一人ひとり、小説になるような人生を過ごしてきている。これは、泰吉のいままでの人生を経験しての、感想である。具体的に、たちいって、聞くことは、すべての人に、可能なことではない。ただ、聞こうとする気持ちがあれば、機会があれば、そういう話を聞くことができる。昨日、行った散髪屋の、老婦人は、おしゃべり好きで、のべつまくなしに、喋っている。話しは、多岐にわたるけれども、ときに、自分の身の上話を、することもある。山場があって、その部分は日によって、飛ばしたりする。そこが大事だから、誰にでも話すことではない、と思っている風情で、話すべきかどうかを、その日の気分で変えているようである。何度も聞いているから、最近の話でないかぎりは、重要なポイントを把握したつもりの泰吉にとっては、ほとんど聞いた話ばかりであるから、話しの道中で、泰吉の反応が、彼女の気分に、どのように影響しているかが、みえるのである。ちょっと素っ気無く相槌をうっていると、その山場にはふれない。泰吉の相槌の打ち方の勤務評定になっている。彼女の主人も、理容師であった。思いもかけない突然の事故によって、亡くなった事が、彼女を苦しませた。自分をせめた。ノイローゼとなった。そこから、どのようにして、立ち直ることができたのか、それが彼女の話のメインなのである。はじめて聞いたときには、泰吉は感動した。そこに生きていくマナーを見た思いがした。