幻想と現実

 

 随分前になるけれど、「色彩の詩人 シャガール展」に行ってきた。
 入場無料の記念日を選んで、これまた駅前の無料レンタサイクルで、暑いなか、上り坂をえっちらおっちら。車道の自動車が排気ガス出してぶんぶん追い抜いていくのを見ると、なんだか自分が馬鹿みたい。あー、個人間でCO2排出権取引ができれば、こんなに不満じゃないのになー。

 シャガールは日本じゃ人気があるらしい。幻想的だとか夢幻的だとか、ユダヤ的だとか宗教的だとか、スピリチュアルだとかプリミティブだとか、シュールだとかファンタジックだとか、いろいろと形容される。
 私はシャガールが特に好きというわけではなく、印象も薄いのだが、20世紀のロクでもない現代絵画のなかにあって、彼の絵は浮いている分、好もしく感じる。

 奇妙な牛や馬や鶏、曲芸師や道化師、バイオリンを弾く楽士、袋を背負ったユダヤ人、といった独特のモティーフ。冬空に似た、靄のようなミルク色。人々は逆立ちしたり、空に浮かんだり、頭が裏表あったり上下逆になっていたり。
 心象風景のように懐かしく、どこか淋しげで、諦観した静けさが漂う。あ、これいい。なんかいい。なんとなくいい。……それで済んでしまう、言葉の要らない素直な世界が、シャガールの良さだと思う。

 若い頃の自画像を見ると、ダルビッシュのような吊り眼の、ツンとした雰囲気の顔なのだが、写真を見ると、笑っている上に眉毛が下がっていて、とても愛嬌がある。きっと根の明るい、素直な人柄だったのだろう。壁画「ユダヤ劇場」(左端に、キツネの尻尾発見!)なんかを観ていると、描きたいものをつい描いてしまう、といった素直さ、奔放さを感じた。

 マルク・シャガール(Marc Chagall)は白ロシア(現ベラルーシ)の古都ヴィテブスクの、貧しいが敬虔なユダヤ人家庭の生まれ。彼の絵には頻繁に、この故郷の情景が登場する。やがて画家を志し、サンクト・ペテルブルク、そしてパリへ。
 パリでは若い芸術家たちのコミューン、モンパルナスの“ラ・リュッシュ(蜂の巣)”で切磋琢磨。ここには隣人モディリアーニを初め、スーティン、ドローネー、レジェなどが暮らしていた。
 帰郷の際、第一次大戦が勃発。故郷での滞在が長引くなか、初恋の女性ベラと結婚。この頃の彼の絵は、最愛の妻をミューズに得、薔薇色の幸福感で膨れ上がっている。

 ロシア革命が起こると、シャガールも芸術人民委員なんてものに任命される。このとき、抽象絵画で有名なマレーヴィチとの確執から故郷を去り、やがて、芸術が革命の従属物として扱われるようになった故国をも去ってゆく。シャガールも、また彼の絵も、あまりに人間臭かったのだろう。
 第二次大戦が勃発すると、ナチス・ドイツの迫害を逃れてアメリカへ亡命。すでに名声を得ていた彼は、アメリカで大歓迎される。が、妻ベラが病死。悲嘆に明け暮れた彼は、絵筆を持つこともできなかったという。

 戦後はフランスに戻り、南仏に移り住む。ベラの死を癒してくれた恋人ヴァージニアが、フランス男のもとへとトンズラし、再び一人残されたシャガールだったが、ユダヤ人である新しい伴侶、ヴァランティーナ(ヴァヴァ)と再婚。ようやくの平穏を得て、実りある晩年を送り、長寿をまっとうした。

 画像は、シャガール「誕生日」。
  マルク・シャガール(Marc Chagall, 1887-1985, Russian)
 他、左から、
  「村のサーカス」
  「エッフェル塔の新郎新婦」
  「花束と空飛ぶ恋人たち」
  「戦争」
  「バイオリン弾き」

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