副題〇、『今取り組んでいることの概略を説明させていただきたい』
私は、1978年=今から45年も前ですが、急に表に出てきた、・・・・・北久里浜の水道山がタダで、ある個人の手に渡った、実質的大詐欺事件・・・・・を書いて居る最中です。昔からも書いて居ます。だが、どんどん、深めていっています。
今は、その当時、私を助けてくれた二人の弁護士について触れている最中です。主役は、当時東京第三(多分こうだったが、第二だったかもしれない。名刺が、行方不明だから、正確な数字がわからないが?)弁護士会会長だった栗原勝弁護士です。この方は、大学時代の、友人の父君です。
私は最初から、氏を頼ったわけではありません。
その前に、自分と同年齢で、高校時代、仲良しだった、と、信じる青山敦子弁護士を訪ねて援助を乞うて、います。それを書き始めたのが、前報
1966年日比谷花壇で懇談中の司法修習生達がいた。あれが既に敦子弁護士をCIAが取り込んでいた証拠だと、今では、判るのだが 2022-09-24 21:13:53 | 政治
です。実は、栗原勝弁護士について触れ始めたのが、後注1においてある二本であって、そこには、栗原弁護士の事は、事実の十分の一ぐらいしか書いて居ません。でも、その時点から,44年後の、本日(=22-9-25) の朝、NHK画面に、栗原弁護士の懐かしい日本橋・兜町のオフィスが、入っているビルが、NHK画面に出てきました。で、とつぜんにまた、栗原弁護士に戻ります。
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副題1,『22-9-25 9:32 AM 主人がチャンネルをNHK BSPに合わせていたのだが、そこで、突然に、栗原勝弁護士の事務所が出てきたので、ちょっと、衝撃を受けた。この画面を今、放映することが、自然な事か? 仕組まれた事か? もし、仕組まれたことだと、書いてしまうと、一般の読者は、「今は、北久里浜の事件からは、43年後でしょう。まさか!」、と言い、私は、そこから、連想妄想が激しいとなって、統合失調症だと、言われることとなる。それで、今、大問題となっている平木伸明さんんと、この山のすべての人々は、大喜びをしかねない。したがって、驚いた私は、NHK 朝ドラの歴史を調べ始めた。
すると、その画面が浮かんだ、ドラマ、朝ドラで「本日も晴天なり」と言う物でした。再放送らしいのですが、それにしては、番組宣伝が、なかったなわと、思い当たります。私狙いの、いじめ用番組は、ドラマ、教養系と、多数出現をしており、私は番組宣伝が無かったが故に、これは、今、ブログに書いて居る事への嫌がらせであろうと判断をしました。それで更に調査を重ねました。
そしたら真相が判りました。東出昌弘が朝ドラごちそうさんの最終局面で、豚を抱いて出て来て視聴者を面食らわせたのと同じく、当時は公的にも生きて居た、井上ひさしが、自分のアイデアが優れて居ると過信をして入れさせたであろう画面であり、100%の私狙いでした。
だって放映の開始が1981年の秋でした。10月5日からです。当時は機材も古いしNHKの態度も権威主義的で、高い完成度を求めて居たと推察されるので、撮影には時間がかかったはずです。それで、1980年度中には撮影が、開始されていたと、推察します。その前に脚本を頼まないといけません。小山内美江子さんです。今は熱海に住んでいる人ですが、当時は東京に住んでいたでしょう。
彼女に脚本の執筆を依頼したのが1979年だと、推察すると、1978年の秋に起きた、北久里浜の地籍変更届(実質的大詐欺事件)の直後であり、このドラマ全体が、その事件の裏に隠されている巨悪を見破っている私へ対する復讐とか、威圧を意図していたと、理解ができます。
しかし、当時の私は、テレビは3チャンネルの日曜日夜以外、全く見ない人だったので、何も気が付かず、威圧も、受けないし、脅かされてびくびくすることもありませんでした。
しかし、本日、その番組に関する懸念が初めて脇、一応録画をしておいてアリアmす。しかし、気が付いたのが遅かったので、二回目からです。日本橋の現状が登場したのは、一回目だけのはずで
@@@@@@ここが第一の書きかけ中の最先端です。
副題2、『ここで、9月21日(後注1内)に描いた栗原弁護士の姿を繰り返したい。コピペして置く』
上の写真は、2008年のもので、北久里浜の事件から、30年後のものだけれど、それでも、まだ、ひ弱で、優しそうでしょう? 場所は静岡県立美術館の庭で、美術館のスタッフがえさを与えているらしい、まるまると、太った保護猫と遊んでいる姿です。
これが、1978年だと、もっと、弱々し気だったでしょう。
東京第〇弁護士会会長の、弁護士さんが、事が解決した後で、内容証明を見せに行ったら、「あんたは、すごく頭の良い人なんだね。この内容証明は、驚くべき、できの良さです。最初はね。あんたの事を典型的な被害者像の、人間だと、見ていたが、全く違う。正反対だ」と、言っていただきました。
この内容証明ですが、私が、自分の家用の敷地を買ったとき
には図面に無かった、青地というものが、この、益山さん(名義は、大建産業)が、水道山1200坪をただで、自分のものにできる設計図(地籍変更届に付記されているもの)にはついていました。それでびっくりして、高校時代同期で、これまた東大卒の、友人(もちろん、弁護士ではある)を、訪問して助けを乞うたら、港区で、開業している彼女は、育児休業中でもあり「こういう事は、どうしてよいか、判らない」と、言われるので、
別の日に、大学時代同期の、友人の父君を訪ねたのです。すると、自宅で、プロ野球中継を見ていた、その紳士は、振り返りもせずに、「明日、事務所に来なさい」と、おっしゃっるだけだったのでした。
それは、この節で書いた、典型的被害者像だと、その紳士が考えていたからでした。
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典型的被害者像とは、外見がいかにも弱弱しくて、吹けば飛ぶような感じがするということ。したがって、相手から馬鹿にされやすい事。また、お金や、労力を、理不尽に、分捕られることが多・・・‥そういう人間を指します。
で、次の日、兜町のオフィスを訪問すると、その紳士は、「これは、僕の専門ではないから、僕が手を出して、助けてあげることは、できないけれど、方法としては、あんたが、一発、内容証明を出せばいのですよ。法務局に対して。・・・・・ふん、いやな、木っ端役人目」と吐き捨てる様におっしゃったのでした。
この紳士は、日本橋兜町の、証券会社のすぐ近所のビルに、事務所を持つ、経済専門の、企業・顧問・弁護士でした。1970年代とは、日本の経済が、活気があるころで、社会的エリ-トとは、大企業の課長職以上に、在籍する人を指しました。白いピリッとしたワイシャツに、紺のネクタイを締めて、丸の内へ、出勤する人たちが、エリ-トであり、開襟シャツを、着て、ネクタイを締めないで、二階建ての庁舎に勤務する、法務局の男性は、だらしがなく見えました。
尚、22日の午前三時ごろ、書いているうちに、寝落ちしてしまい、栗原弁護士に対して失礼なところで、終わってしまったのではないかと思って、心配になったので、書き始めたのが後注2です。
@@@@@@ここが、書きかけ中の最先端です。
昨日=2022年9月24日は、サントリーホールに音楽を聴きに行っていますが、その間2時間、その前の午前中は二時間、例の生活保護費不正受給の問題から始まっている兵糧攻め対策に奔走し、また、演奏が終わった後では、あること(内容は開示できない)に夢中な二時間を過ごしました。
後注1,
益山重夫元海軍参謀の、葬儀の日、瀬島隆三元陸軍参謀は、私から6mの位置で、威圧をして来た。脅かすつもりだった模様 2022-09-21 23:13:28 | 政治
後注2,
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