特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

めまい

2016-11-12 08:39:16 | 特殊清掃
できた人に言わせれば、「そんなの苦難のうちに入らない!」と一蹴されてしまうかもしれないけど、悩みの種があって、考えなければならないこと、やらなければならないことが色々とでてきて、ブログ製作に時間を使えないでいる今日この頃。
そんな中、ちょっと時間ができたので、ブログを書くことに気持ちを向けてみることにした。
そして、「何を書こうかな・・・」と考えた。
すると、久しぶりの記事につき、まずは近況報告をすることを思いついた。
だから、そこから始める。

昨日は、チビ犬の二回忌だった。
いなくなってもう二年も経つのに、その想い出はまったく薄まらない。
新しくしたスマホの待受画面も前機と同じチビ犬の写真にしている。
「笑顔の想い出は人生の宝物」
時間や金銀には多くの限りがあるけど、笑顔に限りはない。
チビ犬は、いまだに私に笑顔をくれている。

その他も、一つのこと以外、この一ヵ月、変わったことは起きていない(例によって、仕事上では変わったことばかり起きているけど)。
“一つのこと”というのは、先日、私の身に降りかかった病災。
それは一週間余前、都内某所の故人宅で遺品処理作業をしていたときのこと。
寒い中、汗をかきながら作業をしていると、何となく足がフラつきはじめた。
同時に、脳(視界)も揺れている感じに。
「目眩(めまい)?それとも気のせい?」
私は、それまでの人生で体感したことがない感覚に、少し戸惑った。
目の前の視界が身体(視線)の動きにリンクしていないのは明らか。
普通に歩いているつもりでも、身体は自然と左側へ傾いていく。
しかし、作業の真只中。
その症状は作業を止めるほど深刻なものでもなく、フラつきを不快に感じながらも、作業はそのまま続行した。
そして、自分をダマシながら作業を進め、その日の作業はなんとか終わらせた。

症状が悪化したのは、その日の夜になってから。
夕方、私は、褒美の晩酌を楽しみにしながら退社。
依然として軽い目眩はあったものの、
「ま、そのうち治るだろう・・・」
と大して気にもせず、好きな肴を買って家路についた。
そして、いつも通り風呂に入り、一日の終わりに安堵した。
しかし、酒肴に舌鼓を打とうとしたところで、安堵は不安に変わった。
軽くおさまっていた目眩が急激に酷くなってきたのだ。

「あれ?変だな・・・」
身体(視線)は動いていないのに、視界が勝手に左スライド。
しかも、次第にそのスピードはアップ。
状態の急変に驚いた私は、辺りをキョロキョロ。
極めつきは、天井を見上げたとき。
視界は半時計回りに回り、左スライド同様、そのスピードは増すばかり。
すぐに視線を下げればよかったものを、あまりの光景に好奇心にも似た驚きを覚えて、頭を降ろすことができず。
結果、猛烈な勢いでグルグルと回る視界の下、目を回してダウンしてしまった。

この状況に、湧いていた不安感は恐怖感に変わった。
同時に、吐気も。
こんな症状に見舞われるのは、生まれて初めて。
もちろん、こうなると晩酌どころではない。
「目眩 原因 対処法」
気が動転する中、フラフラする頭でスマホを検索。
でてくるサイトを次々に開きながら、原因と対処法を探っていった。

ネットには、「頭痛や身体に痺れが発生したり呂律(ろれつ)が回らなかったりする場合は危険だから、すぐ病院へ!」とあった。
が、幸い、私にはその症状はなかった。
ただ、とにかく、横を見れば景色がスライドし、天井を見ればグルグル回る。
しかも、かなりのハイスピードで。
身を起こしているとフラフラするばかりなので、とりあえず横に。
そして、目を開けていると気持ち悪くなるので目を閉じ、何かに振り回されるような感覚に苛まれながら、しばらくジッとしていた。

結局、私は、三時間くらい横になったまま動けなかった。
そうしてしばらくすると、少しは気分も落ち着き、目を回しながらも身を起こすことはできるようになった。
ただ、最初の精神的ショックが大きすぎて、身体に力がなかなか入らず。
しかし、ゆっくり休むなら布団にかぎる。
「とにかく、今夜は安静にしていよう・・・」
と決め、同時に
「一晩寝たら治るかも・・・」
と、期待しながら這うようにして布団にもぐり込んだ。

残念ながら、夜が明けても目眩は治っていなかった。
前夜に比べれば改善したものの、視界も頭も明らかにフラついていた。
それでも、仕事は休めない(正確に言うと、会社が休ませてくれないのではなく、休む気がないのかもしれない)。
私は、いつも通り仕事にでて、いつも通り働いた。
ただ、仕事にでるとそれなりに気が張るのだろう、自覚症状はあったけど、家にいるときほど気にならず。
「どうせ治らないなら気にするだけ損」
と開き直って、時を過ごしていった。

結局、目眩は一週間ほど続いた。
“一時的に治まる”なんてことはなく、程度に波はありながらもほとんどずっと。
そんな中で、特に神経を使ったのは車の運転。
事故でも起こしたらとんでもないことになるから。
ただ、そんな緊張をよそに、車の運転は大丈夫だった。
運転中、首を急激に動かしたりしないかぎり、目眩は自覚されず。
目眩による視界変動より車の動きによる視界変動のほうが速くて大きいから、目眩が中和されたのだろう。
しかし、その反動だろうか、車を降りた途端にフラッとよろけていた。
同じように、座った状態から立ち上がる際や身体の向きを変える際にもフラついた。
また、歩いてもにわかにフラフラ。
そのうち、そんな身体の扱いにも慣れてきて(?)、吐気はもよおさなくなり食欲も回復。
自分が少し辛いくらいで、日常生活や仕事で人に迷惑をかけるようなことも起こさずに済んだ。
そして、ありがたいことに、昨日くらいから目眩はかなり治まってきている。

二月にはインフルエンザにかかり、五月には股関節を傷め、八月には蕁麻疹を発症し、九月にはスマホが壊れ(これは関係ないか・・・)、そして、十一月は目眩ときた・・・
また、蕁麻疹発症以降、原因不明の持病である胸痛に襲われる頻度も上がってきている。
ストレス、疲労、更年期障害・・・責任を押し付けられそうな要因はいくらでもあるけど、結局のところ、見た目だけではなく身体の中身も老いて衰えてきているのだろう。
そんな風に、中も外も暗いネタが尽きないけど、その都度 耐え忍び、空元気でもいいから少しでも笑って過ごしたいものである。



そこは、寒風吹くビルの屋上・・・
目の前に広がるのは、飛び散った血・肉・骨・・・
それは、健康な身体でも目眩を起こしそうになるような光景だった。

どこかの誰かが、隣のビルから飛び降りた。
そして、それよりも低いところにある隣のビルの屋上に落下。
その衝撃で、身体の多くが粉々に飛び散ったのだった。

そこはオフィスビルの屋上。
住居用マンション等とは違い、普段、人が立ち入るようなところではなく、たまに立ち入るのは設備メンテナンスの業者くらい。
色々な設備や構造物を設置するため、床面は平たい造りではなく複雑な形状をしていた。

「こりゃヒドい・・・これをやらなきゃならないのか・・・」
高所が苦手であることも相まって、私の目には、その光景がとても凄惨なものに映った。
そして、その作業が気の遠くなるようなものになることは明白で、やる気は衰えていくばかりだった。

ビル風はとても冷たく、そして、とても強く吹いていた。
それは臆病風となり、私の心身を打ち、硬直させた。
「知らない世界に飛ばされるんじゃないか?」と恐くなるくらいに。

そこは街中のオフィスビルで、地上の人通りも多い。
「不幸中の幸い」と言っていいのかどうかわからないけど、故人が地上に到達していたら、誰かがケガをし、また、誰かが巻き添いになって命を落とすことになった可能性が充分にある。
もっと大きな惨事になっていたかもしれないことを考えると、すべての物事のきわどさが身に滲みて寒々しさが増していった。

当然、周囲に人影はなし。
孤独な作業や凄惨な現場には慣れているけど、初動の心細さは否めない。
作業を進めていくうちに特掃魂に火がついて、次第に熱くなっていくのがいつものパターンだから、自分を奮い立たせるには、それを待つほかなかった。

火のついた特掃魂は、本来の私に似合わないパワフルなものになる。
ただ、そこにたどり着くまでが、結構 大変。
作業を嫌がる自分、逃げたがる自分、愚痴る自分、弱音を吐く自分・・・そういう輩といちいち対峙していなかくてはならないから。

血を拭き、肉を削り、骨を拾う・・・
構造物に頭や肘をぶつけながら、狭いところを這いずり回りながら、無理な姿勢に呻き(うめき)声を上げながら・・・
生きるための代償として、懸命に生きていることの証として、私は一人黙々と作業を続けた。

そんな仕事でも、ひと仕事やり終えたときの達成感はあった。
誰に褒められるわけでもなく、誰に喜ばれるわけでもなく、誰かに蔑まれることが多く、誰かに劣ることが多く、ただ金で依頼され請け負った仕事だけど、自分なりの達成感はあった。
そして、それが、誰に誇る必要もない自分の中のプライドになって、次の自分を支えてくれるのである。


人の心は強いものでもあるし、弱いものでもある。
フラフラしてしまうことも多く、ときに、折れて倒れてしまうこともある。
しかし、それで終わりではない・・・諦める必要はない。
時に勝てない以上 時を返してやり直すチャンスは持てないけど、今ここでリセットするチャンスは持てることを知らなければならない。
弱々しくフラつく足にも、“自分次第”といった次元を超えたところにある跳ぶ力を宿らせることができることを知らなければならない。
・・・悩める私は、弱々しく消沈することが多い中でも そう思っている。

そして、ときに、目眩を起こしながら、また、目眩を起こしそうになる出来事に遭遇しながらも、この人生旅路を、笑顔を望みつつ、一日一日大切に、かつ力強く歩いていきたいと思っているのである。


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