妻の誕生日、朝からスカッっと晴れ渡っていた。家から西の方角に箱根の山並みが見える。この方角の山の稜線がはっきりしている時、山の上に行けば、富士山がよく見える。数日前から、ひそかに「もし晴れたら・・・」とあることを決めていた。
妻の誕生日のプレゼントをきめるのは、楽しい。拙著『ニッポン人?!』(青林堂)の160ページ「福ちゃん」で紹介した、セネガルでゴルフ場の支配人夫妻が埋めようとしていた猫の赤ちゃんを、妻の誕生日のプレゼントにしたこともある。プレゼントにモノを買うのは、私の性にどうも合わない。
「誕生日おめでとう!」朝起きて一番に妻に言った。「プレゼントだけれど・」「老眼鏡買ってもらったじゃない」プレゼントの言葉だけで、妻は反応してそう言って、私のこの数日一生懸命考えていた言葉を途中でちょん切った。最近、老眼鏡の度が合わず、妻は悩んでいた。一年前に買ったメガネがすでに合わなくなっていた。妻から誕生日のプレゼントに老眼鏡と申し出ていた。私は、生返事をしていたが、それを私のプレゼントと思っていなかった。「富士山をあげたいんだけれど」「富士山もらっても困るな、大きいし重いし」妻は常にこの調子でものごとを捉える。「これから車で富士山を観に連れて行ってあげようと思って。富士山を観た後、“山の上のホテル”の芦ノ湖湖畔の喫茶店でケーキと紅茶で祝おう」「ありがとう。じゃあ連れて行って」
途中の交通渋滞で少し時間がかかったけれど、富士山がよく見える峠の展望台に着いた。富士山のまわりにすでに雲が出ていた。それでも雪化粧した富士山を、はっきり見る事ができた。まさに妻への誕生日のプレゼントとしてふさわしい姿だった。無言で景色に見入った後、車を山の上ホテルに向けると、妻は「あそこは高いから家の近くのケーキ屋さんでショートケーキ買って、家で食べよう」と言いだした。私は、いったん決めた計画を中途で変えることが嫌いだ。妻は、人生の目標のような根幹に関わる事案に確固たる執念を持つが、日常的なことでは始終こうやって、いとも簡単に打算的理由で計画を変える。正直、私は迷惑している。結局、車を正月の大学対抗駅伝のコースに合わせて箱根湯元まで行くことにした。箱根の山は、紅葉まっさかりだった。富士山、紅葉、日本の美を妻の誕生日にお相伴にあずかることができた。
ケーキ屋で『ムラサキ芋のモンブラン』と『プチスイートポテト』の2個を買って家に帰った。紅茶をいれて誕生日を祝った。妻の誕生日を迎えるたびに、私が強く思うことは、妻との年齢の差12年のことである。上には上がいるものだ。ちょうど読み終わった杉田成道著『願わくは、鳩のごとくに』(扶桑社1400円)のおかげで、今年は少し気が軽くなった。杉田さんは現在67歳、30歳年下の女性と57歳で結婚して、すでに3人の子持ちである。杉田さんが本を書くと言ったら、奥さんは「どうせ子ども達が大人になるころ、あなたはいないのだから、子ども達が自分のお父さんがどんな人だったか、よくわかるように書いて」と言われたそうだ。旦那も凄いが、奥さんはもっと凄い。私たちの12歳の差の重圧をはねのけ、私は、無心でケーキをペロリとたいらげた。