人生を生き抜くことって、決して楽なことじゃない。
苦労や困難なことも多く、疲れてしまうこともしばしば。
疲れているのは私だけではなく、世の中、ほとんどの人が何らかの〝疲れ〟を抱えているのではないだろうか。
人生の幸せを追い求めることに、社会を生き残ることに、食べて生活していくことに、肉体や精神が疲労する。
それでも、何とか生きている。
何とか生きるしかないのである。
生きるエネルギーの源は何だろう。
それは、人それぞれ違うのだろう。
その男性と始めて会ったのは、特掃現場の見積に出向いた時のことだった。
当初、電話での話し方はかなりぶっきらぼうで、私の印象はあまりいいものではなかった。
〝いいものではない〟というより、〝悪い〟とハッキリ言った方が正確かもしれない。
「あまり変な態度をとられたら、こっちから断ってやろう」
そう思いながら、依頼者と見積の日時を打ち合わせた。
現場は古いアパートの一室。
例によって、現場には私の方が先に着いた。
異臭の漂う玄関前に佇むことしばし、しばらくすると依頼者の男性がやってきた。
「多分アノ人だな・・・話しにくい相手じゃなきゃいいけど」
そう思いながら、近づいて来る初老の男性に会釈をした。
「どうも、ご苦労さん」
親しげに片手を上げて挨拶する男性。
私の方が年下のせいか、業者だからか、はたまた男性のもともとの性質なのか、初対面からタメ口で、ぶっきらぼうな喋り方は電話と同じだった。
しかし、どことなく憎めないキャラクター。
陽に焼けた顔に浮かべる人なつっこそうな笑顔が、私が男性に持っていた先入観を変化させた。
「わざわざ見に来てもらって悪いね」
「いえいえ、現場を見ないと仕事になりませんから」
「とにかく、中に入ってみてよ」
とても特掃現場の絡みとは思えないくらいにハツラツと話す男性に、なかなか温度をつかめない私だった。
「臭いし汚ねぇし、まいっちゃうな!」
そう言いながら男性は、玄関の鍵を開けてズカズカと中に上がり込んで行った。
口・鼻も塞がずに堂々と入っていく姿に、私は、親父のたくましさを感じた。
「土足のままでいいですか?」
いつもはそう確認する私なのだが、男性が土足のまま入ったので私も無言でそのまま上がり込んだ。
後から入って、玄関ドアを閉めようとする私に男性は、
「閉めなくていいよ!臭いから」
と注意。
「近所迷惑になりませんかね?」
そう言いそうになった私だったけど、マスクを着けてない男性の意見を尊重することにして黙っていた。
中に入ると、いきなり強烈な悪臭パンチ。
想定済みのこととは言え、防戦に徹するしかない。
次はハエ。
窓の明かりを遮断するくらいの無数のハエが、ワンワンと羽音を唸らせていた。
「あ!ちょっと・・・」
制止しようとする私の声と同時に、男性は窓を開け放した。
すると、〝待ってました!〟とばかりに、無数のハエが外へ弾け飛んで行った。
無数のハエが、遠くの空に散り散りになって消えていく様は、ある種、壮観な光景でもあった。
「あ~ぁ・・・(どっかの家の食卓に行かなきゃいいけどなぁ)」
私は、諦めの溜め息を吐いた。
本来なら、窓を開けることよりハエの始末の方が先。
死体から出たハエを外へ逃がすのは、ちょっとした罪悪感があるんで。
だから、できるだけ部屋の中で抹殺する。
ちなみに、愛用の殺虫剤(非市販品)は効き目バツグンで、飛んでいるハエも撃墜できる逸品なのである。
「このままじゃ臭くていけねーや!」
そう言いながら男性は、台所や風呂・トイレの小窓まで屋内にある全ての窓を開け始めた。
すると、途端に部屋の空気が入れ換わり、部屋の悪臭濃度は下がった。
ただ、近所迷惑もそっちのけの男性に、小さな苦笑いと大きな戸惑いを覚える私だった。
故人は、普段から不衛生な暮らしをしていたようで、狭い部屋は、お世辞にも〝きれい〟と言えるものではなかった。
どちらかと言うと〝汚い〟・・・イヤ、かなり汚い状態。
腐乱痕は、床の布団から壁にかけて付着。
残された頭髪の位置と腐敗液のかたちから、故人が最期にどういう体勢で亡くなったのか、すぐに分かった。
男性は、部屋を見渡しながら、
「死んだのは俺の息子なんだけどね」
「ヒドイ有様でしょ?」
と、まるで他人事のようにコメント。
男性があまりに淡々と喋るもので、ついつい私も
「ホント、酷いですねぇ」
と応えてしまうような始末だった。
それから男性は、
「ここで死んでたんだよ」
と、汚染箇所を指さしながら信じられない行動にでた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、それはやめた方が・・・」
つづく
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特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。
苦労や困難なことも多く、疲れてしまうこともしばしば。
疲れているのは私だけではなく、世の中、ほとんどの人が何らかの〝疲れ〟を抱えているのではないだろうか。
人生の幸せを追い求めることに、社会を生き残ることに、食べて生活していくことに、肉体や精神が疲労する。
それでも、何とか生きている。
何とか生きるしかないのである。
生きるエネルギーの源は何だろう。
それは、人それぞれ違うのだろう。
その男性と始めて会ったのは、特掃現場の見積に出向いた時のことだった。
当初、電話での話し方はかなりぶっきらぼうで、私の印象はあまりいいものではなかった。
〝いいものではない〟というより、〝悪い〟とハッキリ言った方が正確かもしれない。
「あまり変な態度をとられたら、こっちから断ってやろう」
そう思いながら、依頼者と見積の日時を打ち合わせた。
現場は古いアパートの一室。
例によって、現場には私の方が先に着いた。
異臭の漂う玄関前に佇むことしばし、しばらくすると依頼者の男性がやってきた。
「多分アノ人だな・・・話しにくい相手じゃなきゃいいけど」
そう思いながら、近づいて来る初老の男性に会釈をした。
「どうも、ご苦労さん」
親しげに片手を上げて挨拶する男性。
私の方が年下のせいか、業者だからか、はたまた男性のもともとの性質なのか、初対面からタメ口で、ぶっきらぼうな喋り方は電話と同じだった。
しかし、どことなく憎めないキャラクター。
陽に焼けた顔に浮かべる人なつっこそうな笑顔が、私が男性に持っていた先入観を変化させた。
「わざわざ見に来てもらって悪いね」
「いえいえ、現場を見ないと仕事になりませんから」
「とにかく、中に入ってみてよ」
とても特掃現場の絡みとは思えないくらいにハツラツと話す男性に、なかなか温度をつかめない私だった。
「臭いし汚ねぇし、まいっちゃうな!」
そう言いながら男性は、玄関の鍵を開けてズカズカと中に上がり込んで行った。
口・鼻も塞がずに堂々と入っていく姿に、私は、親父のたくましさを感じた。
「土足のままでいいですか?」
いつもはそう確認する私なのだが、男性が土足のまま入ったので私も無言でそのまま上がり込んだ。
後から入って、玄関ドアを閉めようとする私に男性は、
「閉めなくていいよ!臭いから」
と注意。
「近所迷惑になりませんかね?」
そう言いそうになった私だったけど、マスクを着けてない男性の意見を尊重することにして黙っていた。
中に入ると、いきなり強烈な悪臭パンチ。
想定済みのこととは言え、防戦に徹するしかない。
次はハエ。
窓の明かりを遮断するくらいの無数のハエが、ワンワンと羽音を唸らせていた。
「あ!ちょっと・・・」
制止しようとする私の声と同時に、男性は窓を開け放した。
すると、〝待ってました!〟とばかりに、無数のハエが外へ弾け飛んで行った。
無数のハエが、遠くの空に散り散りになって消えていく様は、ある種、壮観な光景でもあった。
「あ~ぁ・・・(どっかの家の食卓に行かなきゃいいけどなぁ)」
私は、諦めの溜め息を吐いた。
本来なら、窓を開けることよりハエの始末の方が先。
死体から出たハエを外へ逃がすのは、ちょっとした罪悪感があるんで。
だから、できるだけ部屋の中で抹殺する。
ちなみに、愛用の殺虫剤(非市販品)は効き目バツグンで、飛んでいるハエも撃墜できる逸品なのである。
「このままじゃ臭くていけねーや!」
そう言いながら男性は、台所や風呂・トイレの小窓まで屋内にある全ての窓を開け始めた。
すると、途端に部屋の空気が入れ換わり、部屋の悪臭濃度は下がった。
ただ、近所迷惑もそっちのけの男性に、小さな苦笑いと大きな戸惑いを覚える私だった。
故人は、普段から不衛生な暮らしをしていたようで、狭い部屋は、お世辞にも〝きれい〟と言えるものではなかった。
どちらかと言うと〝汚い〟・・・イヤ、かなり汚い状態。
腐乱痕は、床の布団から壁にかけて付着。
残された頭髪の位置と腐敗液のかたちから、故人が最期にどういう体勢で亡くなったのか、すぐに分かった。
男性は、部屋を見渡しながら、
「死んだのは俺の息子なんだけどね」
「ヒドイ有様でしょ?」
と、まるで他人事のようにコメント。
男性があまりに淡々と喋るもので、ついつい私も
「ホント、酷いですねぇ」
と応えてしまうような始末だった。
それから男性は、
「ここで死んでたんだよ」
と、汚染箇所を指さしながら信じられない行動にでた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、それはやめた方が・・・」
つづく
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