幼い頃、家の時計は、みなネジ巻き式の柱時計かネジ巻き式の目覚まし時計だった。ネジを巻くのが好きだった。ネジを巻かなければ時計が動かないことに納得していた。時計が生き物のように感じた。ネジが時計に命を与えていると受け止めた。だから自分が忘れないでネジを巻くことに責任を感じていた。
小学生4,5年の頃、あるテレビ番組で日本から中国に渡った人が捕らえられ、人間燭台にされるというドラマを観た。日本から遠く離れた異国へ命がけで海を渡った。その距離は、私にとって想像を絶する宇宙の広がりのような距離に感じた。そして人間燭台という、私には考えもつかない残酷な仕打ち。舌を抜かれ、声を出すこともできない。ある日、日本から来た派遣使がその人間燭台の前を通る。彼は必死に唾液を床に垂らし、つま先を使い日本語で助けを求めた。結果はどうなったか覚えていない。その晩、一睡もできなかった。死ということを考えた。居間の柱時計の「カチカチカチ」と、1時間ごとに鳴る「ボンボ~ンボンボン」時刻の数だけなる音が宇宙の距離、そして時間という不思議に頭が覚醒した。自分が感じる時間の正体は何なのだ、と恐怖を感じた。
終の住処と決めた家にネジ巻き式の大きな置き時計を買った。72年生きてくるといろいろな恐怖や不思議が、薄らいでくる。子供の頃の柱時計は恐いモノだったが、ヨーロッパの街で聞いた教会の鐘の音に似た時報の鐘の音に魅せられた。客が泊まる時は、時計の時報の鐘を鳴らないようにセットする。普段は、1時とか2時という時間に約20秒間「ボ~ン」が時間の数だけまず鳴る。その後にまるで教会の鐘のようなキレイな音が、しばらくでる。15分30分45分は1時2時の丁度の時間の時報はなく、ただ鐘の音が約10秒間続く。夜中にふと目を覚ました時、時計の鐘の音が聞こえると安心する。心地よい音だ。
1カ月ほど前、妻が「あっ、時計が止まってる」と叫んだ。またか、時計の前扉を開け、振り子を優しく揺らす。いつもは、その動作で時計は生き返る。ところが今回は違った。妻は「続けてれば、いつかまた動くよ」と楽観的。妻が気づけば、妻が振り子を揺らす。ほとんど家にいる私は、1日に何十回と揺らす。すぐ止まる。子供の頃遊んだ“ダルマさんが転んだ”のように目を開けると時計はピッタと止まっていた。扉を開けるのが面倒なので、開けたままにした。そうこうしているうちに1週間、2週間と時間が過ぎた。私はもうこの時計ダメかもとあきらめかけていた。妻は「諦めない」と振り子を強く揺する。
12月25日妻が「今、時計の鐘鳴ったよね」と言い、時計の様子を見に行った。「動いてる!」と大きな声。すでに止まってから1カ月以上。前日にダメ元で私は振り子の裏のバランスの調節ネジを回して下に数ミリ下げた。それが功を奏したのか、我慢比べで時計が負けたのか。いずれにせよ、25日、26日と止まらず動いている。今朝も振り子は静かに動いている。時報は、元気に大きな音を発している。時計が止まれば不吉に物事を捕えてしまう。時計と自分の命を同調させてしまうのだ。愚かなことであろう。時計のネジを巻いた。巻きながら思った。自分は人間燭台にされることもなく、自由にここまで生きてこられた。何という幸せ。