風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル @東京オペラシティ(3月19日)

2020-03-20 21:31:26 | クラシック音楽

12日に続き、シフのリサイタルの第二夜に行ってきました。
この一週間でコロナウィルスの世界状況は大きく変わり、米国では今後8週間の50人以上の規模のイベントが中止または延期に。英国のウエストエンドも閉鎖。イタリア、ドイツ、フランスの劇場は言わずもがな。そんな状況なのでシフが日本からの入国者であるか否かに関係なく、日本ツアー後に予定されていたバンクーバー、サンフランシスコ、シカゴ、ニューヨークでの演奏会は全てキャンセルに。シフは無事イギリス?イタリア?に帰国できるのかな…。
ちなみに私の会社ではテレワークと時差出勤に加えて、本日より社食では千鳥状に座るようにとのアナウンスが。皆が真面目に守るかどうかは別ですけど、アナウンス内容がじわじわと厳格になってゆくのが戦争前の空気のようで恐ろしい。一方で会議等の開催基準については100人以上の規模は禁止という、妙に緩めな我が社

今夜のオペラシティは、ほぼ満席に近い客入り。いつまでも進まない入場の長い列をなんでかな~?と遠くから眺めていたら、当日引換券の列でした。14日のyoutubeのライブストリーミングを観てシフに興味を持って来た人も少なからずいたからなのか、今夜はシフの演奏会にしては珍しく客席の物音や咳が多く(といっても一部の数人ですが)。また12日もそうだったけど、空調がいつもと違う?のか、最初や休憩後の数分間は舞台左手あたりでキシキシ軋むような音が続いていて、全体的にやや落ち着きに欠けた演奏会になったのでした。そのせいなのか(シフは神経質さん)別の理由によるのか、今夜のシフ、私にはいつもより少し落ち着かなげに見えた&聴こえたのでありました あくまで私にはそう見えた&聴こえたというだけですが、そういう空気に少々気づまりを感じてしまったのも正直なところ。

舞台のピアノを確認したところ、今回のピアノはオペラシティ所有のベーゼンドルファー・インペリアルモデル(最低音の9鍵が黒いあれ)でした。昨秋の協奏曲のときと同じ。私が3年前に初めてシフのリサイタルで感動した音は280VCモデルの音なのだけど、このインペリアルはより素朴な音がして、これはこれでとても好き。やっぱりベーゼンドルファーの音、いいよねえ

上演前に「演奏者の希望により最後の曲が終わるまで拍手はお控えください。なお今夜の演奏は昨年12月に亡くなられたペーター・シュライアーと、今年2月に亡くなられたピーター・ゼルキンに捧げられます」のアナウンスがありました。

【シューマン: 精霊の主題による変奏曲 WoO24】
【ブラームス: 3つの間奏曲 op.117】
【モーツァルト: ロンド イ短調 K.511】
【ブラームス: 6つのピアノ小品 op.118】
ここ数年世界のあちこちで披露しているらしい今夜のプログラム。この内容を最初に知ったときは「シフは何かあったのだろうか…」と心配に。Last Sonatasシリーズどころではない死の影が濃いプログラム。
シューマンの最後の音は長く長く鍵盤を押さえたままで、その姿は祈っているように見えて。シフにとってこのプログラムは祈りのプログラムなのかもしれない、と感じたのでした。作曲家達の人生と、彼らをとりまく死と、それらへの祈りーー。
ブラームスop.117-1は3年前のアンコールで聴いたときもシフに合っていると感じたけれど、op.117-3もシフは魅力的に弾くなあ…。
しかし私が前半で最も感銘を受けたのは、モーツァルトのロンド。シフのモーツァルトは3年前のLast Sonatasシリーズのときも聴いていて、そのときは同時に演奏された他の3人の作曲家(ハイドン、ベートーヴェン、シューベルト)の印象と比べるとモーツァルトの印象は決して強くはなかったのだけれど。でも今夜のロンドの軽やかに歌う音のぞっとするような美しさ・・・・・。透明な哀しみ・・・・・。切なさ・・・・・。驚きました。シフがモーツァルトでも有名な理由が心底わかった気がする。
ブラームスop.118-2は12日のアンコールより更に勢いよく進んでいき。そして5曲目と6曲目(特に6曲目)のあの音と空気。これを作曲したときのブラームスの内面が強く感じられて、胸が苦しくなった・・・。そして弾き終えた後の長い長い沈黙に、あまりにも重く真摯なシフの心を感じたのでした。

(20分間の休憩)

【J.S.バッハ: 平均律クラヴィーア曲集第1巻から「プレリュードとフーガ」第24番 ロ短調 BWV869】
【ブラームス: 4つのピアノ小品 op.119】
【ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 op.81a「告別」】
バッハBWV869は、流れるように演奏されたプレリュードの後で豊かな色彩が際立ったフーガ。シフのバッハはやはりいい
ブラームスop.119を聴きながら、シフがライブストリーミングで仰っていた「幸せな音楽というものは存在しない」というシューベルトの言葉を思い出していました。どれほど願っても前へ前へと流れてゆく時を止めることはできない、だから音楽は根本的に悲しいものなのだと、そう言っていたシフ。美しく味わい深いブラームスを聴きながら、私はあと何回シフの演奏を聴くことができるのだろう、とそんなことをふと思ってしまい、泣きそうになりました。考えてみたら昨秋の協奏曲での来日は例外的で、シフってツィメルマンやポゴレリッチと違って3年に一度しか来日しないピアニストなんですよね。2008年(その前は9年前)、2011年、2014年、2017年、2019年(協奏曲)、2020年。とすると次回は3年後ということになる。遠いな…。ブラームスのop.119って、ペライアとフレイレが前回来日したときに弾いてくれた曲で(ペライアはop.119-2,3でフレイレは全曲)、あのときはまたすぐに来日してくれるだろうと疑っていなかった。日常は決して当たり前のものではないのだということを最近の私は思い知らされていて…。泣きそうだ…。
でもこの死の影の濃いプログラムの最後にシフが用意してくれたのは、ベートーヴェンの『告別』ソナタ。その最終楽章の副題は「再会」。3年後(もっと早くてもいいよ!)、きっときっとまた元気に日本にきてね、シフ。

~アンコール~
今夜のアンコールは6曲と、シフにしては少なめ。でも終わったときに時計を見たら12日と同じく21:50になっていたので、今夜はメインプログラムも長かったんですね。
【J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア】
【モーツァルト: ピアノ・ソナタ第15番 ハ長調 K.545から 第1楽章】
【ブラームス: アルバムの小品】
【シューマン: アラベスク op.18】
【シューマン: 「子供のためのアルバム」op.68から 楽しき農夫】
【シューベルト: 即興曲 変ト長調 D899(op.90)-3】
このうち1、2、5曲目は3年前のアンコールで聴いています。
ゴルトベルクのアリアは速めの演奏で、「全曲ある?でもこの弾き方だとないかもな」と思っていたところ、やはりなかった(いつか全曲演奏会をやってくださいお願いしますお願いします)。
で、2曲目のモーツァルトが・・・・・・・・・。なにこれ、天使が弾いてるの・・・・・?シフのこの曲の演奏は前にも聴いてるのだけど、今夜の演奏の美しさといったら。今夜ベーゼンドルファーの響きが最も美しく聴こえたのもこの曲でした。その音の無垢な愛らしさ・・・・・・・。ひたすらに美しくて尊かった・・・。今夜の私、シフのモーツァルトに完全にノックアウトされました・・・。
3曲目は「〇〇〇〇(聴き取れず)、ブラームス、ヒキマス」と仰ってから、『アルバムのための小品(Albumblatt)』を。今回はブラームスがメインのプログラムだったから弾いてくださるだろうとは思っていたけれど、初めて生で聴けて嬉しかった!近年楽譜が発見されたブラームスが20歳の頃の作品で、2012年にシフが初演した曲。op.76、116~119と晩年の作品をずっと聴いてきて、最後に彼が20歳の頃のこの曲を聴けるのは、爽やかな風が吹くようで嬉しい。
4曲目はシューマンの『アラベスク』。シフはこういう演奏も素晴らしい。シューマンを聴くとヴィルサラーゼを聴きたくなってしまう病も無意識に発動してしまうけれど、シフのシューマンの端正な澄んだ空気感もとても好き。
5曲目『楽しき農夫』はシフのいつもの「今夜はこれでお仕舞い♪」の合図。塩川さんも退席されて(よく見える席だった)、帰り始める人もいて、アンコールは完全に終わりな空気で。でも殆どの聴衆は席に残り、シフへの大きな拍手を送り続けたのでした。何度もステージに呼び戻されるシフ。あの拍手はアンコールの要求などでは決してなく、あらゆる演奏会が中止や延期になって誰もが気弱で不安になっていたこの時期にシフが来日してくれて、演奏会をしてくれて、生の音楽を届けてくれて、みんな本当に本当に嬉しかったんだと思う。その感謝を彼に伝えたかったのだと思う。私も同じ。そしたらシフ、もう一度ピアノに座ってくれてーー。
6曲目のアンコール、シューベルトの『即興曲 変ト長調 D899-3』。
涙。。。。。。。。。。。。。
私、この前日に東京・春・音楽祭の実行委員会からレオンスカヤの4月の演奏会がキャンセルになった旨のメールを受け取っていたんです。買っていた彼女の3つの演奏会の全てがキャンセルになってしまいました。2年前に来日したときにシューベルト・チクルスの最終日の最後に彼女がアンコールで弾いてくれた曲が、このD899-3でした。それは本当に本当に温かで忘れられない演奏で。
その曲を今夜こんなシチュエーションでシフが演奏してくれて。気弱になって沈んでいた心にもらえた、救いと希望。
今夜のこの演奏の音、一生忘れない。
ありがとう、シフ。。。。。
この最後の一曲、シフに感謝を伝えようとした聴衆の想いが会場に溢れてシフに届くことがなかったら絶対に聴くことができなかった演奏だったと思う。ライブストリーミングと生の演奏会の違いを、改めて実感させられた夜でした。

今夜は12日と比べて会場アナウンスもより徹底されていて、「アンコールはウェブサイトで」の案内も掲示板ではなくアナウンスでなされていました。すぐに改善に動く梶本、素晴らしい。こうしてみんなで少しずつ、安心して公演を楽しめる環境を作っていけたらいいですね
今回の演奏会も、シフの強い信念だけでは実現は不可能だったでしょう。梶本と東京オペラシティと大阪いずみホールが開催を決断したからこそで、それには感謝の言葉しかありません。主催公演が次々と中止になり厳しいときが続くと思いますが、心から応援しています!!
(だからフレイレを招聘アーティストに戻してくださいませ…

※追記
今月の歌舞伎座が全公演中止になっていたこと、今知りました・・・。私があんなに待ち望んでいた吉右衛門さん&仁左衛門さんのがっつり共演の新薄雪が・・・・・

※追記
シフご夫妻、6月まで日本で滞在していらしたんですね!
ご無事でよかった
またお会いできる日を楽しみにお待ちしています。





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