特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

個人戦

2017-11-07 08:43:54 | 自殺腐乱死体
相変わらず 現場仕事に勤しむ毎日。
久しぶりのブログ更新となったが、気づけば、晩夏も初秋も通り過ぎ11月になっている。
ありがたいことに、私は、代わり映えのない日々を送っている。
愉快爽快に暮らせているわけではないけど、大きな災難にも見舞われていない。
(「仕事自体が災難」「性格自体が災難」と言ってしまえば そうかもしれないけど。)
ただ、日常の平穏が保たれていながらも、ブログの更新は二の次・三の次。
これで、会社から手当(報酬)が支給されているわけでもないし、その割に結構な時間を取られてしまうわけで、限りある時間(残り少ない人生)の中でリスキーな一面もある。
だから、読んでくれる人には申し訳ないことなのだが、時間の使い方を気にしながら、気が向いたときにだけ書いている。

そんな秋、例によって、私の精神も低空飛行をはじめている。
重症だった四年前の秋冬に比べたらマシだけど、怠けて立ち止まると、ツラいものに襲われる。
しかし、それを言い訳に、だらしなく時間を過ごすようなことはしたくない。
楽することが大好きな私は、それに負けじと、仕事でもプライベートでも積極的に身体を動かすことを心掛けている。
併せて、ささやかなものかもしれないけど、日常にある幸せを数えるようにしている。
やがてくる冬と人生の終わりに備えて、温かな笑顔の想い出を溜め込んでいるのである。


「一人で行かれるんですか?」
所は、不動産会社の事務所。
担当者の男性は、現場の部屋の鍵を私に差し出しながらそう言った。
「はい・・・・・とりあえず、見るだけのことですから・・・」
私は、あちこちで受け慣れた質問に応えながら、鍵を受け取った。
「大丈夫ですか!?」
担当者は、驚きの表情を浮かべた。
「大丈夫です・・・・・慣れてますから・・・・・」
私は、“No problem”の笑みを浮かべた。
そして、現場の状況について、二~三の質問を投げかけた。

現場は、そこから歩いて数分のところにあるマンション。
その一室にある浴室で、住人が孤独死。
死後 どのくらいの日数が経過していたのか、湯(浴槽)に浸かった状態だったのかどうか、浴槽に湯(汚水)が溜まったままになっているかどうか、私は、その辺のところを担当者に訊いた。
しかし、担当者の口からは、ハッキリした返答がでてこず。
「現場を見てないものですから・・・」
と、気マズそうに口を濁すばかり。
“問答を繰り返すのは時間の無駄”“見に行ったほうがはやい”と判断した私は、
「とりあえず、見てきます」
と話を打ち切り、その足を現場マンションに向けた。

現地に到着すると、まずは1Fエントランスの管理人室へ。
管理人に挨拶し、用向きを説明。
部屋は見ていないものの、出来事は管理人も把握。
「事情は・・・・・御存知・・・・・ですよね?」
と、少し言いにくそうにそう言った。
そして、
「お一人ですか? 大丈夫ですか!?」
と、不動産屋と同じことを言ってきた。
私は、そんな管理人に“No problem”の頷きをみせてから、その足を現場の部屋に向けた。

幸い、玄関の外に異臭の漏洩はなし。
窓にハエの影が映っているようなことも。
私は、借りてきた鍵で玄関を開錠し、“失礼しま~す”と心の声で挨拶をしながら、玄関を奥へと進んでいった。

問題の浴室は、玄関から近い場所にあった。
室内には、それなりの異臭が充満していたが、浴室の近づくとその濃度は徐々に上昇。
更に、浴室の扉を開けると一気に上昇。
私は、脇に挟んでいた専用マスクを装着しながら、蛍光灯のスイッチをON。
すると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。

浴室は、至極凄惨な状況。
汚染具合を観察すると、故人は、浴槽内にいたことが伺えた。
亡くなった当初から湯は張られていなかった模様。
浴槽の底には、黒・茶・赤・黄、不気味な紋様の腐敗粘土と腐敗液が堆積。
更に、その遺体を搬出した際の“引きずり痕”が浴槽の淵・外面・洗い場・出入口にベッタリ。
「ホラー映画のセットか?」と思われるくらい悍(おぞ)ましい色彩で汚染。
また、警察が指紋を採ったため、浴室の壁を中心に、そこら中 黒カビのような汚れが付着。
これが、見た目の印象を更に衝撃的にしていた。

浴室の手前は洗面所。
そこには、洗面台や洗濯機等があり、洗面用具や洗剤・タオル等、日常の生活用品が整然と置かれていた。
が、その傍らには、日常の生活用品とは思えないモノが。
それは、黒マジックで“浴室内”と書かれた半透明の薄いビニール袋に入れられて、床の隅に置かれていた。
ある種の証拠品として警察が現場に一時保管したものと思われた。
よく見ると、それは七論。
そして、その中には、練炭の灰も残されていた。
結果、私の頭には、そこで起きたことが自ずと浮かんできた。

「自殺か・・・・・」
「不動産屋も管理人も そんなこと言ってなかったなぁ・・・・・」
「知らないのかな・・・・・いや、知らないはずはないな・・・・・」
「知ってて黙ってるんだろうな・・・俺は、そんなこと気にしないのにな・・・」
私は、そんなことを考えながら、不気味な色に染まった浴室をくまなく観察した。
同時に、それを掃除することになるかもしれない自分に湧いてきた不安と対峙できる勇気を自分の中に探した。


特殊清掃の日・・・
「作業も一人でやるんですか!?」
「大丈夫なんですか!?」
何が大丈夫じゃないのかよくわからなかったけど、不動産会社の担当者とマンションの管理人は それぞれに驚いた様子で、一人で現れた私にそう訊いてきた。
先入観も働いて、二人の顔は自殺の事実も知っているように見えた。
それでも、私は、故人への気遣いのつもりで、まったく気づかぬフリをして、
「二人がかりでやるような作業じゃありませんから・・・・・」
「そもそも、浴室の作業スペースは一人分ですしね・・・・・」
と、“Low problem”の笑みを浮かべて そう応えた。

腐乱死体現場に一人で入るなんて、尋常なことではないのだろう・・・
自殺現場を一人で片づけるなんて、驚くようなことなのだろう・・・
“一人で充分に用が足りる仕事なのだから一人でやるのは当り前”“一人のほうが気楽でいい”等と思っている私は、神経がおかしいのだろうか。
ただ、慣れているとはいえ、いざ作業となると、現場が凄惨であればあるほど気分は重くなる。
自分の中の勇気を できるかぎり掻き集めてはみたものの、
「ハァ・・・・・アレを掃除しなきゃならないのか・・・・・」
と、ここでも、前日の夜から気分は重くなっていった。

しかし、それをやるのが自分の仕事。
会社員としての責任であり、請負者としての義務であり、生きるための権利でもある。
そう・・・私は、誰のためでもなく自分のために、生きる責任を負い、義務を履行し、権利を行使しているのだ。
“誰かのため”は結果の実であり、私は、誰かのために頑張るような殊勝な人間ではない。
もっと言えば、“誰かのため”も結局は自分のため。
自分のためだから頑張れる・・・一人きりの戦いである。

浴室とは裏腹に、部屋の方は整理整頓・清掃が行き届いてきれいだった。
リアルな生活感の中、死に支度を整えていたような形跡はなく、故人は、死の間際まで日常の生活を営んでいたよう。
つまり、そこからは、故人が “まだまだ生きるつもりだった” “ギリギリまで生きようとしていた”ということが伺えた。
故人は 生きることの苦しさ・辛さと戦っていた・・・
七輪・練炭を手元に用意したのは、ずっと以前のことなのか、近日中のことだったのか知る由もなかったけど、どこか“心の保険”“心の武器”のようなつもりで用意していたのかもしれない・・・
そんなことを頭で想像すると、その胸の内には 生きることと格闘した故人を労うような同志的な想いが湧いてきた。
そして、それは“俺は この仕事で生きてるんだ”“俺なら この風呂をきれいにできるはずだ”という想いに変化し、くたびれた中年男一人の身体に故人の力が加わるような感覚を覚えたのだった。


自死は敗北ではない・・・
もちろん勝利でもない・・・
いうなれば戦線離脱・・・
戦闘責任・戦闘義務・戦闘権の放棄・・・
私は、そういう風に思っている。
そして、肯定できるものではないけど、一部かもしれないけど、その気持ちはわかる。

人生、一日一日が戦い。
人は一人で生きていけないものではあるけど、一人で生きていかなければならないものでもある。
誰かに悩みを打ち明けたり、誰かと悲しみを分かち合ったりすることで、癒されたり・励まされたり・救われたりすることはある。
しかし、究極的には孤独なもの。
過去の後悔・現在の不満・未来の不安、自分の不運・弱さ・愚かさ、自分を押しつぶそうとするモノと一人で戦いながら生きていかなければならない。

そんな人生では、生きていることがツラくなるときがある。
生きることが面倒臭いことのように思えてしまうことがある。
でも、死にたいわけではない。
私は生きたい・・・・・精一杯生きたい・・・・・間違いなくそう思っている。
だから、悩みながら、苦しみながらも、涙と汗で飯を得て、それを喰う。

私は、一つ一つの現場で一人一人の死痕を消しながらも、その生痕に残る生きる力を与えてもらっているのかもしれない。
そして、それが、人生の個人戦を戦い抜くための力になっているのかもしれない。

約四半世紀、これに携わって生きてきた私は、先逝人が見せてくれた戦いの痕跡、そして、これから見ることになるであろう戦いの痕跡を一助に これからも この小さな人生を精一杯生きていこうと思うのである。



特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 飲めぬ話 | トップ | 人生上々 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

自殺腐乱死体」カテゴリの最新記事