分で言うのも何だが、見た目の私は「老人に近い人」には見えない。周りの人に「若く見える」とよく言われるので、それはきっと確かだと思う。ではあるが、私の脳味噌はたぶん歳相応に老いている。記憶力がたぶん、歳相応に衰えている。
 これまでにこのHPで、既に600種以上の植物を紹介しているが、私はその三分の一も記憶していない。それは先日、自ら作成した紹介済み植物の索引を見て、そこにある名前を見て、その植物の姿を思い出せたのがその程度だったということで証明された。
          

 父の自伝が一応完成した。一応なので第一部としている。父次第なんだが、これから他に何か思い出すことがあったら、それを書いてもらって第二部にしようと考えている。
 父の自伝は、幼少の頃、学校のこと、両親のこと、兄姉のこと、戦争、戦後の暮らし、結婚のこと、仕事のこと、妻のこと、子供達のこと、家のことなど、全部で11章(分けたのは私だが)に分かれている。遊び、友人、恋愛、悩みなどということについてはあまり触れられていない。ということで、400字詰め原稿用紙にすると約30枚分に収まった。父の一生分にしては少ないが、しかし、まあ、よく頑張ったと思う。

  父の自伝、その幼少の頃の章を読んで驚いたことがある。父は小学校(当時は尋常小等学校)の担任の先生の名前をフルネームで全て覚えていた。しかも、その先生は背が低かった、優しかった、厳しかった、尻をよく叩かれたということまで覚えていた。
 私はというと、小学校一年の時の担任の名前をかろうじて覚えている程度。名前は覚えていても顔や、どんな人だったかなんて全く思い出せない。小学校二年から六年までは、数人の友達のことは思い出せても、担任については顔も名前も深い霧の中だ。

 父の記憶力の良さに驚き、自分の記憶力の悪さを痛感して、元々記憶力が弱い上に、これから年取ってさらに記憶力が衰えていくのかと思うと恐ろしい。私が父の歳になる頃、私は私自身さえも覚えているだろうか、と不安を感じる。
  そこで考えた。知人の発明家、シバイサー博士に頼んで、老化防止帽子なるものを作ってもらうことにした。老化防止帽子、その名の通りの効果がある機械で、その名の通り、見た目は帽子。ただ、見た目の老化防止では無く、脳の老化防止。
 将来、コンピューターはさらに高性能で、なおかつ、小型化されるであろう。それを帽子の一部に埋め込む。帽子は全体にくまなくセンサーが付いており、それで脳波を感じ取ることができ、逆に脳に電気信号を送ることができる。
 つまり、老化防止帽子は脳の一部になる。思ったり、考えたりはできない(技術的にはできるかもしれない)が、記憶の倉庫になる。記憶力の弱い私向きの機械。
          

 記:2009.10.23 島乃ガジ丸