ギリシャ神話あれこれ:クロノスの呪詛

 
 幼い頃、母に連れられた美術館で、不気味な黒い絵を見た。やむにやまれぬ衝動に駆られて大きく眼を見開き、自分の子供を頭からバリバリと喰らう、影のような人を描いた絵だった。
 母はそれを、悪魔(サタン)だと言った。私はこの絵を見てからというもの、怖くて怖くて、夜眠れないことも間々あった。以来、この絵は私のトラウマとなった。
 相棒はこのことを聞いて、大いに面白がり、この手の主題の絵には、ゴヤであろうとルーベンスであろうと、やたらに興味を持つ。
 ……私だって、絵に描かれた物語さえ知っていれば、それほど怖いことなかったのになー。頭からバリバリ、というのは真っ赤な嘘で、画家たちの誇張。ちなみに、サターンはサタン(悪魔)とは別物。

 クロノス(サトゥルヌス、サターン)が、父ウラノスから天地の支配権を奪取したことで、クロノスを神々の王とするティタン神族の時代となる。
 が、王座を追われたウラノスは、クロノスに不吉な呪詛を残す。曰く、やがてお前も、我が子に王座を奪い取られるだろう。

 クロノスは姉のレイア(レア)を妻としたが、ウラノスの呪詛を怖れ、産まれた子を次々と呑み込んでしまう(ここ! 頭からバリバリ、ではない)。
 レイアはこれを恨めしく思い、末子のときは用心して、クレタ島に赴いて産み、洞窟に隠して、山のニンフたちに養育を託した。そしてクロノスには、襁褓にくるまった巨石を、赤ん坊だと偽って与えて、呑み込ませる。この助けられた赤ん坊が、ゼウス。

 これは、母ガイアがひそかに授けた謀計で、彼女は、クロノスが父ウラノスと同じく、彼女にとっては我が子であるキュクロプスやヘカトンケイルらの異形の怪物を疎んで、再びタルタロスに閉じ込めたのを、恨んでいたわけ。
 
 さて、ゼウスが成人すると、レイアはクロノスに吐剤を飲ませて、腹のなかのものをすっかり吐き出させる。まず最初に身代わりの石、次いでポセイドン、ハデス、ヘラ、デメテル、ヘスティアと、呑み込まれたのとは逆の順に、子神たちが次々と外へと飛び出す。
 こうしてゼウスは、姉弟らとオリュンポス山に立てこもり、クロノスらティタン神族と戦端を開くことになる。

 ちなみに、サトゥルヌスとは土星の名前。

 私が幼少のトラウマから解放されたのは、もちろん小学5、6年生の頃、このクロノスの神話を読んでからだった。やっぱり、知による客観化が、トラウマ克服には一番の方法なんだねえ。

 画像は、ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」。
  フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco de Goya, 1746-1828, Spanish)

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ティラミス

 
 相棒は毎週、駅のベーカリーで、チーズケーキやレモンパイなどの焼き菓子を買ってきてくれる。
 が、生菓子は買ってくれない。パティシエの作る本格スウィーツなんて、問題外。せいぜい、コージー・コーナーの一番安いクレープだけ。最近じゃ、それすらない。う~む。

 この頃、風邪がぶり返してばかりで、どうもシャキッとしない。洟が詰まって息ができないし、頭もぼーっとする。で、気分転換にティラミスを作った。

 ティラミスと言えば、イタリアの代表的なドルチェ。材料の、マスカルポーネというフレッシュ・チーズは、最近じゃスーパーで売っている。日本もグルメになったもんだ。
 私はフランス菓子よりも、イタリア菓子のほうが好き。チーズが入っているからね。
 
 本来は、フィンガービスケットに、リキュール入りのエスプレッソをかけ、マスカルポーネと別立てした卵とで作ったクリームを重ねて、上からココアを振りかけるお菓子。ティラミス独特の、ふわふわとしたクリームは、このメレンゲのおかげ。
 ……が、私の場合、生卵はちょっと抵抗があるので、カスタードクリームで代替する。ふわふわにしたいときにはホイップクリームを加えるが、これだと重くなる。
 あまり食欲がないので、生クリーム抜きで軽く済ませた。

 ここ数年、あまり食欲が出ないし、少し食べるとすぐにお腹いっぱいになる。回転寿司なら3~4皿で、もうダメポ。
 精神的なものかも知れないし、病気かも知れない。人はあまり食べずにいると、早死にするのだそう。私は本当に、長くは生きないかも知れない。

 天使のチンクのように、余った食事を鳩に変えて、お腹を空かせた子供たちのところに飛んでやらせることができたらなー。……なんて思う、今日この頃。

 画像は、モネ「ティー・セット」。
  クロード・モネ(Claude Monet, 1840-1926, French)
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ギリシャ神話あれこれ:大地と天空

 
 ギリシャ神話というのは、性について、いかにもあっけらかんとしている。神々は平気で情交を重ねるし、セックスによって子を産む(そうでない場合もある)。性転換や両性具有、去勢なんてテーマも登場する。男神には、きちんとペニスがついている(私は、人間の身体器官のなかで一番ユニークなのは、男性のペニスだと思う)。
 ギリシャ神話の人間臭さというのは、こういうところにもある。 

 ギリシャ神話での世界の起源。最初にカオス(混沌)が生まれる。これは、何もない無限の広がり、というイメージ。次いで、大地神ガイア(テルス、テラ)が生まれる。ガイアは大地そのものでもある。
 このように原初神というのは、自然そのものをも表わす、自然の単なる神格化。

 ガイアは一人で、天空神ウラノス(カイルス)と海神ポントスを産む。彼らはそれぞれ、天空そのもの、海そのものでもある。

 さて、大地ガイアは、自分を覆いつくす天空ウラノスと交わって、男女神それぞれ6神ずつを産む。彼ら12神をティタン(タイタン)神族、いわゆる巨神族、という。ガイアの夫ウラノスは神々の王となる。
 ガイアはさらに、一つ眼巨人のキュクロプス(サイクロプス)、百腕巨人のヘカトンケイルを、3神ずつ産む。が、ウラノスはその奇怪な姿を忌み嫌い、彼らを地底タルタロスに放り込んでしまう。この行為はつまり、彼らを大地ガイアの胎内深くに押し戻すという暴挙なわけで(痛いだろーな)、ガイアはこの仕打ちをひどく恨む。

 そこで彼女は謀計をめぐらし、金剛の大鎌を作って、子神たちにウラノスへの復讐を訴える。尻込みする子神たちのなか、末弟のクロノスが進み出る。
 夜、ウラノスがガイアの上に正体なく覆いかぶさった隙に、ウラノスは大鎌を手に立ち現われ、ウラノスの男根を切り落とす(痛いだろーな)。
 これによって、天空ウラノスは大地ガイアから離れる。つまり、天と地は永遠に分離する。とともに、ウラノスは神々の王座を奪われる。ウラノスは不名誉な傷を恥じ、二度とガイアのもとには訪れなかった。

 ところで、ウラノスの傷口から噴き出した血潮からは、復讐の女神エリニュスらが生まれた。また、切り取られた男根は海へと放り込まれたのだが、やがて白い泡が肉のまわりに湧き立ち、愛と美の女神アフロディテが生まれ出た。

 ウラノスは天王星の名前。

 聖書には、真理と信ずるに足る創世記があって、ビッグバン宇宙論をすら、「あれは聖書の“初めに光ありき”の正しさを実証するものだ」と主張するクリスチャンもいるくらい。それに比べると、このギリシャ神話の創世記って、いかにも人間臭い。真理と信じなくても、文句は言われまい。

 画像は、バーン=ジョーンズ「母なる大地」。
  エドワード・バーン=ジョーンズ(Edward Burne-Jones, 1833-1898, British)

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ほっとけない軽率さ(続)

 
 この日本版ホワイトバンドの運動は、当初から怪しかった。第一感、「お金ではなく声をください」と言いながら、アイテムを売ろうとする姿勢が、釈然としない。しかも、この運動は本来、白いものならなんでも腕に巻けばよく、タダで意思表示できるものなのに。
 で、この間、結構関心を持って経過を眺めていた。ブームになることも、いずれ正体がバレて、真面目なボランティアに打撃を与えることも、自分たちの運動に関わりなく決まった事柄を、自分たちの手柄にしてしまうことも、全部最初から分かっていた。

 アホな日本のすることだから、今さら腹を立てる気も起きないが、一つだけ、腹立たしいことがある。
 
 日本版運動の発起人、私より少し歳上の女性で、PR企業の社長。
 それまで貧困になんてこれっぽっちも関心がなかった。別に貧困でなくてもよかった。ただ、海外のこの運動のコマーシャルがカッコ好かった。だから日本でも真似してみたかった。
 ……彼女が無神経にこう言い放ったのを聞いて、異様に腹が立った。最近こんなに腹を立てたことはなかった。

 常識のないくせにしゃしゃり出て、ボランティア全体の信用を失墜させながら、自分の仕掛けた運動の話題性に有頂天。こういう活動に、こういう資質の人は絶対に手を出してはいけないのだ。あ~、ぞぞ毛が立つ。ぞぞぞぞぞ!
 騙されたことに気づかせないのが、ホントの詐欺。が、この女社長自身、自分が騙したことには気づかなかったろう。こんな女に踊らされる日本人って、一体……
 
 社会的批判が高まってもなお、「貧困問題に関心を持つきっかけとなったので、成果だ」と擁護する声をよく聞く。子供がそれを「きっかけ」と言うなら分かる。けど、あんた一体、何歳なの? 大人になるまで、何を漫然と見てきたの?
 一番厄介なのは、他人まかせの「意思表示」をして、それで自己満足して、「貧困」について知ったつもりになって、それきり自分では思考をストップしてしまうことだ。 

 中田英寿や浜田省吾が批判したり、真面目なボランティア団体や輪っかを買った人々が刑事責任を追及したりすれば、面白い展開になるかも知れない。が、どうなることやら。

 画像は、ブーグロー「物乞いの少女」。
  ウィリアム・アドルフ・ブーグロー
   (William Adolphe Bouguereau, 1825-1905, French)


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ほっとけない軽率さ

 
 昨今、日本版「ホワイトバンド・プロジェクト」なるものが批判されている。

 「3秒に1人、子供が貧困から死んでいます」という、強烈なキャッチコピー。「貧困をなくそう、という声を表わすホワイトバンドを身につけてください」という、分かりやすい提起。おまけにCMで、白い腕輪をつけた著名人らが、3秒ごとにパチンと指を鳴らすポーズから来る、インパクトとファッション性。
 で、ゴム製の白い輪っかは瞬く間に広がり、売上金は現時点で10億円近くになるのだとか。

 叩けばいくらでもホコリの出るらしいこのプロジェクト、どうやっても言い逃れできない過失が、大きく2点ある。

 一つは、アイテムを販売する際に、「この売上金は現地への寄付にはまわらない」と明示しなかった点。購買者に「募金だ」とあえて勘違いさせたままで、アイテムを売る手口は、平たく言えば募金詐欺。
 もう一つは、アイテムを所持することで、表明することになる「意思」の内容を、明示しなかった点。この「意思」とは、「貧困をなくす政策を選択する意思」なのだが、この「政策」内容は実は狭くて、「無条件の債務放棄とODA増額」。つまりこの運動は、ロビー活動を推進する運動なわけ。ちなみに、この政策では貧困問題は解決しまい、というのが私の意見。

 プロジェクトのHPには当初から説明があったが、アイテムを売る以上、その外箱にでも説明を載せておくべきだった。

 社会的批判が上がったせいか、プロジェクト側もにわかに、売上金のうち3000万円近くを寄付すると言い始めた。これじゃ、募金詐欺だったと自認したようなものだ。が、プロジェクト側のほうは、個人でも拠出可能なこの額を却って自画自讃している。
 だがこの寄付は、募金と誤解して買った人なら、額が少なすぎると思うだろうし、募金でないと了解して買った人なら、公約違反と思うだろう。いずれにしても裏切りだ。
 
 間違っていたから方針転換するなら、その前にまず謝罪すべきであって、こういう曖昧な対処が、私は一番嫌いだし許せない。あ~、ぞぞ毛が立つ。

 To be continued...

 画像は、ステヴァンス「腕輪の女」。
  アルフレッド・ステヴァンス(Alfred Stevens, 1823-1906, Belgian)

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