泰吉は、古本屋に、一時よく通った。その頃、手当たり次第に本を買い漁った。といっても、この古本屋は、格安で一冊30円とか、そんな価格で店頭に並べていた。お陰で、少しでも気に入ったものは、気兼ねなく買うのである。店番のオヤジが、すごい読書家のようにみえるのか、感心したようにみていた。そして、ある時、泰吉の選ぶ本の、センスの良さを褒めた。泰吉は、分野は様々であったが、いわゆるエロとか、グロ系統の本は、一切買わなかったから、そのことに注目していたようだった。単純にそのような本は、なんとなく買いにくいだけだったのだが、興味を示さない人とみたようであった。その当時、買った本のなかに、加賀乙彦さんの「宣告」があった。死刑囚に取材した重いテーマであるが、以前、書評か何かでみたことがあった本で、見つけたときは、嬉しかったことをおぼえている。泰吉は、池波さんとは、対極になるようなテーマの、この本に最近、ようやく取り掛かり始めた。読みかけると、これも、すごい本である。長年積んでおくだけだった本が、ようやく陽の目をみようとしている。書く作業に比べて、読むほうは、相当早い。読み方にもよるのだろうが、書かれた題材から、何事かをくみとる作業は、能率からいっても、効率的である。人生において、読書をする、しないでは、大きな違いが生ずるのではないか、と泰吉は実感しつつあった。人生の豊かさを感じるのである。いま、新しい境地に進みつつある。そんな、確信が生まれてきている。泰吉は、こうした変化は、朋子の母との同居から始まったことに半ば驚いている。肺をわずらい、片肺で、歩くのもやっとという人であるが、本が好きで、映画もすきだから、DVDを借りてきたり、本の話をしたりするうちに、泰吉にも影響が現れたのである。以前から、放送大学に通ったり、本は読むほうではあったが、こうしたことが、実際の生活感に影響があるような感覚は、実感としては、あまりなかったのである。それが、違ってきた。