ギリシャ神話あれこれ:グラウコスとスキュラ(続)

 
 するとキルケ、あんな小娘よりもこの私はどう? と、逆にグラウコスを誘惑する。惚れっぽいキルケは、以前からグラウコスに気があったわけ。
 が、恋するグラウコスは、とんでもないとばかりに、キルケを突っぱねてしまう。

 それならば、と、キルケは魔女の本領を発揮。丹念に薬草を煮て魔法の毒薬を作り上げ、それを、恋敵スキュラがいつも水浴びする入江に、呪文を唱えながら流し込む。

 まもなくスキュラがやって来て、腰まで水に侵ると、その姿が変わり始める。下半身からニョキニョキと生えてきたのは、6つの犬の頭と12本の足。
 スキュラは悲鳴をあげて逃げ出すが、やがてそれが自分の変わり果てた姿だと気づく。

 スキュラは自分の奇怪な姿に嘆き悲しみ、洞窟に閉じ籠ってしまう。
 が、上半身は美しい女性だが、下半身は6つの犬の頭と12本の足を持つスキュラは、いつしか気性までも怪物へと変貌し、近くを通りかかる船を襲いかかっては、船乗りたちを6人ずつ食い殺すようになったという。

 しかし、恋するグラウコス、何のための予言の力なんだか。
 
 画像は、ウォーターハウス「嫉妬するキルケ」。
  ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
   (John William Waterhouse, 1849-1917, British)


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ギリシャ神話あれこれ:グラウコスとスキュラ

 
 ギリシャ神話には、振られた男あるいは女の逆恨み、というのがしょっちゅう登場する。
 これは怖ろしい。相手を振り向かせよう、手に入れよう、というエネルギーが、そのまま、相手を困らせよう、破滅させようというエネルギーに容易に転化する。

 ボイオティアの漁師だったグラウコスは、あるとき、網に絡まった草の上に置いておいた魚が、生き返って海へと逃げていくのを見た。で、その薬草を口にしてみたところ、水界への憧憬いかんともしがたく、そのまま海へと飛び込む。彼には魚の尾鰭が生えていた。
 薬草によって不死となった彼は、海の神々から海神として迎えられ、予言の力を与えられる。

 さて、このグラウコスが、入江で水浴びしていた海のニンフ、スキュラに一目惚れ。

 グラウコスは、美しいスキュラに向かって熱烈に口説き始める。が、魚の鱗に覆われた尾、青緑色の髪や髭をした異形のグラウコスを見て、スキュラはつれなく逃げ出してしまう。
 恋するグラウコスは、諦めきれず、かねてから親しかった魔女キルケに、スキュラを振り向かせる上手い惚れ薬はないものか、と相談する。

 To be continued...
 
 画像は、ド・ラ・イール「グラウコスとスキュラ」。
  ロラン・ド・ラ・イール(Laurent de La Hyre, 1606-1656, French)

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アンジおじさんのアルザス

 

 最近ちょっと思うところがあって、狭い(と言うか、制約のある)政治思想を持つ絵描きは、どこまでの絵を描くのか、興味がある。狭い視野というのは大抵、傲慢を伴うから、私とは相性が合わないんだけれど。

 ジャン=ジャック・ヴァルツ(Jean-Jacques Waltz)というアルザスの挿画家がいる。通称、アンジ(Hansi)。

 屋根にコウノトリが巣を作る木骨組みの家々。ヴォージュ山脈を背に広がるブドウ畑。コワフ(coiffe)という黒い大きなリボンの帽子に、白のブラウスと赤のスカート、上から黒いエプロンドレス、という民族衣装を纏った女の子。
 アルザス地方独特の可愛らしい情景を、そのまま絵にした画家アンジ。

 今でもアンジはアルザスの名物。地方のシンボルとして一役買っているみたい。
 が、アルザスをモティーフとしたアンジの牧歌的な絵には、当時のドイツに対する手厳しい批判と、馬鹿にしきった皮肉とが込められている。アンジ自身、フランス贔屓の強硬な活動家で、その行動はいささか度が過ぎているほど。
 一律にフランスを礼讚し、ドイツを否定するアンジの主張は、大戦後、芸術的評価を得られなかったらしく、アルザス以外ではあまり知られていない感がある。

 コルマールに生まれ、生涯をそこで過ごしたアンジ。彼の生まれた当時、アルザスは、普仏戦争によってドイツ皇帝に併合され、ドイツ領となったばかり。
 進学後、ドイツが教えるドイツの学校で勉学を放棄、教師にもことごとく反発して、とうとう退学。その後、デザインの勉強などを経て、美術学校へと進学、本格的に絵の勉強を始める。
 故郷コルマールでデザイナーとして働く傍ら、ポストカードやプログラムの挿絵を手がけ、アルザスの村々をスケッチしてまわった。

 で、もともとラディカルだったアンジは、政治運動にも参加。絵のほうも、ドイツをコケにした風刺画を次々と発表する。ドイツの旅行者や兵士、教授などを揶揄しながら、ドイツ人を野暮ったく滑稽に描いた。
 こうなったら、ドイツ権力がアンジを、反ドイツ主義者としてレッテルを貼り、マークするのも仕方がない。

 アンジは何度も投獄され、ライプツィヒ裁判所には1年以上の禁固を言い渡されている。このときには、フランス全土に国民的悲憤が巻き起こったとか。
 ……が、この判決、とある記事によると、レストランで、そばに座ったドイツ兵に対して、なんとアンジ、汚れた空気を浄化してやる、と、その椅子の下で、砂糖に火をつけて燃やしたからだという。いくらなんでも、こりゃダメだ。

 が、アンジは警官の隙を突いて逃走、フランスへと亡命する。第一次大戦が勃発すると、偵察兵としてフランス軍に入隊。
 第二次大戦時には、反ドイツ主義的な作品と政治的叛逆とを理由に、ゲシュタポに手配される。スイスへ亡命する途中、ナチスに危うく暗殺されそうになって、このとき負った重症が原因で衰弱、とうとう死んでしまった。

 アンジの絵に、反ドイツ思想を評価する人はほとんどいないだろう。もともと絵は、そういうものではない。
 今、アンジの絵に漂うものは、せいぜい祖国愛、そして郷土愛だけ。

 画像は、アンジ「日曜日、外出前の正しい“ストゥヴァ”」。
  アンジ(Hansi 1873-1951, French)
 他、左から、
  「コルマールの聖ニコラウスと善き肉屋」
  「ガチョウ番」
  「コウノトリの家」
  「私の村」
  「“ブレダラ”作り」

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ギリシャ神話あれこれ:エウロペの略奪

 
 ギリシャ神話関連の絵画には、「なんとかの略奪」という主題のものがたくさんある。「略奪」の英題は「レイプ(rape)」。レイプとは物品の略奪の他、女性の強姦、自然の破壊、道義の侵犯などの意味がある。
 こういう主題を、フェミニズムなんかはカンカンになって糾弾するけれど、私は、神話や聖書、絵画・音楽・文学などに関する限り、大らかに構えている。気分もほとんど悪くならない。

 エウロペは地中海東岸、フェニキアの美しい王女。このエウロペを、例によってゼウス神が眼をつける。

 あるときエウロペは、侍女たちを連れて、海辺の牧場で花を摘んだり、水浴びをしたりして遊んでいた。ここへ、雪のように真っ白な牡牛が近づいてくる。
 これ、一計を案じたゼウスの化けた牛。

 エウロペはこの優雅な牡牛にすっかり魅了されて、最初は怖る怖る、次第に大胆に、牡牛と戯れる。花冠を編んで角を飾り、背を撫でてやると、牡牛は擦り寄ってエウロペの傍らに腰を下ろす。
 で、おきゃんな彼女は、とうとうその背に乗ってみた。

 と、おとなしかった牡牛は、途端に、猛スピードで海上をダーッシュ!! 振り落とされまいと必死に角につかまるエウロペを背に乗せたまま泳ぎ続け、はるかクレタ島まで連れ去ってしまった。
 で、この地でゼウスは想いを遂げる。

 そしてエウロペはゼウスの子、ミノス、ラダマンテュス、サルペドンの3人を産んだ後、クレタ王と結婚。彼ら子孫の繁栄の地ヨーロッパは、エウロペの名に由来する。

 ゼウスはエウロペにいろいろと贈り物をしたらしく、例えば、クレタの地を守るために、タロスという青銅の巨人を、わざわざヘファイストスに作らせている(この巨人、後に、魔女メデイアの奸計で死んでしまった)。
 調和の女神ハルモニアの婚礼に贈られた、身に着けた者に抗いがたい魅力を付与するという黄金の首飾りも、もともとはゼウスがエウロペに贈ったものだとか。

 牡牛座はゼウスの化けた牡牛。エウロパは木星の衛星の名でもある。
 
 画像は、ヴァロットン「エウロパの略奪」。
  フェリックス・ヴァロットン(Felix Vallotton, 1865-1925, Swiss)

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ギリシャ神話あれこれ:メドゥサ

 
 ゴルゴンは、いにしえの海神ポルキュスとケトの娘たち。このポルキュスとケト(彼らは海神ポントスと大地神ガイアから産まれた兄妹)の系譜は、その子や孫、曾孫、曾々孫に到るまで、揃いも揃って異形の妖しい怪物たちばかり。
 が、ゴルゴンたち3姉妹、ステンノ(強い女)、エウリュアレ(遠くへ飛ぶ女)、メドゥサ(支配する女)は、もともとは美しい乙女たちだった。特に末妹メドゥサは、輝くばかりの金髪を持つ絶世の美女だったという。

 だが、美しく、そのため海神ポセイドンに愛されまでしたメドゥサは、アテナ神に憎まれて、ギリシャ神話随一の醜悪な、身の毛もよだつ姿へと変えられてしまう。
 なぜメドゥサがアテナにそこまで憎まれたかには、諸伝ある。アテナが、メドゥサが自分の美貌を女神よりも美しいと自慢したのを激怒したためとも、メドゥサがポセイドンに愛されたのを嫉妬したためとも(アテナはポセイドンと仲が悪いのに?)、あるいは、メドゥサがポセイドンと交わったのがアテナの神殿だったために、処女神として憤慨したためともいう。

 とにかくメドゥサは、怒れるアテナに怪物へと変えられる。猪のような牙、青銅の鉤爪、鱗に覆われた身体に黄金の翼、そして自慢の髪はその一本一本が毒蛇に。見た者を立ちどころに石と化す魔力を持つ眼まで。……なんというアテナの怨恨(と想像力)!
 これに抗議した姉たちも、同じ姿の怪物にされてしまう。姉たちは不死だったが、なぜかメドゥサだけは不死ではなかった。

 それだけでは飽き足りなかったのか、後にペルセウスがゴルゴンの首を取ってくるよう命じられたときには、アテナはペルセウスを積極的に援護。ペルセウスが、切り落としたメドゥサの首を献上すると、彼女はそれを自分の楯アイギス(イージス)にはめ込んだ(あるいは、胸甲にはめ込み、楯にも同じ装飾を施した、ともいう)。
 ……なんというアテナの執念(と悪趣味)!

 ペルセウスに首を刎ねられたとき、メドゥサはポセイドンの子を身籠っていた。で、その流血から、神馬ペガソスとクリュサオル(黄金の剣)が生まれた。 
 ところで、どんな毒にも耐え得る皮袋キビシスも、血は滲み出たらしい。帰路、ペルセウスが手を洗う際に、メドゥサの首を海藻の上に置いたところ、血が滴って、海藻は紅い珊瑚になったという(空を飛翔中も血はポタポタと滴り落ち、海に落ちた血は珊瑚に、砂漠に落ちた血は蠍になったとか)。
 後に医療の神となる名医アスクレピオスは、アテナにもらったメドゥサの血を治療に用いたというから、なかなか使用価値のある血。

 それにしても、冥界近くに、誰にも知られず、誰をも脅かさず、誰をも石化させずに、ただひっそりと暮らしていたゴルゴン姉妹たち。退治されなければならない理由なんて、あったんだろうか。
 醜怪な化け物は、ただ存在するだけで脅威だというわけかな。なんだか同情してしまう。

 画像は、ロセッティ「アスペクタ・メドゥサ」。
  ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828-1882, British)

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