ギリシャ神話あれこれ:百眼巨人、退治さる

 
 ヘルメス神というのは、ギリシャ神話ではマルチな活躍を見せるけれども、どれも脇役級の域を出ない。最も有名なものでさえ、ゼウス神の浮気のエピソードのたった一部。

 あるときゼウスは愛人イオを、嫉妬深い妻ヘラの眼をごまかすために、機転を利かせて純白の牝牛に変える。が、ヘラも負けずに、意地悪く牝牛を欲しがる。で、ゼウスってば、断りきれずに与えてしまう。
 で、すっかりお見通しのヘラは、今は牝牛の姿をした、この夫の憎き愛人イオを、身体じゅうに百の眼を持つ巨人アルゴスに見張らせておく。アルゴスの百の眼は昼夜交代に眠って、始終牝牛の番を続けるというわけ。
 一方ゼウスのほうも、可愛想な牝牛イオを盗み出して解放するよう、ヘルメスに言いつける。
 
 さて、やっとヘルメスの出番。お安い御用、とばかりにやって来たヘルメスだけれど、さすがの彼も、百の眼で油断なく見張り続けるこの巨人には手を焼いたらしい。眠っている隙に忍び込むという作戦を諦めて、葦笛を吹き始める。
 ヘルメスは、葦笛の美しい音色を操ることができる。で、アルゴスの百眼は次第にうとうととなり、やがて完全に眠ってしまった。

 そこでヘルメスは、彼に似合わぬ暴力を行使して(彼は常に知能犯なのに?)、眠りこけている巨人の首を切り落としてしまう。
 こうしてヘルメスは、首尾よく牝牛イオを救い出す(ちなみにイオは、この後も牝牛の姿のまま、逃亡を続ける)。

 ヘラは百眼アルゴスの死を悼み、その百の眼を、自分の飼っている孔雀の尾羽根に飾ったという。

 ……こんなふうにヘルメスは、何のかんのと、いつもゼウスの使いっ走りをさせられている。ヘファイストスほどの裏方ではないにせよ、彼もやっぱり神々の便利屋ってところ。

 画像は、U.ガンドルフィ「アルゴスに近づくメルクリウス」。
  ウバルド・ガンドルフィ(Ubaldo Gandolfi, 1728-1781, Italian)

     Related Entries :
       ヘルメス
       イオの物語


     Bear's Paw -ギリシャ神話あれこれ-     
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ギリシャ神話あれこれ:ヘルメス

 
 泥棒というと、最近、我が家ではルパン三世が人気者。自由人の泥棒というのは面白い。まあ、漫画だけれど。
 で、ギリシャ神話には泥棒の神さままでいるのだから人間臭い。 

 ヘルメス(メルクリウス、マーキュリー)は商業と牧畜の神。旅人、そして泥棒の守護神でもある。神々の伝令神(使いっぱしり)として活躍し、特にゼウスの密命を果たす。
 死者の旅路をも守護し、死者の魂を冥府に導く。彼の持つ伝令杖は、万人を眠らせ、あるいは醒まさせる力を、つまり、万人を死に導く力を持つ。
 また、商業や牧畜による蓄財だけでなく、詐欺や窃盗、賭博、収賄などによる蓄財をも導く。

 ゼウスの末っ子で、生来すばしこく、頭の回転も速い。ペタソスという鉢形のつば広帽子をかぶり、翼の生えたサンダルを履いて、手にはケリュケイオン(カドゥケウス)という黄金の伝令杖を持つ(これは頭にヘルメスの翼が飾られ、柄には二匹の蛇が巻きついている杖で、蛇が一匹だけ絡んでいるアスクレピオスの杖とは別物らしい)。
 母は、アトラスの7人娘プレイアデス(昴)の一人、マイアだと言われる。

 生まれるとまもなく、襁褓から這い出し、アポロンの飼い牛を50頭ほど盗んできた。足跡が見つからないよう、牛にサンダルを履かせて。牛を連れ帰ると、2頭をぺろりと平らげてしまい、残りは洞穴に隠しておく。
 それから、1匹の亀を見つけると、その甲羅を剥がして(肉は食って)、先の牛の腸で7本の弦を張り、竪琴なるものを作り出す。

 さて、牛がいなくなったのに気づいたアポロンは、お手のものの占術をもって盗人を割り出し(ここで、バットス老人とやらがアポロンに告げ口し、後でヘルメスによって石にされている)、襁褓のなかのヘルメスを責め立てる。が、ヘルメスのほうは、僕はまだ赤ちゃんですから、バブー、と犯行を否認。癇癪を起こしたアポロンは、ヘルメスをゼウスの前へと引っ立てる。
 真相は露見するも、ヘルメスの知恵、度胸、機転などなどを大変気に入ったゼウスは、以降、神々の使いとしてヘルメスを重宝するようになった。

 バレたからにはヘルメスも、アポロンに牛を返そうとした。と、アポロン、ヘルメスがポロン、ポロンと、かき鳴らしていた竪琴の音色を耳にすると、牛はお前にやるから、代わりにそれをくれ、と言い出す。商談成立。
 で、今度は葦笛を吹いて遊んでいると、またもやアポロン、牛追いの杖(ケリュケイオン)をやるから、それもくれ、と言い出す。再び商談成立。
 こうして牧畜の権能は、アポロンからヘルメスへと移ったらしい。
 
 ……こういうことがあったのに、ヘルメスとアポロンとは仲が好い。

 マーキュリーが水星の名であるのは、明け方と夕方のごく短時間に行き来する様子が、すばしっこいと思われたためだとか。

 画像は、シメオン・ソロモン「マーキュリー」。
  シメオン・ソロモン(Simeon Solomon, 1840-1905, British)

     Related Entries :
       ゼウス
       アポロン
       パン
       ヘルマフロディトス
       アスクレピオス
       ヘルメスの冥府案内
       百眼巨人アルゴスの物語
       キオネの物語


     Bear's Paw -ギリシャ神話あれこれ-       
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ギリシャ神話あれこれ:寝取られ男の復讐

 
 「浮気」という表現は好きじゃない。「不倫」という表現も。大事なのは、その両性間に愛情があるか否かだと思う。
 が、きちんと社会契約を結んで結婚して、夫婦という形を取っている人々には、逆に、「愛情」という表現では片付けられない言い分が、あるんだと思う。

 美神アフロディテが跛の鍛冶神ヘファイストスの妻にあてがわれたのは、アフロディテにとっては屈辱だったらしい。案の定、アフロディテは醜男の夫を嫌い、見かけだけは精悍な美男の軍神アレスと情事を重ねる。
 ヘファイストスの隙を狙って密通するアレス。一方、妻の不貞を疑いもしない愚直なヘファイストス。

 さて、アレスはいつも、浮気がバレないよう、アレクトリュオンという男に見張りさせ、夜明けを知らせるよう言いつけていた。が、この男、あるときうっかり寝坊してしまう。で、二人の浮気は、太陽神ヘリオスが目撃するところとなる。
 もちろんヘリオスは、ヘファイストスに告げ口する(ヘリオスって結構告げ口屋)。

 妻の不義を知ったヘファイストスは、猛烈に激怒。が、煮えたぎる胸を抑えて鍛冶場に行き、解くことも破ることもできない、蜘蛛の糸のように細く、透明な網を作る。そしてこれをベッドに仕掛け、何事もなかったかのように出かける。

 夫が出て行くと、アフロディテはいつものように、アレスを寝室に招く。さて、ベッドに倒れ込むや否や、網の罠にかかって、真っ裸で抱き合ったまま、身動きが取れなくなってしまう。
 と、そこへ、見計らったようにヘファイストスが飛び出して、よせばいいのに、妻の浮気の現場を押さえたぞ! と叫んで、神々を証人として呼び集める。
 網のなかで素っ裸でもがくアフロディテとアレス(と、多分、それをわざわざ暴露したカッコウ男のヘファイストスも)に、オリュンポスの神々は大爆笑。二神は散々笑い者にされたあげく、放免され、ほうほうの体で逃げてゆく。

 で、その後、アフロディテとアレスが懲りたかと言えば、あれだけの痴態を晒しものにされて、却って開き直ったのか、公認の愛人となったらしい。

 ところで、寝過ごしてしまったアレクトリュオンは、その後、怒れるアレスに、ニワトリへと変えられ、永久に夜明けを告げ知らせなければならなくなったとか。

 画像は、ティントレット「マルスとウェヌスの不意を突くウルカヌス」。
  ティントレット(Tintoretto, ca.1518-1594, Italian)

     Related Entries :
       アフロディテ
       アレス
       ヘファイストス
       ヘリオス


     Bear's Paw -ギリシャ神話あれこれ-
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ギリシャ神話あれこれ:ヘファイストス

 
 私は概ね、何の役にも立たない人間なのだけれど、相棒はそのほうがいいと言う。なぜなら、利用されることがないから。……う~む。

 ヘファイストス(ウルカヌス、ヴァルカン)は火と鍛冶の神。
 ゼウスとヘラの嫡男とされる。が、別伝では、ヘラが独りで産んだ子だという。ゼウスが妻の腹を借りずに、優秀なアテナを産んで、大いに可愛がっていることに、面目を失ったと感じて、対抗心を燃やしたわけ(……が、アテナ誕生の際、ゼウスの頭をカチ割った斧を作ったのは、ヘファイストスなんだけど?)。

 とにかく完全で美しい神々のなかで、彼だけは醜く、しかも足が跛だった。これを恥じたヘラは、証拠隠滅とばかりに、生まれたばかりのヘファイストスを、オリュンポス山頂から海へと投げ捨てる。ひど。

 海に落っこちたヘファイストスは、海のニンフ、テティスとエウリュノメに助けられ、9年間、海底の洞穴のなかで育てられる。
 この間、彼は鍛冶の技工を会得し、テティスたちのために真珠や珊瑚のアクセサリーを作ったり、宝石に命を与えて熱帯魚を作ったりする。

 が、裏切られた愛情には復讐しないではおかない、ちょっと始末の悪いところのあるヘファイストス。ある日、自分を捨てた母神ヘラに、見事な黄金の玉座を贈る。これは、座った者を捕縛する罠の仕掛けられたもの。
 で、ヘラは腰掛けると同時に、たちまち身動きが取れなくなる。これには神々一同、大弱り。
 結局、エッヘン! ヘファイストスがヘラを解放し、その褒美にゼウスから、美神アフロディテを妻として頂戴する(別伝では、雷電の褒美として)。で、その後、彼はめでたくオリュンポスに迎えられる。美神の妻付きで。

 魔法と紛う脅威の腕前を持ちながらも、醜く、地味で実直で、しかも親切なヘファイストスは、オリュンポスでは裏方の存在。絶え間ない妻の不貞に悶々と耐えながら、一つ眼巨人キュクロプスの、アルゲス(白光)、ステロペス(電光)、ブロンテス(雷鳴)たちを従えて、煤けた暗い噴火口の穴のなかの工房で、神々のために素晴らしい武具や工芸品を鍛えている。パンドラやその箱、プロメテウスの足鎖も、彼の作品。

 ……利用されるだけの存在、と言えばそれまでなんだけど。ちょっと同情してしまう。

 画像は、ティントレット「ヴェヌスとウルカヌスとクピド」。
  ティントレット(Tintoretto, ca.1518-1594, Italian)

     Related Entries :
       アフロディテ
       ゼウス
       ヘラ
       アフロディテとアレスの密通
       エリクトニオスの物語


     Bear's Paw -ギリシャ神話あれこれ-
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ギリシャ神話あれこれ:アレス

 
 暴力好きなタイプというのは、他にいくらでも方法があるのに、何かと尤もらしい理屈をつけて、結局暴力を選ぶ。最近では例えば、仔猫殺しのホラー作家の婆さん。
 こういう輩が、権力を持つのに最も怖ろしいタイプ。が、凶暴な個所を上手く隠しているだけで、同種の人間は今やそこかしこに横行しているように思う。

 アレス(マルス、マース)は戦争の神。同じく戦争を司る神にアテナがいるが、アテナが国家を守護する戦争、その知的な戦略を司るのに対して、アレスのほうは流血や殺戮、狂乱、破壊を司る。
 このため二人の仲は概ね良好ではない。アレスは、優秀な異母姉アテナに戦いを挑むも、ことごとくへこまされている。それどころか、戦勝の試しがそもそもない。武勇伝も聞かない。カッコ好くないエピソードばかり。 

 例えばトロイア戦争では、アテナの加護を受けたギリシア軍の猛勇ディオメデス(彼は神ではなく人間)に槍で刺され、凄まじい大声でワンワン泣き喚きながら、オリュンポスへと逃げ帰っている(で、父神ゼウスに泣きついて、逆に、我が子でなければ冥府の底タルタロスに突き落としてやるものを、と罵られる)。
 他にも、ポセイドンを父に持つ双子の巨人、アロアダイ(オトスとエピアルテス)に縛り上げられ、青銅の甕のなかに13ヶ月ものあいだ閉じ込められたこともある。ようやくヘルメスに救出されたときには、ヘロヘロの瀕死状態。……おいおい、軍神。
 
 で、ゼウスとヘラとのあいだに生まれた嫡男で、筋骨逞しい美貌の若神であるのに、無思慮で凶暴なため、とかく神々からも忌み嫌われ、厄介者扱いされている。
 が、美神アフロディテだけは、アレスのワイルドな美貌と肉体に惹かれたらしい。彼らは公認の愛人である。

 アレスは、アフロディテとのあいだに生まれた子、ディモス(恐怖)とフォボス(敗走)を従え、妹である不和の女神エリスと、殺戮の女神エニュオとを引き連れて、神馬の牽く四頭立ての戦車を駆って戦場へと出かける。のちにはキュドイモス(戦乱)とケレス(戦死)も従者に加わる。彼の行く先々にはすべて、災厄がもたらされるのだという。
 なんとも血生臭い蛮神。嫌われるのも無理はない。 

 マースは火星の名前。火星の衛星はディモスとフォボス。ちなみに、火星と同じく赤い星、蠍座のアンタレスは、「火星の敵(アンチ・アレス)」という意味なのだそう。
 
 画像は、ベラスケス「軍神マルス」。
  ディエゴ・ベラスケス(Diego Velazquez, 1599-1660, Spanish)

     Related Entries :
       アフロディテ
       アテナ
       エリス
       ゼウス
       アフロディテとアレスの密通


     Bear's Paw -ギリシャ神話あれこれ-
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ