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黒いスーツを着た男

2013年09月12日 | 洋画(13年)
 『黒いスーツを着た男』をヒューマントラストシネマ渋谷で見てきました。

(1)本作は、アラン・ドロンの再来と騒がれているラファエル・ペルソナの主演作ということがキャッチフレーズになっているところ、内容自体もなかなかの出来栄えでした。

 物語の舞台はパリ。同じ自動車販売会社で働く同僚の3人が、夜遅くまで公園で車を使ってふざけあっている場面から映画は始まります。
 ついで、騒ぐ3人が乗る車が走ってきて、交差点で一人の男を跳ね飛ばしてしまいます。
 その車から運転していた黒いスーツを着た男が出てきて、轢かれて倒れたまま動かない被害者を見ますが、何もしないで慌てて車に戻ると急発進させてしまいます。
 ところが、この事故を交差点に面したマンションの窓から見ていた女がいました。彼女は、すぐに現場に駆けつけ、救急車の手配をします。
 運転していた黒いスーツを着た男はアル(あるいはアラン:ラファエル・ペルソナ)で、10日後に勤務先の会社の社長令嬢と結婚することになっていました。
 車に同乗していた他の二人の同僚(注1)が、「このまま黙っていろ、あとの始末は俺達がする」と言うので、アルはそれに従うものの、心中穏やかではありません。事故の翌日、被害者の容態を確かめるため、彼らには内緒で病院に出かけて行きます(注2)。
 他方で、この轢き逃げ事件を見ていた女は、医者になるべく大学に通っているジュリエットクロチルド・エム)。この事件に深い関心を持ち、被害者の家族と連絡を取るだけでなく、被害者が入院している病院に行くと、彼の妻ヴェラアルタ・ドブロシ)に出会い、彼らがモルドヴァ移民で不法就労者であることがわかります(注3)。
 さらに翌日もジュリエットは病院に出かけますが、その廊下で行き交った男が、あの時の轢き逃げ犯ではないかと気が付きます。
 さあ、ジュリエットはどうするでしょうか、アルはどうなるでしょうか、……?

 「○○の再来」というと、大概の場合、当人にいくら才能があっても○○に及ぶはずもなく、ついには○○の影に隠れて消え去ってしまうものですが、ラファエル・ペルソナについても、いくらなんでもアラン・ドロンに比べるのは可哀想ではないか、そんなことを言わなければそこそこ人気が出るのではないかと思いました。



 それはともかく、本作は、アル、ジュリエット、ヴェラの心の揺れ動きがなかなか巧みに描かれていて、久しぶりにフランス映画的な雰囲気に浸れました。

(2)この映画は原題が「Trois Mondes」(3つの世界)とされ、アル、ジュリエットそれからヴェラの3人が、それぞれ違った世界に属する人物として、それも揺れ動く内面を持った人物として、重層的に描かれています。

イ)事件の当事者のアルは、格差社会の下層出身の男で、貧しい掃除婦の母親によって育てられるも、勤務先の自動車販売会社で懸命に働くことによって、社長に目をかけられ、ついにはその娘・マリオンアデル・ハネル)と結婚式を挙げるところまで辿り着きます(注4)。
 ただ、マリオンとの関係については、実際にはむしろ、彼女の方で美貌のアルに入れあげていると言うべきかもしれません(注5)。さらにまた、アルの母親が、階層の違う者同士の結婚ということで消極的なこともあって(注6)、アルの内心にはこの結婚にスッキリとしないものが残っていたようです。
 事件を目撃したジュリエットが彼に近づいてくると、彼の方でも彼女に好意を持ってしまいます。

 事件については、アルは、一方では良心の呵責にひどく咎められながらも、他方で、やっと勝ち得たものを無にしたくなかったのでしょう、事件の後、その揉み消し工作に奔走することになります(注7)。

 なお、事故を引き起こした車に同乗していた二人の同僚もアルと同じような境遇だと推測されるところ、彼らは一方で、会社の支配人までのし上がり会社で個室を与えられたアルをやっかむものの、他方で、彼を通じていろいろ甘い汁を吸おうとの魂胆も持っているようです。
 そんな彼らにしてみれば、アルが正直に名乗り出て刑務所に入った日には、得られるものが得られなくなってしまうと考えたのでしょう、アルに対して、「バカなことはするな、轢き逃げ犯は、最低でも2年だぞ」と言い、変な行動を取らないよう迫ります。

ロ)この事故を目撃したジュリエットはどうでしょう。
 階層からすれば、医者になるべく大学で勉強中で自分のアパルトマンを持っているところからすれば、中流より上に属していると思われます。
 彼女には大学で哲学を教えている婚約者(注8)がいるところ、どうやら彼女の妊娠(3ヶ月目)について揉め事が起きているようです(婚約者の方で子供を持つことを望んでいないようです)。
 そんな事情もあるのでしょうか、ジュリエットは、美貌のアルを病院内で目撃し、その勤務先まで追跡したにもかかわらず、彼を告発することはしません(注9)。

ハ)もう一人のヴェラは、事故に遭遇した夫とともにモルドヴァから来た移民で、置かれている大層不安定な状況(経済構造に組み込まれているにもかかわらず、身分的には社会の外に置かれているといった)に不満を募らせています。
 特に、夫が不法就労者であるため身分保障がされず(注10)、その結果政府からの補助も下りないため、この先も必要な入院費とかリハビリの費用をどう工面するか、大変な難題を抱え込むことになります(注11)。
 ヴェラを通じてアルが金で解決しようとしていることを知ると、一方では、ひどく怒ってアルを警察に連れて行って告発しようとしますが、他方で、「そんなことをしても1年くらいで出所してあとは忘れてしまう」と言って、告発はせずに金を受け取ります(こんなことになるのも、一つには、ヴェラもアルの美貌に魅入られたからかもしれません)。

 なお、移民が置かれている状況については、邦画でも描かれており、例えば、 『サウダーヂ』がブラジルから来た日系人労働者を、また『KAMIKAZE TAXI』がペルーからの日系人労働者を、それぞれ取り扱っています。

ニ)以上を見ると、本作は、「黒いスーツを着た男と、彼を巡る3人の女」とでもする方がいいようにも思えてきます。尤も、マリオンの比重が小さすぎる印象ですが。

(3)山根貞男氏は、「加害者たる主人公、目撃者の女性、被害者の妻。この3者を交互に描く配分が絶妙で、事態がどんどん悪化してゆくサスペンスを深める。共同脚本および監督のカトリーヌ・コルシニの力量に二重丸を付けよう」と述べています。



(注1)フランクレダ・カテブ)とマルタンアルバン・オマール)。
 なお、レダ・カテブは、DVDで見たのですが、『愛について、ある土曜日の面会室』において、顔つきが瓜二つというところから受刑者との入れ替わりを依頼されるステファンを好演しています。

(注2)被害者は意識不明の重体です。アルは、被害者に近づくと「死ぬなよ、頼むから」と小声で繰り返しささやきます。
 なお、医者が妻のヴェラに言うには、「頚椎損傷で、治っても手足が麻痺する」とのこと。

(注3)ジュリエットに扮したクロチルド・エムは、『ミステリーズ運命のリスボン』において、アルベルトがパリ時代につきあっていた女・エリーズを演じています。
 また、ヴェラ役のアルタ・ドブロシは、コソヴォ(旧ユーゴスラヴィア)生まれの女優で、『ロルナの祈り』において、アルバニアからベルギーに来た女性ロルナに扮しています。



(注4)結婚するにあたり、アルは、社長から「経営方針は変えないが、そして裏金は自分がやるが、あとはお前に任せる」と言われて、金庫の鍵を渡されます。

(注5)事情が全てわかって、アルが会社を出なくてはならなくなると、マリオンはアルに対して、「家もパパもいらない、あなたさえいればいい、離れないで」と懇願しますが、アルは立ち去ってしまいます。



(注6)アルの母親は、自分のみすぼらしい姿を恥じているようです(アルは、「結婚すれば同じ身分なんだから恥じることはない、きれいな服を買いに行こう」と言うのですが)。

(注7)その際には、彼には手持ちの資金が無いために、社長が行っていた裏金作りのやり方(簿外での自動車販売)を社長に無断で行って金を得ようとしますし、最後には、鍵を渡されていた金庫から会社の金を持ち出すことまでします。

(注8)彼は教壇で、ハイデッガーに言及しながら、「死は各自のもの、死は身代わりが出来ない、死を引き受けて人は生きるのだ」などと述べています。そんなことぐらい、大哲学者の名前を出さずとも子供でも知っていることだ、などとつまらないチャチャを入れずに黙っているべきでしょう。

(注9)ジュリエットは、車の中でアルから事情を聞き、アルが悪い人間でないことを理解するのですが、それにしてもヴェラの夫は事故で重体なのです。果ては驚いたことに、アルと車の中でセックスをするにまで至ります。
 ただ、アルを巡る状況が悪化してくると、自分にはもう出来ないとして身を引いてしまいますし(「もう巻き込まないで、恋人がいるし妊娠している」とアルに告げます)、婚約者に対し、「あなたの家で3人で暮らすことにする?」と言ったりします。

(注10)ここらあたりのことは、例えばこのサイトの記事が参考になるでしょう。

(注11)病院の担当者は、ヴェラの夫の雇用主が違法なことをしているのだから告訴すればいいと言うのですが、そんなことをする手間もお金もヴェラにはありません。



★★★★☆



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2 コメント

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ラファエル・ペルソナ (すぷーきー)
2013-09-12 23:26:06
訪問&TBありがとうございます。
アラン・ドロンにまったく思い入れがない分、比較を気の毒に思いました。
それにしても、身長がどれくらいか分かりませんが背が低く感じました。(笑)
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Unknown (クマネズミ)
2013-09-13 07:56:44
「すぷーきー」さん、TB&コメントをありがとうございます。
アラン・ドロンは、Wikipediaによれば184㎝とされているところ、おっしゃるように、ラファエル・ペルソナはそんなに身長があったようには思えませんね。
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