備忘録として

タイトルのまま

Big History

2018-03-04 15:52:36 | 話の種

 C大学歴史学科の社会人入試問題に、”大きな歴史と小さな歴史について私見を述べよ”という設問があった。ここでいう大きな歴史とは、歴史を巨視的にみて解釈するもので歴史観や歴史認識や歴史の発展過程の分類などに結び付けた歴史の見方である。幕末を例とするなら、封建制から近代化の政治的変革の過程を日本史全体の文脈の中で読み明かそうとするもので、一方、小さな歴史はもっと微視的で幕末から明治維新の庶民の生活史などに焦点を当てる。そのような歴史の見方について考えたことがなかったこともあり、うまく回答はできなかった。他の設問は、”Archives”と”Historiography”を説明する英語の文章を日本語訳するものだった。Archivesはそこそこ和訳できたが、Historiographyは言葉そのものを知らなかったため、直訳に頼った上、critical examinationを”批評的な考察”と訳さず、技術の世界で一般的なcritical=”臨界”から、”厳格な審査”としてしまい、結局、翻訳全体の意味が混乱してしまった。後の学習によると、Historiograhyとは史学史のことで、史書の中の歴史観や学説の変遷を調べる学問のことである。だから、史書の記述に客観性があるか批評的に考察しなければならないわけだ。

 さて、David Christianの提唱する”Big History”は、入試問題に出た”大きな歴史”とは意味がまったく異なる。137億年前のビッグバンから始まり恒星に続いて太陽系と地球ができ生命が生まれ人類に進化し文明が形成される現在までの歴史を通観する、我々の棲むUniverseの特大の歴史のことを指している。そして宇宙と人類の歴史を通して人類の未来について考えようというものである。David Christianによる”Big History”講演はこちらで観ることができる。

<講演要旨> 

 宇宙はどんどん複雑(Complexity)になっていく。しかし、複雑になるちょうどいい条件、ゴルディロックス条件が必要である。宇宙はその条件下でその都度、閾(しきい)値(Threshold)を超えながら段階的に複雑性を増していく。

 137億年前、何もないところでビッグバンが起こり、最初の1秒で重力や電磁気力のエネルギーがものすごいスピードで解放されると同時に凝固し物質を形成し始める。ビッグバンの38万年後に水素とヘリウムが生まれる。わずかな原子の密度の違いに重力が作用し原子が集合しはじめ無数の雲ができる。密度が増せば重力も増えるのでますます雲は凝集し温度も上がり、閾値を超え恒星が生まれ宇宙はより複雑になった。星の終期には高温で生じるエネルギーによって今知られている元素のすべてが形成された。若い星の周りには岩石からなる惑星が造られる。45億年前に地球が生まれ、そこに原子の集合体であるより複雑な生物が誕生する。適度なエネルギーがあり、多様な原子が存在し、ちょうどよいゴルディロックス条件下で、それらが複雑に結合する、生物は単なる化学反応にとどまらずDNAによってコピー(情報)を子孫に伝達することで地球全体に広がる。DNAは完ぺきではなく何億ケースに一度エラーを生み、それが多様性と複雑性を作り出す。生物は単細胞から多細胞に進化し、6億から8億年前に多様な植物、魚類、両生類、爬虫類が生まれた。6500年前に小惑星が衝突し恐竜が絶滅し、生き残った哺乳類が進化を続け人類が誕生する。DNAによる情報伝達と不規則な偶然によるエラーには膨大な時間がかかったが、脳を与えられた人類は情報を蓄積し学習することができるようになり進化の時間が短縮された。言葉によって個人の情報は集団で共有され、個人よりも長く生き世代を超えて蓄積される。人類だけに与えられたこの能力を集団的学習(Collective Learning)と呼ぶ。アフリカを発した人類は集団的学習能力を発揮し地球各地の環境に順応し広がっていった。氷河期が終わり農業が始まると人口が飛躍的に増え、交通や通信の発明と発展によって人類は相互につながり、今では70億の人類がひとつにつながっている。ひとつになった脳はものすごいスピードで学習を続けている。

 集団的学習により人類は発展を続けているが、人類がそれを使いこなせるかという危険を内包する。核兵器の発明は人類滅亡の危険を生じさせ、石油の使い過ぎは地球環境を変え、ゴルディロックス条件を弱体化させた。Big Historyは、我々に複雑性と脆弱性を認識させ危険の本質を示すとともに、集団的学習の力も示してくれる。将来の世代に横たわる課題や機会に対処する不可欠な知的ツールになる。(了)

 Big Historyはこのように、天文学、生物・生命学、歴史学など多くの学問を包摂する。

 ビル・ゲイツは、”Big History Project”として高校などでBig Historyの授業を行うことを支援している。授業では以下の1~10の講座が示すように、宇宙の歴史を学び現在を学び人類の将来について考える。

 (注):ゴルディロックスの原理(Goldilocks principle):”ちょうどいい程度”が選択されるという原理で、イギリスの童話による。ゴルディロックスという女の子が森で見つけた3匹の熊の家に入り、3つあるお粥のうち熱すぎず冷たすぎないちょうどいいお粥を食べ、3つある椅子のうち大きすぎず小さすぎないちょうどいい椅子に座り、3つあるベッドのうちもっとも寝心地のいいベッドを選ぶ。このことからゴルディロックス経済=適温経済(過熱しすぎず不況でもない景気)、ゴルディロックス惑星=太陽からちょうどいい距離にある生命誕生が可能な惑星などという言葉が造られた。


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