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ムード・インディゴ

2013年10月26日 | 洋画(13年)
 『ムード・インディゴ うたかたの日々』を渋谷のシネマライズで見ました。

(1)なんの予備知識もなく、単に『タイピスト!』に出演していたロマン・デュリスとか、『最強のふたり』のオマール・シーが本作に出演しているというので見てみようかと映画館に行きました。

 ストーリー自体は実に単純で、親の遺産で働かなくても暮らしていける主人公コランロマン・デュリス)は、専属シェフのニコラオマール・シー)と日々を送っています。



 ただ、ニコラにはイジスという恋人がいて、また親友のシックガッド・エルマレ)(注1)にも、ニコラの姪のアリーズという恋人がいるのに対し、コランには誰もいません。



 そこで、コランはパーティーに出かけていき、クロエオドレイ・トトゥ)という女性を見つけます。
 そして半年後に結婚。



 ですが、クロエは、肺に睡蓮の花が咲くという奇妙な病気にかかってしまいます(注2)。
さあ、いったい2人の生活はどうなってしまうのでしょうか、………?

 こんな他愛のないストーリーですが、実際には、その映像はなかなかシュールなもので呆気にとられてしまいます。例えば、ピアノを弾くと、そのメロディーに従って違うカクテルが作られるという「カクテルピアノ」が登場したり、水道の蛇口から「うなぎ」が飛び出したり、喋る「ハツカネズミ」が登場したり、踊るコランたちの足が長く伸びて湾曲したり、などなどです。

 映画を見ている時は、映画制作者の方でこうした遊びをしているのかなと思っていたのですが、映画館から帰って原作〔ボリス・ヴィアンうたかたの日々』(野崎歓訳、光文社古典文庫、2011)〕にあたってみると、驚いたことに、そうしたものはかなり原作自体に書き込まれているのです(注3)。

 そうした幻想的なものを色々取り込みながら、本作は、コランとクロエの愛が結ばれ結婚するものの、クロエが病魔に襲われ、それまでの天国のような明るく楽しい生活から一転して薄暗い境遇に落ちるまでが(注4)、映像として大層見事に描き出されていると思いました。

(2)ところで、ボリス・ヴィアンの原作に基づく作品は、日本でも2つほど発表されています。
 まず、漫画家の岡崎京子氏による漫画『うたかたの日々』(宝島社、2003年)。
 これは、ほぼ原作に忠実に描かれています(注5)。
 もう一つは、利重剛監督の映画『クロエ』(2001年)(注6)。
 これは、原作を現代日本に置き換えて映画化しており、かつまた原作の持つ幻想的な部分はかなり省略されています。

 本作とこれらとを比べてみますと、例えば、
 本作の場合、登場人物の年齢が、扮する俳優の年齢に影響されて30代後半に思えるところ、岡崎氏の漫画にあっては、原作と同じように20代前半とされ(コランとシックは22歳)(注7)、また映画『クロエ』では、雰囲気的には本作と同じような印象を受けます(注8)。

 また、原作の幻想的な部分、例えば、カクテルピアノとかうなぎや喋るハツカネズミは、本作でも岡崎氏の漫画にも登場しますが、映画『クロエ』には登場しません。

 もっと言うと、原作に「その中は暖かくて、シナモンシュガーの匂いが」する「バラ色の小さな雲」と描かれているものは(P.79)、本作では工事現場にあるクレーンによって引き上げられる乗り物として登場しますが、岡崎氏の漫画では水蒸気の雲とされているに過ぎず、映画『クロエ』には登場しません(注9)。

 そんなこんなからごく大雑把にとらえてみると、本作→岡崎氏の漫画→映画『クロエ』の順で、幻想的で明るい要素が減少し、次第にリアルさを増し、暗い感じになってくるような印象を受けます(注10)。そして、原作はこうしたものすべてを飲み込んでいるように思われるところです。

(3)渡まち子氏は、「ボリス・ヴィアンの代表作を遊び心たっぷりに映像化したラブストーリー「ムード・インディゴ うたかたの日々」。細部までこだわった手作り感たっぷりのヴィジュアルが見もの」として65点をつけています。
 また、土屋好生氏は、「題名にもあるデューク・エリントンの音楽と共に泡のように消え去る青春への憧憬と惜別の思いが痛いほど伝わってくる」などと述べています。



(注1)シックは本作で、ジャン=ソール・パルトルの熱烈な信奉者として描かれていますが、それは原作どおりであり、哲学者ジャン=ポール・サルトルをモデルにしています。
 なお、原作(光文社古典文庫版)には、初版本の『反吐に関する逆説』(P.64)、ミシン目なしのトイレットペーパーロールに刷った版の『吐き気に先立つ選択』(P.70)、半分ほどスカンクの毛皮で想定した版の『反吐』(P.89)、ボヴアール公爵夫人紋章入りの紫色のモロッコ革製の『かび臭さ』(P.111)、真珠のような光沢を放つモロッコ革装でキルケゴールによる別丁図版付きの『花のおくび』(P.194)、左人差し指の指紋がついた『文字のネオン』(P.228)等が出てきます。

(注2)10月19日付けの「図書新聞」に掲載の対談(野崎歓氏vs.菊地成孔)の中で、仏文学者の野崎氏が「この睡蓮が何なのかと文学研究者はずっと論文を書いている」と言うと、ジャズミュージシャンの菊地氏は、「エリントニストから見たら、それは単に『ロータス・ブロッサム』という曲のことだとなる」と答えています。

(注3)例えば、うなぎについては、原作において「毎日、ニコラの部屋の洗面台に、水道管をとおってやってきていたんだ」、「蛇口から頭を出して、歯磨きチューブにかじりついて中身を食べていたんだよ」などとコランがシックに語ります(P.24)。

(注4)無尽蔵のはずのコランのお金は、シックがアリーズと結婚できるように贈与したり(しかし、シックは、そのお金の大半をパルトルの稀覯本籍購入のために使ってしまいます)、クロエとの結婚のために使ったりして残り少なくなってしまい、さらにクロエの治療のためにたくさんの花を購入することにしたために、瞬く間に底をついてしまいます。
 それで、やむなくコランは働きに出るのですが、その仕事というのが、土の中から銃身がまっすぐに育つように体のぬくもりを与えるものだったり、人々に不幸が訪れる1日前にそれを予告するものだったりするのです。

(注5)例えばイジスについて、岡崎氏の漫画では、「とてもきれいな若い女の子で幼なじみだった」とされ、さらに「いかんせん2人ともお互いがチューインガムみたく気安すぎた」と書かれていますが(P.31)、原作では、「コランは彼女の両親をよく知っていた」くらいしか書かれていないようです(P.37)。
 このように微細な相違はいろいろ見受けられるものの、岡崎氏の作品は、原作のストーリーをほぼ忠実に漫画化しているものと思います。

(注6)TSUTAYAにVTRがあったので借りてきてざっと見てみましたが、全体として、原作の後半部分に焦点を当てているようで、トーンがものすごく暗い感じになっています。でも、かえってそのことによって、フランス臭さを感じさせず純日本的な締まった感じのする良質の作品に仕上がっていると思いました。
 特筆すべきなのは、主演の永瀬正敏(本作のコランに該当)とともさかりえ(クロエに該当)を取り巻く俳優陣が凄いことだと思われます。なにしろ、塚本晋也(シックに該当)や青山真治(パルテルに該当)、松田美由紀(アリーズに該当)などが出演しているのですから。

(注7)原作では、ニコラは29歳とされています(P.41)。

(注8)本作の場合、ニコラを黒人のオマール・シーが演じているため、その姪でシックの恋人のアリーズも黒人ですが、原作では、アリーズについて「並はずれて豊かなブロンドの髪が細かくカールして顔をふんわりとふちどっていた」と描写されているところからすれば(P.33)、ニコラもアリーズも白人と考えられます(岡崎氏の漫画でもそのように描かれています)。

(注9)他にも例えば、原作で「彼はバスタブのそこに穴をあけて水を抜いた」(P.10)とあるところは、本作では描かれますが、岡崎氏のマンガや映画『クロエ』では描かれません。

(注10)本作も、後半になるとモノクロとなり、ラストの葬儀の場面はかなり陰惨ながら、前半の底抜けに明るいトーンに影響されたのでしょう、映画全体からは何かしら明るい印象を受けました。



★★★★☆



象のロケット:ムード・インディゴ

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2 コメント

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Unknown (ふじき78)
2014-05-08 18:33:02
幻想的に書く書かないは「クロエ」は制約があったでしょうが、CGで何でも描ける今はどうにでも出来る。出来るが故に、そればっかになってしまった気がします。
それは味付けであって、そもそもの話をちゃんと書くのがお留守になってる気がしてたまりません。

Unknown (クマネズミ)
2014-05-09 06:16:38
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃることはよくわかりますが、クマネズミには、「カクテルピアノ」を始めとするさまざまの「味付け」こそがこの作品の面白いところではと思いました。

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