夢の話:閉鎖系の恐怖 その1

 
 夢の世界で諸種の特殊能力を会得して以降、私は、特定の集団に追いかけられる夢をあまり見なくなった。よしんば見たところで、彼らを振り切る余裕のできた私には、もう怖くはなくなった。
 が、夢は、私の能力を超えて新たな恐怖を突きつけてくる。どこからそんな恐怖の発想が出てくるんだ?

 怖ろしい空間に閉じ込められても、その壁を通り抜けて外に出ることができるようになった私には、その空間は怖いものではなくなった。怖ろしい状況に直面しても、瞬間移動してはるか遠くに回避できるようになった私には、その状況は怖いものではなくなった。
 だがそれは、閉じた空間の外に開かれた空間がある場合に、また、ある状況の他に別のいくつもの状況がある場合に、言えることなのだ。もし、世界がただ一つの閉じた空間だったら? 唯一の状況しか存在しなかったら? つまり、世界は一つであって、その世界が恐怖一色の世界だったなら? 
 恐怖の対象は世界であって敵ではない。電撃で攻撃しようにも、私を追いかけてくる敵は存在しないのだ。

 物質を通過できるようになってしばらくすると、まず、壁の向こうにも同じ空間しかない、という夢を見るようになった。

 例えば古い家屋敷。私は壁や天井はもちろん、障子や襖やガラス戸なども、わざわざ開けるなんて手間をかけずに、そのまま背中からスッと通り抜ける。すると、さっきの部屋と似たような部屋に出る。四方は壁、あるいは障子や襖。
 こんなとき、私は誰かに追われているわけではない。だがやはり追われているような焦燥に駆られる。

 To be continued...

 画像は、フュースリ「悪夢」。
  ヨハン・ハインリヒ・フュースリ(John Henry Fuseli, 1741-1825, Swiss)

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