団塊的“It's me”

コキロク(古稀+6歳)からコキシチ(古稀+7歳)への道草随筆 2週間ごとの月・水・金・火・木に更新。土日祭日休み

12月のいちぢく

2011年12月19日 | Weblog

 週三回通うスポーツジムのすぐ近くの商店街に、シャッターを降ろした商店の軒下を借りて出店する、イチジクを売る農家の夫婦がいる。二人はすでにゆうに70歳を超えている。この二人は、天気が良くても悪くても出店する。駅ビルの食品スパーなら1パック600円以上するイチジクでもこの老夫婦は300円で売る。農協を通じて出荷すれば、手取りはもっとずっと少額だそうだ。駅の近くの路上には、他の果物の安売り屋台もある。それらは生産農家の売店ではない。スーパーより安いが、やはり商人の売店である。私はこの老夫婦に好感を持っている。彼らはイチジクが好きで、イチジクを育てている。イチジクが健康に良いと固く信じている。ちょっとした会話を通してそれが伝わってくる。おじいさんのおばあさんの手が、イチジクを一所懸命に育ててきた歴史を刻み込んでいる。日焼けした顔に、そのイチジク栽培作業の蓄積が記録されている。

私はイチジクが好きだ。私は生ハムをイチジクに巻いて食べる。キンキンに冷やした白ワインと一緒に。この食べ方を初めて知ったのは、イタリアのサンダニエルという小さな町だった。サンダニエルの生ハム製造会社直営の小さなレストランの女性経営者も生ハムが大好きだった。熱心に食べ方といかに自分の会社の生ハムが優れているかを大きな身振りを交えて話してくれた。それ以来イチジクの季節になると、イチジクを買い、生ハムを買い、白ワインのボトルを開ける。

毎年ワインの新酒が出る頃、友人を集めてワイン会をやる。最初は必ず生ハムのイチジク巻きで始める。ワイン会前日、スポーツジムに行った。老夫婦の売店の前を車で通った。イチジクのパックが10個くらい並んでいた。私はたった一時間だから帰りに買えるだろうと高を括った。ジムでたっぷり汗をかき、爽快な気持でイチジクを買いに歩いて行った。全部売り切れていた。あまりに残念そうな私の様子に、おじいさんは「これからうちまで行って採って来るから、2時間後に来てください」と言ってくれた。おじいさんの家へ車で往復すれば、ゆうに2時間以上かかる。そんなことを2パック600円のためにさせる訳にはいかない。もし交通事故でも起これば、私の責任である。「おじさん、ありがとう。また買いに来ます」と言って売店から駐車場に向かった。背後から「申し訳ないね。また買いに来てください」と夫婦相和す声が聞こえた。

ワイン会では生ハムをデパ地下のフルーツ専門店で手に入れたイチジクと和歌山の富有柿に巻いた。客は皆喜んでくれた。イチジクを売る老夫婦の話はしなかった。でも私の心の中に、家にまで採りに帰ってまで、イチジクを提供してくれると申し出てくれたイチジク生産農家の夫婦の温かい気持があった。準備も後片付けも大変だった。でも私の応援団がいてくれて、ワイン会の出席者をオモテナシできた心境が、疲れを吹き飛ばした。

以前イチジクを売る夫婦に生ハムとイチジクと白ワインの話をした。「そんな食べ方聞いたこともねえ」と驚いていた。来年のワイン会では、必ず足柄のイチジクとイタリアのサンダニエルの生ハム、そこに信州小布施酒造の白ワインソッガ・シャルドネを添える。表に出てくることもない、多くの生産者がいて、食卓で出会う。その人たちのおかげで、消費者の私たちが幸せをおすそ分けしてもらえる。調理人を担当する私は、選んだ材料と料理の仲人でありたい。そしてお客様を喜ばせたい。

12月9日イチジクを買った。おじいさんが「今年最後のイチジクです。来年もまたたくさん買ってください」と他のパックから2個抜いて、オマケとして私の買ったパックに加えてくれた。それをおばあさんがハサミで不恰好に切ったダンボールをビニール袋の底敷きに入れて2パック並べてしっかり私に渡してくれた。イチジクを傷めないという生産者のイチジクへの思いがそこにあった。その夜、妻にイチジクの売店であったことを話しながら、今年最後の老夫婦が生産して、自らイチジクスタンドで売るイチジクの生ハム巻きをつくって、白ワインで乾杯した。

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