世界をスケッチ旅行してまわりたい絵描きの卵の備忘録と雑記
魔法の絨毯 -美術館めぐりとスケッチ旅行-
陽気なM一家(続々々々々々々)
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最後にもう一度、バルト海を見に海岸線へと出る。相棒も私のおかげで、随分と海を見るようになったもんだ。私のほうも相棒のおかげで、随分と山を見るようになったんだけれど。
ところで、日本に電話しなければならない用件があった私は、ラトビアのリガで、公衆電話に出くわすたびに電話をかけようと試みた。が、何度やっても失敗する。それがなぜだったのか、未だに理由は分からない。
エストニアに入れば電話が通じるだろう、と安易に予想して、いざエストニアに来てみたけれど、パルヌには公衆電話というものに一切出くわさなかった。
タリンに到着し、道々公衆電話を探したが、やっぱり一つも見つからない。ホステルの受付で尋ねても、公衆電話の場所など思い当たらない、と言う。
実費で支払うので、ホステルの電話を貸してもらえないか、と頼んだが、やっぱり極東への国際通話にホステルの電話を貸すのはためらわれるらしい。数十秒、料金にして1ユーロほどのはずの電話なんだけどな。
スタッフがどこかに電話相談し、出ろ、と言ってそれを渡す。相手は日本語を喋るエストニア観光局員だった。
「エストニアでハ今、ユーロ通貨に変わたので、コイン式電話、国中から撤去されてまス。新し電話は来年設置されまス。もしアナタがコンピュータ持てたラ、IP電話で電話できまス。あるいハ、もしアナタが日本への電話一分何ユーロか知てるなラ、ホステルの電話借りるコトできまス。困ってルの察しまスが、それ以上どしたラいーか、もー、私もちょと思いつかナイ……」
この人って、昨日パルヌでも相談に乗ってくれた、あの観光局員だよね。
「迷惑な日本人が連日電話してきやがって」
相棒が申し訳なさそうに言う。うん、そんなつもりじゃなかったんだけどね。
ちなみに、私たちの窮状に見かねたホステルの受付嬢が、「よければマイ・フォンを」と携帯電話を貸してくれた。
エストニア人て、やっぱり優しい。
画像は、パルヌ、海岸の海鳥。
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陽気なM一家(続々々々々々)
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ミハイルが、日本のお金を見たいという。日本に興味があるフリをして、日本の金を見せてくれと頼み、見せてもらったうちの紙幣だけを巧妙に抜き盗るという詐欺があるそうだが、お金を見たいという好奇心自体は存在するものらしい。
で、安直に、五円玉を出して一人一人に献上する。穴の開いた五円玉は、みんな本当に珍しがる。ミハイルは五円玉を天にかざして、穴から空を覗いている。
ミハイルの友人が、お返しだ、と言ってユーロ硬貨をくれる。いくらこちらが東洋人とはいえ、ユーロ圏を旅している以上、ユーロ硬貨くらいいくらか持っているのが普通なのだけれど、そんなことにはエストニア人は頓着しないらしい。
「こりゃ貰えないよ。貨幣価値が全然違う」
相棒が本気で困っている。市場のルールを重んじる彼にとって、不等価交換は主義に反するのだ。
五円玉はチープなのだ、このユーロ硬貨に見合う価値のものではないのだ、と相棒が説明しても、友人は「いいんだ、取っておいてくれ」と受け付けない。
「何かないかな、他に何かあげられるものは……」
相棒、必死で小銭入れを掻き混ぜる。
ユーロ硬貨は発行する国ごとに絵柄が異なるので、子供の趣味レベルだがコインを収集している相棒は、新しい絵柄のものをゲットするたびごとに、同じ絵柄のよりピカピカなものを再ゲットするまで、それを取っておく。ので、相棒の小銭入れには、使う気のない各国発行のユーロ硬貨と、これも使えないラトビア・ラッツと日本円の硬貨が、無駄にジャラジャラと入っている。
「あ、あった! これなら同じくらいの価値だぞ」
相棒がようやく取り出したのは五十円玉。五円玉と似たり寄ったりの珍しさで、穴の開いた白銅貨を眺めるエストニア人たち。が、これを受け取ってもらえたことで、相棒の良心は静まった。
さて、ミハイルたちと握手して別れる。チェックアウトの際、ロシア語を話した相棒に、今まで無愛想に英語で案内していたペンションの夫君、
「なんだ! ロシア語を話せたのか!」
途端に愛想が好くなって、最後の最後で笑顔を見せた。
To be continued...
画像は、パルヌ、旅先のエストニア家族。
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陽気なM一家(続々々々々)
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食堂には台所がついていて、私たちは知らなかったのだが、宿泊客が自由に使って料理できる。冷蔵庫には大量の缶ビールが冷やしてあるし、鍋には湯のなかで大量の卵が茹だっている。
中庭にはブランコや砂場があって、子供連れの客が遊べるようになっている。相棒はミュリーナちゃんに、「遊んで」と声をかけて、ドッジボールの投げ合いを始めた。
「心をキャッチボールするんだ!」と大はしゃぎの相棒。
でも、若い子を舐めちゃいけない。相棒がポン! と投球すると、ミュリーナは胸許で捕球したその両手で即座にパッ! と投球してくる。相棒もそれを真似るものだから、ボールは二人のあいだを、鬼のように猛烈な速さで、ポポポポポ! と際限なく往復している。
私はと言えば、黙々と砂場にしゃがみ込んでいた小さな坊やのそばに行って、一緒になってしゃがみ込んだ。この子がマキシムだな。大きな眼に長い睫。金髪の巻き毛がほわほわと柔らかそう。
坊やは訳の分からない片言の言語で私に喋りかけながら、スコップでぎこちなく砂を掘っていたが、私が「ダー(=イエス)」としか返事をしないので、やがてスコップとバケツを両手に引きずって、お母さんのいる自分の部屋へと帰ってしまった。
なので私は、今度は乳母車のそばに行ってしゃがみ込む。赤ちゃん坊やがアー、ウー言いながらもぞもぞと動いている。
この子がマルクだな。青灰色の大きな眼。金色の長い睫。キメの細かな肌は透き通るような甘酒の白で、頬っぺたは熟れた桃のようなピンク。わーい、私、白人の赤ちゃんをこんなに近くで見たの、生まれて初めて!
赤ちゃんを触らせてもらえるのは久しぶり。おしゃぶりする指だけ遠慮して、あちらこちらを繰り返し触る。いかにも柔らかそうな頬は、触ってみると、しっかりと硬い。指をプニュッと押し込めない。
ミュリーナちゃんの若い体力に圧倒された相棒が、息をゼーゼー切らしながら休みに来た。缶ビールを飲んでいたミハイルが、相棒は飲まないし好きでもないビールを一本くれる。ミハイルの友人も、つまみに笹かまぼこ(?)をくれる。
好意を無にするわけにはいかない、と俄か飲ん兵衛になる相棒。人の好いエストニア人は何やかやと世話を焼く。
To be continued...
画像は、パルヌ、海岸の湿原。
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ペンションの夫君は無愛想だけれど親切。「鉄道の時刻を調べてきてやる」と去っていく。インターネットでサーチするのかと思ったら、携帯電話を片手に戻ってきた。電話に出ろ、と言う。
で、相棒が出ると、相手は、日本語を喋るエストニア観光局員だった。
「エストニアでハ、みンなバスで移動シまス。バスなら一日たくさん走っテいまス。これハ個人的に興味あてちょと聞きたいでスが、なぜアナタ、バス使わナイでわざわざ電車で行ことすルのか?」
……
結局、鉄道は2本、朝早くと夕方にしかないことが判明して、翌日も長距離バスで移動するハメに。
「明日はターミナルまでバスで行こうね」と相棒が慰める。これからはバスの旅にも慣れなくちゃだな。
翌朝、食堂でサンドイッチとコーヒーの朝食にありついていると、ローティーンの小柄な女の子が入ってきた。薄ピンクのティーシャツに濃ピンクのジーパンという格好。北国の子の服装って、カラフルだな。
女の子はちらちらとこちらを見る。昨日、中庭のベンチに座っていた子だ。
てっきりペンションの家の子かと思っていたところに、彼女を呼びながら若い男性が入ってきた。いかにも白人らしい大きな身体で、金髪を短く刈り、腕にはタトゥーが入っていて、ちと怖い。歳の離れたお兄さんかな、と思っていると、私たちに気づいた彼は、陽気に話しかけてきた。
相棒の片言のロシア語が通じて、拙い会話がピンポンのように交わされて弾んでゆく。彼は女の子の兄ではなく父親で、ペンションの宿泊客だという。タリンに住んでおり、別の友人家族と一緒に家族でパルヌに遊びに来ているのだ。
「僕はサーシャ」と相棒、自分の名前をロシア風に改竄して自己紹介する。
「俺はミハイル。娘はミュリーナ。他にまだ息子が二人、マキシムとマルクがいる。うちの家族はみんな、名前の頭文字にMがついてるんだ!」
まるでMが家族である印であるかのように、ミハイルが嬉しそうに、誇らしそうに喋るので、こちらまで楽しくなる。
単純に、無条件に、周囲を巻き込んで明るい気持ちにさせる陽気さというのは、自分にも相棒にもないものなので、素直に憧れる。
To be continued...
画像は、パルヌ、防波堤。
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陽気なM一家(続々々)
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人生初のヌーディスト・ビーチにたじろぐ相棒。
「まだシーズンじゃないから、入っても大丈夫だよね?」と躊躇する。
いいんじゃない? 寒くて、水着の人なんて誰もいないし。もし、ヌードの女性に出くわしたところで、窮地に陥るのは私じゃないしね。
でも、こんなオープンなビーチで、シーズンには実際女性がヌードになるのかしら。帰国してから調べてみたのだが、ホントにスッポンポンになるらしい。特に年配の老婦人たちが。そして、男性の行き来が許されるあの看板の下ぎりぎりには、一塊の男性群が、ヌード見たさにウロウロしているのだとか。
太陽の光に飢える北の大地、旧社会主義を生きた老婦人たちが、オールヌードで海岸に身をゆだねるのって、何気に好ましい。
さて、延々歩いてペンションに到着。着いた頃には雨になった。このペンション、鉄道の駅には近いのだが、バスのターミナルからは怖ろしく遠い。
中庭のベンチに座った、ローティーンの小柄な女の子が、物珍しそうにこちらを気にしている。部屋に案内されがかりに、「テレ(=ハロー)」と挨拶したら、「エストニア語が話せるの?」と、階段途中までついてきた。
今日は歩き疲れたし、明日も雨なら億劫だしで、予約では要らないと言ってあった翌日の朝食を、用意してもらえないか、と唐突に頼んでみる。
「でも、日本人に朝食って、どういうものを用意すればいいのかしら?」とペンションの妻君が戸惑う。
「あー、パンとコーヒーで」と答えると、妻君のホッと出した安堵の吐息はそのまま好意の失笑となった。寿司でも食べるものと思ったのかな。
翌日はタリンまで鉄道で移動するつもりだった相棒。車に乗り慣れない私たちには、鉄道のほうが利用しやすい。が、ペンションの夫君に時刻表を尋ねると、
「みんなバスを使いますよ」
怪訝な顔をしてよこす。
To be continued...
画像は、パルヌ、タリン門。
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