コバリドの谷(続々々)

 
  翌朝、相棒が簡単な朝食を作って待っている。

 “歴史の道”を歩く。イタリア軍敗走の追体験ができる、とワクドキの相棒。この辺りは、逃げ切れなかった兵士たちが折り重なって屍となり、どこを掘っても白骨が出てくるのだという。
「掘ってみようか」と罰当たりなことを言う。
 歴史の道の入り口の石門近くに、「死者に敬意を払うように」との注意書きがある。他にも相棒のような不届きな輩がいる模様。この道は本当に、兵士たちの墓場であるらしい。

 キリスト磔刑物語のモニュメントが続く坂道を登りきると、聖アントニウス教会に出る。そこから山道をしばらく行くと、薪の束を両脇に背負わせた馬たちを牽いて降りてくる農夫とすれ違った。今でもこんなふうに、山から薪を運ぶんだ。
 相棒が、見晴台のほうに登りたいと言うので、そちらに寄り道。それから、もと来た道を降り、やや行くと、さっきの薪運びの農夫が馬の背に乗って登ってくるのに出くわした。「やあ、まだこれっぽっちしか進んでいないのかい」という顔をされたが、いくら私たちの足が遅くても、それは誤解です。

 丘上にトノツォフ城跡。その後、ソチャ川まで急な石段を延々降りる。
 小さな吊橋を渡り、川畔へ。翡翠色のソチャ川に、カラフルなカヤックの群れが浮かんでいる。夫婦に連れられた犬が、棒投げ遊びをしている。私たちが見ていると、夫婦が棒を投げてくれる。夢中で追いかけ、川へと踊り込む犬。その後、コジャックの滝へ。

 To be continued...

 画像は、コバリド、イタリア軍防衛線の塹壕跡。

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コバリドの谷(続々)

 
 宿の隣りのパン屋で、ブレッド湖名物のクリームケーキ(ブレイスカ・クレムナ・レジーナ)を発見! カスタードクリーム、その上の生クリームを、分厚くパイ生地で挟んだ四角いケーキ。馬鹿でかいのにたったの1.5ユーロ也。
 みなさんこれを、ブレッド湖畔のリゾートホテルで、倍くらいの値段を出して食べるらしい。それでも日本に比べれば、安いのだろうけれど。
 ブレッド湖では、クリームケーキを食べなかったので、ここで買い、持ち帰って食べた。パン屋のケーキは安くておいしい。

 夕方、町を散歩していると、白人男性と日本人女性のカップルに会った。「こんにちは」と挨拶してくる。
 そう言えばスロヴェニア人の多くは、「コニチワ」、「サヨナラ」を知っている。

 共同のキッチンがついているので、スーパーで肉と野菜を買ってきたのを、相棒がフライパンで焼いて塩・胡椒で調理してくれる。久しぶりに温かい夕食を食べた。

 窓から路地裏が見える。三階建てくらいの高さの、窓の並んだ平べったい白壁と赤茶レンガ屋根の家々が、狭い路地に面して不揃いに並んでいる。そして人々は本当に、映画のように、路地を挟んで二階、三階の向かい合った窓から顔を出し、お喋りをする。
 小さな兄妹が、テニス遊びをしている。窓から見ていると、見られているのが嬉し恥ずかしいらしく、始終ケタケタと笑い続ける。

 To be continued...

 画像は、コバリド、コジャックの滝。

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コバリドの谷(続)

  
 コバリドへの谷は美しい。これまでのスロヴェニアとは趣の異なる、イタリアっぽいパステル色の壁と赤茶色のレンガ屋根の家並。
 けれども大変な隘路で、その隘路をバスは物凄いスピードで走る。向こうから来る車とすれ違うたびに、急ブレーキをかけて停まる。地元の常客たちは誰も気にしていない。これが普通らしい。

 コバリドは小さな町。町の中心、スヴォボデ広場のど真ん前の、チープなホステルが本日の宿。すぐ横にインフォメーションがある。
 係のおばさんが、日本語の案内はない、日本人はここまであまり来ないから、と言う。が、何かを思いついたらしく、私たちを待たせて、ウェブサイトからプリントアウトし始める。ホッチキスで止めて、「日本人のためのパンフレットよ!」と渡してくれたのは、スロヴェニアと北イタリアの日本語版案内だった。
 重い荷物が増えてしまったけれど、情の厚い相棒は大事にそれを持って帰る。

 広場には、スロヴェニアの抒情詩人シモン・グレゴルチッチの表現主義的な立像が立っている。コバリドの司祭だったともいう。
 相棒はこれを、「武器よさらば」でフレデリックとキャサリンを結婚させた牧師の像だと、勝手な思い込みで強く主張する。……本当だろうか? そうは思えないが。

 To bo continued...

 画像は、コバリドの谷。

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コバリドの谷

 
 コバリド(Kobarid)、イタリア名カポレット、はスロヴェニアの西、イタリア国境に沿うソチャ(イゾンツォ)川の谷あいの町。第一次大戦では、ソチャ川を挟んでイタリアとオーストリア=ハンガリーが攻防戦を繰り広げ、その最後の死闘の舞台がここ、コバリドだった。
 ヘミングウェイ「武器よさらば」は、この“カポレットの戦い”に取材したもので、相棒はスロヴェニア行きを決めてからそれを読み(あるいは、それを読んだからスロヴェニア行きを決めたのかも知れないが)、ついでに、他のヘミングウェイ作品もあらかた読了してしまった。

 以下、旅の日記から。

  ボーヒン湖から、電車とバスを乗り継いでコバリドに向かう。インフォメーションには、よくないコネクションだ、と言われたが、こんなもんだと思えばそれほどでもない。
 ボーヒン湖のインフォメーション前もそうだったが、モスト・ナ・ソチ(Most na Soči)の駅舎もツバメだらけ。猫も登れそうにない、屋根の内側と壁のてっぺんとの際に、ツバメの巣がボコボコと並んでいて、親鳥たちがひっきりなしに出入りし、飛び交っている。

 トルミンのバスターミナルで、バスを待っているあいだ、1ユーロのアイスクリームを買ってもらう。二人で一つだと言うと、2スクープ分盛ってくれた。

 To be continued...

 画像は、コバリド、スヴォボデ広場のグレゴルチッチ像。

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