画家の社会的責任

 
 ある日あるとき、絵描き仲間の集う某掲示板で、ちょっとした出来事があった。日本神話を題材に、日本の神々を描こうとしている若い絵描きと、その話題で盛り上がっている若い絵描きたちに、年配の絵描きたちが懸念を表明し、日本神話の歴史的背景を指摘したのだった。
 
 曰く、日本神話をテーマに無邪気に描こうとしていることに驚愕を禁じ得ない。古事記や日本書紀における日本神話は皇国史観の根拠であり、侵略戦争の精神的支柱となったものである。
 日本神話の民俗的、文化人類学的意義、それに表現のテーマを求める自由、それらは否定しないにせよ、くだんの歴史的背景を分かって、敢えて画題をそこに求めるのか。画家は社会とは無関係な存在ではなく、自分の描く絵の社会的責務を自覚すべきである。社会音痴では、どれだけ優れた絵も永遠の芸術には到り得ない。……と。

 が、結局、「ここは絵について語り合う場だ。トピックにそぐわない議論は、よそでやってもらいたい」という方向に流れて、年配の画家たちは、「無邪気な若者たちよ、いざ、さらば」と言い残して、去ってしまった。
 彼ら年配の画家たちは、二度とそこには来ないだろう。

 私は、若い画家たちは「無邪気」ではないと思う。「邪気」があると思う。

 To be continued...

 画像は、C.シャプラン「絵を描く少女」。
  シャルル・シャプラン(Charles Chaplin, 1825-1891, 1825-1891)

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知性と芸能

 
 菊川怜、という芸能人がいる。TVじゃ、某大学出身の知性派芸能人、とかと扱われているらしい。
 別に人それぞれだから構わないんだけど、微積分を解いて知性をひけらかすような真似は、ちょっとやめて欲しいかな。そんなの、大学受験レベルの学力なのに、芸能界って、そんなことも分からないのかな。まさかね? 

 ところで、芸能人出身なのに、一般入試で某大学を出て、研究者となった人だって、世の中にはいる。

 美人でスタイルがよくて、いつも身なりをきちんとしていて、同じ服を二度着ているのを見ることがない。いつもにこにこしていて、はきはきしていて、颯爽としていて、それでいて他人に媚びたり、へつらったりするわけではない。カッコいいお姉さん、って感じ。
 まるでちょっと遠出でもするように海外旅行にも行くし、当然のたしなみでもあるかのようにグルメもこなす。曰く、「ケーキのない人生なんて、考えられませんよねー」
 私も本当は、こんなふうな、なんのトラブルも起こさずに、人生をスマートに歩むことのできる、そんな女性になってみたかった。

 彼女、自分の過去の履歴を明かさないから、もしかしたら、それを自慢に思っていないのかも知れない。菊川怜とは大違い。
 が、周りはよく知っている。学会で彼女が報告しようものなら、古参、長老、牢名主、全国の名の知れた教授たちが、彼女と名刺を交換するために、ずらりと列をなして並ぶのだそう。

 で、彼女の使った痕跡のあるアイテムが、今では我が家にあり、私が毎日、ぶっ叩きながら使っていたりする。

 画像は、ボッチョーニ「モダン・アイドル」。
  ウンベルト・ボッチョーニ(Umberto Boccioni, 1882-1916, Italian)
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オランダ絵画によせて:ユトレヒトのカラヴァジェスキ

 

 「カラヴァジェスキ(Caravaggesque)」というのは、カラヴァッジョに影響されて、その様式に沿って絵を描いた画家たちのこと。
 オランダ絵画には全般に、レンブラントにせよフェルメールにせよ、カラヴァッジョの絵画表現、特に強烈なコントラストによる明暗効果を見出すことができるのだが、そのつなぎとなったのがユトレヒト派。ヘンドリック・テルブルッヘン(Hendrick Terbrugghen)、ヘリット・ファン・ホントホルスト(Gerrit van Honthorst)、ディルク・ファン・バブレーン(Dirck van Baburen)の三人衆が主だそう。
  
 カラヴァッジョが活躍し、バロック絵画の幕開けの舞台となったローマでは、カトリック教会がその絵画のパトロンだった。オランダのユトレヒトは、ローマと同様、カトリックの優勢な地だったらしい。
 そのせいか知らないけれど、ユトレヒトの画家たちがてくてくとローマまで赴いて、そこでカラヴァッジョ絵画に接し、またてくてくとユトレヒトまで戻って、カラヴァッジョと同様の主題で、同様の庶民的描写や明暗処理の特徴を備えた絵を描いた。

 他方、ユトレヒト派の絵が全般に、カラヴァッジョよりも色調が明るく、鮮やかなのは、ユトレヒトの画家たちが師事したマニエリスムの画家、アブラハム・ブルーマールト(Abraham Bloemaert)の影響であるらしい。

 彼らは宗教画も描くが、自然な風俗画も描く。三人衆のなかでは、私はテルブルッヘンの絵が一番好きかな。色調が落ち着いているし、明るい背景のなかに暗い人物を対峙させる描写も趣がある。こうした処理は、フェルメールらデルフト派にまで影響を与えたのだという。
 カラヴァッジョの絵は、イタリア絵画って雰囲気そのままだけれど、ユトレヒト派の絵は、やっぱりオランダ風に見える。

 画像は、テルブルッヘン「フルート奏者」。
  ヘンドリック・テルブルッヘン(Hendrick Terbrugghen, ca.1588-1629, Dutch)
 他、左から、
  テルブルッヘン「合奏」
  テルブルッヘン「二重奏」
  ホントホルスト「女衒女」
   ヘリット・ファン・ホントホルスト(Gerrit van Honthorst, 1592-1656, Dutch)
  ホントホルスト「ワイングラスを持った幸福なバイオリン弾き」
  バブレーン「口琴を弾く男」
   ディルク・ファン・バブレーン(Dirck van Baburen, c.1595-1624, Dutch))

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オランダ絵画によせて:メリー・カンパニー

 

 オランダ・バロックの絵画で、裕福な市民層を描いた風俗画と言えば、フェルメールあたりの静謐な絵がまず思い浮かぶ。が、「メリー・カンパニー(Merry Conpany)」と呼ばれる陽気な集団を描いた絵も、この頃の一つの流れだったらしい。
 ウィレム・バイテウェフ(Willem Buytewech)やディルク・ハルス(Dirk Hals)が代表格。このD.ハルスは、かの肖像画家フランス・ハルスの弟。

 絵としてはあまり私の好みではないが、「メリー・カンパニー」だなんて、何となく面白い。

 人々が浮かれ騒ぐシーンを描いた風俗画は多いが、この場合、騒いでいるのは粗野な庶民ではなくて、裕福そうな、上品そうな市民たち。大勢で、室内や中庭で陽気にはしゃいでいる。タバコを吸ったりお酒を飲んだり、楽器を弾いたりお喋りしたり。
 でも、農民風俗画のような下品なところがない。みんな、苦労知らずらしく、流行ものの当世風のオシャレな衣装で着飾って、上機嫌な表情で笑っている。そして、なぜだか心持ち脚が長いような気が……

 絵に趣があるわけでもないし、絵を観て心温まるわけでもないのに、なんだか面白い。

 画像は、D.ハルス「園遊会」。
  ディルク・ハルス(Dirk Hals, 1591-1656, Dutch)
 他、左から、
  D.ハルス「居酒屋の陽気な集団」
  バイテウェフ「求愛する高貴なカップル」
   ウィレム・バイテウェフ(Willem Buytewech, ca.1591-1624, Dutch)
  バイテウェフ「陽気な集団」
  バイテウェフ「陽気な集団」
  H.ポット「陽気な集団」
   ヘンドリック・ポット(Hendrick Pot, ca.1585-1657, Dutch)

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ナクソス・ジャパンの社長(続)

 
 で、ここの社長、見た目は物凄くアクの強い人物。オールバックの髪を肩まで垂らして、眼鏡の奥から自信たっぷりの眼がきらりと光る。
 が、煙草さえ吸わなければ完璧に相棒と同じ価値観。特に、クラシック音楽に対する日本社会の土壌の貧困さに関してなんて、見事に一致。

 世界中に支社を広げるナクソスだけれど、どういうわけか日本では、クラシック音楽業界の現勢力地図を慮って、誰も支社を引き受けようとしない。で、社長の妹君、この人はナクソス社長の妻君で、世界的なバイオリニストでもあるのだが、彼女が、痺れを切らして電話してきたのだそう。
「おに~ちゃあん、日本って、どおなってるのお?」
 で、兄君が乗り出すことになったらしい。

 意気投合しちゃった社長と相棒、「どうです、この後、夕食でも一緒に」ということになった。でも、その日の相棒の夕食は実は決まっていて、私があらかじめ、名古屋名物「味噌カツ丼」なるものを食べたい、とねだっていたのだった。
 で、相棒からそのことを聞いた社長、
「そんなもんが食べたいの? そんなに美味しいもんじゃないよお」と言いながら、お店を探してくれた。

 社長の連れてってくれた店の味噌カツ丼は、味噌のなかにカツが泳いでいるような代物! でも美味しかった。

 社長と別れた帰り道、疑問だったことを相棒に訊いた。
「あの妹さんの台詞って、名古屋弁だよね?」
「そう言われればそうだね! 僕は不自然に感じなかったけど、名古屋以外の人が聞いたら、そう聞こえるね」 
 そーか、やっぱり名古屋弁だったのか。名古屋城の金のシャチホコを見ながら、一人納得した。

 画像は、モリゾ「バイオリンを弾くジュリー」。
  ベルト・モリゾ(Berthe Morisot, 1841-1895, French)

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