同じ集合住宅に住んでいたTさんが亡くなって、2ヶ月半が過ぎた。住んでいた部屋は、そのまま。乗っていた乗用車もそのまま駐車場でホコリを被っている。郵便受けには、郵便類がギュウギュウ詰。見るたびに胸が締め付けられる。
先週、集合住宅の管理委員会があって、妻が出席した。集合住宅の修繕などについて話し合われたという。この集合住宅には私をはじめ、老人が多く暮らす。委員のKさんは、ずいぶん前から一人住まいの住民のことを案じて、緊急事態への備えを訴えていた。Kさんの提案で事が進んだ。Tさんが緊急搬送された時、いかにこのような緊急事態の時、手順を踏んで行動することが困難か示された。まさにKさんの危惧が実際に起こったのだ。しかし何をするにしても住民の中には、反対する人がいる。なかなか対策案がまとまらなかった。Tさんが緊急搬送された後、住民の年次総会が開かれた。Tさんの件が管理会社から報告された。これで少し住民の理解が得られ、対策に前進がみられた。管理委員会で主題の修繕に関する審議の後、Tさんのことが話題になったそうだ。
Tさんが午前1時にどうやって救急車の手配をしたのかは、いまだにわからない。ただ救急隊員がTさんの家に入った時、冷蔵庫に『緊急医療情報キット』の筒が入っていたそうだ。このキットの存在は、玄関と冷蔵庫にシールで表示される。救急隊員は、このキットを見れば、何をすれば良いかの判断が下せる。Tさんの几帳面さが表れている。
妻が「うちにも『緊急医療情報キット』が届いているよ」と赤い筒状のモノを私に見せた。私は何事も面倒くさがりで、先延ばし体質の人間である。しかしTさんが1人で暮らしていて、どんな時、どんな思いで、どんな風にこのキットに書き込み、それを筒の中に入れたのだろうと考えた。また夜中に急に症状が出て、救急車を手配して、どんなことを思いながら、救急車の到着を待ったのか。真っ赤な筒を目の前にして、私はTさんを思った。
私は、このキットを自分も実行することにした。説明書を読んだ。「緊急医療情報用紙に必要事項を記載し、薬剤提供書、健康保険証(写)、診察券(写)、本人の写真等の緊急時に必要と思われる種類を同封し保管してください」 面倒くさそう。用意するモノが多すぎる。やめようか。横に妻がいて、手伝ってくれている。やはりTさんのようにちゃんと準備しておこう。いつものダボラな思いを断ち切った。
全ての書類に書き込み、必要なモノも揃えた。“写し”は、パソコンに繋いである印刷機のコピー機能で間に合った。筒を冷蔵庫に入れ、シールを冷蔵庫のドアに貼った。
私は、日中、土日以外独居老人になる。心臓に問題を抱えている。いつ何時どうなるかわからない。Kさんたちが指針を作ってくれた。素直にそれを実行したい。他人になるたけ迷惑はかけたくない。最後は、「飛ぶ鳥跡を濁さず」でありたい。