団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

辞世問題 父の日

2007年06月17日 | Weblog
 友人がこんな話をしてくれた。

 友人の叔父が癌で亡くなった。建設関係の仕事をしてそれなりに成功した人だった。友人は姪にあたり、病に倒れた叔父の面倒をみた。離婚した叔父に身よりはなかった。

 治療の甲斐もなく叔父は死んだ。友人は叔父の家の整理をした。別れた奥さんや二人の娘さんにも連絡したが、結局友人が片付けることになった。居間にりっぱな金庫があった。鍵はどこにもなかった。これに関する遺書も見つからなかった。法的な遺言もどこにも託されていなかった。これは大変と友人は、法律に則ってこれは扱わなければいけないと、手続きを進めた。

 関係者が一同に会して、開ける日がきた。娘の一人も立ち会った。鍵をあけるプロが見事に金庫をあけた。友人は相当な資産、株券とか金塊とか、不動産権利書が出てくるのではと緊張したそうだ。 

 出てきたのは、娘二人からもらった父の日のカード、誕生日のカードなど10枚だった。 私にはこの友人の叔父の気持ちが良くわかる。私は彼とは逆に、離婚して二人の子供を育てた。

 彼にとっての宝は娘二人であった。どんなものより宝であった。二人の娘を超える宝はなかった。父のこの世での全財産であった。娘たちは父を憎み、決して良い想いは抱いていない。父も娘たちに父らしいことは何もしてやらなかった。時間だけが無情に過ぎる中で、父はひとり、時々、金庫を開けては、娘たちに再会していたのだろう。父の心の中で、成長を止めた昔のままの娘たちは、どれほど父の心を占領していたであろう。

 父は病に倒れた。娘たちに会いたかったに違いない。反面合わす顔がないとも思っていたであろう。万感の想いをこめて、ある日大切な唯一娘たちに繋がる鍵を処分した。自分の人生が終わる、死ねば今度は天からいつでも娘たちを見ることができる。この世の自分の一番大切な宝にしっかりと鍵をかけ、辞世した。合掌。
(写真:私の娘からの父の日のカード)
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