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空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

問いの仕方のイジワルさ・・・「意欲」に応えて前進の例

2011年05月03日 07時04分32秒 | 思考試行

仮設住宅をいつまでにするのか、菅さんは、お盆までには、希望者が入居できるようにしたいという、根拠は?とくる。

そんのものあるわけないではないか。問題は、幾つもある。そして、多様である。

菅さんの言い分は、それまでには、何とかしたいということである。あたり前の話である。それを、ネチコチと、責任問題にしようとして、質問しているわけである。

言い方を間違えると、大騒ぎとなる。国会の論議を聞いていると、嫌になるのは、小生だけではあるまい。背景には、自分の属する集団、派閥の事情がある。

その事情が、そのイジワルな質問をさせている。

行政は、法律を守ろうとする。それが、緊急時であるとか、今回のような「想定外」の災害の場合には、問題解決の邪魔となる。であれば、政治が、知恵を出して行政をコントロールしなければならない。

地元の集落が、自分達の頭で、仮設住宅の土地をだし、道路をつけ、プランを作り上げた。しかし、行政は、水道などの困難さを言う。それで、地元は、ボランティアの助けを得て、インターネットで、事情を流した。

あちこちから、援助があった。測量のプロが来た。木材がきた。道路作り、そして、大きな建物が、建った。モチまきをして祝う。笑顔笑顔である。水道がどうなったのかは、みそびれたが、恐らくは、何とかしたのだろう。

当事者の意欲がすべての始まりのようである。そこに、解決のスタートがある。