ザールの珠玉の田舎町(続々々々々々々々々々々々々々々)

 
 翌朝、まだ歩いていなかった旧市街の坂道を降りて、再びザール川畔に出た。
 ドイツの川にはどこも水鳥が泳いでいる。人間が川岸に立つと、せっせと水を掻いて、パンを貰いにやって来る。水鳥たちはカップルで仲良く行動するくせに、投げられたパンを互いに浅ましく奪い合う。

 遠くのベンチに、ジェームズ・ディーンのような髪型のハイティーンの男の子が、深く俯いて座っている。
 私たちがそぞろ歩きながら、そちらのほうへと近づく様子を、その男の子は時折、頭をもたげて確認しているように見える。何か悩んでいるのかも知れない。そのことを私たちに気づいてもらいたいのかも知れない。そんなふうに思える。

 私たちがベンチの前を通りすがったとき、男の子はそっと顔を上げた。何か訴えるような眼で私を見ていた。

 仮に彼に深刻な悩みがあったところで、言葉の通じない私にはそれを聞いてあげることはできない。私は彼の事情も、思想も価値観も知らない。
 が、一つだけできることがある。眼を見て微笑むことだ。眼が合えば心も通じ合う、という相棒の主張は、きっと正しい。

 私は男の子の眼を見て微笑んだ。すると男の子は、ホッとしたように口許をほぐした。それから和らいだ表情で、ハロー、と言ってきた。私も、ハロー、と返した。
 ただそれだけだった。けれどもその邂逅を、意味がないものだとは誰にも言い切れないのではないか。
 私たちはそのまま駅へと向かった。振り返ったとき、男の子の姿はもうなかった。

 橋の上に立ち、相棒が向き直ってザールブルクに呼びかける。
「さようなら! ザールブルク!」
 一度訪れたところには、他を一巡するまでは再び来ることはない、つまり旅とは一期一会だ、というのが、相棒の主義。
「さよなら、ザールブルク!」と私も真似をする。誰も私たちの言葉を知らない異国では、そのときの気持ちを無思慮に口に出しても気にならない。

 To be continued...

 画像は、ザールブルク、ザール川。

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ザールの珠玉の田舎町(続々々々々々々々々々々々々々)

 
 橋まで戻ったときには、もう夕方だった。ザール川畔でのんびり過ごすはずだったこの日も結局、半日歩き回ってしまった。

 川辺に下りると、中学生くらいの男女が、橋の下で煙草を吸い、ビールを飲んでいる。ドイツ人の大人たちは大抵恰幅がよいので、ほっそりした体型の彼らがまだ子供だというのは、容易に見て取れる。暇を持て余してつまらなさそうにダベり、そのくせ大袈裟に大笑いしている。彼らのようなドイツ人たちは、東洋人旅行者を敢えて見ようともしない。
 より豊かで自由な環境のもとにあるドイツ人たちも、みんながみんな囚われていないわけではない。

 川辺のベンチに腰を下ろす。ドイツの川岸は広く、よく整備されていて、緑も多い。地元の人々はこうした川辺の環境を、目いっぱい利用する。犬を連れて散歩する人、ウォーキングやジョギングする人、ローラーブレードやスケートボード、キックボード、自転車に乗る人、などなどが行き交う。川ではボートを漕いでいる。
 川向こうの丘上のザール城をスケッチしていると、スケッチブックらしいものを携えて、黒人が一人、歩いてきた。私たちを見つけて、ハロー、と声をかけてくる。
「どこから来たんですか?」
「日本から」
「ホリデー?」
「イエス」
「僕はナイジェリアから。ザールブルクに住んでいるんです。美しいところでしょう?」
「本当に」
「僕も絵を描くんです。単なる趣味ですが。もしよければ、僕らのアトリエに来ませんか? アーティストらが集まるコミュニティなんです」
「あー、でも私たち、明日の朝には次の町に行くから……」
「OK、それならそれでいいです」

 外国人労働者だろうか。それでもこの時間にスケッチブックを持って散歩する、時間と心の余裕を持っている。

 To be continued...

 画像は、ザールブルク、旧市街の滝と水車。
   
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ザールの珠玉の田舎町(続々々々々々々々々々々々々)

 
 夢のようなアイルを離れ、ザールブルクへと戻る。ザールブルクは美しい下界の感がした。
 ユースまで私たちを送ったハンスさんが、「楽しかったかい?」と尋ねる。相棒は興奮気味にドイツ語で何か答え、私は私で、「楽しくって、楽しくって、楽しくって!」と夢中で答えた。
 ハンスさんには、私たちの気持ちが通じたと思う。固く握手した手をブンブン振りながら、
「あなたがたの旅が素晴らしいものになることを、心から祈っているよ!」
 それから突然、堰を切ったように、凄まじい勢いのドイツ語で何か喋り出した。

 ひとしきり喋った後、帰ってゆくハンスさんの車を、最後まで見送りながら、私は相棒に尋ねた。
「何て言ってたのかな?」
「チマルさんはフランス人のようだ、って言ってたよ」
「うっそー!」
 ……あれから何度尋ねてみても、そのたびに相棒は同じ答えを繰り返す。だから、あのときハンスさんが何を言ったのか、今でも私には謎のままに残っている。

 午後には丘上のザール城まで歩き、お城にタッチ。城の塔のてっぺんまで登り、旗の翻る塔にタッチ。そこからてくてくと旧市街を降りながら、昨日、ハンスさんが案内してくれた、滝と水車の見える広場までたどり着く。相棒にねだってマンデル(アーモンド)のアイスクリームをゲット。
 その後、橋を渡って新市街のスーパーで夕食の買い物。シュトルーデルのビスケットと、ゴーヤのように太いキュウリ、それからイチゴとブラックベリー。ドイツではベリーが安いので、ビタミン補給と称してベリーを食べまくった。あとは、塩と胡椒だけで味をつけた、淡白なローストチキン。骨までしゃぶれるやつ。

 レジの男性が私を見る。ドイツではレジ係は椅子に座っている。レジを打つのに立ってする必要がないからだ。男性は上目がちに私を見上げ、眺め続ける。
 こちらがにっこり笑うと、男性もまたにっこりと返して、ハローと挨拶する。
「ほらね、チマルさんがフランス人みたいだからだよ」と相棒がからかう。うっそー。

 そんなことなら、ごく若い時期にドイツに来て、優しくて賢くて真面目なドイツの男性と恋愛して、結婚していればよかったかも。そしたら今頃はドイツで、普通に自由な生活を、当たり前すぎてそれをわざわざ自由とも感じないくらい、自然に自由な生活を、送れていたかも。
 ……なんて、ふと思う。

 To be continued...

 画像は、ザールブルク、ザール城からの道。

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ザールの珠玉の田舎町(続々々々々々々々々々々々)

 
 こうした景色が普通にあると知った後に、そしてまた、ごく当たり前にそこに暮らす人々もいると知った後に、コンクリートとアスファルトに覆われた貧弱な自然の日常で、人はどうやって暮らしていけるのだろう。
 私はごく素直に感嘆の溜息を吐いた。何て美しいんだろう、と陳腐で月並みな感想を述べた。それきり、食い入るように車窓の景色を見つめていた。ハンスさんもまた、これがこの辺りのティピカルな田舎の風景だよ、とだけ言って、あとは何も喋らずに運転していた。

 ルクセンブルクの農場をまわってから、ハンスさんはザール川に沿って車を走らせた。ザールブルクへ戻ったときにはもう、3時間も経っていた。
「午後はザール城や旧市街を見てまわったらいいよ。ザール城まで送ろうか、それともユースホステルまで?」
「ユースホステルまで」
「OK」

 だがハンスさんはユースには向かわずに、山上へと車を走らせる。まだ葉のないブドウ畑の傾斜の道を登り切ると、そこにも、ルクセンブルクと同じ、だがもっともっと素朴な、農家と果樹の点在する一面の緑の農場が広がっていた。
 ハンスさんが嬉しそうに私たちを眺める。ルクセンブルクの農場を案内したときの私たちの様子に、気を好くしたハンスさんが、ザールブルクの近隣の村にも、遠回りして寄ってくれたのだった。

 もし、ドイツで最も印象に残った景色はどこかと訊かれたら、私はこの、アイル(Ayl)という村の名を答えるだろう。ほんの一瞬、偶然の幸運によって連れられて、思いがけず眼にすることのできた、小さな村の名前を。

 To be continued...

 画像は、ザールブルク、ザール城近く。

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ザールの珠玉の田舎町(続々々々々々々々々々々)

 
 ルクセンブルクはお金持ちの国だ。この辺りの家は全部、彼らの別荘だ。ワイン畑も彼らのものだ。が、ルクセンブルク人は働かない。代わりにフランス人やイタリア人が働きにやって来る。云々。
 ……車を走らせながら、ハンスさんが解説する。

 ところで、旅行にあたって、何に一番関心があるのか、とハンスさんに訊かれて、私は、「ピクチャレスク(picturesque)でパストラル(pastoral)でクウェイント(quaint)な景色。We can see only in that country な、その国ならではの景色」と答えていた。
 ハンスさんが案内してくれたところはどこも素晴らしく、私はそれを満足に感じる気持ちでいっぱいで、それ以上のものをハンスさんに望む気持ちなどすっかり忘れていた。また、それ以上のものをハンスさんが与えてくれるかも知れないと期待する気持ちなど、気づきもしなかった。

 だから、やがて広がった車窓の情景を、今でも私は夢のように思うのだ。

 次第に家並がまばらになり、緑の畑が眼につくようになる。そこに突然現われる、バイオ燃料用の菜の花畑の黄色が眩しい。
「窓を開けてもいいよ、あなたの窓だからね」と、ハンスさんが窓の開け方を教えてくれる。普段車に乗らない私には、窓やドアの開閉にも、シートベルトの着脱にも一苦労。

 そして、気がつくと一面の緑の牧草地だった。

 人はいない。牛や馬もいない。ところどころにポツンと赤い屋根の家があり、ポツンと白い花を咲かせた果樹がある。申し訳程度に木柵があり、道がある。あとは草しか生えていない、なだらかにうねり広がる緑の大地。
 ヨーロッパの田舎と聞いて、私が安直に想像していた景色。だが、まだ新芽をつけない、タンポポだらけのブドウ畑や、一面に黄色い菜の花畑ばかり見ていたせいで、きっと眼にすることはできないだろうと半ば諦めていた景色。ピクチャレスクで、パストラルで、クウェイントな景色がそのまま、そこにあった。

 To be continued...

 画像は、ザールブルク、ザール城。

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