機中で観た上の日本映画3本ともにテーマはいいのに、もうちょっと話の展開がスマートにならなかったのかと思ってしまった。
「ふしぎな岬の物語」2014、監督:成島出、出演:吉永小百合、阿部寛、竹内結子、笑福亭鶴瓶、笹野高史、米倉斉加年、虹を追いかけて岬のコーヒー店にあらわれた父娘に、エツ子さん(吉永)は、母親を亡くした娘を抱きしめ”大丈夫、大丈夫”というおまじないをする、喫茶店の常連の不動産屋のタニさん(鶴瓶)がフェリーから”礼をいうのはこっちや”とお辞儀をする、末期がんの漁師の徳さん(笹野高史)がエツ子さんの入れたポットのコーヒーをおいしそうに飲む、徳さんの娘みどり(竹内結子)が小学校の文集に書いた父母への感謝のことばをみて現在の親不孝を悔いて涙する。個々のエピソードが素晴らしい。エツ子さんの周囲の人を癒す姿を描くだけで十分にいい映画で、エツ子さんが背負ったものの重さを描くための火事の場面は不要だと思った。町医者役の米倉斉加年の遺作になった。竹内結子は年を追うごとに女優として成長していると思ったが、逆に吉永小百合の演技は日活時代のままで古いと感じてしまった。サユリストじゃないので星はこんなもんかな。★★★☆☆
「柘榴坂の仇討」2014、監督:若松節朗、出演:中井貴一、阿部寛、広末涼子、中村吉右衛門、真飛聖、桜田門外で井伊直弼(吉右衛門)を警護していた彦根藩の侍(中井)は、警護に失敗したことを咎められ、藩より襲撃者を討ち取り仇討を果たすように命令を受ける。1860年の桜田門外の変から13年、時は移り明治の世になっても襲撃者である水戸浪士(阿部)を執拗に追いつづける。やっとの思いで敵を見つけ柘榴坂の上で対峙する二人だったが、その時にはもう仇討を命じた藩はすでになく、仇討禁止令も発令され仇討の理由はなくなっていた。個人的な理由で執拗に敵を追い続けるストーリーに無理がありすぎる。柘榴坂の上で井伊直弼のことばを思い出し敵を許す場面では、”そんなことはもう何年も前にわかれよ”と言いたくなるぐらい主人公の執拗さに共感できなかった。彼を経済的に支える妻(広末)は貞淑で献身的な侍の妻そのものだった。ただ、ミサンガは、夫の仇討成就を願ってのものではなく、実は普通の生活に戻ることを願う普通の妻だったことを示していた。敵を追う執拗さから最後あっさり放免する部分に少し無理はあったが、ストーリーは単純明快でわかりやすかった。過去に決別し新しい一歩を踏み出した夫婦を祝福し、★★★☆☆
「蜩の記」2014、監督:小泉堯史、出演:役所広司、岡田准一、堀北真希、原田美枝子、寺島しのぶ、側室の子が襲われた世継ぎ騒動は藩取り潰しの理由になるため、そのとき夜勤だった戸田秋谷(役所広司)は側室(寺島しのぶ)と不義密通したとして藩を救うため偽りの罪を被ることになる。ただし、秋谷が記録する藩史完成のため10年後の切腹が命ぜられた。檀野庄三郎(岡田准一)は秋谷を監視するために送り込まれるが、秋谷と触れ合ううちに人柄に触れ真実を知る。史家が騒動をどのように史書に書き記すかストーリー展開に期待したのだが、以下のように映画の出来には多くの疑問が残った。
- 秋谷と側室は藤沢周平の名作「蝉しぐれ」と同じ幼馴染みの関係だったが二人の心情に踏み込めず、心底に隠された思いに「蝉しぐれ」のような切なさが感じられなかった。
- 秋谷と檀野は共に文武両道で清廉潔白と性格描写が被ってしまい、どちらが主役かわからなかった。黒澤明が「赤ひげ」で、未熟な若医者(加山雄三)が徐々に赤ひげ(三船敏郎)に傾倒していったように師弟二人の性格や技量を別にすべきだった。
- 一揆を疑われた村人の死に秋谷の息子が憤慨し家老のところに乗り込む展開がとってつけたように唐突で、このエピソードは父親が背負った運命とは無関係で必要なかった。
- 「椿三十郎」の家老(伊藤雄之助)と同じくこの映画の家老も古だぬきだったが、その描き方にめりはりがなく老獪さが伝わらなかった。世継ぎ騒動の一方の側室グループは影も形も見えなかった。巨悪がなく小悪党ばかりで娯楽映画にもならなかった。
- 妻が死にゆく夫を送り出す場面で夫婦のきずなが強調されるが、前半で夫婦の絆にまったく触れなかったので、最後の最も感動的であるはずの場面が唐突で共感できなかった。
結局、映画の主題が不明瞭で、黒澤映画を思わせるいろいろなエピソードを詰め込みすぎて何も伝わってこなかった。原作はどうなのかわからないが脚本が弱すぎる。黒澤明は脚本が映画の出来を左右すると言ったが、黒澤の手法を取り入れながら枝葉末節が多く盛り上がりがなく消化不良に終わった。比較するのが悪いのかもしれないが黒澤の後継者を名乗るのだから仕方がない。少し辛いが、★☆☆☆☆