銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

大銀杏の倒壊と、きささげ切り倒しの、相関関係(鶴岡八幡宮と、井上ひさしの関係)

2014-01-02 21:57:41 | 政治

 今は4日の夜9時です。やっと続きを書き始めます。

副題ゼロ、『アメリカキササゲの切り口の説明』

なお、最初に写真の説明をさせてくださいませ。

 これは、鶴岡八幡宮の境内に、神奈川県立美術館・鎌倉館がありますが、その職員用玄関の前に生えていた、豆科の大木が、伐採された後の切り口です。豆科なので、臥龍の様に横たわって生えていました。この場所から、西へ向かうと、50mぐらいの位置に、作品収蔵庫および、学芸員オフィスがあります。コンクリート製なので、箱型で一階建てですが、そこに寄りかかったまま、成長しました。

 私は、30年前から、鎌倉へ住んでいるのですが、その前から鶴岡八幡宮には遊びに来ていました。ですから、この臥龍のごとき、きささげの前で撮った写真も無論あるはずなのです。

 が、今は、忙しくて見つけていられないので、40年前に遊びに来た頃の写真をアップさせてくださいませ。足元を見ていただくと、それが、三の鳥居を入ったところの参道だとわかります。昔は、真ん中の敷石の幅が狭かったのでした。後で、キササゲ前で撮影した写真が見つかったら取り替えておきましょう。娘のスカートも、私が着ているスーツも帽子も私の手作りです。上等な布を使っていますので、とても着心地がいいものでした。本格的に、画家になると決意する前は、おしゃれだったのです。(笑い)

  この前偶然、六本木のリッツカールトン(ホテル)内で、ファッション界の大御所、大内順子さんに出会ったとき、お茶することに同意してくださったので、コートを脱いだのですが、71歳の今は、このブログを書くために、おしゃれしている暇がまったくないので、大内さんが、私を認めてくださるはずもない衣装でした。

 でも、残念とも感じません。すべては、流れるままに、流していく。特に大切な事以外は、と思っております。

 ちょうど、その時、八幡宮の白鳩が、上空を舞ったのではないかしら。娘がびっくり眼で、父親の方ではなくて、空を見上げています。

 さて、わき道から元へ戻りましょう。問題はキササゲです。皆様はジャックと豆の木と言う童話を覚えておられますか? 私はこのキササゲを見たとき、あの童話は、嘘ではないと感じました。大木となる豆科が、あるのです。ささげと言うのは、お赤飯に入れる赤いお豆ですが、この臥龍のごとき大木が、きささげと言うのは、黄色いささげと言う意味で、名づけてあるのでしょう。切り口は、まっ黄色でした。

 その伐採の直後に写真を撮れば、皆様にもそれをご納得いただけるでしょうし、そうしたいとは思いました。が、写真と言うのは、すべて、それこそ、スパイたちと言うか、CIAにチェックされるのですよ。今は、インターネットをつないでいないと、写真は処理できないからです。DP屋でも聡ですし、自分で処理してもそうです。

 どなたのものもです。だから、盗撮趣味のある人なんか、すべて、把握をされています。絶対にお辞めなさい。ポラロイドと言うカメラは、セクシュアルな趣味に使うためのものだと、今は確実にわかってきています。

 昔もそうだと思っていました。自分達夫婦のヌードを撮ったりする趣味の人が居て、それを、DP屋に持っていくのが嫌だから、ポラロイドを使うのだと思っていました。ところが、今では、ありとあらゆる写真が、インターネットを使わないと、何も処理できないこととなっていますので、個人的なメールのやり取りと同じく、天文学的な数値を、タイトルとして、どこかに保管をされているのです。そして、検索(たとえば、白いパンツが、足の間に見える)を掛けると、盗撮趣味のある人は、たちまちに引っかかります。それを、適切な時期に政治的に使われるとアウトと成りますから、何か、大きな事を成そうと決意し居ている人は、セクシュアルな側面はあきらめなすったほうがいいでしょう。身辺を、きれいになさっておいた方がいいです。

 三鷹ストーカー事件の被害者沙彩ちゃんが、そんなことも知らないくらい、お母さんの一ノ瀬さんは、何も教えていないのです。特に友達と自宅内で、集団で遊ばせる(週に三回ぐらい)ことを、やっていないと感じています。そこで、「アイロンを触っちゃあいけないわよ」とか「ストーヴのそばに寄っちゃあ駄目よ」とか、遊びに夢中になると、つい、はしゃいで、やりかねないことを、その場で、根気良く、やってはいけないと教えておくことが、後日応用力と成って、やっていけないことと、やっていいことの区別ができるようになるのです。幼稚園前の段階で、よその子と、自由に遊ばせることを、やらせながら、見ておかないといけません。お子さんの真実が自分に見えて来るし、直していかないといけない傾向も把握できます。

 で、私は、このキササゲの伐採に、大きな政治的な意味があるからこそ、直後に撮影をすると、問題が起こり、私自身が困ることと成るだろうと、判断をして、伐採後、二年ぐらいたってから、撮影をしています。ので、すでに、かれて灰色になっています。しかし、病気でも何でもなかったという証拠には、根元なのに、すでに、芽が出ていますね。ささげに似た、葉っぱのひこばえが、三本も出ています。葉っぱはものすごく大きいものです。

 なお、切り口が横倒しになっているのは、腐っているから、横倒しになったわけではなくて、生きているときから、横向きに伸びていたのです。豆科なので、くねくねと、していて支え棒が、必要なのですが、こんな、大きな木を支える棒なんて、世の中にないですから、先ほども言った収蔵庫(分厚いコンクリート製で、今は、何も入っていないし、誰も使用していない建物)に寄りかかって、成長していったのでした。

 普通、えんどう豆とか、スイートピーは、茎の直径が、3mmぐらいですね。でも、これは、直径が60cmはあります。

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 さて、写真の説明が終わりました。本文に入ります。

 この文章は、最初の総タイトルは、『江ノ電の2013年の元旦の事故が、高徳院と長谷寺に与えた逸失利益は?』としていましたが、3日に変えました。これは、市谷スクロールしてくださると出てくる、2014年1月1日付の文章・総タイトル『2013年元旦の、江ノ電事故を今思い出して、再検討してみよう』の続きです。そこで、表出しない字が出現したので、その部分だけを、コピペして、こちらへ移動をさせました。副題1は、そちらを、ごらんいただくことにして、

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副題2、『大銀杏倒壊の原因は、最初の30%を前田夫人に負うが、・・・・・・』

副題3、『アメリカキササゲを切り倒したことが、大銀杏倒壊の第二の原因・・・・・30%・・・・・であり、それを提案した井上ひさしは、その一ヵ月後に、自分を死んだことにした』

副題4、『井上ひさし、(または、他のエージェント)が、キササゲを、切り倒そうとした、原因となった文章』

副題5、『吉田茂穂、現、鶴岡八幡宮宮司様に言いたい』

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副題2、『大銀杏倒壊の原因は、最初の30%を前田夫人に負うが、・・・・・・』

 私は鎌倉の住人です。極、普通の常識をわきまえた人間です。ただ、大変、特殊な場所に住んでいます。鶴首(一輪挿しの花瓶でお茶席で、主に用いられるもの)状の形の道路で、形成される、谷を含む山の上に住んでいるので、たった、20軒程度しかご近所がなくて、他の地域から孤立化しています。 

 で、そこは、悪い、または、無能で、怠け者である担任教師が、支配している、いじめの横行するお教室と同じ事になっています。で、ボスになりたい主婦が、にらみを利かせている社会であって、私が引っ越してくる、30年前は、蜂の巣をつついたような大騒ぎ状態でした。

 藤本夫人と言う、鎌倉に昔あった、小児科医院(鳩ノ巣屋敷といって、一時期はその破損状況が有名だった洋館)のお嬢様(ただし、1920年代生まれであるご老人)が、集中していじめられていました。彼女は、その心理的ないじめ状況を、挽回するために、法的な問題を持ち出しました。土地の不正使用(特に前田家のもの・・・・前田夫人は人をいじめるほうの筆頭か下ったので、そうなる)を正す、法的な問題へ、変換したので、急に見事な問題と変換したのです。反論しにくい問題へと変換したのです。そこは、頭がいいです。


  困った前田祝一氏を、助け、かつ、前田家のさらに奥に住んでいる自分も無事になるようにと、当時の町内会長、中谷共二氏が、1985年に、アジサイ畑欺もう事件と、私が呼ぶ、とんでもない土地泥棒を起こしたのです。私は当時も中谷さんに、「これは、単に、前田夫人に、藤本夫人へ謝罪をさせればすむ問題だから、彼女に謝罪をさせなさい」といいました。

 ところが、裏で、瀬島龍三が、私をいじめることに、これが役立つと踏んだのか、中谷さんに、理不尽な方向で、事を進めるように、裏側から示唆したらしいのです。

 で、我が家の土地を、犠牲にして、前田家と、自分を助けたのでした。しかし、最もひどいことは、アジサイ畑を全滅しただけではなくて、ぜんぜん許可をしていない山まで、崩したのです。だから、私は「この前田家だけを助けるための発案を、全部許可しない」と言ってあります。中谷夫人も、ご主人に向かって「あなた、川崎さんのおっしゃるとおりです。この件は先へ進めてはいけません」と、おっしゃったぐらいなのに、進行したのでした。

 中谷氏は、私の事を相当に恐れていらっしゃいましたよ。私が、この様な文章を、まだ、何も文章を書いていない頃から、ひどく恐れていらっしゃいました。今、このようにはっきりと書き始めて、何を地下で、思っていらっしゃるかしら? 無論、『自分は、大失敗した』と、思っていらっしゃるでしょうね。

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副題3、『アメリカキササゲを切り倒したことが、大銀杏倒壊の第二の原因・・・・・30%・・・・・であり、それを提案した井上ひさしは、その一ヵ月後に、自分を死んだことにした』

 だがね。その崖を崩した当夜、全戸を回りましたが、その件について、「前に、その事は聞いていて、同調をしました」という人は誰も居なかったのです。で、これは、町内会の決議でも何でもないのですよ。ただ、ただ、個人的な泥棒に過ぎないのです。

 だから、平木さんとか、小野寺夫人が明瞭な形で、私をいじめてくる様子を見ていると、彼らに、嘘を信じ込ませている人間が居るはずだと、わかります。それを、調べたいので、ここで、はっきりと、平木さん一家とか、小野寺夫人と、実名を明記しているのです。

 このふたつの家族より前に、引っ越してきた人々で、アジサイ畑欺孟事件以降に引っ越してきた人々の中に、怪しい動きをしている人物が、ますから、そこは、徹底的に調べたいところです。

 このアジサイ畑欺孟事件と言う一種の土地泥棒を、中谷氏がやらなければいけなくなった、もっとも大きな原因は井戸端会議で、迷惑至極で大声を上げる前田夫人です、だからこそ、彼女を國學院大學の講師に推薦なさった、鶴岡八幡宮は、その不分明を、大銀杏が倒壊するという形で、天から指し示されることと成ったのです。

 しかも、それは2010年に、倒壊をしたのです。3月10日でした。が、その一ヵ月後に、井上ひさしが、自分を死んだことにしたのも、この倒壊と十分に関係があります。彼が、原初の発案者だと、私は推察していますが、伊藤玄二郎から、か、または、誰か別の人間を介して、美術館の玄関前に横たわっている大木の「アメリカキササゲを切るように、八幡宮様に提案をしていることへの、天罰が下った」と感じたからではないかしら?

 これは、初めて語る文言ですが、彼本人も、自分に対して、天の制裁が下ったことは、直感的にわかったはずです。だって、ただの他人であって、アメリカキササゲが伐採されたことを、ただ悲しんでいる私だって、それが、すぐわかったからです。当人だったら、如何ばかり怖かったでしょうか?

 また、その時には、私はここまでは、書きませんでしたが、私がそういうことを、書く予定であることは、彼には、十分に推察がついていたことでしょう。2,3回前に、・・・・・彼と、私の間の応酬を考えれば・・・・・と、書いていますが、この大銀杏倒壊の頃の、心理的なやり取りほど、緊迫したものはありませんでしたね。

 だけど、夫婦そろってルスをしている間に、数々の重要な品物が盗まれたり、漏電を狙うような、電線の被膜をむいた措置があったり、トイレのドアに黒マジックで、矢印を書いたりする、乱暴狼藉が同時に行われていた時期なので、平木さん一家にしろ、小野寺夫人にしろ、吉田茂穂宮司にしろ、おやりになっていることの裏側を、たどっていけば、必ず、伊藤玄二郎、もしくは、その裏に居る、井上ひさしにたどり着くはずですから、

 それらに対しては、どこかで、天が、制裁を与えるのも道理なのです。彼ら・・・・鎌倉エージェントたち、およびそれを支援している国際的軍産共同体は、『こちらには味方が多い。数の論理では、勝てる』と思っているらしいのですが、正しい方向で、動かない限り、勝てないのですよ。挙句の果ては、石川和子さんや、瓜南直子さんのように命を落とします。

 その、意図的に伐採をされた豆科の木ですが、 『天然記念物に指定されてもいいでしょうね』と、思うぐらいの珍しい大木でした。

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 なぜ、井上ひさしがアメリカキササゲを切ったほうがいいと思ったかの理由ですが、彼は、私が書いた文章のうち、できのよいのは見事に判るのです。で、『敷石を磨く男』と言う文章(世間には未発表)が、非常に出来がよいので、小町通の、御影石ブロックを全部削除し、カラーアスファルトに変更しました。

 この件でも、瓜南直子さんは、酷使をされていて、何がなにやらわけもわからずに、全日本あすはがれんと言うのを立ち上げて活躍をしていましたね。私をおちょくっていたわけです。

 その次が、このアメリカキササゲです。これも、『二人だけの音楽会』と言う私の文章の中に出てくるのですが、それが、できがよいので、アメリカキササゲがなくなったほうがいいと考えているわけです。2016年に、神奈川県立近代美術館、鎌倉館がなくなってしまうそうですが、これも、そういう方向性を持つ悪企みです。

 それから、鎌倉駅ホーム上に在った喫茶店もなくなっていますね。それも、私がそこで、井上ひさしに出会ったのよと、友達に電話を掛けたから、閉鎖され、跡形もないです。この跡形もないようにしていくというのが、彼らの発案の特徴です。

 が、私は、それを知りながら、『ああ、そうですか。でも、ますます、私に対する神様の慈しみは増えるでしょうね』と思っているだけなのです。別に嘆いても悲しんでも居ません。で、挿入から元へ戻ります。

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 それを理不尽に伐採してしまったことも、大銀杏倒壊の、30%の原因を占めているでしょう。吉田茂穂現宮司は、どうして、あれをばっさいなさったのかしら? 切り株を見ると、何も病気がないと見えますね。その時、ご自分で、『失敗した!』とは、お思いに成らなかったのかしら?

 また、きったほうが良いと信じたのは、誰から、何を、たきつけられたので、そうなったのでしょう。あの大銀杏の倒壊の、それは、第二の原因と成っていると思います。むろん、100%ではなくて、30%程度ですが。

 繰り返しになりますが、もう一回、強調をすると、井上ひさしが、どうして、この大銀杏倒壊の直後、(ほぼ、30日後)に、自分を死んだことにしたのかについては、 ・・・・・この倒壊と、自分が提案したアメリカキササゲ伐採との因果関係を、彼が天の制裁だと、直感したこと・・・・・・も、あったと、推察しています。

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 ここで、挿入ですが、・・・・・大銀杏が倒壊した2010年3月10日と、井上ひさしが、じぶんを死亡したことにした、4月9日の間に、一ヶ月の時差があるのは、死後も、自己宣伝をし続けていくための、準備期間が必要だったからだ・・・・・と、私は推察しています。

 三女の麻矢さんを呼んで、委細を言い含めるのに、時間がかかったからだと思います。こまつ座の運営者移転(長女から三女へ)も、時間がかかったはずです。元へ戻ります。

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 私だって、それを直感しました。ただ、私は、自分がわかっていることを、すぐさま、文章に書き表す、わけではありません。もうすぐ、大銀杏倒壊より、五年が過ぎます。それは、井上ひさしが自分を死んだことにした、時よりも、五年弱が経ったと言うことです。だから、ここで、今まで触れなかったことに触れました。

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副題4、『井上ひさし、(または、他のエージェント)が、キササゲを、切り倒そうとした、原因となった、私の文章』

 それは、最初メルマガの配信用文章として書いたのですが、後に六冊目のエッセイ集『おばさん、おつりを忘れているよ』の中の第45章として、再録しています。それは、2009年の夏に発刊をしたので、ほぼ、5年も、本作りを休んでいますね。うーん、まずいかなあ? だから、つけ込まれているのかな?

 まあ、それは、それとして、八幡宮の境内にある、天念記念物に指定されてもよかったと思うほどの、珍しい大木を切り倒したいと、文章の達人が思ったらしい名文(?)を以下に置きます。皆様も、どこが、名文なのかを、ご判断いただきたく。

第四十五章『プロの朗読者と私と、二人だけの音楽会』 

 私は、夜遅く小町通りを通る時、あたりに誰も人がいなくて、しかも気分が高揚している時には、歌を歌う事があるのです。今日はね。それほど、気分が高揚しているわけではありませんでしたが、それでもほっとしたというか、なんとないやわらかい気分であったのです。     

 すると、対抗方向から、すごく良い声が聞こえて来ました。割と大きな声で、歌っている男性が歩いて来ます。すれ違う時に観察すると若くは無い。(実際には五十三才だと後で聞きますが)それが驚きでしたが、すれ違って数メートルしてから「もし、もし」と、こちらから声を掛けて呼びかけました。すごく良い声だし声量が只者ではない大きさで、あとで、プロの朗読者であり、鎌倉の喫茶店でお金を取るパフォーマンス『芥川龍之介の、奉教人の死』をやって来たばかりだという事が判るのですが、それを全然知らない時点から、私には感覚として、特別な人だと判ったのです。

 それで「あなたは、音楽がとても好きそうね。私も大好きだから、二人だけの音楽会をしません。どこか人のいないところで」と提案をしたのです。で、そういう場所として、八幡宮へ向かいました。彼は、源氏池の傍にベンチがあるといいましたが、私は最初から、鎌倉近代美術館(鎌倉館)の庭にあるアメリカ・きささげの傍を考えていました。私にとっては、その美術館はほとんど、我が家の庭みたいなもので、朝な夕なに横切るし、そのアメリカ・きささげは、こどもと一緒に三十八年前に記念写真を撮った事があるのですが、その頃は、ほとんど、ベンチ代わりにできる高さで、臥龍のごとく横たわっていたのです。 

 そこに一人が座って、もう一人が美術館の玄関(これは、普通は内部のスタッフだけが使うものですが、ちょうど、高めの三段の階段になっているので、舞台としては、とても、適当です)で歌おうと考えたのです。
 しかし、まったく成長をしていないように見えたアメリカ・きささげは、意外にも結構成長をしており、横たわっているのにもかかわらず、その幹が地上よりは、ずいぶんと高いところに在って、とてもベンチとしては使えず、反対に、電気がついている玄関の方を観客席として使い、電気がついておらず暗いきささげ側に歌い手側が立って、パフォーマンスをする事になりました。
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 最初に彼は、おおたか静流(しずる)の歌を二曲歌いました。私は、今までは名前も声も知らなかった歌手ですが、コマーシャルソングの女王として、その声は日本中の人が知っているそうです。そのあとで、私が最近凝っているピアチェ・ダモールと、例の荒川静香のトリノオリンピック優勝時の音楽『誰も寝てはならぬ』を歌って、その後でお互いの音楽人生を語りながら、
 彼が、杜甫の、『春望』(漢詩)・・・・・・これは、作曲者がおらず、中国語の四声(イントネーション)を、生かしたものだそうです・・・・・を歌いました。
 このあたりで、彼を只者では無いと確信した私が問いただすと、プロの朗読者である事がわかりました。ただ、とても純粋な人のようで、私と同じく、その芸術だけでは、とても食っては行けないそうです。

 その後で、私は、今まで聴衆に一番受けた(PTAの宴会でしたが)歌として、春日八郎の『長崎の女』とか、他人の前では、高音部が出るかどうかに自信が無いので歌った事が無いが、四十代では最も好きだった歌として、トスカから、『歌に生き、恋に生き』を歌いました。が、どちらの曲でも、さすがに二十年が過ぎていて、最高音部は出ませんでした。


 春日八郎をこっちが歌ったので、彼も安心をしたのでしょうか? 天才以上の人として彼が思う、しかもその死によって、彼が突然歌に目覚めたという、美空ひばりを四曲歌いました。彼は美空ひばりについての音楽評論を何本も書いたそうです。インテリにして芸術家だったわけです。だけど、まだ無名だし純粋そうで、だから生活は苦しそうです。私とそっくり、・・・・・それに、後で、彼のビラを見せてもらったら、『風狂の朗読者』と書いてあったので、私がいつも、社会現象(および政治)について書く時には『風狂の歌い手』という呼称を使っているのとも、ぴったり合致するわけですね。

 ただ、歌い手としては、本当に驚くべき、表現力のある人で、すばらしい歌唱でした。私は、普段は美空ひばりを嫌いなのに、ねじ伏せられてしまいました。
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 このあたりで美術館の内部から、警備員さんが二人出て来ました。私が、断りを言うと、「どうぞ、どうぞ、ご自由になさってください」といわれましたので、ふたりの、パフォーマンスが、相当、レベルが高かったと皆様にも、お考えをいただきたいのです。

 その後で、私は、カタリ(これは、パバロッティの持ち歌)とか、ハバネラ(カルメンより)とかを、全力でしかも、身振りを付けて歌いました。聞き手のレベルを信頼できるし、環境がすこぶる良いのです。誰も邪魔者は、聞いてはいない。セミだけはうるさいが、さすが鎌倉です。八幡宮を参拝か、帰宅のために通る人たちも、別に私たちの方へ近寄って来るわけでもない。そうです。こういう真に文化的な事を、突然にやっても、きちがい

(差別用語? でも、私は使いたい・・・・・誰かを指しているわけでもないし)だと思われない街だと、私は信じているのです。最後に、私がグノーのアヴェ・マリアを歌って、その後で、打ち止めにしようと提案をしました。

 で、二人とも静かになったわけですが、私が引き続いておしゃべりをしたのです。つまり、「グノーのアヴェ・マリアが、普段より低いキーになったわ。これは、あなたの影響だと思う。あなたは、男性としては声のキーが高いのではありませんか。だから女性の私が影響を受けて、このアヴェ・マリアを、元のキーで歌いました。普通はもっと、高いキーで歌うのです」と・・・・・・・

 すると、静かになったのをいぶかしんで、中から警備員のうちのお一人がもう一度出て来られたのです。そして、「もう、おしまいですか?」といわれました。「すごく良い声で、リクエストをしたいぐらいです」とも。私が、「こちらの男の方はお上手ですが、私は駄目だったでしょう?」というと、「いえ、リクエストしたいぐらいですよ」といって下さったのです。で、私が、「ではお言葉に甘えてトライして見ましょう。何か、歌のタイトルを仰ってください」と促すと、「では、青葉の笛を」と仰るのです。で、「あーおばしーげれる、さーくらいのー」と、楠正成の歌を歌いだすと、「それでは、ありません」と仰るのです。


 「そうではなくて、敦盛、ただのり、兄弟の話です」と仰って、平家物語の中の、その段の説明を始められたのです。すると、それを聞いていた朗読者の方が『僕、平家物語の朗読をしましょうか」といい出したんですよ。
 それで、多分、六十才代であろう、その教養のある警備員さんと、同じく六十才代である私のたった二人だけで、そのご本人が言うに、総計二十分は掛かるという「義仲の最後」の段を聞いたのです。

 ああ、それは、たった三分ほどに感じられました。

 皆様、今日の文章はどこといっておとしどころのない話です。山場も無い、逐一の状況説明のお話です。でもね。私が言いたい事は、最高で、かつ良質なものは、意外なところに在るという事なのです。テレビでもない、新聞でも無い。全く、違うところに、 ひそやかに在るという事なのです。それが、ご理解を頂きたくて、これを、書きました。                   

                                     二〇〇六年八月二十九日

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副題5、『吉田茂穂、現、鶴岡八幡宮宮司様に言いたい』

 私が、井上ひさしの本質を知ることとなったのは、鎌倉防災無線のおかげです。それと、鶴岡八幡宮様が立てる異常な騒音(または、無意味な大音響)のおかげです。

 以前、普通は、昇殿して祝詞をあげてもらう人のために、2分程度連打されて、曽野後は、終って静かになる筈の太鼓連打が、五分以上続くときがあって、それで、政治的な問題が読めてくるといいました。ブログにそれを、書きました。しかも、あるとき社務所に、電話をかけたら、それは、行事があるときに、午前10時に鳴らすものですと、理由付けがなされたと、も、書きました。

 だが、そんなことはないのです。私が、重要な文章、そして、伊藤玄二郎たちが困ると考える文章を書くと、一日中、時間は、むちゃくちゃに、その20回以上の連打が続くのです。

 その上、最近だって、その連打は、午前10時とは限らず、鳴らされるのです。

 が、その後で20分も連打されたときがあって、『おー、おー、なるほどねえ。やはりねえ』と、感じ入ってしまうのですが、それ以外にも異常な音は数々あるのです。特に、2008年と、2009年はひどくて、音楽会が催される日には、午前、9時前から「マイクの試験」が大音響で始まるのです。誰か周辺の住民が「どうか、静かにしてくださいませんか?」と、

  ともかく、吉田現宮司には言いたいです。「あなたは、あの太鼓連打をどこから、頼まれてなさっておられるのですか? そして、理由は何ですか?」と。私に言わせると、「間に誰が入ろうとも、その原案は、井上ひさしが案出しています」となります。

 井上ひさしって、小さいときは、ほぼ、孤児同然だったのですよ。だから、母親がカソリック系の施設に預けて、彼は、一応ですが、カソリックの洗礼を受けています。そんな人間の支配下に下っていいのですか?と。

 あなた様は、別の名神社の生まれだと、推察しています。お家柄は、抜群にいいはずです。しかも、職場は、2000万人の善男善女が訪れるといわれている、抜群の人気を誇る神社です。平安神宮より、春日大社より、・・・・・

 そして、事実上、伊勢神宮よりも、出雲大社よりも参拝者が多いでしょう。だから、日本一人気のある、おやしろのトップです。

 そんな立派なお社のトップが、私から見ると、孤児出身で、今は、フリーメーソン化したかどうかは知りませんが、世界の第権力者、国際的軍産共同体に、かわいがられているとしても、一個人ですよ。そんな人間の発案に乗って、

 800年もの伝統がある神社の大切なお宝である、大銀杏を倒壊させてどうするのですか?

 怖いのですか?彼らが? 何を脅かされていらっしゃるのですか? 何か、弱みを握られていらっしゃるのですか?

 そりゃあ、想像すれば、いろいろ、想像できないこともないですが、それほど、悪いことをなさっているとは思えません。たとえば、かわいい巫女さんに手を出した過去があって、それをにぎられて居るとか? そんなことはないでしょう。絶対にないはずです。そう信じていますよ。

 ただ、ただ、伊藤玄二郎と、過去に、お酒を一緒に飲んだとか、そのほかの、個人的な付き合いがあって、頼まれたから、なさっておられるのでしょう。

 ただ、彼らは証拠を残さないように振舞うために、公的な機関にやらせるのが好きですから、神社庁から命令がきていますか? それとも、鎌倉警察署長からですか?

 デモ、発案者は、伊藤玄二郎と、その二人羽織として、真夜中でも、同時進行的に、私のパソコンの画面を見ることができて、そして、突っ込みどころを見つける井上ひさしです。

 また、美術館関係の提言は、酒井忠康氏から、入るでしょう。だけど、これもまた、同じアナの狢です。常識で考えてください。夕方から開く音楽会のために、朝から大音量で、マイクの練習をすることは、近隣の迷惑です。

 それから、長時間の太鼓連打ですが、異様な感じがします。清浄な場所で、崇敬の的であるはずの鶴岡八幡宮が人間を脅かしている。そういう音です。どうして、ああいうことをなさるのですか? 行事のために太鼓を鳴らす。内部通達機能はないのですか?

 また、流鏑馬などは、商工会議所やメディアに情報を流していらっしゃるでしょう? どうして、太鼓を連打しないといけないのですか?

 しかも、その目的がなんだか、判っておられますか? 私の近所に住む、わがままで、驕慢ないじめ主婦軍団が大失敗を過去にしているのを、隠すためですよ。それは、物証があるので、ぐうの音もでないほどの、隠せない事実ですが、私をノイローゼにさせて、入院させちゃえば、私がそれを、書けないでしょう。そういう目的のために、八幡宮様派、市益されていらっしゃるのですよ。特にその主婦軍団の中の石川和子さんが、伊藤玄二郎の元愛人だから、こういうことになっています。

 八幡宮様が大音量の騒音を発しなさるのは、私が音楽に関する文章を数々書いていて、それを読むと、耳がひどくいいらしいと、井上ひさしと、伊藤玄二郎が見なしていて、音によって、混乱させ、ノイローゼにさせようと言う魂胆だからです。デモ、理由が判っているから、すべて、「あ、そうですか」と、軽く右や左へ流していて、ノイローゼになんか、なるはずもないです。

 ここまではっきりと書くのも、昨年末に、山の下の道路で、小野寺夫人(お隣の女性で東大卒だと思われるひと)と、大原光孝(画家であるが、いろいろな、問題が、私との間で、横たわっている難物)さんが、小細工をしていたからです。彼らは小細工をすれば勝てると思っているみたいですが、私の方から見れば、「ずっと、忍耐して黙っていたことを書いてもいいんだと、天から許容をされるスイッチが入る」ということなのです。まったくこざかしい人たちです。

 あなた方が実行したことが、鶴岡八幡宮の、隠された秘密を、ここに表記する機縁となっているのですよ。あのね、文章はすぐには書けません。すでに、その時から、2週間はたっています。今、やっと、その因果関係を表記いたしました。でも、ここまで書いても大原さんは、反省しないでしょうね。中目黒の大原さんと言う元、製紙会社重役だった人が殺されても、シャーシャーとしている人物だから。『女子と小人は養いがたし』の典型だと感じています。そちらの殺人事件は、大原さんと言う名前(苗字)が共通だから、それで、私がびびるだろう。だから、書けなくなると見なされて、その人は、殺されました。

 でも、あまりにもこちら、雪ノ下の大原さんが、シャーシャーとしているので、目黒の方の殺人は、実際には行われなかったのではないかと、思うほどです。子供も居て、孫も三人もいるのに、他人が、自分の悪さの後始末のために、殺されても、シャーシャ-としている神経は信じがたいです。

 奥様やお母様は、「うちの光孝さんは、繊細だから、会社勤めができません」とおっしゃるけれど、繊細じゃあないですよ。ぜんぜん鈍感です。かれが鈍感だという証拠はいくつもあるけれど、ここでは触れません。

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副題6、『井上ひさしとは、鎌倉にとって、インヴェーダーか、道鏡か、それとも、ラスプーチンか?』

 吉田宮司にしてみたら、なぜ、私どもの所有物件を切っただけで、これほどの、ことを言われないといけないのですか? と、おっしゃるかもしれません。だけど、ここ3年間に、私が書いたものを部下に読ませてサマリー(要約)をご自分の掌中に入れてください。

 簡単に繰り返すと、伊藤玄二郎と、後近所主婦、安野夫人や、前田清子さん、+、曽野夫達を見ていると、数々の殺人事件をもって、彼らが、自分達が勝つように計らっていることがわかるからです。無論のこと実行犯は、彼らではありません。

 プロの暗殺者が、ブルーカラーとして、意味もわからず、実行をしています。だけど、厚生事務次官殺し、シリアアレッポでの、山本美香さん、襲撃事件、アルジェリアの日揮社員襲撃事件、谷垣さんの死刑執行の多さ、平成の八墓村事件、富山の天文愛好家殺人事件、京都の餃子の王将の社長銃撃事件、北九州市の、漁業組合長、殺害事件、これらすべては、暗黒の世界を支配するプロのブルーカラーの仕業でしょう。すべて殺人者と、被害者の間には、因果関係がないはずです。

無理に作り上げたり、過剰にあおったりするものはあります。構成事務次官殺しの犯人、小泉毅は愛犬を、保険所に連れて行かれたから、二組もの、厚生事務次官を殺したのだそうです。それから平成の八墓村事件は、もっと複雑ですが、保見容疑者が、どういう形でか、利用をされていると、私は見ています。

 最近、私のブログの文章が、以前より、真実に迫っているので(そうですね。題材によっては、50%ぐらいの、真実を語っています。以前は30%規制を自分に掛けていましたが)

 急に、保見容疑者が、起訴されることとなりました。彼は、実際にはやっておらず、精神異常と言う形で、放免されることを約束されて、犯人役を引き受けていると、私は見ています。誰かが、見事な弁舌で、それを納得させたと見ています。

 で、あいまいなままにしておいて、世間がこの事件を忘れた頃に、放免される予定だったのですが、再び、この事件について、私が書くといけないと予想をして、起訴することにしたそうです。

 だけど、小泉毅のほうですが、私は控訴しないと覚えているのに、控訴したことにwikipedia では、現在はなっています。それなのに、高裁とか、最高裁での法廷がまだ、開かれていません。もしかするととっくに海外へ逃げさせられていて、海外で、殺されているのではないかしら? wikipedia だけは、そういっていても、ずっと、裁判が開かれない可能性もあります。たdさし、ここで、この様に、書くと、裁判が行われる可能性もあります。ともかく、八幡宮様の宮司様が付き合ってはいけない人々と付き合って居られると思います。

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 これから先はメモのみ置いておかせてくださいませ。

  メモ1、NHKBSプレミアム、2013年12月27日、コント劇場、22時より23時まで。

 メモ2、空の鳥を見よ、野の花を見よ。彼らは、つむがず、耕さず。

 メモ3、人間は60兆の細胞でできていて、一つの細胞の中の原子数を数えた人間は居ないが、仮に、10万の原子が含まれていると仮定をすると、人間は、6の10の18乗倍の原子でできている。その原子同士が、マイナスイオンの交換をしあうという化学反応によって、人間とは、話す。食べる。考えるなどの諸行動ができるのだが、

 60の、10の18乗倍と言う原子数で、競い合うなんて、たまたま、の、いさかいであって、すべての人間は原子レベルに直せば、ほとんど、平等なのである。

 東大を出ようが、大臣神社の宮司をしていようが、科学の反応から見れば、すべての人間には大差がないのだ。

 策謀をする人たちは、策謀をしない私を馬鹿だと思っているだろう。だが、私は策謀をしないが、策謀をする人たちを、馬鹿だと思っている。所詮は哲学の問題だ。が、策謀をする人間達を見ていると、恥ずかしい動物だと思ってしまう。人間とはもっと上等に生きていけるはずだと思っている。

 特に、『隠れて、策謀を行う井上ひさしなど、最低中の最低の人間だ』と、私は思っている。

 さて、まだ、完成していませんが、ここを完成させるより、先へ次の文章を書くほうへ移行をいたしました。

 で、完成して居ませんが、署名と日付は入れておきたいと思います。

 なお、このブログの、2010年より、数えはじめた伸べ訪問回数は、 1966585です。

 実際には、2014年1月2日の夜から書き始めているが、更新(公開)の日時を二日の夜に、移動をした。   雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)

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