ギリシャ神話あれこれ:アンティオペの辛酸(続)

 
 あるとき、こんなことは20年来、なかったことなのだが、アンティオペを縛める鉄鎖が解ける。自由になった彼女は、昔、双子を捨てた山中へと一散に走る。行き着いたのは、あの牛飼いの山小屋だった。
 こうしてアンティオペと双子は、互いに母子とは知らずに再会する。

 このとき、酒神ディオニュソスに帰依する王妃ディルケが、狂乱のバッカイたちを引き連れてキタイロン山中を躍りながら行進してくる。ディルケ率いるバッカイたちは、悲鳴を上げて抵抗するアンティオペを引っつかみ、凱歌を上げて連れ去ってゆく。
 この様子を、どうやら双子はポカンとして見護っていたらしい。双子から話を聞いて、双子の養父は慌てふためく。今、連れていかれた女は、お前たちの実母なんだぞ!

 びっくり仰天。双子は慌てて後を追いかける。折しもディルケらバッカイたちは、泣き叫ぶアンティオペを、牡牛にむごたらしく引きずらせてやろうと、その角に縛りつけているところだった。
 これを見て、にわかに敵意を抱いた双子たち。バッカイをなぎ倒し、母に代わってディルケを牛の角に縛り、彼女が意図したと同じ死を彼女自身に与えて、母の復讐を果たした。
 彼らは八つ裂きになったディルケの屍を、かつてカドモスがアレスの竜と戦った泉に投げ捨てる。以降、そこは「ディルケの泉」と呼ばれるようになった。

 ゼウスに愛されたために麗しの20年間を失い、辛酸を舐めつくしたアンティオペは、こうして双子に救われたけれども、めでたしとは言いづらい。

 その後、双子は暴虐なリュコス王をも倒し、テバイの王位に就く。テバイをめぐらす7つの門を持つ城壁はこのとき築かれ、ゼトスの力ではどうにもならないところを、アンピオンが竪琴を奏でると、石塊がひとりでに動き出し、城壁が完成したのだという。

 ちなみに、ゼトスはニンフのテベを娶り、これがテバイの名の由来となった。
 一方、アンピオンはタンタロスの娘ニオベを娶るが、のちに彼の子たちはニオベの自慢のために、アポロンとアルテミス両神の弓に殺されてしまった。
 
 画像は、ルブラン「リラを持つアンピオン」。
  エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン
   (Marie Élisabeth-Louise Vigée Le Brun, 1755-1842, French)


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ギリシャ神話あれこれ:アンティオペの辛酸

 
 子供の頃、自分が撒かない種による受難や辛酸を、どうやったら避けることができるかについて、常に考えをめぐらしていた。神さまには逆らえない。神さまから可愛がられても、その結果は人間の手には余るし、別の神さまの嫉妬を買うこともある。神さまに眼をつけられないのが一番だ。
 ……子供に、そんなふうに考えさせるなんて、ギリシャ神話というのはろくでもない。

 カドモスが蒔いた竜の牙から生まれたスパルトイ。その血を引くニュクテウス王の美しい娘、アンティオペを、あるときゼウス神が見初めてしまう。ゼウスは森の精サテュロスに化けて、彼女が眠っているのをよいことに、まんまと襲って想いを遂げる。

 怖ろしいことに、知らぬあいだに身籠もってしまったアンティオペ。だんだんお腹が大きくなっちゃって、ついに父ニュクテウスにバレてしまう。父の詰問を怖れた彼女は、恋人であるシュキュオンの王エポペウスのもとへと逃亡、やがて彼と結婚する。
 厳格なニュクテウス王は、娘の面恥のあまり憤死してしまう。死に際に、弟であるテバイの王リュコスに宛てて、自分に代わってアンティオペとエポペウスを罰するように、と遺言を残して。

 さて、このリュコス王というのは、テバイの王子ライオスが幼少なのをよいことに、摂政をしていたついでに王位を簒奪してしまった、あくどい奴。で、多分、兄の遺言など口実に過ぎなかったのだろうが、とにかくシュキュオンを攻め落とし、エポペウスを殺害、姪アンティオペを捕虜としてテバイに連れ帰る。

 帰途、キタイロンの山麓で、アンティオペはにわかに産気づき、双子の男の子を出産する。が、赤ん坊たちはリュコスによって、そのまま山中に捨て置かれる。
 以来、奴隷の身に落とされたアンティオペは、20年近く、リュコスとその妻ディルケに虐待されて暮らすことになる。

 一方、捨てられた双子の赤ん坊は、山の牛飼いに拾われ、ゼトスとアンピオンと名づけられて、母の不幸も知らずにすくすくと育つ。ゼトスは武勇に優れ、一方アンピオンは音楽に優れて、ヘルメス神から竪琴を貰い受けまでしたという。

 To be continued...

 画像は、ヴァトー「ユピテルとアンティオペ」。
  アントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau, 1684-1721, French)

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