イタリア絵画によせて:無頼漢の芸術

 

 カラヴァッジョ(Caravaggio)は、絵画をバロック時代に突入させた画家として有名。宗教をテーマとした絵の人物描写は、ルネサンス・イタリア絵画の古典的伝統に則って堅固で精神的ながらも、カラヴァッジョらしくいかにも現実的、庶民的。それがバロックの太鼓判、ドラマチックな照明によって、暗い陰のなかに物語をもって浮かび上がる。
 きっと当時としては、さぞ革命的だったんだろうな。が、私は別に特に好きな画家ではない。

 カラヴァッジョの絵には確かにある種のドラマを感じる。が、それは自信満々な写実描写や、どぎつい明暗のコントラストのせいばかりでないような気がする。画題もまた、荒々しい、気味の悪いものが多く選ばれているように思う。
 つまりカラヴァッジョって、そういう趣味。

 その上、バッカスその他の、カラヴァッジョそっくりのアクのある顔。キューピッドや若き聖者の、色気のある愛らしい顔。美少年大好きナルシストだったのかも。
 つまりカラヴァッジョって、そういう性癖。

 カラヴァッジョは伝統に反抗する一方、アナーキーな性格で、放蕩の無頼漢。絵でも絵以外でも、やたらにスキャンダラス。
 さすが天才、だからこそ革命的な絵が描けたのだ、という声もあるが、私には、あそこまで血の気が多くなくてもやっぱり絵は描けたと思う。
 つまりカラヴァッジョって、そういう性格。

 彼は腹の出た聖母マリアを描いて、教会に抗議されたそう。このあたり、なんだか、カラヤンがLPのジャケットに載る写真に、自分の腹が出ているところを、「腹を隠せ」と抗議したのに似ている。
 カラヤンの腹が出ていたのは、事実なんだから仕方ないが、マリアさまのお腹が出てたかどうかなんて、事実は分かりゃしない。だから、敢えてお腹を膨らませて描かなくてもよかったわけで、「アレキサンドリアの聖カテリーナ」みたいに美しく描けばいいものを、そうしなかったのには、伝統に追従しない画家の姿勢よりもむしろ、いかにリアルに見せるかという画家の野心、思惑のようなものを感じる。

 喧嘩っ早いカラヴァッジョは、すぐに相手に殴りかかり、怪我をさせては告訴、投獄され、とうとう殺人まで犯してしまって、ローマから逃亡。
 ナポリ、シチリア、マルタへと逃げ延びるが、最後には運にも見放され続けて死んでしまった。これ、ローマから特赦の通知が届く3日前のこと。ちゃんちゃん。

 画像は、カラヴァッジョ「聖マタイの召命」。
  カラヴァッジョ(Caravaggio, ca.1571-1610, Italian)
 他、左から、
  「トランプ詐欺師」
  「マグダラのマリア」
  「聖母子と聖アンナ」
  「眠るキューピッド」
  「ゴリアテの首を持つダビデ」

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弟の叛逆(続)

 
 私には弟が二人いて、そのうち下の弟は、軽くて浅いのになぜか賢く、天真爛漫でアクティブな性格だった。正義感が強くて偉ぶらないから、同じような奴らがあっちこっちから自然と集まってくる。家にもよく電話がかかってくる。

 で、電話口に出る前に、弟は母に断る。
「後ろで喋らないでよね」
 で、電話の会話を早いとこ切り上げる。
「おー、バスケか。えーなあ、しよ、しよ。人数、集まったん? 体育館のほーがええんとちゃう? じゃ、すぐ行くわ」
 で、母に一言言って出かける。
「ちょっと学校に行ってくるからね」
 ……なんと厄介なバイリンガル生活。

 さて、弟が中学生だった頃のある日の夕食。弟は神妙な顔で、こう切り出した。
「僕、今までおかしいと思ってたんだよね。どうして家で関西弁喋っちゃいけないの、って。お母さんが喋らないのは、そりゃ自由だけど、僕は東京で育ったわけでも、いつか東京で暮らすわけでもないんだしさ。だから僕、明日から、家でも外でも同じように自然に喋るって決めたから。じゃ、そういうことで、よろしく」
 で、宣言し終えると、あとは家族一同無言のなか、弟は黙々とご飯を食べた。

 翌日、弟は関西弁を喋っていた。
「早速だねえ」と声をかけると、
「昨日そうゆうたやろ? 俺は今まで、自分のなかに大きな矛盾を抱え込まされて生活してきたんや。これはアカンことやし、耐えられもせーへんで。まあ、昨日で大きい肩の荷降ろした感じで、すっきりしたわ」

 そうして我が愛すべき弟は、すたすたと学校に出かけていった。

 画像は、弟が木箱の蓋に彫った、ランボー。

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弟の叛逆

 
 私の父は根っからの京都人で、私も京都生まれの京都育ちだった。が、母は東京の出身で、関西弁を忌み嫌っていた。 
 私の住んでいた家は京都の郊外だったから、地元の方言は、舞妓のような京都弁でもなく、漫才師のような大阪弁でもない、中途半端なものだった。これが余計に母の気に喰わなかったらしい。子供たちは家で関西弁を一切喋らせてもらえなかった。
 
 これはちょっとしたバイリンガル生活だった。子供たちはみな、普段、家では家族と標準語(母の言葉)で話し、学校では友達と関西弁(地元の言葉)で話した。
 が、友達が家に遊びに来ようものなら、たちまち厄介なことになる。

 例えば友達を紹介するとき、例えばお茶やお菓子を用意するとき、私が母と喋るのを聞きつけて、友達はみんなして喚声を上げる。
「しやーん、それって東京弁とちゃぁうんー?!」
 で、慌てて言葉を友達に合わせると、今度は母に冷やかされる。
「あら、あんた何恥ずかしがってるのよ」
 ……

 まあ、私は外交的な性格ではなかったから、さほど困った状況には陥らなかったけど、可哀相に、交友関係の広かった下の弟は、友達の前でボロを出さないよう、見るも憐れな努力をしていた。 

 To be continued...

 画像は、弟が作った、独眼竜政宗のお面。

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レンズマン(続)

 
 ボスコーンの黒幕と対決するシーンは圧巻!
 
 キニスンが強力な精神衝撃を投射する。黒幕はこれを遮蔽し撥ね返す。黒幕の精神衝撃がキニスンの精神遮蔽に反射して飛び散る。途端に、射程内にいたボスコニア人たちすべてが神経組織に破壊的な致命傷を受ける。
 黒幕がキニスンに全力を集中するにつれ、その真の姿を現わす。ボスコニア人たちは即座に発狂する。キニスンが強大な意志力のすべてをレンズを通して投射するにつれ、レンズは眩しく輝く。開放された恐るべきエネルギーによって、エーテル(!?)が沸き立ち、煮え返る。キニスンは容赦なく、激烈な攻撃力を維持し続け、レンズは凄まじい光を放つ。
 そしてキニスンの知覚の前に、一個の脳の姿が現われる!

 アリシア人が海賊ボスコーンの首領の脳の奥底に、針のように貫く精神エネルギー波を送るシーンがある。
「お前たちの文明は貪欲、憎悪、腐敗、暴力、恐怖などを基礎にしている。それは正義をも慈悲をも認めず、科学的効用以外に真理を認めない。それは本質的に自由と対立している。だが自由は、個人についても思想についても、すべての基礎をなすものであり、お前たちが対立している文明の目標とするところなのだ。真に哲学的な精神は、そうした文明と調和しなければならない」
 
 中学生の私は、このアリシア人の言葉を聞いて、知と自由との普遍性、それらへの渇望を自覚した。 

 画像は、ゴッホ「星月夜」。
  フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh, 1853-1890, Dutch)

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レンズマン

 
 中学生の頃、一時期SFにハマっていた。

 E.E.スミス「レンズマン」は、スペース・オペラの決定版と言われるが、実際、誠にもってそのとおりだと思う。
 SFリアリズムと言うか、例えば、無慣性航行による光速を凌駕する超光速飛行など、サイエンスとフィクションとのバランスが見事。
 それから、宇宙戦争のような、光線銃でビャンビャンやり合うバイオレントなシーンがないのもいい。これが、西部劇のような野蛮な活劇とは異なる点。

 宇宙文明を護る銀河パトロール隊の精鋭、レンズマンであるキニスンが、海賊ボスコーンと戦い、銀河系から銀河系へと冒険を繰り広げる。そこにクラリッサとのロマンスも織りまざる。
 レンズマンはその肉体にレンズを帯びている。レンズはレンズマンの肉体に循環し、自我に共鳴する。

 このレンズはアリシア人によって作られたもので、アリシア人は、あらゆる宇宙を通して最も強力な知性であり、人間には分かる能力もない文明の第一の条件であり、人間の理解を超える幾世代ものあいだ、生命の本源についての思索に専念している。
 そんな彼らが、知的文明を擁護するために人間に与えたものが、レンズなのだ。
 
 アリシア人はグロテスクな竜の姿でもあり、白ひげの老人の姿でもある。だが、キニスンが独自の訓練にアリシア星に赴き、導師(メンター)の精神スクリーンを打ち破ったとき、彼が見たアリシア人の真の姿は、脳そのもの、だった。

 To be continued...

 画像は、チュルリョーニス「星のソナタ、アレグロ」。
  ミカロユス・コンスタンチナス・チュルリョーニス
   (Mikalojus Konstantinas Ciurlionis, 1875-1911, Lithuanian)


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