夕べは、忘年会で。
お酒がまだ残っている、という感じで。
なにせ、飲み放題いくら、っていうお店なので。
頭がかぶとになっちゃう、だったか、とにかく、頭にくるお酒、ってのを。
たしか、三遊亭金馬が、「居酒屋」のなかで。
そこのお店の小僧さんを、からかうのに、なんとかって、言っていたんだけど。
そう、ひどい酒で云々、というね。
今朝は、そんな感じで、起床はいつもより遅れ、お寺の鐘もとうの昔になりおわり。
という時間帯に書いているのですが。
今朝は、いつもの神様のおつかい、境内のお掃除されている方も、この時間で。
彼女、忘年会だったのかな、なんてね。
あとわずかですね、さむいですね。
氷点下でしたからね。
なんて会話を交わし、彼女からは、がんばりましょうね、と。
なんだか、仲間のような気分にもなり、で。
ところで、昨日も、おとといも、このブログに来てくださる方々のカウント数が。
減っていて。
なるほど、この時期、Google検索するかたも、お正月休みかな、ということでね。
そういえば、お正月休みに韓国へ行かれる方が言うのには。
旧正月なので、元旦だけ休んで、あとは通常営業なんだ、と。
ポスコだったか、鉄鋼メーカーさんへ、ということらしく。
どうだろう、今でも、宮廷料理っていうのか、テーブルの上に二段重ねの勢いで。
さまざまなごちそうが並べられ、というのは、残っているのか。
旧正月、ってのが、わが邦では、明治の御維新で、まさに、字のごとくに、新しくなったんだけど。
かの国では、グレゴリオ暦との兼ね合いをどんな具合に調整したのか、興味深くもあるね。
そうそう、夕べ、到着予定だった、甥っ子たちは、東京からの長旅もあり。
僕らの忘年会、ということもありで、駿河健康ランドで、仮眠。
ということになり、甥っ子ひとりだけ、お昼頃、わが家へ、という次第で。
今日は、ここで、手巻きのタバコをまいて、小休止。
時間があくと、リズムも変わる感じがするんだね。
珈琲も落ちたので、巻きたてのタバコを一服し。
そういえば、夕べ、午前様だったんだけど、妻とね。
帰ると、母親が、今から、「おぶつなさん」へ行こうと、身支度しているわけだ。
隣のキヨ子さんと、とね。
「おぶつなさん」というのは、近所の、氏神さまで、神明宮なんだけど。
カレンダーを指差し、28、という数字を示したらね。
あら、そうだったの、みたいな、あら、あたしまちがえちゃったのかしら、くらいの感じで。
その場のほころびを直し。
なんてことが、一瞬、あって。
どうなんだろう、そんなときの、彼女の内側ってのは。
耳が遠い、ということも、一分前のことを忘れたり、ってことも、こころもとなさ。
とでもいえるのか。
わたしの方向とまわりの人たちの方向がずれていて。
よく、子どもに帰る、なんていうけど。
たしかに、誕生から死までの道中は、なんとかかんとか、その、まわり、とバランスすることに、ね。
腐心し、そう、まさに、こころを腐らせる、ってわけだ。
いずれ、誕生以前へ戻る、ということなのか。
ともかく、そんな具合で、われわれの行く道筋を、老いたる方々は、指し示してもくれて。
あるいは、今、を映し出してくれて、とも言えるな。
さて、本日は、甥っ子を迎え、明日は、長男坊を迎え。
いよいよ、カウントダウンらしく、なってきたかな。
お酒がまだ残っている、という感じで。
なにせ、飲み放題いくら、っていうお店なので。
頭がかぶとになっちゃう、だったか、とにかく、頭にくるお酒、ってのを。
たしか、三遊亭金馬が、「居酒屋」のなかで。
そこのお店の小僧さんを、からかうのに、なんとかって、言っていたんだけど。
そう、ひどい酒で云々、というね。
今朝は、そんな感じで、起床はいつもより遅れ、お寺の鐘もとうの昔になりおわり。
という時間帯に書いているのですが。
今朝は、いつもの神様のおつかい、境内のお掃除されている方も、この時間で。
彼女、忘年会だったのかな、なんてね。
あとわずかですね、さむいですね。
氷点下でしたからね。
なんて会話を交わし、彼女からは、がんばりましょうね、と。
なんだか、仲間のような気分にもなり、で。
ところで、昨日も、おとといも、このブログに来てくださる方々のカウント数が。
減っていて。
なるほど、この時期、Google検索するかたも、お正月休みかな、ということでね。
そういえば、お正月休みに韓国へ行かれる方が言うのには。
旧正月なので、元旦だけ休んで、あとは通常営業なんだ、と。
ポスコだったか、鉄鋼メーカーさんへ、ということらしく。
どうだろう、今でも、宮廷料理っていうのか、テーブルの上に二段重ねの勢いで。
さまざまなごちそうが並べられ、というのは、残っているのか。
旧正月、ってのが、わが邦では、明治の御維新で、まさに、字のごとくに、新しくなったんだけど。
かの国では、グレゴリオ暦との兼ね合いをどんな具合に調整したのか、興味深くもあるね。
そうそう、夕べ、到着予定だった、甥っ子たちは、東京からの長旅もあり。
僕らの忘年会、ということもありで、駿河健康ランドで、仮眠。
ということになり、甥っ子ひとりだけ、お昼頃、わが家へ、という次第で。
今日は、ここで、手巻きのタバコをまいて、小休止。
時間があくと、リズムも変わる感じがするんだね。
珈琲も落ちたので、巻きたてのタバコを一服し。
そういえば、夕べ、午前様だったんだけど、妻とね。
帰ると、母親が、今から、「おぶつなさん」へ行こうと、身支度しているわけだ。
隣のキヨ子さんと、とね。
「おぶつなさん」というのは、近所の、氏神さまで、神明宮なんだけど。
カレンダーを指差し、28、という数字を示したらね。
あら、そうだったの、みたいな、あら、あたしまちがえちゃったのかしら、くらいの感じで。
その場のほころびを直し。
なんてことが、一瞬、あって。
どうなんだろう、そんなときの、彼女の内側ってのは。
耳が遠い、ということも、一分前のことを忘れたり、ってことも、こころもとなさ。
とでもいえるのか。
わたしの方向とまわりの人たちの方向がずれていて。
よく、子どもに帰る、なんていうけど。
たしかに、誕生から死までの道中は、なんとかかんとか、その、まわり、とバランスすることに、ね。
腐心し、そう、まさに、こころを腐らせる、ってわけだ。
いずれ、誕生以前へ戻る、ということなのか。
ともかく、そんな具合で、われわれの行く道筋を、老いたる方々は、指し示してもくれて。
あるいは、今、を映し出してくれて、とも言えるな。
さて、本日は、甥っ子を迎え、明日は、長男坊を迎え。
いよいよ、カウントダウンらしく、なってきたかな。