風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

マリインスキー歌劇場管弦楽団 @サントリーホール(12月5日)

2019-12-08 18:48:24 | クラシック音楽




ゲルギエフ×マリインスキー歌劇場管弦楽団によるチャイコフスキー祭に行ってきました。
私が聴いたのは交響曲編全4回のうちの3回です(12/5、6、7夜)。
ゲルギエフを聴くのは、昨年12月のミュンヘンフィルとのブルックナー9番に続いて2回目。マリインスキー管は4回目で、前3回はバレエ公演で聴いています。
この日、客席に通されたのは開演20分前。それまで客はロビーに待機。今回私が行った3回の演奏会全てでそうでした。
直前までリハなのか?(まあ7分前まで客の前で弾いてるポゴさんのような方もいるけども)
結局オケが舞台に揃ったのは開演予定時刻の10分過ぎ。それから音合わせ。
日帰り遠征の方は気が気じゃなかったことでしょう。
それでも東京はマシだったようで、先々月の19:30開始だったロンドンのcadogan hallでは、同様の遅れで後半のメインプロを聴けずに帰宅する人が多数いたとか(余談ですがcadogan hallは建築が素敵でスタッフもフレンドリーなとても素敵なホールです)。
これについては「ゲルギエフだからいつものこと」と言われながらも、当然賛否両論あるようで。上記演奏会に関するThe Times紙の批評が面白いのです(訳は私です。間違ってたらゴメンナサイ)。

We all know this type of house guest. They drive you crazy, spill red wine on your carpet and stub their cigarettes out in your pot plants. They turn up late, then overstay their welcome, absurdly confident in their charm and brilliance. If you had any sense you would let the relationship cool. Yet when they are on form they are the best company.
(こういうタイプの来客を我々はよく知っている。人を苛立たせ、カーペットに赤ワインをこぼし、鉢植えで煙草を消す。遅れて現れて長居して、自分の魅力と才気に馬鹿げたほどの自信をもっている。もしあなたに分別があるなら、彼らと距離を置こうとするだろう。しかしそれでもなお、いい状態のときには、彼らは最高の客なのである。)

以前ジャパンアーツ会長の中藤さんがゲルギエフに「時間を守らないのはよくないことだよ」と諭したことがあったそうで、そのときゲルギエフはむっつりと黙ってしまったそうです(中藤さんの御本より)。なんか子供みたいで可愛くて好きなエピソードなんですが、そんな風に思えるのはあくまで相手が「いい状態のとき」であって、もしミュンヘンフィルのあの演奏会で同じ状況だったら私は「ふざけんな」となったはず。
でも今回の演奏は、、、何も言えなくなるよねえ。「終演0時になろうが深夜になろうが好きなだけ演奏しておくれ」と思ってしまった(奏者とスタッフには残業代払ってあげてね)。
ちなみに上記Timesの記事は主に藤田真央君のチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番に対する絶賛評で、この曲におけるピアニスト&指揮者&オケが聴かせたコラボレーションについて、
It was an outstanding performance, well worth the wait, well worth the carpet stains, well worth the cigarette butts in the pot plants.
(待たされたことも、カーペットの染みも、鉢植えの吸い殻も、全てが報われた極めて見事な演奏だった。)
と結んでいます。
真央君のピアノ協奏曲に関しては私も全く同意見で7日の感想で改めて書きますが(私が聴いたのは第2番ですが)、英国のこういう文章、ユーモアがあって大好き。そのぶん皮肉のときはストレートに言われる何倍も嫌味炸裂に聞こえますけど。上の文章もゲルギエフに対しては軽い皮肉だよね  記事によると、ピアノ協奏曲以外の2曲(ベルリオーズとリムスキー・コルサコフ)はリハ不足の出来だったとのこと。カーペットの染みと鉢植えの吸い殻、ですね笑。

前置きが長くなりましたが、そういうわけでようやく開場して、オーケストラが入ってきて。
・・・ん?このモジャモジャ頭のバッハのようなコンマスさんはミュンヘンフィルのコンマスさんではないですか。ミュンヘンフィルのというより、ゲルギエフのコンマスのように見える方。昨年12月も、
ゲルギ:この後予定(マリインスキーバレエ鑑賞)入ってるから、カーテンコールさくっと切り上げて帰るわ。あとは適当によろしく
コンマス:御意
てな感じであった(そう見えた)。
今回はゲストなのかな。ゲルギエフのお気に入りなのでしょうね。お名前は、ロレンツ・ナストゥリカ・ヘルシュコヴィチ(Lorenz Nasturica-Herschcowici)さん。

【チャイコフスキー:交響曲第1番 ト短調 Op. 13 「冬の日の幻想」】
今回のチャイコフスキー・フェスティバルは前半日程がオペラ編で、後半日程は交響曲(&協奏曲)編でした。
交響曲編は全4回で、今夜が初日。
なのだけど。
ゲルギエフ&オケは今夜にクライマックスを持ってきてしまったのではないか・・・?と初っ端から心配に。
だってゲルギエフの気迫が普通じゃない。昨年のあの醒めた指揮&音とは別人28号。それに触発されてかオケの集中力も半端ない。
残り3回どころか今夜の悲愴までこの人達の集中力はもつのだろうか・・・。ロシア人って飽きやすそうだし・・・(偏見)
それにしても。
今夜はオケがしっかりゲルギエフの楽器になってる
そして音が、ああやっぱりロシアだ。。。オケ毎の音の個性は薄れてきていると言われるけれど、やっぱりミュンヘンフィルはしっかりドイツの音がするし、マリインスキーはしっかりロシアの音がする。良い意味で洗練されすぎていない音。
ロシアの風俗、粗野なところもあるけどおおらかで温かく、色気もあって、大地の土の匂い。それらの美しさ。
この曲をこんな風に演奏してもらえてチャイコフスキーは嬉しいだろうな、と思いながら聴いていました。よかったねえ、チャイコフスキーと。
ミュンヘンフィルとのブルックナーのときとは異なり、今日はずっとチャイコフスキーの体温を近くに感じていました。

私、この曲を聴いていると『ムーミン谷の冬』が思い浮かぶんですよね(ムーミンはフィンランドだが)。原作のあの空気。ちょっと怖くて、ミステリアスで、冷たくて、でも温かな。谷が雪に閉ざされて、皆寝静まっていて、普段は目に見えない生きものたちが出てきて。
白鳥の湖もそうだけど、チャイコフスキーってこういうファンタジックで民謡的な情景や空気感の表現が天才的!
4~6番が三大交響曲と言われているけれど、私はロシアの温かみを強く感じさせるこの1番も大好きだ。
大大大満足の演奏でした。
ゲルギエフ&マリインスキー、ブラボー

【チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲 イ長調 Op. 33】
【J. S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番より”サラバンド”(チェロ・アンコール)】
チェロはアレクサンドル・ブズロフ。くせの少ない、自然に柔らかに広がるいい音。
このオケは優雅な演奏もうまいよねー。でもウィーンフィルやコンセルトヘボウのような音とは違って、優雅に演奏しててもやっぱり音はロシアなので、まさに「チャイコフスキーが書いたロココ風」で、この曲にピッタリだと思いました。

(休憩20分)

【チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 Op. 74 「悲愴」】
この時点で既に20時50分。終演は一体何時になるのか・・・。 ※21:40でした
今回のマリインスキーの来日公演の中で、私の一番の目的はこの曲でした。友人が最も好きだった曲がこの『悲愴』でした。彼女は2015年のゲルギエフ×ミュンヘンフィルのこの曲の演奏にとてもとても感動していて、翌日「仁左さんの盛綱陣屋以来の感動だったよ。大好きな曲をこんな演奏で聴けて嬉しい!」と興奮したように話してくれました。その言葉で彼女がどれほど感動したかがわかりました。彼女にとって仁左衛門さんの盛綱陣屋はトップオブザトップだったから(私の仁左さんのトップオブザトップは吉田屋なので、私達は好みが全く違うね~とよく笑っていたものだった)。「私も聞いてみたいな、ゲルギエフの悲愴」と言ったら、「また数年以内に演奏してくれると思うよ。お気に入りの曲みたいだから」と。そして彼女の言ったとおりになりました。生きていたら今回の演奏会、絶対に聴きに来ていたと思います。
ちなみに私が昨年ゲルギエフ×ミュンヘンフィルのコンビを聴きに行ったのも同じ理由でしたが、感想は当時書いたとおりで。そして今回のマリインスキーとの『悲愴』。

6番までもつのかしら…?と心配していたオケの集中力ですが、全く無用な心配でした。
完全にゲルギエフの楽器になっていた。いつもいい演奏を聴くと指揮者が音楽そのものに見えるのだけど、今夜はゲルギエフが『悲愴』そのものに見えました。この人にとって特別な曲であるということがよくわかる演奏だった。
そして今夜の6番は、私の耳には絶望だけではなく、その中に確かな温かな何かが感じられた演奏でした。それはチャイコフスキーの心を表しているというよりは、ゲルギエフからチャイコフスキーも含めた何かに向けられた歌であるように強く感じられ、その感覚はヤンソンスさんのマーラー9番を聴いたときを思い出させました。
作曲家の存在や体温も感じるのだけど、同時に作曲家も含めた人間への弔いの気配を音の中に強く感じた。考えすぎなのかもしれないし、実際のところはわからないけれど、自然にそういう風に聴こえたんです。
私の中に友人と、そしてヤンソンスさんへの気持ちがあったことは否定しません。でも、もしかしたらゲルギエフも同じだったのではないか、と。ゲルギエフは今年8月にお母様を亡くされているんですよね。そしてヤンソンス。
この音は天国にも届いているように感じられて、思わずサントリーホールの天井を見上げてしまいました。
残響を長めにとられた4楽章の銅鑼の音も、今夜は運命の一撃というより弔いの音に聴こえました。
3年前、ここであのマーラー9番を指揮していたヤンソンスさん。その同じ場所でいまゲルギエフがサンクトペテルブルクの楽団を指揮して、ロシアの音楽を魂を込めた音で演奏してくれていて。
ゲルギエフよ長生きしておくれ、と心から思ってしまった。

最後の音が消えた後の長い長い長い(本当に長かった)静寂は、私にとっては深い意味のある時間でした。そしてゲルギエフへの感謝の時間でした。
友人が一番好きだった曲をこんな演奏で聴かせてくれて。そしてヤンソンスさんが“I have the brain of a Latvian and the heart of a Russian.” と仰っていた国の音楽をこんな演奏で聴かせてくれて。
昨年のミュンヘンフィルのときと違い、今日は「あなたの心ゆくまですればいいよ」とゲルギエフの体が動くまでゆっくりと待ったよ(手は演奏と同時におろされていました)。
友人が亡くなってもうすぐ2年。ずっと心の奥にあった友人との最後の約束のようなもの(ゲルギエフの悲愴を聴くこと)が、これで終わってしまいました。もう約束はなくなってしまってとても寂しいけれど、ちゃんと、そして最高の形で終わらせることができました。ゲルギエフとマリインスキー管のおかげです。
ちなみに覚書として書いておきますが、ゲルギエフはオケのP席への挨拶はなし。来日公演では非常に珍しい。でもこんな演奏を聴かせてくださったのだから、何も文句なし。ソロカテコのときはこちらへもニコっと笑いかけてくださいました。

サントリーホール前のカラヤン広場にはクリスマスツリー。
3年前のヤンソンスさん×バイエルンのときもそうだったなあ。

翌日も第2夜に行ってきたので、感想は改めて。







※ヤンソンスとゲルギエフ:その1
永田音響設計の豊田泰久氏のエピソード。
元旦にサンクトペテルブルクでヤンソンスと正月ランチ中のゲルギエフ。酔っぱらって日本の豊田氏へ電話
曰く、「今マリスとコンサートホールの音響について話してるんだが、私は札幌がベストだと思うんだが、マリスは川崎だと言ってきかないんだ!で、どっちがベストなんだ?」と。世界の巨匠が二人揃って何やってるのか笑。これに対する豊田氏の返答が秀逸です。
He remembers, three years ago, being phoned up by Gergiev, with whom he had worked on “Mariinsky III”, the
new hall in St Petersburg. Gergiev was having his annual New Year's Day lunch with his fellow conductor, Mariss Jansons. “He was a bit drunk,”Toyota remembers. “He said: 'We are talking about the acoustics of concert halls —I think Sapporo is best, but Mariss insists it's Kawasaki!So which is it?' ”Toyota chuckles to himself. “I said, 'Valery, I did both of those halls. How many children do you have? ' He understood what I meant and he didn't ask again.”
(October 31 2016, The Times "How this sonic wizard makes every maestro’s dream come true")

※ヤンソンスとゲルギエフ:その2
2017年4月のヤンソンスさんのインタビューより。他の一部抜粋部分は先日のヤンソンスさんの追悼記事に載せました。その他のインタビューや記事もいくつか載せておきましたので、ヤンソンスさんがお好きな方はぜひ。
ここではゲルギエフ関連の部分のみ。ヤンソンスさんとサンクトペテルブルク、そしてマリインスキーとの繋がりについて。率直でいいインタビューだと思います。
Why leap back to Europe, though, instead of staying in America where salaries for top conductors are much higher?  “Because I cannot imagine life without St Petersburg,” he says . “My home is there still, and so are my memories — the Conservatoire, the Philharmonic Hall, the Mariinsky.” Though he doesn't conduct in St Petersburg now, he is still connected to the Mariinsky through his daughter, a senior répétiteur (pianist and coach), and his granddaughter. “She was taken to the opera so many times as a little girl that she knew everything that went on backstage,” Jansons recalls proudly. “So at 13 she started to assist the stage manager, and when she became 16 they gave her a salary. Now she's 25 and is the Mariinsky's leading stage manager, doing 60 different opera productions a year. Valery Gergiev [the Mariinsky's boss] told me that when she is backstage he knows the show will run properly .” What's the secret of her success? “Well, she's very nice but has a great authority about her,” Jansons replies. A chip off the old block, then. 
(April 10 2017, The Times ”Mariss Jansons, the maestro with the magic touch”)


※ヤンソンスとゲルギエフ:その3
コンセルトヘボウから解任されたガッティを、自分達のオケに招待するヤンソンスとゲルギエフ。私はこの問題についてあまり詳しくないのですが、ハイティンクもRCOのガッティ解任は尚早だったとインタビューで仰っていましたよね。よくわからないけど、色々事情があるのかな。
"JANSONS AND GERGIEV PUT DANIELE GATTI BACK ON TRACK"
The Italian music director fired by the Concertgebouw orchestra over #Metoo allegations is conducting the Bavarian Radio Symphony Orchetsra in Munich this weekend.

The invitation came from his Amsterdam predecessor Mariss Jansons.
Gatti’s next stop, it is reported, will be St Petersburg where Valery Gergiev has offered him dates.
(October 14 2018, Slippedisc)

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