UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

夏の終わりに:入道雲、海、超弩級、メガトン級、軍国少年・・・

2018-08-31 01:38:54 | 日記
八月が終わります、夏の終わりのはずですが大空では入道雲クンたちがまだまだ元気です。

今日の写真は元気いっぱいの入道雲クンです。昨夕撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ

「お~い、入道雲クンたちよ、そろそろ夏が終わりというのに、君たちやけに元気だなあ」

「おい、GGIのオッサンが何か言っているぞ」

「ほっとけ、ほっとけ、どうせあのオッサン、晩夏は八月の終わりまで、九月は晩夏ではないなどと勝手な理屈こねて、オレたちにからんでくるつもりだから無視しておけ」

夏の主人公は入道雲と海。ですから次は海のお話です。海を詠った詩歌はたくさんありますが、GGIが気にいってるのは川崎洋という詩人(1930~2004)の「海で」と題された詩です。以前にもこの日記か別の日記で紹介していますので、再登場です

海で

 今年の夏 ついこのあいだ
 宮崎の海で 以下のことに出逢いました
 浜辺で
 若者が二人空びんに海の水を詰めているのです
 何をしているのかと問うたらば
 二人が云うに
 ぼくら生まれて初めて海を見た
 海は昼も夜も揺れているのは驚くべきことだ
 だからこの海の水を
 びんに入れて持ち帰り
 盥にあけて
 水が終日揺れるさまを眺めようと思う
 と云うのです
 やがて いい土産ができた と
 二人は口笛をふきながら
 暮れかける浜から立ち去りました
 夕食の折
 ぼくは変に感激してその話を
 宿の人に話したら
 あなたもかつがれたのかね
 あの二人は
 近所の猟師の息子だよ
 と云われたのです

思わず笑ってしまいますね。でも世の中が進み過ぎたせいでせうか、あるいは荒んでいるからでありませうか、このような上等のウソをつく若者も、それにだまされる大人も、もう今ではいないではないでせうか

つぎにGGIの記憶にある川崎洋の詩をもうひとつ紹介いたします。「喜び」と題された詩です

喜び

 一生に一度くらいは
 ありきたりのそれと違う
 脳天を突き抜けるような
 超弩級の喜びが
 ありますように

 一人一人
 誰にでも皆に

 悲しみは
 願わずとも
 数え切れぬほどですから

なかなかいい詩です。でも、GGIには一つだけ気にかかることがあります。

それは「超弩級」という表現です。言わんとするところはよく分るのですが、でも、わが身をわきまえず、少しエラソーなことを申しますと、この言葉、「超弩級」という表現、はっきり申し上げてあまりポエチックではありませぬ

というのは、「超弩級」という言葉はここでは「桁外れに大きい、並たいていではない」と言った意味で用いられているのですが、元々は軍事用語であるからです。

語源は戦艦の大きさや攻撃力や破壊力を示す用語です。第一次大戦のときに建造されたイギリスの大型戦艦「ドレットノート」の「ド」をとって「弩級」の戦艦と称されたのが始まり。先の大戦では、この戦艦を超える威力を誇る戦艦という意味で「超弩級」という言葉が用いられていたのです。さしずめわが戦艦大和や戦艦武蔵は「超弩級」に相当するのでありませう。

ですからGGIの勝手な希望といたしましは「超弩級」などという無神経な荒々しい表現ではない、人々の喜びを表現するのにふさわしいもっとポエチックな表現であってほしかったのです。まことに残念です。この作者は1930年生まれ、戦時中が少年時代、ですから思わず「超弩級」という言葉が口をついて出たのでありませう。

「超弩級」のいえば、類語ともいうべき「メガトン級」という言葉があります。たとえばプロ野球などで強力な打線のことを「メガトン級の打線」などと言ったりします。

この言葉について、いつであったか、ずいぶん以前のことですが、新聞記事を眺めていて、わが長兄が以下のように申しました。

「おい、この《メガトン級》の打線云々という言葉は無神経やなあ、あのなあ、メガトンというのは核兵器の破壊力を示す言葉だぞ、そんな言葉を安易に用いてどういうつもりや、アホちゃうか!教養ゼロ、救いようがない」

おっしゃる通りであります。1メガトンというのはTNT火薬100万トンの爆発に相当するエネルギーを意味しています(メガは100万を意味しています)。ちなみに広島に投下された原爆はTNT火薬に換算すると15キロトン(1万5000トン=0.015メガトン)とされていますから、1メガトンはいかにすごい破壊力であるかがわかるでありませう(TNTとはトリニトロトルエンの略。一般的に用いられる爆薬です)。

わが長兄は終戦時に9歳、オレは軍国少年であったと言っております。いつであったか、半ば冗談半ば本気のような、若干怒気を帯びた声で申しました

「8月15日、終戦の日の夜、もう空襲はない、灯火管制もないので電燈を自由につけることができると、敗けてしまったのに大人たちがにこやかに笑っている姿を目にして腹が立った。オレは日本の勝利を信じきっていた。敗けて悔しかった、国にだまされた。このときからオレは国家というものを信用しなくなった」

9歳にして国家を信じなくなったという言葉にGGIは妙に感心して兄の背中をドーンとたたいてやりました

長兄は「軍国少年なんか簡単にできあがる、五年もあればじゅうぶんや」とも申しておりました。

今日もまた、まとまりのない話になり失礼いたしました。

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・

グッドナイト・グッドラック!