白馬、白馬!(続々々々々)

 
 雲はさっきと同じ、横一線の高さ以上には昇ってくれない。白馬の連峰は相変わらず、上半分、雲のなかに隠れたまま。山の言葉では、これを「ガス」と言うのだそう。登山者の会話をオーバーヒアして、知っちゃった。

「晴れそうもないね」と相棒。
 それどころか、次第に雲が下に降り、流れ込んでくる。そして、ゴロゴロゴロ……
「戻ろう!」
 ……やっぱり。雷が鳴ると、最悪の場合を想定するのが常の相棒。案の定、今来た道をとっとこ引き返し始めた。

 今度湧いてきた雲は、これまでのように白くはない。灰色をした雷雲。視界が徐々に煙る。この霧、触るとピリピリ痺れるかな? と思ったけど、別に変わったところはなかった。
 手の甲に、ぽつり、と極小粒の雨を感じた。と、手の甲が赤く焼けているではないの! 顔にも手にも、日焼け止めクリームを塗ったのに、汗で落ちたのかな。これが一番痛かった。
 旅の失敗その三。これからは、ウォータープルーフの日焼け止めクリームを、しっかりと塗り直すこと。
 
 ようやく八方池まで戻った。池面には、晴れた日には白馬三山がくっきりと映るのだという。が、今は霧だらけ。
 池には小さな、サツマイモのような形の黒い塊が、幾つも見える。「サンショウウオかオタマジャクシ!」と、誰かが言うのが聞こえる。解説には、池にはサンショウウオやモリアオガエルが生息しているとある。
 ……私には、どう見てもオタマジャクシには見えなかったな。

 八方池畔で最後の休憩。隣のベンチでは、外国人登山家夫婦が赤ちゃんのオムツを替えている。彼らはこれから唐松岳へと向かいそうな雰囲気。
 もうすぐ最終のリフトが出るのに、この天気のなか、赤ちゃん背負って、先へと進むつもりなのかな?

 私は無事、下山したけれど、あの赤ちゃんのことがちょっと心配だったりした。

 To be continued...

 画像は、白馬、霧のなかの八方池。

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白馬、白馬!(続々々々)

 
 ついでに画材も覗いちゃう。十数色の固形絵具と水ペン、SMのスケッチブック。参考、参考。
 ここでスケッチブックを取り出すと、自己顕示してるみたいでイヤなので、夫婦が立ち去ってから、私もスケッチし始めた。

 と言っても、山は霧に隠れている。すっかり晴れたら、多分これくらいの高さだろう、とアタリをつけて、描いてるうちに晴れるのを期待して、雪の残る稜線の、見えてる部分をシャカシャカ描く。これだって、すぐに霧に隠れてしまう。姿を現わすのを待って描く。結構、辛気臭い。
 でも、徐々に山の見える時間が増えてきた。「僕も描くから鉛筆貸してよ」と相棒。向こうのほうに陣取って、シャカシャカと描き始めた。
 
 スケッチしてると、すぐ前の道を、唐松岳へと登る登山者や、唐松岳から降りてくる登山者が、スタスタと通り過ぎる。みんな、「こんちは」、「こんっちはー」と挨拶していく。こういうの、海にはないよね。
 無為に過ごした甲斐あって、やがて、物凄い勢いで、あっちのも霧もこっちの霧も、一斉に引き始めた。そして、遠く、連峰に覆いかぶさっていた雲が、まるで緞帳幕が上がるように、横一線に、ゆっくりと、上昇気流に押し上げられていった。

 こうなると相棒、スケッチどころではない。なんたって彼は、山があれば登りたがるのだから……
「せっかくだから、もう少し登ってみよう!」
 荷物持って、スタコラ唐松岳を目指す。

 唐松岳、ナメてんの? 唐松岳への道はホンモノの山道。たまーにすれ違う人は、みんなちゃんとした装備の登山者ばかり。
 で、呑気な相棒とは反対に、私は、標高2000メートル級を歩いたせいか、心臓がバクバクと鳴ってきた。
 
 To be continued...

 画像は、八方尾根から見下ろした白馬三山(多分)。

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白馬、白馬!(続々々)

 
 視界が白く煙って、まるで仙人になった気分。うむ、満足じゃ。かと思うと、風が雲を吹き払い、青い空と緑の山襞が、ふと姿を現わす。
 が、八方を囲んでいるはずの連峰は、あっちのもこっちのも、雲に隠れて、あるのかないのか分からないまま。
 
 尾根だから、歩いてもあまり疲れない。なのに相棒、「どうせヒマなんだから、ゆっくり行けばいいよ」と言う。休憩時間たっぷり取って、お茶飲んだり、おにぎり食べたり。道端の花々を眺めたり、山々を見渡したり。
 そうやって、ゆっくり、ゆっくり進みながら、山が姿を現わすのを待つ。霧は相変わらず、間欠的にサーッと流れ来ては、流れ去る。二つ目のケルンを過ぎ、八方池を過ぎる頃には、人の姿もまばらになってきた。

 三つ目のケルンを過ぎると、そこから先は、登山装備の必要な山道となる。さすがに観光客はほとんどやって来ない。
「やっと静かになったねえ」と相棒。「このあたりに座って、晴れるまで待とうか。晴れたら、唐松岳のほうまで登れるかも知れないよ。最低限の装備はしてきたし」
 最低限の装備って?
「登山可能な靴と、ラジオと、水とチョコレート」
 ……おいおい。

 晴れたり、霧に覆われたりの繰り返し。山はまるで気を持たせるように、ちょっと姿を見せては、すぐに隠れる。あ~ん、焦らさないで。なんだか、待ち人来たらずの気分。
 
 少し先の大石の上に、スケッチしている夫婦がいた。ついつい、休むフリして近づいて、覗いてしまう私。上手いじゃん。参考、参考。
 山がしっかり描いてある。早朝だったら、山、見えてたのかなあ……
 
 To be continued...

 画像は、白馬、八方尾根。

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白馬、白馬!(続々)

 
 最後のリフトには乗り換えずに、山頂までトレッキング。みんなはリフトで登るので、山頂までの自然道が貸切状態。後ろを気にせずに、好きなだけ立ち止まることができる。脇にはいろんな山野草が花を咲かせているので、いちいち足を止めては、眺め入る。
 山野草って、小さくて、質素な色の花々をそっとつけてて、いかにも可憐で華奢。が、か弱げに見えても逞しい。はかなげに見えても力強い。こんな過酷な環境に生きる野草なんだから、考えてみれば当たり前。

 そろそろ山頂になると、急に、人がわんさと現われる。リフトから降りた人たちだ。
 今度は終点、八方池目指して、数珠のように連なってゾロゾロと歩き始める。なかには小さな子供もいる。ザックの代わりに赤ちゃん背負った大人もいる。下界そのままの格好で、サンダル履いたにーちゃんやねーちゃんもいる。

 こんなにいると、周囲の話し声が、聞くともなく聞こえてくる。
「石が黒光りしてる個所は、みんなが滑ってこうなったんだから、滑りやすいんだよ。気をつけなよ」
 ……な~るほど!
「いきなり口のなか、蜂に刺されて、イタタタタッッ!!! みたいな」
 ……そりゃ、痛いだろーな。
「キツイね~。この道ってさ~、これでも整備されてるんだよね~?」
 ……山に来るな、バカ。 

 朝は結構晴れていたのに、もうこの頃には太陽が隠れてしまった。山間から雲が立ちのぼり、風に運ばれてサーッと流れ込んでくる。
 相棒、「やっと涼しくなってきたねえ」と、胸までめくってシャツのなかに風雲を取り込む。……たまにいるよね、こーゆー奴。

 To be continued...

 画像は、白馬、ハクサンシャジン。

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白馬、白馬!(続)

 
 その日は早くに寝て、翌朝は6時前に起床。これって、私にしてみれば奇跡的な早起き。相棒に促され、朝飯前の散歩に出かけた。

 晴れた朝。前夜は暗くて見えなかったが、ペンション街は白樺や唐松の緑に囲まれていて、いい感じ。ときどき、犬を連れた人が挨拶してくる。すぐ向こうには八方尾根。その後ろに白馬の連峰があるはずなんだけれど、雲に隠れてなかなか見えない。う~、雲よ、ちょっとでいいから退いておくれ。
 朝の空気って、いい気持ち。ペンションに帰ると、クラシック音楽の流れるなか、パンにコーヒー、オレンジジュースにハムエッグまで付いた、私にしてみれば豪華な朝食が待っていた。さすがペンション。

 ちゃんと朝ご飯食べて、いざ、山へ。ゴンドラ駅までてくてく歩く。去年金沢で見たような、夏草と夏山と夏空の色彩。でも、標高が高いせいか、白馬の色ほうが濃くて、澄んでいる。
 ぽてぽて歩いては、ホケーッと山を眺めて立ち止まる私を、相棒は文句も言わずに待っている。よくできた男だねえ。と、途中、
「ほら、見えたよ!」

 おお! 流れる雲間から、八方尾根の後ろに、あっという間に現われて、あっという間に隠れてしまった、名前も分からない、なんとか岳の忘れ得ぬ雄姿。
 
 さて、ゴンドラとリフトを乗り継いで、八方尾根へと登る。足が地面に着かない乗り物って、ちょっと怖かったりする。なはは。
 物凄い傾斜をグングンと登って、あっという間に山上の人に。見上げれば雲。見下ろせば遠く、青く下界が広がっている。

 To be continued...

 画像は、白馬連峰(多分)。

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