goo blog サービス終了のお知らせ 

銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

金メダルかもしれない、国母選手(その三)

2010-02-15 13:08:40 | Weblog
 最初にお断りをいたします。本日は、身を守るために、珍しく、13時間で更新しています。で、夜自宅でごらんをいただく方は、下も空けていただきたく。そこには、国母選手の金メダル取得を予想している預言(?)が書いてあります。単なる笑い話ではなくて、政治が絡んでいるので、彼が金メダルを取る可能性が出てきたのです。
では、以下に半日で、更新した本文を、 
~~~~~~~~~~~~

 私はよく預言者といわれたりします。そういう風にいってくださる方も一種の預言者であり、お互いに他者を知るということとなりますが、預言者なら、ここで、国母選手の最終的な成績も予測をしなければなりません。

 彼は金メダルを取るかもしれません。馬鹿にしていてはいけないかもしれないのです。その論拠は二つあります。ひとつはヒントをNHKこどもニュースから得ました。
 この手の競技は、やっている人の数が非常に少なくて日本では各種目、50人以下だそうです。となると、類推して、ほかの国でも競技人口が少ない可能性はあります。その中で「ち、うるせーな」とうそぶいた国母選手には「勝たなければいけない」という高い動機が生まれました。「勝てば官軍だ」というのは、彼だって分かっているでしょう。

 名ばかり管理職で、遅く帰ってきて誰もいない部屋で、コンビニ弁当を広げる今時の若い人から見れば、21歳ですでに結婚をしているとは、嫉妬の対象(?)に成るはずです。『変だぞ。勝負に勝つためにセックスが必要だと主張するから、親がお金(=生活費)を援助するのかな?』とか想像をされていると思います。

そのファッションにおいて批判を受ける前はともかくとして、ここにいたって、それが、分からないほどのおばかさんでもあるまい。となると、火事場の馬鹿力が出るはずです。

 その上、もうひとつ、金メダルを生む、可能性が出てきました。それは、応援の多さです。他人の思念がある人物を動かす例はあるのです。では、誰の思念(応援)かというと軍産共同体のトップ陣の思念です。

 実は私は国母選手を、だしにして、政治的なメッセージを送りました。それは、「アメリカにおける、または、日本における、貧乏人をもっと大切に思い、かつ支援しよう。今のままではまずいよ」というメッセージです。それを、マイケル・ムーア監督の作品を通して、間接的に、または直接的に、語ってきました。その監督を言上げして、紹介するのは思想が同じとみなされることでしょう。

 いや、そんなことは言いたくなかったのです。マイケル・ムーア監督については、長年の間、心して触れないように努めてきました。映画を見る前から、言っていることが想像できて、それは、私が乗っかっては危険な分野でした。つまり、大金持ちは特権を駆使してあらゆる組織を動かすので、個人で対抗するのは無理だからです。大金持ちを批判することは、危険な技です。

 だから、黙っていて、マイケル・ムーア監督のメッセージも、今回でも、途中で言いやめたかもしれないのです。または、将来へ、ペンディングとして置いたかも。

 ところが、写真で見た国母選手のファッションが、ムーア監督が言う、『アメリカが、こんな国になってしまったのは、奴隷制度があったからだ』を体現している、黒人少年風ファッションだったので、その重要で危険なメッセージが、言い易くなってしまったのです。国母選手さまさまです。(?!?!?)
~~~~~~~~~~~
 となると、それを言われては最も困る富裕層が、ひそかにしかも、熱心に国母選手を応援するから、結果として、金メダル取得を祈る可能性はあります。そうすると、それらの思念が集合して大きな力となルカも知れないのです。今日のウエブニュースでは、早速、スノボー界固有の洋服を売っている会社が「腰パンは普通のことです」と擁護していましたし。

 そういう思いが、大集合をして、国母選手は、金メダルを、とるかもしれないのです。まさか、八百長さえ歯ないと思いますけれど、それがあるがためにテレビ中継がなされなかったりして、・・・・・いや、このごろ、なんでもアリの世の中だと思いはじめましたよ。
ブログで、映画『シッコ』について触れたら、それ以降何も外出していないのに、ソ連たるビデオが家の中から行方不明になって、12000円もよけいにTSUTAYAの支払いをしなければならなくなったし、・・・・・ところで、これが、LATEST(ごく最近の)どろぼうです。

 かれらは、キーアイテム(今回は三枚借りていた中で、ブログに取り上げた『シッコ(医療問題を取り上げた映画』だけを盗んだし、その上、たんすの中の女性用下着を、主人の方へ入れ替えて(これは、過去に何度もやられています)かえっていきました。これが私向けの恫喝です。他の人には他の人向けの恫喝をやっているのでしょう。こういう忌まわしい悪さを、思いつく人間が、何度も過去に実名で取り上げた人(世界中の大資本家の手下としての奉仕)の可能性があるわけですが・・・・・私が怒るのは、その手下としての働きを摺る人間は、警察とも仲良しだし(それは、NHKの番組に出演した時の発言内容でわかったが、)共産党とも仲良しなのですよ。こうもり以上に面妖な人間です。

 そういう世界ですから、コングロマリットの連中は何でもやるのです。で、国母選手の金メダルも、確定的に、彼に、とらせるかもしれません。ムーア監督や私が発言でしにくく、なるような方向へ持っていくために。彼女は国母選手を批判したが、どうだ、彼は金メダルを取ったよと、言う形で・・・・・
~~~~~~~~~~~
 
 と、ここまで予測をしておいて、「毒を食らわば、皿まで」ですから、より本筋に入りましょう。

 つまり、マイケル・ムーア監督やら、その作品についての尊敬の念を吐露することです。

 監督は、もっとも発言するのが困難なメッセージをユーモアにくるんで、一種のよい意味でのだまし討ちの中で、鑑賞者に伝えてしまいます。

 そのひとつが、フリント(GMの主工場があったところ)の衰退と、そこで働いていた父が沖縄戦に参加していたという事実です。父君は、マイケルほど太っておらず、知的な印象の人で、寡黙な人みたいです。でも、愛情豊かにマイケルを育てたので、末っ子のマイケルは物怖じをせず、本音で他者とぶつかる青年(または人間)として育ちあがりました。

 そして映画内ではそれは、知らされては居ませんが、広島を訪れて、資料を4時間にわたって学習し、映像も全部見たそうです。日本車の大発展と大攻勢をかけた輸出によって、壊滅的打撃を受けたフリント育ちでありながら、日本に対して、感情的にならず、戦争の被害者としての、一般人について学習して帰った方なのです。器が大きいです。

 東部のアイヴー・リーグの名門を卒業したわけではなくて、一種の田舎者ですが、それゆえに、かえって、まっとうに発言できる存在なのです。

 かれは、未来への希望として『ローマが滅亡した』という事実を挙げています。こういうところは映画観賞上は<ネタばれ>というものですが、皆さんが、将来映画『キャピタリズム~マネーは踊る』をご覧にならないと仮定をして、はっきりと申し上げます。今日15日まで武蔵野館(新宿)でやっては居ますが、この寒さの中、わざわざ映画館へ足を運ぶ方が居るとも思われないし。

 また、ムーア監督は、団結の尊さと、行動を起こすことをも、薦めています。これは、いじめの問題を考え続けてきた私にとっても、正しい手法です。黙ってやられっぱなしで居てはだめで、戦わなくてはなりません。だけど、それこそ、当局というか国家の上層部が、最も恐れていることなのです。それゆえ、私もそのことには今まで触れられなかったわけです。

 私自身だって、アジテーターとして、決起するつもりは無いのです。静かに毎日、文章を書いたり、絵を描いたりしていたい人間です。だれだって、その人固有のカタツムリの殻があって、その大きさに沿って生きているわけです。

 私の殻は小さいです。でも、やむにやまれぬ思いで、発言をすることはあります。そうせざるを得ないときがあります。マイケル・ムーア監督もその手の一人であって、現代の預言者の一人です。それを、皆様にお伝えしたかったわけです。

 そして、『預言者は、世に容れられず』という言葉があるとおり、普通は名誉やお金には恵まれません。でも、マイケル・ムーア監督は稀有なほど、成功しました。それは彼が熟考しぬいた、映画の筋立てによるところも多いが、彼のいわゆる人徳も加勢したと思います。彼の製作した映画四本は、ごく、最近、特に、2010年の二月に連続してみたのですが、すべてに大切なメッセージが入っておりました。そのことを私が皆様に伝える動機を与えてくれた、国母選手には感謝します。
 それゆえ、まったく間接的にですが、彼には、天の恩寵がくだり、金メダルを取ることが可能かもしれません。・・・・・・これが、彼の成績に関する予言です。
~~~~~~~~~~
 なお、皆様に、ご安心をしていただきたくて、あえてそれも付け加えますが、私には不思議な形で、恩寵もまた下っています。どうしてか、一部の人には「あなたほど、恵まれている人はいない』といわれていて、それは、他者が早死にしたとき、・・・・特に自殺をなさったりしたときに、『ああ、私が持っているラッキーポイント・・・・それは、ごく普通のレベルのものです。別に誇るべきものでもないが、・・・・。を、彼女は、もっておられなかったのだ・・・・・と、気がつ区時があって、わかりました。

 夫も居て、こどもも孫も遠くで、無事に暮らしている。持ち家もあって、その中で、どんな時間でもお風呂に入れるし、あがれば、猫がそばについていて、私をかまってくれる。だから主人が居ないときでも、こころがさびしくない。そして、長年美術の世界で努力をしてきた結果、・・・・・時には豪語するように、・・・・・2000人から5000人の知人が居る。海外にも修行に行くこともできた。

 と簡単に総括すれば、それは、極上の生活かもしれません。非常に苦しいときもあるのですよ。上にあげたように、女物のパンツが、男物の引き出しへ移動をしていたりするのを発見するときは、いやな気分に成ること限りが無いです。でも、私なりに、この国やら、国民へ奉仕をしているつもりもあって、それに対して、天は不思議なバランスを取ってくださって、ご褒美も与えてくださっているのです。その喜びのほうは申し上げたくないのですが、というのも、敵がすぐそれに着目をして、悪さを仕掛けてくるからです。ひとつ言えばお風呂にはいると、「お前が入っているのを知っているよ』という風に鈴を振らして夜警が回る。つまり、お風呂を何時に入るかという人間の基本的な尊厳さえ奪ってくるのです。

 その夜警はあるときそっと出てみたらわかったのですが、ご近所様で、午前零時過ぎでも回ります。そして、その男性の家は、警察官立ち寄り所13番というブルーの看板をかけています。そして、門前にさらに紙のポスター(警察のもの)をぼろぼろになるまで貼っています。だから、私は『日本の警察は、CIAの手下となっている』と断言するのです。そんな小さなところにまで手を伸ばしてきています。

 こちら(鎌倉市雪ノ下2-3-7)に、ご訪問をくださったら、誰でも納得をなさいますが、我が家の近辺は、まったく静かな環境で、もし、悪人が出没したら、それこそ、CIAのたくらみというか、変装でしょう。そういう環境の中で、できるだけがんばっているのが私なのです。
             2010年2月15日書き、送るのは、別の日に。雨宮 舜
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

続、国母選手、6歳の子が友を撃つ時、母は何をしていたのか

2010-02-15 01:58:29 | Weblog
 私は一気に長い文章を書くのですが、それを、発信するのは抑えます。お読みになる方が、お楽に読んでいただけるように、ブログは、一日に一回更新することを、ルールとしています。12年続けているメルマガではオリジナリティの問題から一日に数通を一緒に発信してしまうこともありますが、まだ、ブログは始めて、一年半ですから、気を使っているわけです。

 それで、時事問題を扱うと、自分の文章が世間一般の流れと、一日で異なってくることもあります。国母選手の問題も圧倒的な熱を込めて報道をされたと思ったら、14日は一転、冷え込みましたね。その際、ホリエモン(さん)が、「あれは、一種のいじめではないか」と発言をしたとの、ウエブニュースも見ました。もちろん、ヒステリックに加熱するのは、良くない現象ですが、今回の件は、ごく一般人から起きた批判なので、相当に意義があると思います。

 私がここで、まとめれば、国母選手はノブレス・オブリッジの観点が一切無かったのが問題です。選ばれた存在こそ、行動に気をつけなければならないという、心構えが欠落をしていました。その影に、21歳で既に結婚をしているそうですから、おやから、非常に甘やかされて育っているということも暗示されています。

 衣食住の維持に必要なお金は、学生だから稼ぐことができないはずです。年上のキャリアーウーマンと結婚をして居る逆玉なのかな? 違うでしょう。両親はお店か会社をやっているか、病院でも経営していてお金持ちなのでしょう。ウィンタースポーツは何をやるにしてもお金が掛かるケースが多いので、実家はお金持ちだと推察されます。

 そういういえのこどもだから、スーツを国から支給されても、その大切な意味が、金銭的にも精神的にも、わからなかったのでしょうね。税金を使って、自分が今ここにあるという意識がまったく欠落をしていたのです。
  
 どんなおしゃれをしても、許されるのは私服の場合です。荒川静香選手みたいに、金メダルをとって、取材が、殺到した後で、私服でインタビューに応じるときには、シャツ出しで、腰パンで、ドレッドヘアーでもかまわないけれど、今は駄目だったのです。

 五輪代表だから注目をされるから、そこで、さらに目立ってやろう・・・・・という意識は、夢に見るのならかまわないけれど、実行するのは、さもしいです。上品ではない。しかも彼が選んだスタイルが、昨日髪型だけでも、説明をしたように、アメリカのアフリカン(=黒人)少年たちの文化です。
~~~~~~~~~~
 冬季五輪とは、先ほども言ったように、修行時代にお金が掛かる種目が多いので、諸外国でも、富裕層が、タッチをしている世界です。入場式を見ていても、アフリカンの選手は少ないです。

 最近、フィギュアーのルール変更に関する本が出版されました。まだ、読んでいないのですが、日本のフィギュアー選手が、好成績を挙げた途端に、彼、彼女らが、得意とするわざの得点が、低くなるそうです。それは、なぜかというと、世界の富裕層が、日本が、立派になることを好まないからです。

 国民の士気が高いと、その国は容易には支配ができないと、T・ベン氏(元イギリスの国会議員)が、映画『シッコ』の中で発言をされていますが、五輪や世界大会で金メダルが多数出ることは、その国の国民の士気を挙げます。だから、日本人が得意とする種目のルール変更が常に行われてしまうわけです。

 短距離走、スピード・スケートなどは、技術よりも運動神経によりますが、フィギュアーなどは技術の部分が多いので、ルール変更をされると、選手はダメージを受けます。

 そういう世界なのです。

 そういう世界で、原初はアフリカン(ここでは、イメージをはっきりさせるためにわざと古い言葉、黒人を併記しますが)の少年たちのファッションだったものを、粋がって使うのは、的外れです。もし、国母選手が入場式に、例のスタイルで、出た(ただし、コートを着るみたいでしたから、腰パンもゆるいネクタイも、観客には、見せ付けられなかったでしょうが)としても、スタンドの観客の、失笑を買っただけでしょう。
~~~~~~~~~~~

 マイケル・ムーア監督は、二人の高校生が学園内で、銃を乱射した事件が起きた後で、<どうして、アメリカには銃をぶっ放す人が多いのか>を探求し始めます。映画『ボーリング・フォー・コロンバイン』は、その心の旅の記録です。一種の哲学書の向きさえある立派な映画でしたが、

 その中で、非常に切ない場面が出てきます。それは、6歳の黒人の少年が、学校へ銃を持ってきて同級生のかわいい白人の少女を撃ってしまい、結果として殺害してしまいます。どうしてそんなことが起きたのかを、監督は探求するのですが、

 驚くべきことに、母は、130キロ離れた(それは、鎌倉から東京程度に離れているか? または、もっと遠いはずだけど)都市へ、バスを使って働きに出かけ、ほとんど、子供の面倒を見ることができなかったのです。生活保護みたいなものを受けるためには、知事命令で、それを、やらなければならなくて、朝五時に家を出、子供が寝てから帰宅するような具合でした。そして家には父親も不在でした。外出ということではなく、出稼ぎということでもないみたいです。

 しかも彼女は都会で、ニ箇所のレストランに勤めても、時給650円なので、アパート代さえ出ないようなきつい暮らしです。一方で、そのレストランの経営者は、彼女のような資格の人を雇うことで、免税措置を受けているのです。

 もうね、悲惨で悲しくて、目を覆いたくなるような、矛盾に満ちた世界にアメリカの貧困層はくらしているのでした。

 で、こどもを育てたことがある女性なら誰でもお分かりになると思うけれど、子供って、時間と手間をかけないと育ちません。だから、その六歳の少年は、一切が無明の世界に居るのです。育ててもらっていないから、彼にとっては、学校で銃をぶっ放すことが、人の命を奪うことになって、自分の将来も真っ暗になってしまうと言う認識さえ、ないことでしょう。何もわからないで、やっていることなのです。責任を問うべき、お母さんは<善良そうな普通の人>でした。主犯(?)の6才の子供も、もちろんかわいそうですが、お母さんもかわいそうです。アメリカでは普通の家にも銃があるから、こういう結果になりました。

 ただ、ムーア監督は銃の数が多いことだけが、銃による被害を生むわけでもないといっています。そこらあたりの分析は深いです。

 国母選手は、中学二年生の時にアメリカの競技会に、エントリーをして、アメリカかぶれになって帰ってきたのでしょうが、

 その腰パン、それから、シャツを外へ出す、などの、あらゆる意味で、ゆるいだらしないスタイルは、きちんと面倒を見てもらえない、アフリカンの少年たちの、生活から生まれたものなのです。私は、決して、アフリカンの少年たちを、軽蔑してこれを言っているわけではなくて、国母選手が粋がっているから、それが、「おかしいわよ。決して立派な階層、つまり、冬季五輪の主流派である富裕層には、受けない服装ですよ」といいたいのです。

 日本から飛行機に乗って見に行く階層も、日本社会の中では、お金持ちの方でしょう。そういう人があこがれる服装でもない。そして、国母選手は若い人のスターになるつもりもあったのでしょうが、実は若い人は、そんなに、甘い生活をしている人には、あこがれないのです。今の若い人は厳しいです。環境が厳しいから考え方も厳しいですよ。

 おしゃれをすることはかまわない。だけど、制服を着崩すのは、間違っていますね。会社でもそれは許されない。学生だから、まだ、わかっていなかったかもしれないけれど、世界に向けて出て行く人間だったら、もっと、文明史のことも理解して、おしゃれも選ぶべきです。

 芸能人だったら、許されるかもしれない。それから、芸術家もとっぴでもよい。しかし、彼らはもともと、制服など着ないし、国家のお金で、自分をアッピールしようなどとは思っていません。比較をすると、彼は中途半端なのです。だから、大勢の人から批判をされたわけです。それなのに、謝罪会見も、一種の方便としてやって、『ち、(うる)せーな』という声が、マイクに拾われてしまったそうですから、大勢の人から、さらに批判を受けたのは仕方がないですね。

 でも、新聞か何かに出ていました。久しぶりに、冬季五輪に国民の目が向いたと。本当に世の中って面白いです。『国母選手殿、あなたのチンピラ振りが、意外な効果を挙げましたよ。功績大ですね』とかげながら、お褒め、申し上げておきましょう。

 今回の冬季五輪の特徴といえば、そうですね。選手に、古顔が多くて、国民はその件が起きる前には、何も期待をしていなかったと思います。『旗手である上村選手でさえ、メダルも取れないでしょう』と、思っていたでしょう。だけど、急に盛り上がりました。それは、国母選手のおかげです。

 ところで、まったく話題が変わりますが、堤義明さんが、ウィンタースポーツのパトロンだったのをここで急に思い出しました。彼が、つぶれた後では、選手の養成が、滞っているのでしょう。『昔の名前で出ています』という類の選手が多かったです。堤義明さんについては、あまり深くは知りませんが・・・・・今頃になって、その退陣の影響が現れてきているかな・・・・・と、思ったりします。
~~~~~~~~~~~

 新顔である真央ちゃん・・・・・がんばれ!!!!! ルールの変更や、コーチの不親切やら怠慢を乗り越えて、がんばれ、がんばれ、!!!!!
                    2010年2月15日   雨宮舜
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする