銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

How cruel and miserable behavior was shown by my daughter's family, I prefer to graze it straightly.

2020-07-27 22:45:18 | 政治

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副題0、『私の敵さん達(=私が常にそれを、鎌倉エージェントと呼んでいる、CIA、又は、フリーメーソンと呼ぶ、人物たち)は、この文章を公開させたくないと、思うと、偽の警告文を出して、非公開へと、もっていく。もしある一章が、読者の心を揺さぶる、深い内容の章になっていると、仮定をしてみよう。すると、公的には、死んだことにしているが、実際には、まだ、生きている井上ひさしが、このブログの、責任、読解人としての、仕事を引き受けていると、私は見ているが、彼が、すぐさま、非公開にもっていきたいと、考えて、その警告文を出すのだろう。そう、推察して居る。そういうシステムアプリを作り上げ、それを圧縮して、ある、アイコン一つにまとめ上げる仕事を担ったのは、古村浩三君とか、それが、非生きるチームであり、結果として、パソコンのシステムエンジニアでもない、素人の、井上ひさしが、簡単に、このブログへの、を、クリック、または、タップをすると、それが、可能になるらしい。そういうものを彼は、自分のパソコン内に与えられている。又は、今回、急に浮上をして来た、成岡康司君のパソコンに其れが、与えられていると、も、考えられる。』

 今は、27日の、夜10時半です。その時点で、総タイトルを変更します。以前は、長時間ですが、【私は、24歳までは、勇敢だったー3・・・・NHKのコロナ画像(CG)は、困ったもんだ。単純化しすぎで、誤解を与えている】としていました。

 この章には、余りにも残酷なことが書いてあります。それは、私にとって、残酷でも、真実実なのですが、それをブログに書き表すことによって、娘たちにも残酷無残な、試練を与えることとなるでしょう。それで、大変に悲しい、予測さえ、心に浮かびました。・・・・・娘のお婿さんは、三井物産をやめさせられ、収入が無くなって一家は路頭に迷い、その結果、娘はおしゅうとさん、お姑さんから、責め立てられ、夫からも、責め立てられ、しかも、無限の愛で、囲むはずの実母(=私)とは、既に別かれており、助けを求めるあいてが、見つからず、深い絶望に陥って、病は、気からだから、3年以内に死ぬ・・・・・と、言う、予測、まで、立てました。というか、そういう未来が、自然に、頭に、浮かびました。

 でね。あまりにも、すごい文章であるからこそ、総タイトルぐらいは、緩和策を取って、なんだか、わけのわからないものにしようと、思ったのです。

 で、英語で、総タイトルを書き表すことに、変更をいたしました。で、上のものへ、変更したのですが、意味は、・・・・・娘たち一家から、どんなに残酷な仕打ち(だまし討ちという意味でです。叩いたり、蹴られたりするわけでもありませんよ)を受けても、私としては、それを直視する方を好むのだ・・・・・となります。

 という、前書きをプラスして、以下、後注1として置いてある文章の、推敲を始めようとしました。

後注1、

私は、24歳までは、勇敢だったー3・・・・NHKのコロナ画像(CG)は、困ったもんだ。単純化しすぎで、誤解を与えている

2020-07-26 14:31:40 | 政治

 すると驚いたことに、「本文は、30000字以内にしてください。総タイトルは、100字以内にしてください」と、言う警告文が出て、公開できなくなりました。しかし、そういう警告が出るほどに、本文は、字数を増やしたわけではありません。総タイトルは、確かに、上の英文より、前に、いちセンテンス、後ろに、いち、センテンスを加えていたので、それらは削って、短くしました。

 其れをここで、復活をすると、前の方は、The truth innevitably revealed. と、成り、意訳すると、「真実は、必ず露見、又は、顕現をする」となります。

 また、後半には、I want stand on the truth, however hard to do so. と、付け加えるつもりでした。意訳は、・・・・・真実に基づいて、行動することは娘一家に不幸をもたらす可能性があるので、非常につらい事なのだが、それでも、だまし合って、だまし合って、暮らすよりもずっと、いいのだ。・・・・・と、成ります。

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副題2、『ところで、何故、前報に、娘一家の事、特にお婿さんにやられた、恐ろしい話を入れたのかを今、考えて居るところだ』

 二つの、理由があります。一つは、勝手に仲直りをした事にされてしまった事を、否定して置きたいと、思う思いがあったのです。で、無いと、私が、おお損をしただけで、事が終わってしまい、事態は、何も変わらないでしょうから。その件について書いて居るのは  後注2、

続、私は24歳までは、勇敢だった。【白皙の人】という過去ブログのその後

2020-07-24 22:21:14政治

の、副題3からですが、そこを抜き取って、こちらに置きましょう。

副題3、『今般、7月6日に娘と、別離しようと、決意したのは、娘が、「どうしてホテルに泊まるの。お父さんが、心配じゃあないの。一人で置いて居たら急変が起きた時に危ないでしょう。ホテルに泊まるのなんかやめなさい。今ね。キャンセルは簡単にできるのよ」と、何度も、電話内で、言ったので、それに、私が、激怒したからだった。娘は、私のブログを一切読んでいない。それで、私が常々書いて居る、こういう・・・・・私は、特別に、体が弱い・・・・・という状況を全く理解して居なかった。彼女の頭には、父親が、2016年に、心筋梗塞で、二か月程度、入院した事しか、入って、いなかったのだ』

 私が、今、白内障の手術を受けようとしているお医者さんは名医として、大変評判の高い方です。東横線沿線の、知る人ぞ知ると、言う感じで、武蔵小杉の、グランツリーの中でも目立たない、目立たない迷路の奥みたいな場所にクリニックが、在るのです。それは、後で、娘との喧嘩の第二ポイントになるのですが、紹介された患者だけ受け入れたいとか、自分の高い評判を、誰かから、聞いた人にしか、来てほしくないと、言うお気持ちがあるからでしょう。

 最初の診察を受けた時に、その評判は確かなのだと、理解をしました。まず、先生をサポートするスタッフが多いです。それから、機械類も多いです。それに白内障手術が、日帰りでできるそうですから。

 しかし、それは、初日には、余り、進んだ部分を、丁寧な説明として聞いていない段階での話であって、手術の全貌をお聞きすると、白内障手術とは、絶対に次の日に、手術した眼を先生に見せないといけないので、入院するのと同じくらいの注意深さが、患者の方に求められているのでした。でね、付き添いの人が必要だし、その人が、車で、自宅まで、送ってくれるのが、当然のシステムらしいのです。私は、それを聞いて大いに戸惑いました。一人で、来ていいと考えて居たからです。それに、保護が必要で、できれば電車ではなくて、車で帰った方がいいそうですし。

 ただ、自宅には、車もないですから、戸惑いました。私の夫は元日産自動車の研究所・所員ですから、北久里浜では、車を持っていました。しかし、鎌倉の家は、石段を、130段上がるほどですから、駐車場がないので、今は、車を、持っていません。

 看護師さんは、「車を持っていますか?」とは、質問をしないで「タクシーで帰りますか?」と、質問をしてくれました。で、私は頭の中で計算して、『それならホテルに泊まった方が、おかね、時間、体力の、ありとあらゆる意味で、楽ですね』と、判断をしたわけです。

 ところが、娘は、私のブログを一切読んでいません。それは、これを読んだら、大変な状況になるからです。もし読んだら、深い良心の呵責にとらわれるでしょう。というのも、娘は、既に、私を、裏切っているわけです。それはお婿さんからの教唆ですが、お婿さんの裏には、鎌倉エージェントが居ます。それは、お婿さんが、三井物産勤務で、鎌倉二階堂に住む、中谷共二氏の次男が、三井物産勤務なので、そういう事になっているわけです。で、それは、ずっと、気が付かないふりをして、我慢をして居ました。

 そして、ブログを読まないだけではなくて、直接に電話をさせない様にも、手配されているのです。その事にも気が付いていました。そちらの方はとても嫌な事で、今般も、彼女宅の、固定電話、および、携帯の使い方に、大いに私は、怒ったのです。昔からそれは、わかっていました。だが、もう、我慢がならないと、成りました。

 というわけで、最近の娘は、絶対に、携帯も、固定電話も、自分では取らないのです。子供に取らせます。そして、お婿さんがいるときに、しかも、私が外出して居て、私の主人だけが鎌倉の自宅にいる時を狙って、電話をかけてくるのです。私の意見を聞くことなく、それを決定事項としてしまいます。私は、この7月21日に娘の携帯に二回、又、固定電話に一回電話をしましたが、それは、仲直りをしたいからではなくて、ふと、直観が閃いて、主人(=娘の父)と、彼女が、デートをしているのではないかと、思ったので、居所を知りたかったのです。

 その前に、主人が、本日はそこへ行くと言った大船の共済病院の歯科へ、電話をかけました。ところが、来たか、来ていないかわからないと、言われました。今は、すべてパソコンで処理しますので、一瞬でわかるはずなのです。でも、不明ですといわれると、心配がさらに募って、仲直りの電話らしいと、誤解を受けることを招致で、娘に電話をかけたのでした。すると案の定、仲直りの電話だと、言う事にさせられて、彼女が応じますと、言う返事をくれて、白内障の付き添いをしますと、言ってくれました。しかし、留守中に。 

 鎌倉エージェントは、ソフトバンクの携帯を、一か月ぐらい前に盗んでいます。で、その手当の為に、私は何回も外出しないといけなくて、その日も当然に外出する予定でした。う、それを狙われましたねと、思いました。仲直りをした事にした方が、鎌倉エージェントにとっては、有利なのです。だって、本当の娘との間を、切るなんて、やって居る人間がどれほどに、残酷なのか、皆様だって、ご理解をいただけるでしょう。

 そういうわけで、私とは、絶対に個人的な、かつ直接の接触を取らない様に、諮られているのです。それが、もう我慢がならないのです。「直しなさい」と、言っても直せないでしょう。だから別離をすることといたしました。

 これは、富沢夫人が、「うちの主人が、ゴルフの打ちっぱなしをするのですが、それが、ご迷惑だと思いますが、申し訳ございません」という電話を、私の留守に、かけてきたときから、『ああ、鎌倉エージェントは、こういう風に、策謀を仕掛けてくるのですね。これが、彼等の、いじめの手法の一つですね。しかも、重要なものなのでしょう。まさしく娘が其れを使いますからと、成っているのです。娘も同じいじめ策謀を、使うように、命令を、されているのですね』と、肝に銘じてわかっていることでした。

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 という様な次第で、私は、仲直りをしているつもりは全くないのに、勝ってに、外部の人間に、そういう事にされてしまったのが、大変に困ることなのです。それを、常に頭の隅に置いているので、後注1の、後半の、副題8から、とうとう、もっとも、気にかかっていたことを書き始めました。それが、北久里浜の家の、カーテンが、揺れていた話です。以下に展開します。元文葉、後注1の中で、書いたものです。

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副題8、『私は、この10年間ぐらい、娘一家に悩まされ続けて来た。お婿さんが敵側についていると、言う事がはっきりとわかっているからだ。その陰に木村氏が、いるのではないかと、勘ぐっている。早稲田の同窓であることを、利用しての話だ。

 一応表面上は、何にも、気が付いていないふりをしている。しかし、こういう裏切りを、計画し、実行をしている人間たちは、・・・・・その悲しみを込めて我慢をして、何も気が付かないふりをしている、そのポイントも含めて、この策略が、大成功をしていると、見ているだろう。それは、単純極まりない発想だ。しかし、その単純さは、私の夫(主人と普段読んでいる)の、所に乗り込んできて、何度もブラフ(脅かし行為)をかけて来た、木村某氏の単純さや、こどもっぽさと、通じるところがある。ただし、他に四人の男性も、候補に挙げており、それは、後程、書き表すつもりである。

 そして、時間が経つにつれて、ますます、娘は、お婿さんから縛りを受けて来ている。何にと言えば、行動においても、電話の掛け方に於いてもだ。7月6日には、6時台に、居留守を使われたので、こどもに一回3分、次に出た娘本人に、15分、次に、7時台に、娘に5分と3回電話をかけたのだが、特に7時台の最後の電話に、お婿さんからの影響を強く感じて、・・・・・これは、たまらない。もう娘とは、縁を切ろうと、決意をした。

 特に付き添いが必要だとは、知らなかった白内障の手術に、クリニックに、一番近い所に住んでいる娘に頼むのが順当だろうと、思って、それを居留守の段階からこどもに話して置いた。しかし、愛情をもう、持っていないことを知っているので、本心を言えば頼みにくい。それを、感じ取りながら、という事は、潜在意識の中では、恐れながら頼んでいるのに、高飛車の限りを示されたのが、二回目だ。あまりに高飛車に出られたので、充分な、頼み事(例えば、今ホテルは、夕食を出さないので、それをあなたが私の代わりに、買って来てほしい。それは、どういう種類の食べ物で、)などと、いう事を、言い出せなかった。それで間に、別の仕事を入れて、一時間後に、そういう細かい、事を頼もうと思って、三度目の電話をかけた。

 ところが三度目の電話内では、娘が全く変化していた。先ほどは、高飛車で、ためぐちであった。ところが三回目の電話内では、礼儀正しい。慇懃無礼というほどに、礼儀正しかった。しかし、沈んだ、生気のない声の調子だった。実は二回目の電話内でも、娘が、自分では、まるで、それには、気が付いていないだろうが、実際には、弱いところがあるのに気が付いていた。ところで、私が、そう考えるに至った、理由はここでは語らない。娘との交流を、裏側に在る政治的真実を込めて、語ることは、大変に難しい事なので、最初は、20%程度の事実開示にとどめておきたいからだ。ところで、三回目の電話で、ひどく沈んだ調子なので、sこれは、危ない。こういう風にしていくと、彼女は三年以内に死にますよと、考えた。

 で、余りにもぎょっとしたので、もう、ホテルに、何を買って一緒についてきてほしいなどとは、言う気力も無くなって、私の方は何も言わずに黙っていた。すると娘は続けてとんでもないことを言い出した。

 「(前半)娘が母親の白内障の手術に付き添うのは、当たり前の話だから、付き添います。(後半)だけど、今から、犬の散歩に行かないといけないの。で、家にいないから、電話をかけないでね」と。

 私の驚きはさらに深まり、声も出なかった。そういう私の沈黙をわかったと、言う表明と受け取ったらしい娘は、「では」と言って、自分の方から電話を切った。

 前半の部分だけど、普通だったら、「貴方、何、言って居るのよ。どうして、そんな当たり前のことを、ここでいうのよ。もしかするとさっきまで、高飛車で、私の言葉を、否定ばかりしていたのは、裏で、お婿さんから、・・・・お母さんには、ついていくな。目の手術については、手伝うな・・・・って言われていたの?」って質問をしただろう。後半の部分については、「携帯を持って出たら、大丈夫でしょう?」と言っただろう。

 だけど、今聞いた娘の会話(=セリフ)は、前半も後半も、もし、お婿さんが、こういいなさいと、命令したと仮定すると、固定電話の子機をスピーカーフォンにしているはずで、お婿さんがそばで聞いているので、娘には、自由は一つもない。事、私の事に関しては、既に、娘は、死に体であって、セミの抜け殻も、同然だから、もう何を言っても、二人の親子関係は、修復されることがない。・・・・遅かった。もう少し、早く手を打てばよかった・・・・つまり、真実を娘に語っておけばよかった・・・・と、思ったが、すでに、間に合わないことだった。ところで、この・・・・・真実を娘に語って置きたい・・・・・と、言うのが、敵さんにとって、最も恐ろしい事だった。で、ひたすら、娘に、私と、二人だけの接触をさせない様に、と、お婿さんに命令している人間が、裏に居るはずだった。それが、木村某氏なのか?

 それとも、成岡康司君か? 中谷家の次男(三井物産勤務)か? それとも、阿部俱男君か?・・・・・

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 これから先は、メモだけを書きます。既に、午前二時を過ぎたからです。しかし、メモといっても簡単なものではないですよ。

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副題9.『ここで、阿部俱男と、成岡康司という、美形で、優秀な、ふたりの同期生(横浜国立大学時代の私の)が登場する。また、中谷家の次男という、慶応卒の三井物産勤務者も登場する』

 2020-7-14に阿部俱雄君に電話をかけた。この人物は、とても育ちの良いおぼっちゃまであって、私の横浜国立大学、付属、横浜中学校時代の100人しかいない同期生だ。その後、都立大学付属高等学校、国際キリスト教大学、三井物産へ進んだ。大学新卒時から、ずっと、三井物産社員である。

 この人は、多摩川のすぐそばに住んでいるのだけれど、私の娘一家が、この人の自宅のすぐそばで、賃貸マンションを借りて住んで居たことがある。3年から5年ほどだった。その時、交誼を結んだかな? そして、この人が、中谷家の次男を紹介して、その言う事を聞くようにと、お婿さんに命令した。その可能性は大いにある。というのも阿部俱男君は、非常に性格はいい人だから、今、私が、ここに書いて居る様な、これ程に、残酷な事を、特に電話の盗聴に応じて、俊敏に動くという形で、行う可能性が無い。

 しかし、その動きが俊敏で、私と娘が何らかの用事で、二人だけで、デートをするときには、その間中、お婿さんに、電話盗聴次第で、命令を下し、娘はその通りに動く。これは、2019年の夏に起きた事。この意味や理由は別章で、語る。

 2016年4月10日に北久里浜に行こうと娘一家に誘われたのだが、その時もお婿さんの背後に敵がぴったりとついていた。これは、私と主人が、もし、病気になって、鎌倉の家の石段を歩けなくなった場合に、北久里浜にひっこして、そこ住まわれると、大変だから、脅かそうと、した策謀(仕組み)だった。前日に、主人が心臓の、大手術を受けたので、北久里浜へ引っ越す予定が濃厚になったので、そうは、させないために、北久里浜で、脅かされたのだが、手法は、家の窓がすでに開けられていたのだった。大風が吹いている日で、カーテンが、掃き出し窓の天井から下がっているカーテンが、揺れに揺れていた。

 上の写真は、玄関とは反対の、台所側から、問題の部屋をドアの奥に見ている写真です。そちらを私は、常にピアノの部屋と、呼んでいました。手前は、食堂です。そのピアノの部屋の、左側にドアがあります。その奥が玄関で、当日、私とお婿さんは、そちら側から、その部屋へ入りました。すると、この写真では右側、その問題の日では、左側が、南にあたるのですが、そこの天井際から下がっている、長いカーテンが、揺れに揺れていたのです。その1週間か、2週間前に私か、主人かのどちらかが、訪問をしていますが、住んで居ないのですから、窓には、鍵をかけて帰ります。忘れるはずはない。この件は、脅かしだったのです。

 つまり誰かが、すでに、合鍵を持っていて、開けたのでした。鎌倉と同じく、・・・・・この家に引っ越してくると、私達夫婦は、泥棒行為他、侵入者に刃物で、刺されるなどの、種々様々ないじめ行為に出会いますよ・・・・・と、言う脅かしだった。それは、北久里浜における、地籍変更届が、すべての始まりなのだが、その時の悪人・益山重夫・智恵子夫妻の、義弟、仲野通巳吉が、そこに今も住んで居る。また、横須賀市の水道山が、地籍変更届という仕組みを利用してタダで、ある個人=名義上は、仲野通巳吉=の手にわたってしまうのを、知らせたのにもかかわらず、看過した、当時の土木課長(のちに、この奉仕で、副市長にしてもらう)杉本俊・一正子夫妻も、200メートルぐらいは離れているが、同じ高さの台地に住んで居る。勘が鋭く、かつ、文章力もある私が北久里浜に居住をすると、彼等の悪事が、逐一ブログに書かれてしまう。鎌倉で行われていることよりも住ケースが大きく勝関係者も多い。水道山に、まんしょんが、四棟も、たったことを不思議に思っている人も大勢いるだろうから、今書いている文章群よりも、圧倒的にスケールが大きな悪を書くこととなる。そして、読者が増えるだろう。そうなると悪人たちは、逃げ場が無くなる。だから、私達夫婦に絶対に、北久里浜には、来てほしくない。それで、お婿さんを使って脅かしてきたのだった。

 手術の次の日に、「北久里浜に行きましょう」というのは、母親に対して、同情心は、これっぽっちもないという事を指す。夫が生きるか死ぬかだったのだ。それが助かってほっとはしているが、消耗は激しい。それなのに、「今、北久里浜に、行きましょう」と、言うのは、相当におかしいのだ。本当に両親を大切にしているのなら、まず、私の都合とか、気持ちを先に聞いて、予定を立てるべきだ。「お母さん、今度は、北久里浜に住むことになりますよね。一度、見に行った方がいいですね。いつが、いいですか?」と、希望日を聞いてくるのが普通だろう。それが手術の次の日だ。圧倒的におかしい。で、何らかの罠が仕掛けられているだろうとは、100%の予測が付いた。そのうえで、私はお誘いに乗った。で、カーテンが開いているのを見た時には、これが、罠だったのか」と納得をした。それで、カーテンの異常、又、窓が開いていた以上についても何も語らなかった。じっと私の様子をうかがっているお婿さんにも、気が付いたが、彼が敵陣内の人であることは、ずっと前から知っているので、無音を貫いた。

 家に入って15分ぐらいしてから、お婿さんが、「僕、散歩をしてきます」と、言って、子供を一人だけ、連れて、池田分譲地という、同じ高さの大地の方へ流れて行った。他人が、そこで、携帯を、使って居ても異常には思わない場所に行くか、歩きながらかの、どちらかで、携帯を使ったと、推察した。で、彼の上にいる、真実の悪人に報告をしていたのだろう。「推定通りの行動を、川崎千恵子は取りませんでした。カーテンが揺れているのを、見たことは視たのですが、無言でした。これから先、どうすればいいんでしょうか?」と、お伺いを立てた筈だ。

 私は、この様に一瞬にして、すべてがわかる。そして、自分がとることのできる最善の方法を取る。ただ、どうしてか、娘がそばにはいなかった。で、別の日に娘と二人だけになった日に、(というのは、主人の病気中には、娘は何度も病院には来たのだから)「あなたね。お母さんを小ばかに、しなさんな」とは、言って置いた。というのも「北久里浜には、引っ越さない方がいい。私達には、遠すぎてお見舞いに行けない」と、繰り返すからだった。それは、唯、唯、北久里浜に引っ越しをさせないが為の、方便だった。「それから、そんなことをしていると、子供がぐちゃぐちゃになってしまうわよ」とも言っておいた。

 なぜ、北久里浜に引っ越しをさせたくないかというと、そこの事件の主役益山重夫の親友が瀬島龍三であって、、その人物が、同じCIAエージェント仲間の、中谷共二氏に、我が家の鎌倉の家の、東北の崖を無断で、削る様に命令をしたのだったから、いずれ、そちらにも言及するはずだった。それが、困る中谷家の、遺児は、次男が三井物産に勤務している縁を利用して、同じ三井物産に勤務しているお婿さんに圧力をかけているからである。

 ただ、この様にお婿さんの後ろにいて、いちいち、彼に命令をかけている人物が、中谷家の次男ではなくて、成岡康司君の可能性もある。この男性は、私の同じ横浜国立大学付属中学の同期生で、その後、日比谷高校、早稲田の政経へと、進学した。お婿さんとは早稲田の同窓つながりとなる。

 『私は、嘘やだましは大っ嫌いだ。で、真実の方がずっと、いい。こういう関係を娘との間に繰り広げるのは、絶対に好まない。白内障の手術という、限界に近い、事で、却って、真実がむき出しになった。

 すみませんが、ここで、寝ます。未完ですが、寝ます。午前4時になるので。

 

 

 

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