されば悲しきアホの家系(続々………々々々々々)

 
 さて、アホの家系ではあるけれど、ちゃんと例外もあって、好もしく思える親戚が二人いた。その一人は、名古屋の従兄だった。
 
 名古屋には、先祖の立派な爺ちゃんの血を引く同姓の分家があって、ちゃんとした和菓子屋を営んでいた。この名古屋の家、店の跡継ぎとして、遠縁の男児を婿養子に欲しい、と二条の家に申し入れてきたらしい。
 ただ、高校卒業の学歴がないと困るので、名古屋のほうで高校に通わせることが条件だ、ということだった。

 ちょうどよさそうなのは、次男坊の伯父だった。が、この伯父、「わしは高校行くなんて嫌や!」と言い張る。
 この時点で二条の家には、未だかつて高校に進学した者はいなかったのだ。特にこの次男坊の伯父は、カッコばかりつけたがるくせに、頭のほうはからっきしなのだった。

 次男坊の伯父の拒絶があんまり強情なもんだから、仕方なく、長男坊の伯父が婿養子に行くことになった。……跡取りの長男坊が養子に行くなんて、京都じゃ前代未聞なほど珍しいことだったらしい。

 ところで、二条の家では結局、この長男坊の伯父と、末坊である父だけしか、高校を出ていない(それももちろん、普通科ではないのだが)。
 このため父は、二条の家ではもっぱら「よくできた息子」、「よくできた兄弟」と評判だった。私の母は、嫁いだ途端に、この家の末妹の、ぶくぶく太ったキンキン声の叔母に、「あんたなんかに兄さんは勿体ないわあ」と言われたそうで、このことについて私は、子供の頃から数百回も、母の不平を聞かされてきた。

 To be continued...

 画像は、セザンヌ「赤いチョッキを着た少年」。
  ポール・セザンヌ(Paul Cezanne, 1839-1906, French)

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されば悲しきアホの家系(続々………々々々々)

 
 口のなかは火を飲み込んだような熱さ、その上に耐え切れない痛みでございます。
 そのうちに口のなかが腫れてまいりました。口のなかが腫れますと、舌の行き場所がこざいませんで困ります。口のなかは痛く、また熱のためにカラカラに乾涸びてございます。

 お経を差し上げるお家でお水を一杯いただきましたが、読み始めましたら、もうお水を飲むこともできません。口のなかが腫れ上がり、熱のために喉がカラカラに渇き、それはもう大変な苦行でございます。
 このときほど、一滴のお水を欲しいと思ったことはございません。痛みと焦りのために、顔からダラダラと汗がしたたり落ちる始末でございます。

 けれども、仏さまはお見通しでございます。慈悲をかけてくださったのでございましょう。流れ落ちる汗の雫を、舌で受け取っては飲み、受け取っては飲みしまして、やっとお経を上げることができました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 ……坊さん、あなた、コメディアンになったらいいよ。アホな家に似つかわしい、とぼけた「お寺さん」だった。

 が、二条の家の人間は、坊さんのこんな説法をありがたく傾聴している。彼らという人種は、いかなる権威をも信頼しきっているのだ。
 例えば、煙草に発癌性があると言おうものなら、「政府が売るの許してはるのに、悪いもんなんか入ってるわけないがな!」と、本気でこうなのだ。

 To be continued...

 画像は、ビアール「説教」。
  フランソワ=オーギュスト・ビアール(Francois-Auguste Biard, 1779-1882, French)

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されば悲しきアホの家系(続々………々々々)

 
 恥じるべきは、人の心の浅ましさであります。地面に倒れた途端に、袖のなかにしまってあった大量のお布施が、ばらばらと道に散らばりました。私は慌てて、一つも逃してなるものかという気持ちから、両足にくっつけた自転車を引きずりながら、何糞とばかりに、這いつくばってお布施を両腕で掻き集めました。
 そして、すべてのお布施を胸許に掻き寄せてから、初めて周囲を見まわしますと、通行されている皆さまが、何事かとばかりに私を囲んで、覗き込んでいるのでいるのでございます。顔から火が出るほど恥ずかしい気持ちとは、このことでございます。

 仏さまはお見通しでございます。物欲に取りつかれました浅ましい心を、きっとお懲らしめになったのでございましょう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 ……これって、説法か? ついでにもう一つ。

 私たちはみな、現世の災いに脅かされてございます。ときに仏さまは、私たちに慈悲深いお手を差し出して、助けてくださいます。こんなことがございました。

 前にも申し上げましたように、私はお経をお願いされましたのが近所のお家であれば、自転車を使用しております。
 さて、ある晴れた日のことでございます。私は川沿いの道を走っておりました。風がわたり、気分が好いので、私は漕ぎながら、お経のための発声練習を始めました。口を大きく開け、ア~、ア~、アアア~、と声を大きく出すのは爽快でございます。

 けれども、自転車を走らせておりますと、眼に虫が飛び込んでくることがよくありますように、私の大きく開けた口にも、このとき虫が飛び込んできたのでございます。しかもその虫というのが、蜂でございます。
 慌てて蜂を吐き出しましたときには、蜂は私の口のなかを、何度もチクチクと刺したあとでございました。……

 To be continued...

 画像は、ヴェレシシャーギン「日本の僧侶」。
  ワシーリイ・ヴェレシシャーギン(Vasily Vereshchagin, 1842-1904, Russian)

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されば悲しきアホの家系(続々………々々)

 
 さて、ようやく読経を終えると、今度はちょっとした説法が始まる。が、この坊さん、坊さん自身の体験談よりほかに話した試しがない。
 例えば、こんなふう…… 

 私たちはみな、現世の物欲に支配されがちでございます。ときに仏さまは、私たちを分かりやすく戒めてくださいます。こんなことがございました。

 私は皆さまにお願いされましてお経を読み、お布施を頂戴して暮らしております。坊主といえども、現世にある以上、生活の資を得なければなりません。お布施は我々坊主にとって、それは大切なものであります。
 袖の下と申しますが、お布施は、この袖の袋の部分にしまいます。一日に何件もお経を読みますと、それだけお布施も大変な数になりまして、この袖の袋が大きく重く膨れます。

 さて、私は、お経をお願いされましたお家が近いときには、自転車を使っております。ある日も私はお経を終え、自転車を漕いでお寺へと帰る途中でした。袖にはたくさんのお布施が入っております。
 途中で用事がありまして、自転車を止めようと思ったときです。下駄の歯が自転車のペダルに、上手いこと噛み合ってしまいまして、どう足掻きましても抜き取ることができません。自転車は止まります。けれど、足を地に着けることはできません。私は自転車のペダルに足がくっついたまま、自転車もろともコケてしまいました。……

 To be continued...

 画像は、カストル「日本の市場」。
  エドゥアール・カストル(Edouard Castres, 1838-1902, French)

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されば悲しきアホの家系(続々………々)

 
 法事というのも、退屈極まりないものだった。子供だった上に興味もないから、私は、二条の家に行くのがなんの仏事のためなのか、いつも、とんと分からない。

 が、分からない、なんて口にしてはいけない。死んだ祖父や祖母が今、冥途の旅路のどのくらいのところにいるのか、伯母たちがしなくてもいい説明をし始めるからだ。そして、
「こういう法要は、ちゃんとせえへんとな、爺さんや婆さんが、自分が死なはったこと忘れてしもて、この世に戻ってきてしまうんやで」と、ゾンビじゃあるまいに、脅しを添える。
 死んだこと忘れるなんて、アホは死んでもアホなものらしい。

 法事のときには「お寺さん」を呼ぶ。山吹色の法衣に紫の袈裟を掛けた、アラレちゃんのような眼鏡をした海坊主のような坊さんが、二条の家の「お寺さん」。読経のためにやって来る。
 冬はともかく、夏もその格好では、さぞ暑かろうのに、坊さん涼しい顔をして、扇子を手にパタパタと扇いでいる。

 図体のでっかい坊さんのことだから、奥の部屋の仏壇の前に座を占めると、その部屋には、あともう2、3人しか坐れない。で、残りは、テーブルと食器棚と冷蔵庫まで置いてある2畳の板の間、そして表の畳の部屋にまではみ出した格好で、銘々が座布団を敷いて坐る。

 読経は1時間半くらいかかる。その間、じっと正座していなければならない。坐るほかは何もできない。眠ることもできない。で、空想を働かせて時間をやり過ごすしか、私には救いの道がない。
 ……この坊さんの声、惚れ惚れするようなバス。これだけの声量があれば、声楽家にでもなるべきだと思う。棒読みの読経なんて、勿体ない。

 To be continued...

 画像は、ピール「日本人形と扇子」。
  ポール・ピール(Paul Peel, 1860-1892, Canadian)

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