アメリカのゴルフ用具の会社Callawayは、カリフォルニア州にワイン会社を持っている。そのワインの宣伝に使われているのがCallaway Fly(ワイン会社のキャッチコピー)の『Water separates the people of the world, wine unifies them.』である。私はこれを「水は世界の人々を引き裂くが、ワインは人々を結びつける」と訳す。確かに水をめぐる争いは、世界中に存在する。Callawayの着眼点は、卓越している。
アフガニスタンの現地時間12月4日午前8時すぎ、用水施設の工事現場に向かっていた中村医師が武装グループに襲われて射殺された。享年73歳。私と1歳違い。
11月28日はイラクで武装集団に襲われた井ノ上正盛さんの16回目の命日だった。享年30歳。11月29日に私は『井ノ上正盛さんの命日』と題してブログを投稿した。それから1週間もたたずに今度は中村医師が銃弾に倒れた。井ノ上さんも中村さんも武器を持たずに危険な任地で活動していた。武器を持っていても危険を回避できるものでもない。ネパールで一緒だった大使館員がアフガニスタンに2年勤めたことがあった。休暇で日本に帰って来た時、我が家を訪れてくれた。彼は重度の不眠症に陥っていて、我が家でも一晩中眠れずにいた。彼の話を聞いても、事情をほとんど理解することはできなかった。しかし、不眠症になり、日本に帰国してもそれが改善されなかった。どれほど精神的に参っていたかは見て取れた。
以前中村医師の活動の特別番組を観た。中村さんは、医師の活動だけでなく、灌漑事業にも尽力した。荒涼とした乾燥地帯に水を引き、次々に農地にしていった。彼は語っていた。「人がどうやって餓死するかというと、まず、食べ物がまったくないわけではなく、足りなくて栄養失調状態になる。そして飢えを紛らわすために不衛生な水をたくさん飲む。その結果、赤痢などの感染症に罹り、脱水症状になる。そして死ぬ。これがアフガニスタンでの餓死の典型」
私はアフリカのセネガルにかつて2年間暮らした。セネガルの首都ダカールの水道は、遠くセネガル川から太いパイプで送水されてきていた。セネガル人の友人が、ダカールを攻め落とすなら、その送水管を爆破すれば済むと物騒なことを言った。水道料は高く、貸家を借りていた外国人が水道料を滞納したまま帰国してしまい、後に入った人に日本円で何十万円もの水道料を請求されたと聞いたこともある。私たちは官舎に入っていたが、条件があった。庭の芝生を枯らさぬように散水を怠らないですることだった。これが中々の負担だった。加えて雇っていたお手伝いさんと運転手や警備員が帰宅する前に必ずシャワーを浴びて行った。水は貴重だった。
まだ断定されていないが、中村さんが襲撃されたのは、水の利権に絡んだことだったらしい。水、生活するうえで水は、なくてはならないものだ。私が生まれ育った日本の農村地帯では、昔から田んぼに引き込む水の争いが絶えなかったと聞く。殺人事件さえ起こったという。何も収穫できないアフガニスタンの荒地が豊かな緑の農地に変わるのを見て、その利権を手に入れようとする勢力がいた。いつの時代にも自分で苦労せず、他人が汗水流して築いた事業を横取りする悪がいる。
イラクで命を奪われた井ノ上さんもアフガニスタンの中村さんも現地の人々を愛していた。何より彼らを讃えたいのは、武器を持たずに現地に溶け込もうとしたことである。彼らだからこそとれた行動だった。軍隊を持ち、何かあれば武力行使で自国民を守ろうとする国の人から見たら、理解できない行動である。ここに多くの日本人の先の戦争で学んだ反省と平和への祈りが込められている。
Callawayが唱えるワインが人々を結び付けるは、アラブのイスラム教徒には通じない。なぜなら彼らは酒を飲まない。もちろんワインも飲まない。水の争いはある。アラブの紛争で人々を結ぶのは、井ノ上さんや中村さんのような武器を持たない、どこまでも優しい真の勇者だ。あまりにも大きな損失だった。