風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

アルゲリッチ&クレーメル @サントリーホール(6月6日)

2022-06-11 01:16:40 | クラシック音楽



というわけでオペラシティの協奏曲&マイスキーとのデュオすみだホールのフレンズに続いて、サントリーホールのクレーメルとのデュオに行ってきました。アルゲリッチ祭りのラスト

【ロボダ:レクイエム(果てしない苦難にあるウクライナに捧げる) *クレーメル
まずはクレーメルによるソロ2曲。
このロボダの曲は、2014年のウクライナ紛争の際に犠牲者に捧げられた作品。クレーメルはこの曲を今年1月にウィーンで弾き、さらに侵攻後の3月にも同地で採り上げたそうです。残念ながら、今もなおこのレクイエムは現在進行形のものとなってしまっています。

クレーメルのヴァイオリンは、初めて生で聴きました。「美しい音にはこだわらない」ことで有名な人で(それがマイスキーとは対照的で、アファナシエフは「自分はどちらかというとマイスキーのタイプ」と言っていた)、今まで録音で聴いても良さがわかるようなわからないような…?だったのだけど、今回生で聴いてわかった気がする。人間の芯にあるもの、あるいは音楽の芯にあるものが全くオブラートに包まれずにそのまま剥き出しに音になって表れているような、そんな音。
といっても感情的に朗々と歌ったりガーガー弾きまくっているわけでは全くなく、むしろその逆で。演奏は淡々と言っていいほどなのに、なぜか作品の核の部分を感じさせるというか。それがこの人の凄いところのように思う。

ところで、今日彼がロボダを静かに静かに弾き終えたとき(というより最後の一音をまだ弾き終えてもいないとき)、客席の大馬鹿野郎一名が盛大に拍手。もちろんそれに追従した人はいなかったけど、今彼がこの曲を弾いた意味はタイトルを見ればわかるはずだし、例えプログラムを読んでいなかったとしても、あの演奏を聴いて大拍手をしようと感じるあんたの耳と心はどうなってるの!?って感じだわよ。
クレーメルは全く顔色を変えないでヴァイオリンを下ろさず、しばらくしてから下ろしました。そこで数名が拍手をしかかったけれど、すぐに次のシルヴェストロフが開始。

【シルヴェストロフ:セレナード *クレーメル
今年3月に「ロシアの音楽について考えてみる」という記事をブログで書いたけれど、その中に出てきてたウクライナの作曲家、シルヴェストロフ。3月にキーウを脱出し、今はベルリンにいらっしゃるそうです。
この曲でもやはりクレーメルの演奏は独特で、単なる美しさとは違う、はっきりとした意思を感じさせる。こんな個性的なヴァイオリニストだったとはなぁ。味があって私は好きです。

【ヴァインベルク:ヴァイオリン・ソナタ第5番 Op. 53 *クレーメル、アルゲリッチ
ここでようやく、アルゲリッチ登場。彼女は極度の緊張屋さんだそうなので(フレイレと同じですね)、最初の数曲をクレーメルにソロで弾いてもらうことで彼女は心の準備ができるのかな、と。
今夜も彼女が登場すると客席から爆発的な拍手。クレーメルの時との違いに、彼に対してちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。まあアルゲリッチの共演者はみんな慣れっこなのだろうけど。
ヴァインベルクも、壮絶な人生を辿った作曲家。ポーランド生まれのユダヤ人で、1939年のナチスドイツのポーランド侵攻の際に妹と脱出しようとし、途中で靴が足に合わず別の靴を取りに戻った妹とはぐれてしまい、単身ベラルーシに逃れて難民生活をした末にショスタコーヴィチの助力でモスクワへ。両親と妹は、ポーランドの強制収容所で死亡。モスクワでも反ユダヤ主義の標的となり、義父はKGBに暗殺され、やがて本人もジダーノフ批判で逮捕。あわや処刑かというときにスターリンが死亡し、九死に一生を得たそうです。

この曲のアルゲリッチとクレーメルの演奏、物凄かった。。。。。。呆然。。。。。。二人とも全く力んでいないのにこれほど雄弁な演奏があるだろうか。あの世界と空気といったら。
ていうかアルゲリッチ、化物
先日の彼女の演奏の感想のときに「生命力」と書いたけれど、本当に全ての音符が生きていて、死んでる音が一つもない。音が生き物みたいにピアノから次々生まれでてホールに広がっていくのが目に見えるよう。音が客席に沁みわたっていくのが目に見えるのはポゴレリッチのときにも経験しているけれど、彼女のそれはまた違う。アルゲリッチが音楽そのもの、音楽を生み出す母みたいだ。
そして、四楽章のピアノのスケール感といったら。。。
四楽章のアルゲリッチがソロで弾くところでは、クレーメルは彼女の手元を微動だにせずじっと見つめていました。互いに尊敬し合っている二人なんだろうなあと感じた
この曲、4楽章の最初のあたりのピアノのメロディと空気に既視感があると思ったら、バーンスタインの『不安の時代』に似てるのだった。バーンスタインもユダヤの人ですね。

【シューマン:『子供の情景』より「見知らぬ国」 *アルゲリッチ】 
【J.S.バッハ:イギリス組曲第3番 ガヴォット *アルゲリッチ
【D.スカルラッティ:ソナタ ニ短調 K. 141 *アルゲリッチ
皆さん待望のアルゲリッチのソロ。
事前発表では「ソロ曲:未定」となっていたので、何を弾くかも何曲弾くかも予想できず。結果、前日の5日と同じ3曲を演奏してくれました(前日に何を弾いたかはtwitter情報で知っていた)。
シューマンの温かな音色。バッハの中間部のペダルを踏んでの?弱音部分は、別世界みたいな音がしていた。そしてスカルラッティのカッコよさ!聴かせますねえ♪ どれも彼女のアンコールの定番曲のようですが、聴けてよかったです。
フレイレは「マルタと僕の音楽は全く違うのに、僕たちは気が合うんだ」と言っていたけれど、私もそう思ってきたけれど、先月からアルゲリッチのピアノを続けて聴いてきて、一見さらさらと早めに弾くところとか、なのに芳醇なところとか、低音や強音の響きとか、全く力みがないのにゾクゾクするクレッシェンドとか、夢見るような幻想的な音色とか、ちょっとジャズっぽいところとか、二人の演奏の特徴って結構重なるところが多いように思う。でも演奏のタイプ的にアルゲリッチはリヒテルっぽい、フレイレはギレリスっぽい(自分用覚書)。

(休憩20分)

【ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番 ホ短調 Op. 67 *クレーメル、アルゲリッチ、ディルヴァナウスカイテ
前にも思ったけど、ショスタコーヴィチの曲ってマーラーによく似ていますよね。調べてみたら、彼はマーラーを敬愛していたんですね。
このショスタコーヴィチも、前半のヴァインベルクに劣らず素晴らしかった。。。。。。。。
ていうかクレーメルの音、ヤバいな…。ゾクゾクする。アルゲリッチも、クレーメルと演奏するときは全く自分を抑えていなくて、聴いていて最高に気持ちがいい。
二人とも実にスリリング。全く先が読めない、今まさに目の前で新しく音楽が生まれている瞬間に立ち会っているような、そんな感覚。そして人間の俗も闇も諧謔味も民俗的な濃厚さも気高さも厳しさも色っぽさも軽やかさも繊細さも美しさも全て備えているなんて、、、、人間にこんな演奏が可能なのだろうか。
一番最後の音を弾く時には、アルゲリッチはニッコリ笑顔。そのままクレーメルをふり返っていました。呼吸ができないようなド迫力なのに、友情の温かさも感じさせる演奏だった。こんな演奏を聴けるなんて、本当にprivileged以外の何ものでもないなあ。

ディルヴァナウスカイテはクレーメルとしばしば一緒に演奏しているチェリストですが、この曲では、彼らの音の存在感に均衡するまでには至れていない感じではありました。というかクレーメルとアルゲリッチの個性と存在感が異常なのよね…

【ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 第2楽章(アンコール) *クレーメル、アルゲリッチ、ディルヴァナウスカイテ
【ロボダ:タンゴ「カルメン」(アンコール) *クレーメル、アルゲリッチ、ディルヴァナウスカイテ
【シューベルト:君はわが憩い(ピアノ三重奏版)(アンコール) *クレーメル、アルゲリッチ、ディルヴァナウスカイテ
前日の5日はアルゲリッチの誕生日だったのでクレーメルとディルヴァナウスカイテが一風変わったアレンジのハッピーバースデーを演奏したそうです。その代わりというわけでもないのでしょうが、本日のアンコール一曲目は前日には演奏しなかったベートーヴェンを演奏してくれました。
このベートーヴェンが言葉にならない素晴らしさだった。。。。。。。
なんて優しい世界だろう。まるで一面に広がる花畑のよう。彼ら3人の上に「平和」という言葉が見えるようでした。
今回の演奏会は、選曲からわかるようにはっきりと明確な主張を持った演奏会で。
目を逸らしてはならない世界や人間の苦難を「魂の音」のような演奏で聴いて。
そして、この優しく温かなベートーヴェン・・・・・。もうさあ・・・・・・・・・(号泣)
ここではディルヴァナウスカイテのチェロの穏やかな音色も、とてもよかった。三人の平和への祈りを感じた気がしました。

二曲目は軽やかに艶やかに『カルメン』。これもロボダなんですね(ビゼーの『カルメン』の編曲ということでいいのかな)。こういう曲の演奏も見事!カッコイイ&楽しい!
そして最後は、しっとりと優しく美しく切ないシューベルトの『君はわが憩い』。。。。。。

なんか、音楽ってすごいな・・・・・・・・・・。
今日の演奏会、美しいを超えた音楽の力を感じました。

アンコールの合間に舞台袖の様子が私の席から見えていたんですが、クレーメルはディルヴァナウスカイテを笑顔でハグ。舞台の上でも二人の女性達に対して謙虚にレディファーストを徹底していて、アンコールのときも絶対にアルゲリッチより先に出ていこうとしていなくて。なんだかクレーメルのファンにもなってしまった。

最後は、先日と同じくアルゲリッチが二人を促して、前後左右の全方向にしっかりお辞儀。
いい演奏会だったなあ。
時間差退場の待ち時間のとき、隣の人「良かったですねえ!」って😊
アルゲリッチは5日で81歳になったそうで。
来年もぜひお元気で来日してほしいです。


Valentin Silvestrov: Ukrainian composer takes a stand against totalitarianism and violence

キーウ脱出後のシルヴェストロフの動画(英語字幕表示可)。『セレナード』を弾くクレーメルも少し見られます(1:39~)。
プーチンをテロリストとして国際指名手配すべきであると痛烈に批判する一方、ロシア文化の一律ボイコットには反対だそうです。「独自の特徴を持つロシアの文化も、ウクライナの文化も、共にヨーロッパの文化なのです。いま、人々はロシアの全てを軽蔑する風潮になっています。ですが音楽や絵画のように、世界を圧倒してきた偉大なロシア文化は存在するのです。そしてソビエト連邦や帝政ロシアでのそれらの人々の運命を見れば、彼らがしばしば反権力の側にあったことがわかるはずです」と。

Violin Sonata No. 5 in G Minor, Op. 53: IV. Allegro - Andante - Allegretto - Andante (Live)

アルゲリッチ&クレーメルによるヴァインベルクの4楽章

Schubert: Du bist die Ruh, Op. 59/3, D. 776

アルゲリッチのピアノの演奏のものが見つからなかったけれど、こちらはマイスキーのチェロによる『君はわが憩い』(ピアノ二重奏版)。
アルゲリッチ、クレーメル、マイスキーは今年1月の欧州での演奏会でも、ショスタコーヴィチ2番の後にこの曲をアンコールで演奏したそうです。
そしてマイスキーがソビエト時代に当局に逮捕され強制労働収容所で18か月間過ごしていたことを、最近知りました…。クレーメルもマイスキーもラトビア出身なんですね。


イッサーリスからアルゲリッチへのバースデーコメント。アルゲリッチのことを「人としては、確かにカリスマ的ではあるけれど、静かで、どちらかといえばシャイ。ピアノにおいては、その爆発的な情熱と無尽蔵とも思える音色のパレットで私たちを興奮させてくれる、音楽の火山です」と。イッサーリスはシフの誕生日のときにも温かなコメントをしてくれてましたよね

Gidon Kremer: Portrait of one of the world’s most esteemed violinists

クレーメルって、こんな穏やかな話し方をする人だったんですね。知らなかった。
彼の父親はユダヤ人で、ラトヴィアのリガのゲットーで妻と1歳半の娘を含んだ35人の親類を亡くしたそうです。その後クレーメルの母親になる人と出会い、クレーメルが生まれたのだと。「父が生き残らなければ、自分はここにいなかった。だから自分の人生は父の第二の人生であると思っている」と。
クレーメルって自伝とか色々な本が出版されてるんですね。ちゃんと翻訳もされている。機会があったら読んでみたい。先日読んだアルゲリッチの『子供と魔法』もとても面白かったもの(アルゲリッチ大絶賛のファンブックみたいな本ではあるけれど、フレイレとのエピソードについても沢山書かれてあって嬉しかった)。

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