銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

父性の欠如と、再・獲得、・・・・・香川照之の1

2009-01-30 12:49:19 | Weblog
 昨日、普通なら更新する時間から、今は、12時間がすぎています。しっかりと、リフレッシュをしました。私の左手には、香川照之について書くために、もっとも、依存をしたい資料である、『中国魅録』(著者、香川照之・キネマ旬報社)が置いてあり、事前に情報が重ならないようにするために、ウエブ・サーフィンも致しました。

 ウエブ・サーフィンの結果、私が唯一新しく知ったことは、彼が、少年時代からのボクシングのファンで、それについて、ベースボールマガジン社発行の、専門誌に、連載を持っていたこと・・・・・・でした。それは、心理学、特に親子関係について、思考を深めたいワタクシにとっては、父なるものとしての、野生への近づきたさとか、コンペンセーションの役を果たしていたと考えられます。

 彼の父は猿之助であり、母が浜木綿子です。私が高校生の頃、浜木綿子は、宝塚女優として絶頂期でした。そして、他流試合での共演もあったのか、それとも、どちらか側が熱烈なファンとしてのアタックがあったのかは、知りませんが、私が大学に入学した頃、浜木綿子は、猿之助と結婚をして、香川照之が生まれています。しかし、香川照之がとても幼い頃、両親は離婚をしています。これは、『両親がふたりとも、熱血漢で気が強く、どちらも仕事優先で、折れなかったことが原因であろう』と外からは、推察が出来ます。

 女性にとって、収入の確保があれば、男性がいなくても、暮らしていけます。特に大女優としての、結婚前からの生活があれば、秘書、お手伝い、付き人、又は、母や姉妹などの親族の援助があるでしょうから、お子さんを育てるのは、容易なことのはずです。

 そして、猿之助の方も我慢をしなかったでしょう。彼は、単純でお馬鹿な、パペットではない。松竹を飛び出して新しい演劇集団を立ち上げた人です。理想も高いし、喧嘩をするのも辞さない人です。両親が二人とも、主役であり、相手を立てて、寄り添う事が無ければ、それは、お互いを抹殺する方向へ行ってしまいますので、離婚は正解でした。

 ところで、これは、単なる寄り道ですが、最近浜木綿子がテレビの世界へ出てきておりません。私が知らないだけかもしれませんが、もし、香川照之が成功して、母の生活を費用として支えてあげることが出来るようになったのなら、それは、祝福をしたいことです。または、浜木綿子自身が、賢くて、老後の資金は、充分に蓄えた・・・・・今は息子が、主役としての、活躍を始めている。その道を邪魔しないためにも老兵は去る、もしくは、一粒の麦、地に落ちて死なずば・・・・・と言う思考の元に、テレビ界から消えたとしても、母子の間の深い愛情を感じて、心が温まります。

 そして、父としての猿之助ですが、仕事人として、やはり、強い歩みを示しています。私は新橋演舞場で、一回ほど見ただけですが、歌舞伎が江戸時代に持っていただろう、『荒削りな舞台芸術としての魅力を再現しよう、特に、現代の技術を加えて再現をしよう』と英雄的にがんばっているのを知りました。その体力的な強さ、エネルギーレベルの高さは、鬼子来了(クィズ・ライラ・・・・鬼が来た)の撮影時に、香川照之にも遺伝をしていることが、示されました。あの撮影は相当な労苦の集積だったのです。

 さて、その映画から、もう一度離れて、父子関係や、遺伝のことに戻りましょう。私は、数年前までは、市川亀次郎と言う存在を全く知りませんでした。この人は、もしかすると、猿之助とともに、行動をして、その後、伝統的な歌舞伎界へ戻った人なのかもしれません。それで、よく、広告が載っている、大歌舞伎の演技者として、玉三郎などほど、名前が頻繁には、出てきていなかった可能性はあります。
 ただ、市川団十郎のパリ歌舞伎公演のテレビ放映で初めてみて、『あれ、義経役をしている人が品がよいなあ。ちょっと、小太りだけど』なって、思っているうちに、NHKの2007年度の大河ドラマ、『風林火山』で大ブレイク、日本全国区になり、ほとんど、座長公演で、各地の公民館等を回っているようです。私自身は風林火山は途中からみ始めております。

 念のために、こちらの市川亀次郎のサイトを開いてみると、こと、『風林火山』に関しては、ファンたちは、入魂の演技が神技と言う領域に達してしまったガクトの方へ肩入れする向きが多いようですが、ガクトはここでは、脇におきましょう。彼は、日本の大物はミュージシャンと、漫画家から生まれるという、私なりの、定説にはまっていますが、ここでは、そこまで幅を広げません。

 で、亀次郎に戻れば、かれが、香川照之のいとこだということは、これから、先も香川照之の将来を明るくするに支援となるでしょうし、この両人とも、きちんと、別分野で勉強を果たしていることも、大成への強みをもつ、と、いう点でおおいにプラスでしょう。香川照之が東大卒だなんて、すっかり忘れていましたが、市川亀次郎が、慶応卒だということを知り、そこで、香川照之の学歴さえ思い出しました。

 しかし、『鬼が来た』を主演したときの香川照之は、既に、そんな、学歴などは、ふっとばし抜いていますね。ただ、今日の論考を、父子関係に限って、・・・・・その文章の長さを整えるために、終わるとすれば、・・・・・・カンヌ映画祭の、(東京ソナタ)出品の際、妻子を伴い、特に、4歳の息子を抱きながら、レッド・カーペットを踏んだというエピソードは、心打ちます。ここで、かれは、この問題、(つまり、自分には父性が与えられなかったとか、それに触れるのが、不十分であったのではないかと言う、疑問)を、すべて、払拭をしています。
 では、香川照之については、また、明日へ続きます。よろしく。

   2009年1月30日 

2009年7月5日付の追伸、このOCNの検索頁に現れた記事出始めて私に接してくださった方へ申し上げます。この後で、200本ぐらい書いておりますが、kの香川照之篇の続きをご覧頂きたい方は、左のカレンダーの、2月の最初をお開きくださいませ。どうかよろしく。川崎 千恵子(筆名 雨宮 舜)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« チャン・イーモウと、香川照之 | トップ | 主役をやっても、超複雑な性... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事