生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:恥の文化:その2:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月08日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
愛と甘えと恥のからみあいが人類の歴史を創造していきます。愛をもとめて旅をする人、恥を悔いて深山のお寺にこもる人、罪を悔いて巡礼の旅に出る人、このように世界の小説や絵画、音楽を鑑賞すると、その折々の人間の姿がとても美しく感じます。さて、どうして、この奥深い領域を語ったらいいのでしょう?NHKの朝のドラマ「花子とアン」での場面は、特に白蓮さんの場面は、この愛と甘えと恥のからみあいを、とても上手に表現していて、脚本家の腕の良さに感動しています。愛と恥と甘えは、どこからどこが、どう、とは識別できませんので、自分の生育史の中で、どうもあの頃が今回の議題である「愛と甘えと恥」の領域問題かなあ、とインスピレーションで感じ取り、その事例を思索して下さると有難いです。中学生の事、担任教師がいきなり「このクラスの中に戦艦陸奥の副長の息子がいて、そいつは戦犯の息子のくせに、おやじじまんをしていやがる」とクラスの授業が開始する直前に私のほうをみながら言い放った先生がいました。本当に良い先生でしたが、人生を生き抜いてきた今、その先生の戦後の立場をあれこれ思索していると、思い当たる部分があります。大勢の親戚や恩師がフィリピン、ミンダナオ、満州で戦死しているからです。しかし、少年の私の心の傷は生涯、消えることはありません。これも愛と甘えと恥の領域の問題ですが、この心の傷が遠因で、極度のストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱の5つ)の重複的原因、投影、感情の転移等から、私が入院するまで追い込まれる場合もあるわけです。自分の生育史の中で、いまでも思い出すのも嫌、という事例を放置しておくのが良い場合と悪い場合がありますので、この識別方法から楽しく思索していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:364>

テキスト「生き甲斐の心理学:ISBN 978-4-9903527-2-1」はアマゾンでもサンパウロ書店でも全国の書店で販売されています。

「自分の生き甲斐」は「自分で楽しく探究」していきましょう。

いつもクリックして下さり有難うございます。
人気ブログランキング


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする