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森崎書店の日々

2010年11月03日 | 邦画(10年)
 タイトルからして如何にもながら、地味な味わいを予感させるものもいいかもと思って、『森崎書店の日々』を渋谷のシネセゾンで見てきました。

(1)実際の物語は、若い女性の失恋を巡るお話ですが、それが神田神保町の古書街を背景として展開されるために、随分とほんのりとしたいい感じの作品に仕上がっています。

 あるデザイン系の会社に勤務する若い女性・貴子(菊池亜希子)は、同僚の青年と関係を持っていて、自分ではうまくいっていると思っていたにもかかわらず、その男から別の部署の女性と結婚すると言われてしまいます。
 余りに突然のことで精神的に強いダメージを受けた貴子は、その会社を辞め毎日ぶらぶらしていたところ、神田神保町で古書店を営む叔父(内藤剛志)から、自分の店を手伝ってくれないかとの誘いを受けます。
 日頃ほとんど本など読まない貴子も、店の2階に寝泊まりして店を手伝ううちに、周りの書籍に興味が湧いてきて、手当たり次第に読んでいくうちに心が和んできます。
 自分を振った男のことも、叔父の手を借りたりしながらなんとか吹っ切れ、貴子が、過去ではなく前に向かって強く生きていこうとするところで映画は終わります。

 失恋話としては別にどうと言うこともありません。
 映画の冒頭シーンからすると、貴子は、どうやら相手の反応などお構いなしに自分のことばかり話し続けてしまう性分のようです。また、付き合っている男が二股かけていたことは、むろんその男の不誠実さは非難されるべきでしょうが、貴子の鈍感さも同じくらい問題でしょう。
 ですから、相手の男に謝罪させようという叔父の言葉に従って、貴子が相手の家まで一緒に行って思いのたけをぶちまけるというのも、ある意味ではやり過ぎかもしれないところです。大体、そんな男に誠意を求めてもお門違いもいいところでしょう(注1)。

 それに、若い時分は自分探しの旅を続けたとの叔父の話などは、またかという気にもなります。

 とはいえ、何と言っても昔はよく通った神保町が舞台ですから、それだけでクマネズミは満足してしまいます。
 ただ、往時からすれば、神保町も大きく変貌しています。かなりの古本屋が店を閉め、開いているところも類似する売れ筋の本を店先に並べていて、個性的なお店はごく僅かになってしまいました(注2)。
 それでも、小さいながらも自分自身の鑑識眼を頼りにお店を維持し続けている叔父が、映画で中心的な役割を演じるのですから(注3)、もう堪えられません。

 出演する俳優は、菊池亜希子が初主演ながら、なかなかいい感じを出していますし(モデル出身ということで上背があります)、叔父役の内藤剛志や書店の常連客を演じる岩松了も印象深い演技を見せてくれます。



 また、貴子の相談相手の役で田中麗奈が出演しているのも注目すべきでしょう。




(注1)この映画の原作である八木沢里志著『森崎書店の日々』(小学館文庫)では、後日譚的に、付き合っていた男の結婚相手から貴子が事情を尋ねられたこと、そして結局その結婚は白紙になったことが述べられていますが、やはり映画のように、そんなことに触れずに済ませる方が、余韻が残って納まりがいいのではと思います。

(注2)東京には、もうひとつ西早稲田に古書店街がありますが、ここも神保町と同じように大きく変わってしまいました。それに、開いているところも、経営者の高齢化が進んでいるせいか、古書の仕入れが少ない感じで、時間をおいて行ってみても陳列されている書籍が同じというお店が多くなっているように思われます。

(注3)上記注1で触れた文庫本には、もうひとつの作品「桃子さんの帰還」が掲載されていて、そこでは、映画に物足りなさを感じさせる要因である叔父の女性関係が描かれています〔「森崎書店の日々」は第3回ちよだ文学賞大賞の受賞作品で、「桃子さんの帰還」は受賞後第1作とのこと〕。


(2)神田の古書店を描いた作品というと思いつくのは、侯孝賢監督の『珈琲時光』(2003年)です。



 小津安二郎生誕100周年を記念して制作されたもので、TSUTAYAからDVDを借りてきて再度見てみますと、歌手の一青窈がフリーライター・陽子の役を演じていて、戦前の台湾出身の音楽家である江文也について古書店を営む肇(浅野忠信)と一緒に調べているという設定になっているところ(注)、その古書店が神田にあるのです〔映画のロケを行った古書店は、実際にはJR水道橋駅近くの国文学専門店のようです〕。
 といっても、この古書店のシーンは二度ほどしか登場しませんが。
 それでも、最初のシーンは、お店の外から店内を見る視点、二度目は逆に店の内側から外の方を見る視点というように、映像に変化が付けられています。
 なお、この映画では、JR高円寺駅の高架下にある都丸書店までも登場するので驚きました(同書店は、社会科学関係の古書を専門に取り扱っている古書店なのですから)。

 また、読書という点で思いつくのは、緒方明監督の『いつか読書する日』(2004年)ですが、ラストで、たくさんの本に囲まれた部屋で一人読書する主演の田中裕子の姿が印象的でした。


(注)この映画では、東京やその近郊を走る電車がふんだんに出てきて、一つ一つ何線かと確かめたくなります。
 特に、一青窈の下宿先が雑司ヶ谷にあって、都電荒川線「鬼子母神前」駅をよく利用する設定になっていることから、同線が何度も登場しますが、以前クマネズミは、同線の終点「早稲田」駅近くに住んでいたこともあって、酷く懐かしい気分になります。
 また浅野忠信が扮する肇も、鉄道マニアという設定で、録音機材を持っていろいろな電車に乗り込み、それが発する音や周囲の音を録音するのです。





★★★☆☆


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5 コメント

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古書店街の紙魚はどこへ行くのか (化石紙魚)
2010-11-03 15:29:02
 私も、ほんのり、しっとりとしたいい映画だと思います。主演の菊池亜希子さんもなかなか魅力的ですし、内藤剛志や岩松了もいつもの演技とは異なる味わいで、その辺が面白いところです。物語自体は日常のたんたんとしたものが主であって、派手さはありませんが、こういう映画も結構良いものです。

ヒロイン(三浦貴子さんという名)はこれまで書物とは無縁の生活を送ってきたようで、新しい生活のなかで多くの古書に触れていくわけですが、折角、国文学専攻の女子大学院生と知り合ったのですから、すこし具体的になにかの専門分野なり特定の小説家なりに打ち込んでいろいろ読んでみる、調べてみるという展開まで行かなかったのでしょうか。そして、それが別途の就職活動や新しい旅立ちへの基礎となるということにでもしないと、神田神保町がたんなる舞台というくらいになってしまいます。
  ヒロインが会社を辞めるくらい諦めきれなかった「前の男・竹内」について、叔父と二人で押しかけて改めて失望することが大きな契機で、神保町のなかでの微温の人間関係のなかで、そこからの旅立ちを考えるというのでは、やや弱いという気もします。若い女性二人の間の話しも、あまり知的な会話ではなく、書物に関する話は出てきません。叔父の神保町を離れた仕事外の生活は説明されませんから、分かれた奥さんらしい「桃子さん」の話しも映画では分かりません。この辺の話しがないから、叔父が、ヒロインと一緒になって、振られた男の家に押しかけるという発想をなぜ行ったのかもよく分かりません。別れ話をあっさりと平気でするような男なのだから。
とはいえ、古書も含めて神保町などの雰囲気が好きで、出てくる人々がみな、外見も含めて好感がもてるように思う人々にとっては、やはり良い映画だといえると思われます。いつも、人殺しや陰謀・暴力、派手なアクションというのでは辟易しますから。

ところで、かつては神保町へもかなり行きましたが、最近はまるで行っていません。それというのも、中古書も含めてネット販売が便利で、盛んになったかもしれません。世界一の古書街という神保町も、今後どうなるのでしょうか。昔みたいに大量の書物を買う人々がいなくなり、従って大量の処分者もいなくなると、通俗的なベストセラーものだけでは古書街が成り立つものではないように思うからです。映画のなかでもブックオフという語が聞かれましたが、それに限らず、中古書物の流通さらには新品の書の値付けや売り方まで考える必要がありそうに感じるものです。
神保町の今後 (クマネズミ)
2010-11-03 17:23:58
化石紙魚さん、懇切なコメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「世界一の古書街という神保町も、今後どうなるのか」と、クマネズミも大いに懸念しています。
その要因として、確かに「ネット販売が便利で、盛んになった」ことがあげられるでしょうが、これからはあるいは、電子書籍化の進展で、絶版物も簡単に読むことが出来るようになると、その傾向が一層強まるのでは、と怖れています。
本の値段 (ふじき78)
2010-12-20 00:40:02
値段がいくらだったのかというのも気にかかるところですが、手に取った男がもう一回戻ってきてやっぱり買うみたいな事をやるかと思ったので、売れなかったのは以外でした。

具体的な値段はどうでもいいですが、どんな理由で値段を付けたのかみたいな話は聞きたかった(原作見つけてみるかなあ)。
Unknown (atts1964)
2016-09-26 10:04:59
わたしも、20年前は週1くらいで、顧客回りの合間にブラブラしていました。
大分どこにどんな古書店があるか、神保町に詳しくなりました(^^)
確かに様変わりして、古書店街がどんどん浸食されては来ていますが、たまに行くとやっぱり懐かしい、そんな思いに浸れるだけで満足の作品です。
こちらからもTBお願いします。
Unknown (クマネズミ)
2016-09-26 20:20:43
「atts1964」さん、TB&コメントをありがとうございます。
この映画が公開されてからもう6年位経過していますから、神保町もまた一段と様変わりしているのではないでしょうか(書泉ブックマートが昨年閉められましたし)?

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