風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

ミハイル・プレトニョフ ピアノリサイタル @東京オペラシティ(2月28日)

2023-03-02 01:27:35 | クラシック音楽




昨年秋から続いた怒涛のクラシック祭り&2月のピアニスト祭りも、これでラスト!
完走お疲れ自分~。さすがに少々疲れた

プレトニョフを聴くのは今回が初めてです。
聴こうと思ったきっかけは、「私好みのロシアぽい音色」で弾くピアニストは他にいないかしら?と探していたからで。
「私好みのロシアぽい音色」というのは完全なる主観だけれど、筆頭はヴィルサラーゼ。あとはレオンスカヤやアファナシエフ。ババヤンやキーシンも近いかな。番外でガヴリーロフも。
で、プレトニョフはどうだったか?というと。
以下、感想です。

【スクリャービン:24の前奏曲 Op.11】
最初の一音から、「舞台に魔法使いがいる・・・!」と感じました。
一音でピアノの周りだけでなく「ホール全体」の空気の色が一瞬で変わる。
それはロシア系ピアニストに共通する特徴ではあるけれど、プレトニョフの場合はその効果が凄まじい。
芯のしっかりした弱音もロシアのピアニストならではだけど、ポロポロしたとてつもなく美しい水の玉のような音、ふわりとした花のような音、低音の柔らかな暗みと深み、それら全ての完璧なコントロール、にもかかわらずの音楽の自然な流れ。どういうマジックなのだろう。
最後の弱音が空間に溶けるような消え方は、ただ美しいだけでなく、ちょっと怖いようなゾワゾワ、ゾクゾクする感じもする。
今日の前半の私、何なんだろうこの人、何なんだろうこの人、と感じっぱなしでした。

音色の多彩さも物凄くて。
今日のピアノはShigeru Kawaiでしたが、カワイ独特の柔らかで素朴な響きは残しつつ、これほど明快に多彩な音が出るとは。帰宅後に調べたところ、SK-EXという機種だそうで。ベーゼンドルファーもインペリアルと280VCで全く響きが異なるし、同じメーカーでもピアノの音って本当に様々ですね。

予習のときはその良さがわかるようなわからないような?だったスクリャービンのこの曲でしたが、プレトニョフマジックで「永遠に聴いていたい」と感じた時間でした。

(20分間の休憩)
廊下に出ると、「なんであんな音が出るんだろう…!」という感嘆の声が四方から。みんな同じように感じたんですね。

【ショパン:24の前奏曲 Op.28】
その音色の響きと美しさに驚かされたのが前半のスクリャービンなら、後半のショパンはプレトニョフの解釈(といっていいのか)の独特さに驚かされました。
こんな個性的な演奏をするピアニストだったとは知らなかった。。。。。
通常なら力を込めて弾くところを軽くポロポロと流したり、ものすごく自由。なのに不自然なコントロール感は一切なく、自然に音楽が流れていく。

では軽いショパンなのか?というと、決してそうとは言えず。打鍵も音の響きも一貫して柔らかで余裕を感じさせるのに、なぜか不思議な仄暗さがつきまとう。
また知的で客観的なショパンといえばそのとおりなのだけど、あの恐ろしいほどの響きのコントロールで弾かれるので、明晰なだけではない余韻が耳に残る。
若いピアニストにはおそらく真似できない(真似したらおそらく失敗する)演奏と思う。

ロシア系にしては珍しく短調の低音をガリガリと弾かないせいもあり(あくまで柔らか。でもちゃんと深く暗い音色)、長調→短調よりも短調→長調のときのふわりとしたり、可愛らしかったりする空気の変化がより印象的でした。

ただ、ショパンの心の深淵のようなものは感じられたけれど、ショパンの音楽の最大の魅力である「透明な哀しみ、切なさ」は、今夜の演奏からは私には感じられず。なので、好みのショパンかと聞かれるとそうとは言えない。でも嫌いとも言いきれない。うーん、やはり独特・・・。

【ショパン:前奏曲 嬰ハ短調 Op.45(アンコール)】
これは、先日ポゴレリッチの素晴らしい演奏を聴いたばかり。
ポゴレリッチの演奏には胸に迫る切なさがあったけれど、こちらは案の定そういう感じは薄い。二択なら、私はポゴさんの演奏の方が好きではあるけれど。
でも終盤で和音を流すように弾くとき(この動画の4:10~)の神秘的な響きなどはプレトニョフならではで、妙に惹きつけられてしまう演奏であったことも確かで。
上記動画のコメント欄で「Pletnev is absolutely a master, especially when it comes to these types of pieces, the melody is always free flowing and fresh, almost sounds like he’s improvising it on the spot. Also he is a master at making the music very dark and mysterious, so interesting to listen to.」と書いている人がいるけれど、まさにそのとおりの印象でした。

【ショパン:夜想曲 変ホ長調 Op.9-2(アンコール】
これがまた物凄く独特な弾き方で、この超有名曲がまるで知らない曲のよう。
基本速めで所々強めの音で弾いたり(もっと弱音も出せるはずなので意図的と思う)、かと思うと後半で永遠に続くようなトリルが出現したり。最後の軽い終わり方も独特。
ちょっとジャズっぽくお洒落にも聴こえる自由な演奏。
この人にしか弾けないop.9-2と思う。
私は以前聴いたアチュカロさんの「おやすみなさい」な音色の演奏の方が好きではあるけれど(今日の演奏では眠れない笑)、では嫌いかと言われるとそうとも言えず。やはり独特の余韻が耳に残っている。
帰宅してからyoutubeで検索したところ、今年のウィーンの演奏ではトリルの長さは普通ですね2021年のペトゥルッツェッリ劇場の演奏でも。今日が特別だったのか、実は今日も普通だったのだけど永遠に感じられたプレトニョフマジックだったのか。と思いSNSで今夜の感想を検索したところ、やはり通常よりかなり長いトリルだったとのこと。全体的にウィーンの演奏は今回の演奏に近いけれど(トリル以外)、2021年の演奏はよりオーソドックスな弾き方をしていますね。音も弱音で、終わらせ方もしっとりしている。その時々で弾き方を変えるピアニストなのかな。即興的に聴こえるというより、本当に即興的に弾いているのかもしれん。こちらの演奏がトリル以外は今日の演奏に最も近い気がする。

そんなプレトニョフですが。
もう少し無愛想な人かと思いきや、演奏後は万雷の拍手とスタオベに胸に片手をあてて時間をかけて応えていて、とても嬉しげ。
最後に拍手を浴びながら指を一本立てたので「もう一曲アンコール弾いてくれる?」と期待しかけたら、椅子をしまってお茶目にお開きとなりました。

今日の演奏を聴いた限りでは、私はヴィルサラーゼのピアノの方が人間的な温かみが感じられて好きだけど、ヴィルサラーゼはインタビューで「プレトニョフorソコロフ?」と二択で質問されて「プレトニョフ」と即答していました。
いずれにしても、また聴きたくなるような中毒性があるピアニストであったことは確か。
なんというか聴いていて「孤高の天才」という言葉が浮かびました。
9月の東フィルとのラフマニノフの協奏曲ツィクルスも伺います。
今年はやたらとラフマニノフが多いなと思っていたら、生誕150年の記念イヤーなんですね。

そういえばプレトニョフはウクライナ侵攻を批難していて2020年以降ほとんどロシアに帰っていないことから(スイス国籍も持っているそうで)、彼が創設し32年間続いたロシア・ナショナル管弦楽団との契約が打ち切りになったとのこと。今回のウクライナ侵攻が人々の人生に与えた影響は計り知れませんね…。もちろんその最たる犠牲者はウクライナの人達ですが。


この感想の感覚↑、とてもよくわかる

巨匠ミハイル・プレトニョフ復活 SK-EXとの出逢いをきっかけに (Shigeru Kawai)
一度ピアニスト引退を決意したプレトニョフが復帰しようと思ったのは、モスクワ音楽院に置かれたShigeru Kawaiのフルコンサートピアノ SK-EXとの出会いがきっかけだったとのこと。

調律師が語るミハイル・プレトニョフとの出会いとピアノの魅力(japan arts)




Chopin Prelude No.4, 5 Op 28 Mikhail Pletnev 쇼팽 전주곡 플레트네프

Chopin Prelude No.24 Op 28 Mikhail Pletnev
上記はどちらも、2022年5月19日のドバイでの演奏。
基本は今日と同じ弾き方だけど、今日の演奏ほど変態的ではないような
それにしても全く力を入れて弾いていないのにこの独特の仄暗さよ・・・。カワイのピアノ効果もあるのかも。


真央君の敬愛するピアニストがプレトニョフであることを最近知りました。
なるほど。わかる気がする。
真央君にはもう少しオーソドックス系で行ってほしい気もするけれど、あのホール全体を一瞬で変える響きと、あれほど自由なのに極めて自然に流れる音楽の流れはぜひとも習得していただきたい(←えらそう)。

真央君、先日「情熱大陸」に出演していましたね。
その中で、ピアノを弾きながら、真央君がこう言う場面があるんです。
「この音がここ(顔の斜め上あたりの空気を両手で包むようにして)で響きが合わないと駄目なの。ただ指と指が、手と手が同じ音、同じタイミングで出したから合ってるとかじゃないんです。これが、飛んでる音で混じり合わなきゃいけないの。それが延々と続くんです。ピアノ弾くって難しいんです、結構。ハハハハハ!」
この話、すっごくよくわかる…!!
そしてプレトニョフの音は、まさにそれが完璧に感じられたのでした。音色のコントロールだけではない、響きのコントロール。

Pianist portraits 藤田真央 Mao Fujita(La Nui)

・尊敬するピアニストもロシア人ですか?
そうですね、プレトニョフが大好きです。

・彼はチャイコフスキーコンクールの覇者ですね。
第6回で優勝しています。チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を自ら編曲して優勝しましたが、その時より今の音の方が格段とすごいと思います。プレトニョフ自身、今までの録音を全部録り直したいと言っています。おもしろいですよね(笑)。

先日来日したときは、ベートーヴェンとモーツァルト、そしてリストのプログラムでした。コンクール中だったので聴けなくて残念でした。リストの選曲が変わっていて、面白かったです。プレトニョフの音楽の発想はほんと天才的と思います。他にはグールドも好きなんですけど。

・癖のある解釈をするピアニストが好みですか?
人がそうしないだろうな、という解釈を平然とするのが好きです。グールドは発想もすごいし技術もピカイチ。プレトニョフはなんといっても音がすごく綺麗。音が綺麗じゃないと私は受け入れられないんです。うるさいだけなのは嫌ですね。

※ピアニスト・藤田真央#12「ミハイル・プレトニョフ――ヴェルビエの夜、憧れのひとと邂逅する」(WEB別冊文藝春秋

 ある夜、ヴェルビエ音楽祭のプロデューサー、マーティン・エングストロームの誕生日を祝うプライベート・コンサートに招待されたわたしは、思わず居ずまいを正しました。そこにはわたしが敬愛するピアニスト、ミハイル・プレトニョフの姿があったのです。

 プレトニョフが歌曲を演奏することになり、そのときになんと、わたしが彼の譜めくりをすることに。ピアノを弾くプレトニョフの脇に控えて、楽譜をしっかりと目で追いながら、神経を集中させてページをめくるタイミングをはかる。自分のリサイタルよりも緊張して、くらくらしました。

 間近で聴くプレトニョフの演奏にすっかり夢見心地のわたしに、プレトニョフはラフマニノフの歌曲《ヴォカリーズ》の楽譜を見せ、自分の代わりにチェロ奏者のミッシャ・マイスキーと演奏するよう言いました。彼に勧められるがままにわたしはピアノの前に座り、ぶっつけ本番で演奏を始めました。いざやってみるとのびのびと弾くことができましたし、プレトニョフは何度も褒めてくださって、本当に嬉しかったですね。

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