透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

2021年 今年の3冊

2021-12-30 | A 読書日記

 2021年に読んだ本の中から今年の3冊を選んだ。

320
『楡家の人びと』北 杜夫(新潮文庫1978年16刷)

北 杜夫の作品の中で最もよく知られ、最も親しまれているのは『どくとるマンボウ青春記』であろう。代表作を1作品挙げるなら、私は長編『楡家の人びと』だ。最も好きな作品は『木精』。

『楡家の人びと』の初読は1979年、今年の5月に再読した。小説では大正初期から昭和、終戦直後までの時代の大きな流れの中で楡家三代に亘る人びとが織りなす物語が描かれている。三島由紀夫はこの作品を**戦後に書かれたもっとも重要な小説の一つである。(中略)これこそ小説なのだ!**と激賞した。長編でありながら大味にならず、細部まできっちり描かれている。

今年は藤村の『夜明け前』も再読した。



『魚にも自分がわかる 動物認知研究の最先端』幸田正典(ちくま新書2021年)

魚も自分がわかるということにまず驚いたが、それを実証するためのなるほど!な方法にも驚いた。帯にあるようにすごい研究だと思う。



『中央央本線、全線開通!』中村建治(交通新聞社新書2019年)

乗り鉄、撮り鉄が鉄道マニアの代表的なカテゴリー。私は鉄道マニアではないが、敢えて言えば読み鉄。中央本線全線開通までにこれ程のドラマがあったとは・・・。ルート決定をめぐる駆け引きなどの描写はまるで小説のようだが、綿密な調査なくしてこのような活写は無理ではなかったか。

巻末に本書の参考文献リストには鉄道関係全般、中央線・甲武鉄道史、人物史、駅史、地方鉄道史というカテゴリー別に多数の文献が載っている。大変な労作だと思う。


偏食は体に良くないが、偏読はどうだろう。来年は特定のテーマについて書かれたものを集中的に読んでみたい(と毎年同じようなことを考えているような気がする)。


ブックレビュー 2021.12

2021-12-30 | A ブックレビュー



 今日は12月30日、今年も残すところあと2日。光陰矢の如し、1年なんてあっという間だ。今年のブックレビュー最終稿。

12月に読んだ本は4冊だった。

『定年入門』髙橋秀実(ポプラ新書2021年)
副題に「イキイキしなくちゃダメですか」とある。定年後はイキイキしなくてもよいという答えを期待したけれど、イキイキしなくちゃダメ、ということらしい。この本で紹介されている人たちは定年後実にイキイキしている。

退職すると仕事という箍(たが)が無くなり、日々無為に過ごしがちになるだろう。新たな箍を見つけてサンデー毎日な生活を律しなければ・・・。

『遺言』飯田絵美(文藝春秋2021年)
**成功したから満足。失敗したから後悔。そんな結果論で、われわれは生きているわけではない**(135頁)
**努力は大切である。が、それだけで大きな成果が得られるとは限らない。肝心なのは、正しい努力をしているかどうかだ**(125頁)

元スポーツ記者の飯田絵美さんは20年以上に亘り野村克也さんと親交を深めてきた。野村克也さんは飯田さんに何を語ってきたのか。

『景観からよむ日本の歴史』金田章裕(岩波新書2020年)
**「景観史」を提唱してきた歴史地理学者が、写真や古地図を手がかりに、景観のなかに人々の営みの軌跡を探る。**カバー折返しにある本書紹介文には次のような一文もある。**私たちが日ごろ目にする景観には、幾層にも歴史が積み重なっている。** 

私はこのことをまちの歴史の重層性と呼び、拙著『あ、火の見櫓!』(プラルト2019年)の第5章 火の見櫓のこれからの中でまちの魅力に欠かせない要素として挙げた(*1)。著者は写真や古地図から得られる情報から歴史を読み解こうとしているが、わたしは、目の前の景観から直接的に歴史の古層を読み解くという試み、そうブラタモリのようなフィールドワーク的な手法・アプローチの方がおもしろいと思う。

『地図から読む江戸時代』上杉和央(ちくま新書2015年)
金田章裕さんはこの本の著者・上杉和央さんの師であることが本書のあとがきで分かった。
上杉さんは次のように書く。**それぞれの日本図のなかで重視されている指標が、当時の社会の世相を切り取っていることにもなる。その意味で、地図を手始めに社会を読み解くことは十分に可能だ、ということになる。**(219、220頁)続けて**ただ、社会と言ってもそれが一筋縄ではいかない点は注意せねばならない。(後略)** このような注意深さも研究には必要だろう。

景観を読み解くための対象として地図、それも日本全体の地図を取り上げ、歴史を江戸時代に限定しているので『景観からよむ日本の歴史』の総体的な内容に比して把握しやすく、理解しやすかった。それぞれの時代で作られる地図がその時代・社会の関心の置きどころを反映しているということが分かった。芸術性から科学性、美しさから正しさへ。


*1
①まちが小規模なこと
②まちの全体像が把握できる「俯瞰場」があること
③まちにシンボル、ランドマークがあること
④まちに歴史的な重層性があること

火の見櫓は③④になり得る「景観の重要な構成要素」であることを述べた。