映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

バビロンの陽光

2011年06月30日 | 洋画(11年)
 『バビロンの陽光』をシネスイッチ銀座で見てきました。

(1)この映画は、今まで見たことのないイラク映画ということで興味があったものの、劇場用パンフレットに掲載されている監督インタビューによれば、イラクには映画館がなく、また2003年以降わずかに3本しか映画が製作されていないとのこと。映画が盛んな隣国イランとは酷く状況が違うようです。

 この映画も、湾岸戦争(1991年)の時に行方不明になった父親イブラヒムを探す息子と、その祖母の姿をドキュメンタリー・タッチで描いているだけの、単純と言えば単純な作りの作品です。

 ですが、それは外見だけのこと。実際には様々な厳しい現実を捉えていて、見る者に深い感動を与える作品です。
 例えば、
イ)舞台となるのは、イラク戦争でフセイン政権が倒れた直後の2003年のイラク。バグダッドへ向かう方角には、まだ盛んに黒煙が上がっていますし、時折テロのために道路が封鎖されたりします。

ロ)祖母と子供のアーメッドは、クルド人。アーメッドはアラビア語を話せますが、祖母はクルド語だけ。祖母は息子イブラヒムを捜し出したい一念で長い距離をも厭わず旅を続けるものの、12歳のアーメッドは未だ子供、様々なことに興味があり、スグに祖母の視野から外れてしまいます。



ハ)2人は、イラク北部からバグダッドを経由して、父親が収容されているという南部のナシリアの刑務所に行こうとします。
 始めは周囲が砂漠ばかりの中を徒歩で、途中からは軽トラックに乗ってバグダッドまで行き、そこからはバスで向かいます。ただ、車と言っても廃車寸前で、何度も故障しては立ち往生します。



 この地図は、ブログ「ピカソ・マニマニア」の6月20日の記事に掲載されているものを借用させていただきました。

ニ)ナシリアの刑務所に行くと、そこはほとんど破壊されていて、むろんイブラヒムなど見つかるわけはありません。
 そこで今度は、周辺にあるという集団墓地の方を探すようになります。
 ですが、フセイン時代に虐殺された人たちが埋められているとされる集団墓地は、次々に見つかっており、かつ夥しい数の遺骨が発掘されるものの、それぞれの身元を特定するのは酷く難しいようです(劇場用パンフレットによれば、300の集団墓地から数十万者もの身元不明遺体が発見されているとのこと)。

ホ)イブラヒム捜索に際しては、途中でムサという男が、彼ら2人に協力するようになります。
 なぜわざわざそんなことをするのかと訝しがる祖母に対して、ムサは、以前強制的に軍隊に徴用されてクルド人を襲撃したことがあると告白してしまいます。



 それを聞いた祖母は、憤激してムサを遠ざけますが、ムサは彼らから離れようとはせずに、何とかイブラヒム捜索をサポートしようとします。祖母も根負けしてムサを許しますが、結局は自分たちだけで捜索したいと言って別れることになります。
 なお、このムサについて、劇場用パンフレットに掲載されている東京外大教授・酒井啓子氏のエッセイでは、フセイン政権の下では抑圧されていた「シーア派」ではないかと述べられています。

ヘ)結局、持病があって薬を飲み続けていた祖母は、イブラヒム捜索の途中で死を迎え、アーメッドは一人取り残されてしまいます。
 丁度、バビロンの「イシュタル門」のところで、その背後に大きな夕日が映し出されます。



 この映画では、アーメッドが、何度も「バビロンの空中庭園」のことを口にします。それは伝説にせよ、南部に向かっての旅の途中で、遠くにウルの「ジッグラト」が見える映像があり、それにこの復元された「イシュタル門」ですから、早く政情が安定して、イラクの古代遺跡を巡る観光旅行が出来るようになればと思うこと頻りです。

ト)映画産業のない国のことですから、この映画に出演している祖母やアーメッドは、無論一般人ですが、トテモそうは思えないほどのリアリティのある演技をし、映画全体がまるでドキュメンタリー作品であるかのように見えてきます。

(2)この映画では、主人公の祖母とアーメッドが「クルド人」であることが重視されています。
 このサイトによれば、クルド人とは、「トルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯に跨って住む中東の先住民族で、人口は約3000万人と言われてい」るとのこと。
 さらに、クルド人の祖先が建国した「メディア王国は紀元前6世紀の半ばに、ペルシャ人によって滅ぼされ、以後クルド人はペルシャ、アラブ、トルコ、モンゴル、ロシア、そしてイギリスやフランスによる分割支配を受け」、「現在、クルド人は世界最大の「独立した祖国を持たない民族」だと言われてい」るとのことです。

 では、彼らは何によって民族として一体感があり、周りと距離を保っているのでしょうか?映画との関連で少し述べてみましょう。

イ)宗教かというと、大部分はイスラム教にしても、それ一色というわけでもなさそうです(注)。
 映画では、時間が来ると祖母はメッカに向かって熱心に祈りを捧げますが、途中で乗せてもらった車の運転手は、イスラム教徒ではないのでしょうか、その姿を侮蔑的に見るだけです。

ロ)言語でしょうか。Wikipediaの「クルド人」の項によれば「言語的には、インド・ヨーロッパ語族イラン語派のクルド語に属する」とのこと。
 映画では、祖母はクルド語しかできず、イラクの北部の田舎から中心部に出てくると、他の人とのコミュニケーションが全くできなくなってしまいます(日本語の標準語と東北弁などの方言との開き以上のものがあるような印象を受けます)。
 ただ、孫のマーメッドになると、アラビア語が使え、祖母も彼を頼りに市、また彼も都市の住民からアラビア語を褒められると得意になったりします。

ハ)肌の色といった外見上のことでしょうか。
 これは、この映画を見ただけではなかなか判断がつきそうもありません。
 また、歴史的・文化的な違いもあることでしょう。とはいえ、この映画はクルド人が住む北部の居住地域を描いているものではありませんから、これも具体的なところは分からないままです。

 いずれにせよ、「極東ブログ」のこの記事の冒頭で言うように、クルド人を巡る問題が「非常に難しい問題」であることは間違いありません。

 としても、映画は、イラク北部に居住するクルド人の祖母と孫とが主人公ですが、孫のアーメッドが何度も「バビロンの空中庭園」のことを口にし、ラストで「イシュタル門」が大きく映し出されたりするのを見ると、北部のクルド人地区に住む人々も、古代のシュメール時代の意識に戻って、イラクとして新しい国作りをしていこうではないか、と言いたいのかもしれません。


(注)本文記載のサイトによれば、「かつてはペルシャから伝わったゾロアスター教(拝火教)」だったが、「7世紀にアラブ人によって征服されてからはイスラム化が進み、現在では75%がスンニ派、15%がシーア派だと言われてい」るとのこと。さらに、「このほか、キリスト教やユダヤ教、アレヴィー教(シーア派とゾロアスター教、トルコのシャーマン信仰との融合宗教)やイェズディー教(シーア派とキリスト教、ゾロアスター教、ユダヤ教の融合宗教)のクルド人たちもい」るようです。


(3)福本次郎氏は、「映画はフセイン政権崩壊直後のイラクを舞台に少数民族という微妙な立場の祖母と孫が辿る行程を通じ、親が子を思う心と子が親に抱く理想、そして彼らを見つめる人々の視線を描く」、「アーメッドと祖母の道程は無常と絶望に満ちている。それでも盗んだり騙したりする人間がいなかったのは、この救いのない物語に一条の希望の光をもたらしていた」として70点をつけています。



★★★★☆



象のロケット:バビロンの陽光


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