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薄氷の殺人

2015年01月23日 | 洋画(15年)
 中国映画『薄氷の殺人』を新宿武蔵野館で見ました。

(1)昨年2月の第64回ベルリン国際映画祭で金熊賞と銀熊賞を受賞した作品というので、映画館に行ってみました。

 本作(注1)の舞台は、中国華北地方の都市(注2)。
 冒頭では1999年の表示があり、トラックが運んだ石炭の中から人間の死体の一部が見つかって大騒ぎとなります。
 しばらくすると、100km以上も離れたところに運搬された石炭の中からも、同一人物のものとみられる遺体の一部がみつかったことがわかります。それもそこだけではなく全部で15ヵ所ですから、とても同一人物が運搬したとは思えません。

 この事件が描き出されている間に別のシーンが挿入されます。
 男と女がベッドの上でトランプをしたあと抱き合いますが、すぐに駅の場面となって、男は別れがたさに女に抱きつくものの、女は「やめて」といってあるものを男に手渡し、「バカ」と言って電車に乗って立ち去ってしまいます。
 女が手渡したものを男が見ると、「離婚証明書」でした。
 そして、この男が、この事件を追跡する主人公の刑事ジャンリャオ・ファン:注3)なのです。



 殺された男は、残されていた身分証明書によりリアン・ジージュンワン・シュエビン)だとされます。
 ジャン刑事たちは、被害者の妻ウー・ジージェングイ・ルンメイ)が働くクリーニング店に出向き捜査協力を要請しますが、彼女は泣いてばかりいます。



 そうこうしているうちに事件の容疑者が浮上し、警察は逮捕に向かうものの、銃撃戦となってしまい、容疑者と刑事が死に、ジャンも撃たれてしまいます。

 ここで映画の時点は5年後の2004年となり、ジャンは警察を辞め警備員となって暮らしているところ、元の刑事仲間のワン刑事(ユー・アイレイ)から、またしても同じような事件が二つも起こり、被害者は未亡人のウーに関係していたとの情報を得ます。
 そこでジャンは、一連の事件を解明しようとして、ウーが勤めるクリーニング店を見張るのですが、………?

 本作はサスペンス物であり、主役の刑事ジャンが、未亡人のウーに目星をつけて執拗にまといつくのですが、事件を解決すべくそうしているのか彼女に惚れてしまって後を追いかけているのかどうも判然としないうちに事件の全体がわかってきます。また、車が地下道を走り抜けた時の雪景色とか、ラストの白昼の花火の光景など興味ふかい映像がいくつも盛り込まれているとはいえ、映画の公式サイトで「生々しいリアリティと得体の知れない不条理性が渦巻く斬新なヴィジュアル」などとされているほど御大層なものなのかしらと思いました。

(2)すでにブログ「佐藤秀の徒然幻視録」のこのエントリで指摘されていることですが、刑事物、金熊賞、花火とくると、どうしても昔見た北野武監督の『HANA-BI』を思い出してしまいます。
 といっても、本作のジャン刑事は冒頭から妻に逃げられてしまう人物であり、『HANA-BI』の西刑事ほど格好良くありませんし、金熊賞といっても『HANA-BI』はベルリンではなくヴェネチアの国際映画祭であり、また『HANA-BI』のラストの2度の銃声が花火の音に擬せられるとしたら、本作のラストの花火は、それとは比べ物にならないものすごい量です(注4)。

 この花火の映像については、中国語の原題が「白日焔火」(白昼の花火)となっていて、さらにディアオ・イーナン監督が劇場用パンフレット掲載のインタビューにおいて、「“白昼の花火”は、ある意味ファンタジーであり、人々が周囲の辛い状況から身を守るために使う、ある種の精神的浄化装置。このタイトルを使うことで、今の中国人が極度に浄化を必要としていることを示唆したつもりです」と述べていることから、かなり重要な場面だと思われます(注5)。

 ただ、本作の花火のシーンを見ると、花火に対するイメージの違いがあるのかもしれませんが、まるでロケット弾が華々しく飛び交っているように見え、「浄化」というよりもむしろ「戦い」を表しているのでは、とさえ思えてきます(注6)。
 逆に、日本で「花火」というと、線香花火ばかりでなくどんなに大きく花火が開こうとも、すぐ消えてしまうような儚さを感じるものです。それも本作の場合“白昼”ですから、夜空に打ち上げられる場合よりも目立たないでしょう。

 そんなことから、「白日焔火」(白昼の花火)とあると、ウーの身の上のことを言っているのかなという感じにもなってきます。
 そして、その感じが残ると、邦題の「薄氷の殺人」も、単に“薄い氷の上での殺人”というより、むしろ“とても危なっかしく、儚い殺人”という意味のように思えてきます(注7)。

 でも、邦題は、おそらく英題の「BLACK COAL, THIN ICE」に依るものと思われますが、監督インタビューによれば、「黒い石炭はバラバラ死体が発見された場所を、白い氷は殺人が起こった場所を指し示し、2つが一緒になって殺人事件の事実が浮かび上がる」とのこと。
 実際にも、本作で何度も映し出されるスケートリンクの氷は頑丈そうで、ことさら「薄い氷」の上で市民がスケートを楽しんでいるようにも思われません。
 そうだとすれば、英題がことさら「“THIN” ICE」となっていたり、邦題が「“薄”氷」とされていたりする意味合いがよく理解できないところです(注8)。

 まあ、タイトルのことですからどうでもいいわけながら、本作にはよく理解できない点がいろいろあります。
 例えば、ある女からよく話を聞こうとして、ワン刑事がその女と一緒にマンションの部屋から廊下に出ると、その向こうに馬がいるのです。女が「なぜ馬が廊下に?」と言うのですが、観客の方もあっけにとられます(注9)。

 また、前からの続き具合からすれば、車に乗っているのはジャン刑事と思われるものの、その車が地下のトンネルを通って抜け出ると雪景色であり(注10)、出口のところでは、車に乗っているはずのジャン刑事が、オートバイの横で酔いつぶれて体を横たえている場面となり「2004年」の表示が映し出されます。
 ジャン刑事は、後から別のオートバイに乗ってやって来た男に介抱されながらも、その男に自分のオートバイを盗まれてしまいます。
 男が置いていったオートバイに乗って出勤すると、彼は最早刑事ではなくどうやらそこの警備員のようです(注11)。
 ここらあたりも、思い返して考え直さないと、わけの分からなさが募ってしまいます。

 確かに、本作には興味深いシーンが様々にありますが、なんだか思わせぶりな感じがつきまとってしまい、違和感を覚えたところです(注12)。

(3)宇田川幸洋氏は、「単なるシネフィル的なお遊びでなく、あくまで現代中国の空気を濃厚にすくいとり独特な気分をかもすところがすばらしい」と述べて★4つ(見逃せない)を付けています。
 外山真也氏は、「優れた映画監督の資質とは、良いものを見極め、そのエッセンスを自らのフォーマットの中で再現する能力に他ならない。観客の想像の上を行くやり方で、つまりはタランティーノや北野武のように人の死を演出できるこの監督の力量は、十分それに値する。アジアからまた一人、すごい才能が現れた」として★5つを付けています。
 読売新聞の恩田泰子氏は、「枠組みはオーソドックスだが、語り口は非凡だ。なぜ、人は一線を踏み越えてしまうのか。絶妙のリズムで紡がれる映像の力で、観客が考えるより先に体感させ」、「ことが終わった後に待つ境地を描く終幕も鮮烈。見終わった後、数々の場面がきっと心を離れなくなる」と述べています。



(注1)監督・脚本はディアオ・イーナン

(注2)劇場用パンフレットに掲載の監督インタビューによれば、ロケはハルビン(哈爾濱)で行われたとのこと。

(注3)『さらば復讐の狼たちよ』に出演していたようですが、印象に残っておりません。

(注4)なにしろ、消防隊が駆けつけて、ビルの上に陣取り花火を打ち上げている者(誰だかわかりません)に向かって、拡声器で「規則に反しているから止めなさい」と警告するほどなのですから!

(注5)加えて、事件の真相に関与するナイトクラブの名前が「白日焔火」であり、その大きなネオンは暗い市街地の中でひときわ目立つ存在となっています。

(注6)逮捕されたウーに対して、ジャンが「見守っているぞ」「めげないで頑張れ」などのメッセージを送るために、こうした花火を打ち上げているのではとも思われるところです。とはいえ、ウーの逮捕に大きな貢献をしたのがジャンなのですから、仮にそうだとしてもよくわからないところです。

(注7)「薄氷を踏む思い」といった言い方をすることでもあり。

(注8)加えて、本作における殺人事件が必ずしも氷の上で行われているわけでもなさそうに思われます。少なくとも、事件の発端となった最初の殺人は、家の台所で行われたのではないでしょうか。また、ワン刑事も、容疑者を追い込んでいった路地裏で殺されたはずです。

(注9)劇場用パンフレットに掲載の監督インタビューによれば、「ジャンル映画であっても、これまでの型に納めるのでなく、個人のスタイルを見出したかった。僕独自のスタイルを作りたかったからです」とのことですが。

(注10)劇場用パンフレットに掲載の監督インタビューによれば、川端康成の『雪国』の冒頭を意識しているようで、「そこでトンネルに時間を託し、主観と客観を入れ替えることで印象的なシーンになるのではないかと考え」たとのこと。

(注11)本作の公式サイトの「Story」では「妻に捨てられ、ケガのせいで警察を辞したジャン」とありますが、事件の容疑者を逮捕する際に、二人の容疑者のみならず刑事を二人も死亡させてしまった不手際の責任をとって警察を辞めたとする見方もできそうです。

(注12)こちらのインタビュー記事では、監督は、「完璧に料理を作って口の中に入れてあげないと満足しない観客は存在します(笑)。でも私はこの映画は脚本を書いている時も、撮影している時も、完成した今でも成長を続けていると考えていますから、観客の方にも参加してもらいたいんですね」と言っています。クマネズミは、さしずめ「完璧に料理を作って口の中に入れてあげないと満足しない観客」に該当するのでしょう!



★★★☆☆☆



象のロケット:薄氷の殺人


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