カラヤンはバイロイトと馴染まなかったらしく、確か51年と翌52年に指揮しているだけだったと思いますが、51年の「マイスタージンガー」はEMIから正式にリリースされたものの、52年の「トリスタン」は長らく海賊盤しかなく、オペラといえば「トリスタン」というくらいこの作品が好きな私にとっては、正式盤のリリースはまさに待望だった訳ですが、先日レビュウした「トリスタンとイゾルデ」で、この作品に対する興味が再燃したのをきっかけに、ショップをのぞいてみたところ、オルフェオから出ているのを発見、即購入しました。いゃぁ、一昨年に出ていたんですね。知らなかった。
演奏としては、この時期のフィルハーモニアとの演奏などから類推して、もう少しすっきりとしたスリムなワーグナーかとも思っていましたが、聴いてみると70年代の全曲盤と基本的にほとんどかわらない、カラヤンらしい濃厚なドラマ性と巨匠的風格に満ち満ちた演奏という印象だったのが意外でした。
一応、おとといから一晩一幕づつじっくりと聴いた訳ですが、第1幕最後の歓喜につつまれた音楽が鳴り響く中、表向きの華々しさとは裏腹に絶望に満ちたふたりのドラマが始まるあたりの、ドラマ性の表出などカラヤンの妙技が炸裂してます。うーん、素晴らしい。いくらクライバーがいいといったって、こういうところの演出の巧さにかけてはカラヤンの老獪さには到底かなわいとすら思いますね。
第2幕は陶酔感に満ちた有名な愛のシーンですが、ハイライトな部分でのふたりの割と意味のない語らいを、いかにも意味深に聴かせてしまうあたりのカラヤンはやはり巧い、ラストでマルケ王が現れる場面あたりのドラマ的な起伏もぴたりと決まってます。
第3幕では、前奏曲の絶望感と表裏一体の虚脱したようなムードをこのくらい巧く表現できる人もいないと思います。もちろん、「愛の死」はドラマの最後を締めくくるべく巨大なハイライトを形成し、最後の和音で和声的にようやく解決するあたりの呼吸も見事です。
うーん、ひょっとしてコレ、70年代の録音よりいい演奏なのではないでしょうか。声楽陣は私の知らない古い人ばかりですが、いずれもさらりと流すように歌う今時のやり方ではなく、噛んで含めるようなといったらいいんですかね、とにかく皆濃厚な歌い方をする人ばかりで、やはりワーグナーにもはこういう「濃い」歌い手が良く合います。
最後に音質ですが、バイエルン放送協会のマスターよる正規盤ということで、それなりの鮮度を期待していたんですが、音像が遠目で、なんだか穴蔵で聴いているようなボヤケた音なのが少々つらいところです。また、ヒスノイズを消すのためか、リダクションを強めにかけてるらしく、弱音部では不自然なところも散見するのも気になるといえば気になる点ですが、まぁ、1952年の放送録音ということを考えれば、これだけ聞こえれば良しとしなければいけないのかもしれません。
演奏としては、この時期のフィルハーモニアとの演奏などから類推して、もう少しすっきりとしたスリムなワーグナーかとも思っていましたが、聴いてみると70年代の全曲盤と基本的にほとんどかわらない、カラヤンらしい濃厚なドラマ性と巨匠的風格に満ち満ちた演奏という印象だったのが意外でした。
一応、おとといから一晩一幕づつじっくりと聴いた訳ですが、第1幕最後の歓喜につつまれた音楽が鳴り響く中、表向きの華々しさとは裏腹に絶望に満ちたふたりのドラマが始まるあたりの、ドラマ性の表出などカラヤンの妙技が炸裂してます。うーん、素晴らしい。いくらクライバーがいいといったって、こういうところの演出の巧さにかけてはカラヤンの老獪さには到底かなわいとすら思いますね。
第2幕は陶酔感に満ちた有名な愛のシーンですが、ハイライトな部分でのふたりの割と意味のない語らいを、いかにも意味深に聴かせてしまうあたりのカラヤンはやはり巧い、ラストでマルケ王が現れる場面あたりのドラマ的な起伏もぴたりと決まってます。
第3幕では、前奏曲の絶望感と表裏一体の虚脱したようなムードをこのくらい巧く表現できる人もいないと思います。もちろん、「愛の死」はドラマの最後を締めくくるべく巨大なハイライトを形成し、最後の和音で和声的にようやく解決するあたりの呼吸も見事です。
うーん、ひょっとしてコレ、70年代の録音よりいい演奏なのではないでしょうか。声楽陣は私の知らない古い人ばかりですが、いずれもさらりと流すように歌う今時のやり方ではなく、噛んで含めるようなといったらいいんですかね、とにかく皆濃厚な歌い方をする人ばかりで、やはりワーグナーにもはこういう「濃い」歌い手が良く合います。
最後に音質ですが、バイエルン放送協会のマスターよる正規盤ということで、それなりの鮮度を期待していたんですが、音像が遠目で、なんだか穴蔵で聴いているようなボヤケた音なのが少々つらいところです。また、ヒスノイズを消すのためか、リダクションを強めにかけてるらしく、弱音部では不自然なところも散見するのも気になるといえば気になる点ですが、まぁ、1952年の放送録音ということを考えれば、これだけ聞こえれば良しとしなければいけないのかもしれません。