風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

漱石の手紙(→中川芳太郎) 明治39年7月24日

2007-11-20 00:19:29 | 

 世の中が恐ろしき由、恐ろしきやうなれど存外恐ろしからぬものなり。もし君の弊を言はば学校にゐるときより君は世の中を恐れ過ぎてゐるなり。君は家にをつておやぢを恐れ過ぎ、学校で朋友を恐れ過ぎ、卒業して世間と先生を恐れ過ぐ。その上に世の中の恐ろしきを悟つたからかへつて困る位なり。恐ろしきを悟るものは用心す。用心は大概人格を下落せしむるものなり。世上のいはゆる用心家を見よ。世を渡る事は即ちこれあらん。親友となし得べきか。大事を託しべきか。利害以上の思慮を闘はすに足るべきか。
 世を恐るるは非なり。生れたる世が恐ろしくては肩身が狭くて生きてゐるのが苦しかるべし。
 余は君にもつと大胆になれと勧む。世の中を恐るるなとすすむ。自ら反して直(なお)き、千万人といへどもわれ行かんといふ気性を養へと勧む。天下は君の考えふる如く恐るるべきものにあらず、天下太平なるものなり。ただ一箇所の地位が出来るか出来ぬ位にて恐ろしくなるべきものにあらず。どこまで行つても恐るべきものにあらず。免職と増給以外に人生の目的なくんば天下はあるいは恐ろしきものかも知れず。天下の士、一代の学者はそれ以上に恐ろしき理由を口にせずんば恥辱なり。勉旃(べんせん)勉旃。・・・・・・・


明治39年7月24日、夏目漱石から中川芳太郎に宛てた手紙。

 

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